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July 03, 2010

18世紀のロンドンで近代マンガの誕生が準備される

 世界のマンガの歴史について調べたいことがあっても、日本語で書かれた資料がない、あるいは存在するとしてもどこにその資料があるかわかんない、なんてことがよくあります。まあどこから手をつけていいかよくわからんわけですね。

 最初から日本にはそっち方面の専門家がいない、とわかってるほうがまだやりやすくて、だったら海外文献しかないと腹がくくれます。ところがはっきりと「マンガ」とはいえない分野に関しては、もしかしたら日本にもすごくくわしいひとがいるかもしんない。もしかしたら邦訳されたものもあるかもしれません。

 英語の本を読めよ、といわれそうですが、だって英文読むのってたいへんじゃないですか。日本語で読めりゃそのほうが楽だもの。

 マンガ史では、「前マンガ」は「近代」の到来とともに「近代マンガ」になったといわれてます(←なんかアタリマエですみません)。近代てのはイギリス産業革命とフランス市民革命がその始まりで、時代的にはイギリスの近代はフランスのそれより先行してます。ですから、マンガもイギリスのほうがフランスよりちょっとだけ早く盛んになりました。

 というわけで、18世紀イギリスの「カリカチュア」は近代マンガのさきがけになったといってもいい存在。この時代、マンガのどこが新しくなったかといいますと。

 ってそこから先はわたしも不勉強でよく理解できてないのですが、そのあたりを知りたくて18世紀イギリスの「前マンガ」であるところの「カリカチュア」=風刺漫画について書いてある本を探してたのですね。ところがどうもわたしが求めるような日本語の本に出会えない。単にわたしの探し方が悪いのかもしれませんが。

 でまあ日本語の本はあきらめて、ネットの評判などを読みましてこれがいいんじゃないかと思って買った洋書。

●Vic Gatrell 『City of Laughter: Sex and Satire in Eighteenth-Century London 』(2006年Walker & Company 、amazon

City of Laughter: Sex And Satire in Eighteenth-Century London

 けっこうなお値段の本ですが、700ページ近い大著でハードカバー。届いてから驚いたのですが、いい紙を使ってるのでこれでもかというくらい重い本です。ベッドに寝っ転がって読むのはほとんど不可能。

 本書はなんつっても大量の図版が魅力。当時の代表的画家といえば、ジェイムズ・ギルレーやトマス・ローランドソンが有名ですが、彼らのカリカチュア(多くはカラー図版)が300点近く掲載されてます。

 ギルレーの絵はきっと世界史の教科書とかで見たことがあるはず。グーグルの画像検索でどうぞ。

 基本が政治や社会の風刺なので、絵は攻撃的。敵はデブだったり醜く描くのが基本です。カリカチュアは裸やエロ、スカトロ趣味があたりまえの世界でした。

 これらの作品のほとんどは木版画。ロンドンには版画屋というものがあって、そこで木版画が日本の浮世絵と同じように庶民相手に安価で販売されていたそうです。笑いとエロを含んだ作品群はけっしてお上品とはいいがたい、というかむしろ下品だけど、すごく人気がありました。マンガというのは原初からそういうものだったのですね。

 本書はその笑いとセックスに満ちた下品なカリカチュアをとおして、産業革命期のイギリス社会を眺めたもの。

 この時代のイギリスのカリカチュアを概観するにはすばらしい本です。文章の内容もすばらしいのだと思いますが、じつは拾い読みしかしてませんすみません。そのあたりがわたしの限界ですね。

 本書を眺めてますとこの時代のイギリスのカリカチュアは、からかいのための暗喩やほのめかしの表現が前時代よりずっと洗練されてます。新しい表現技術であるフキダシも使用されるようになります。さらには連続したコママンガのような表現も登場してる。まあなんにしても人気がある→多くの作品が描かれるようになる→そして表現はさらに進歩する、というサイクル。

 これが19世紀フランスのオノレ・ドーミエによるカリカチュアや、スイスのロドルフ・テプフェールによる物語マンガにつながる、という歴史の流れです。

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Comments

>たかもり様。

 そうだったんですかー。
 西洋美術史は本格的にやると厳しそうですね。
 20世紀末に日本で「もうマンガも研究の対象に成りますよ。」とマンガ学会発足当時に其れを励まされたかされた、千葉大学かの若桑みどり先生が、確か東京藝術大学か何処かのご出身でしたけど、放送大学で『イメージの歴史』という分厚い印刷教材の講座を持って居らっしゃって、内容は割りと(“本格的”に言えば)こたない程度でガイダンスを築いた程度でしたが、「本格的」に勉強し出すと、此れは大変かな、という印象があったのですが…。
 「たかもり」さんのレヴェルで「知る」「研究する」のは大変です。

 私は放送大学の『日本美術史』の授業と試験内容だけでもひぃこらで──。orz

 でも本当にそういう勉強が「マンガ」について勉強できたら、其れも西洋美術史と併せて繋げられて出来たら、楽しそうですね。

うっでぃ・あうぇあ//

Posted by: woody-aware | July 31, 2010 11:57 AM

ゴヤの戦争の惨禍シリーズは?
ホガースは右派で他国の絵に否定的でした。
ドイツ、イギリス、フランス、ドイツ、スペイン
、イタリアを中心に西洋美術史を学ぶ必要があり
ます。初期の西洋の漫画はだいたい厳しい絵画教育を受けた画家が書いてます。

Posted by: たかもり | July 27, 2010 08:41 AM

17~18Cのスフィストの挿絵とかも研究され
ました?
西洋漫画史を研究するには 歴史 文学 
芸術史への理解が不可欠です。正直超めんどいです。

Posted by: たかもり | July 27, 2010 06:37 AM

ホガース研究されました? イギリス風刺漫画の父です。ロンドンのカートゥンミュージアム行けば、
大量のイギリス漫画史の本が入手できます。
死ぬほど金かかりますが。

Posted by: たかもり | July 26, 2010 11:41 PM

 18世紀イギリスのロンドンでマンガの運動の始まりが有るという事で、大変勉強に成りました。オノレ・ドーミエも18世紀の人かと思って居たんですけど、19世紀の人だったんですね。
 で英国と仏国とではイギリスの方がマンガ大国として先であると。
 マンガの大国の興亡の変遷史としても楽しめました。

Posted by: woody-aware | July 03, 2010 08:02 PM

この本見てみたくなりました。安くペーパーバックで出ているのですが、紙質がちょっと心配です。

http://www.amazon.co.jp/City-Laughter-Satire-Eighteenth-Century/dp/1843543222/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=english-books&qid=1278124950&sr=8-1

Posted by: nq | July 03, 2010 11:46 AM

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