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June 23, 2010

『ジミー・コリガン』世界でいちばん不幸な男の冒険

 いやー感慨深い。『ジミー・コリガン 日本語版』がついに完結。

●クリス・ウェア『JIMMY CORRIGAN 日本語版』全三巻(2007年、2010年プレスポップ・ギャラリー、各2300円2800円3700円+税、amazonbk1

JIMMY CORRIGAN日本語版VOL.1 JIMMY CORRIGAN日本語版VOL.2 JIMMY CORRIGAN日本語版VOL.3

  

 えっと、まずは海外での評判から。

 月二回刊の雑誌「pen 」が2007年8/15号で「世界のコミック大研究。」という特集を組んだとき。アメリカのスコット・マクラウド(マンガという形式でマンガを論じた『マンガ学』の作者)、フランスのティエリ・グルンステン(昨年末に来日して話題になりました)、日本の夏目房之介の三氏が登場して、注目のマンガ/BD/コミックを紹介したことがありました。

 そのとき、マクラウドとグルンステンがふたりとも挙げていたのが二作。ひとつがダビッド・ベー『大発作』(→amazon)で、もひとつがこのクリス・ウェア『ジミー・コリガン』でした。

 おー、マクラウドとグルンステンがすすめてるなら、読まないわけにはいかんでしょう。

 また今年の年頭にイギリスのタイムズ紙が「ゼロ年代のベスト・ブック100」を発表しました。対象となる範囲はフィクション、ノンフィクション、自伝、詩、さらに辞書までに及んでて、「ダ・ヴィンチ・コード」とか「ハリー・ポッター」とか「トワイライト」とかもランクインしてますから、質だけじゃなくて売れたり評判になったものも含めたベストです。

 この100作のうちに選ばれたマンガ関連の著作が三作。マルジャン・サトラピ『ペルセポリス』、ショーン・タン『The Arrival 』、そしてこの『ジミー・コリガン』です。

 『ジミー・コリガン』は2000年の単行本出版以来、各国のいろんな賞を受賞しています。つまり、ここ10年間に発売されたコミックスのうち、世界で最重要視されてるもののひとつ、という作品なのです。

 邦訳は2007年に第1巻が出版されたきり、続編刊行については音さたなし。これはもう続巻が出ることもあるまいと、わたしもう英語版を買って読んでしまいました(といっても、眺めただけですが)。

 そこへ今回の2・3巻の刊行で完結。プレスポップ・ギャラリーは、世界のマンガ史に残るようなりっぱな仕事をしましたね。

 さて、内容は。

 本書は親と子、家族の物語であり、連綿としてつながるヒトの遺伝子の物語でもあります。

 主人公となるのは三人のジミー・コリガン。主人公その1は、現代のシカゴに住むジミー・コリガン。

 36歳ですが、すでに腹が出て髪の毛が薄くなった中年男。極端に内気で、他人とふつうの会話ができません。会社員として働いていますが当然独身で、老人ホームに住む母親からの電話に悩まされています。

 その1は作者の分身として描かれています。彼はもちろんわたしたち読者の共感を得る人物であり(←読者としては認めたくないけど)、つまり読者自身でもあるのですね。

 主人公その2は、その1の父親。物語の終盤まで明かされませんが、彼もジミー・コリガンという名前です。その1のコリガン(とその母親)を幼少期に捨てて、別の女性と結婚。

 主人公その3は、その2のさらに父親。彼もジミー・コリガンです。

 その3は、自分の父そして祖母と一緒に19世紀のシカゴに住んでいます。父親からネグレクトされていること、その性格、容姿も含めてその1とそっくり。その1は作者の分身ですが、その3ももちろんそう。

 その3の父親はシカゴ万博の建設のために働いていますが、1893年のシカゴ万博が、この物語の過去パートのクライマックスとなります。

 お話は、ジミー・コリガンその2がその1に手紙を出し、その1と数十年ぶりに再会しようとするところから始まります。現代、ジミー・コリガンその1がその2に会いに行く話、19世紀、ジミー・コリガンその3とシカゴ万博の建設に従事しているその父親の話が交互に語られます。

 本書で絶賛されたのは、そのパースペクティヴ的に正確な絵や暗喩に満ちた情景描写ですが、お話としても先が読めない緊張感がある展開がすばらしい。

 終盤の展開など実際に、読んでいて驚きの連続でした(英語版で読んだときは人間関係がよくわかってなかったのです。いやこれはけっこう複雑)。

 ジミー・コリガンその1は、女性に声をかける度胸もないくせに彼女とのセックスを夢想する。社会性がなく、本来の意味で卑怯者。彼は男性一般といってもいい。これは読者の憎むべき鏡像じゃないか。でも彼はわたしたち読者自身そのものなのです。この世に彼を否定できる者はいない、はず。

 本書はひたすら辛気くさいお話が終盤近くまで続きます。これはがまん強くない日本人読者にはつらいかも。ただし最後の一瞬には救いが待っている、と書いておきましょう。読者の感情を引きずり回されるという意味でも、傑作。

 アマゾンやビーケーワンで買えないときは版元プレスポップ・ギャラリーからの通販があります。

 版元からの通販ならバラ売りより、価格が同じで箱つきのセットがおすすめ(全三巻セットや2・3巻セットがあります)。著者が箱のデザインをするために刊行が遅れたという代物で、たいへんにけっこうなデキです(絵は描き下ろしで本書では語られてない内容をちょっと含みます)。このためだけでも315円の銀行振込手数料は惜しくない。


※かつてわたしが『ジミー・コリガン』について書いた記事。
コリガン家の男たち
ダビッド・ベー『大発作』の難解さと普遍性
タイムズ紙が選ぶコミックス三作

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