スーパーマンとバットマンの「最終回」
アメコミの代表的なキャラクターといえばもちろんスーパーマンが第一に挙げられるのですが、最近邦訳されたコミックスは少ない。むしろバットマンやX-MEN のほうがたくさん出版されてます。
スーパーマンにはどうしても能天気で快活なヒーロー=子ども向けというイメージがあって、現代日本では心の黒いバットマンや、差別され悩めるX-MEN たちのほうが受け入れられやすいのでしょうか。
きちんとしたスーパーマンのコミックス邦訳は、かつて少年画報社が1959年に雑誌「スーパーマン」を創刊。その20年後、1978年にはマーベリック出版が「月刊スーパーマン」を刊行。さらにその20年後、1996年に小学館プロダクションから雑誌「スーパーマン/バットマン」が刊行(これは3冊だけで終わりました)。あとは単発の邦訳だけ、かな。
現代日本人にとってのスーパーマンは、コミックスよりも映画やTVでのほうがなじみがありそうです。
ですから日本人読者は、コミックスのスーパーマンのことは知っているようでよく知らない。なんせ1938年から70年以上続いている作品、しかも大まかなストーリーの流れがあって、これがDC コミックスの他のキャラクターたちを巻き込んでどうにもこうにも複雑なんですよ。
スーパーマンの歴史の中でとくに大きなイベントだったのが、1985年の「CRISIS ON INFINITE EARTHS 」と呼ばれるもの。
開始から50年、パラレルワールドのアース1、アース2それぞれにスーパーヒーローがいる、という設定にしていたDC ユニバースですが、あまりに世界が広がりすぎて物語の整合性がなくなっていました。そこでDC は広げた風呂敷を一度たたんでしまうことに。
このイベントで、すべての並行世界がひとつの世界にまとめられ、新しい設定で仕切り直し。スーパーマンの出自や少年時代のイベントも整理されました。たとえばスーパーマンは少年時代にスーパーボーイとして活躍することはなかったし、愛犬のクリプトもいなかったことにされました。これが1986年にジョン・バーンがストーリー兼ペンシラーとして描いた「THE MAN OF STEEL 」というシリーズで、日本では1996年に小学館プロダクションの雑誌「スーパーマン/バットマン」で邦訳されました。
いや長い前置きがやっと終わりましたが、でね、こういう本がもうすぐ発売されます。
●アラン・ムーア/カート・スワン他『スーパーマン:ザ・ラスト・エピソード』(2010年小学館集英社プロダクション、2400円+税、amazon)
出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。
「スーパーマンの最期」といえば、1993年にスーパーマンは悪役ドゥームズデイとどつきあったあげくに一度死んでますが(中央公論社より邦訳あり)、本書はそれとは違います。
「クライシス・オン・インフィナイト・アースズ」で風呂敷をたたんで、1986年の「ザ・マン・オブ・スティール」でスーパーマン世界をリニューアル。DC はこの橋渡しとして、スーパーマンをとりあえず終了させることにしました。これが本書に収録されている「Whatever Happened to the Man of Tomorrow? 」というタイトルの作品。スーパーマンの「あったかもしれない最終回」です。
ライターに選ばれたのがアラン・ムーア。彼がこの作品のライターの座を得るのに、OKをもらうまで編集者の首を絞め続けたという伝説があります。
アラン・ムーアはこの作品とほぼ同時に出版された1986年の『ウォッチメン』以後、アメコミ史上最高のライターの称号を得ますが、このときはアメリカに進出してまだ2年目の新進ライターにすぎませんでした。
ストーリーはこんな感じ。1987年の事件でスーパーマンが消えてその10年後。かつてスーパーマンの恋人だったロイス・レーンはすでに結婚し子どももいる。そこへデイリー・プラネットの記者が訪れ、ロイスの口から10年前の事件が語られる……
アメコミマニアのムーアですから、脚注が山のように必要な稚気あふれる作品に仕上がってます。なんせスーパーマンの最後の敵になるのが、五次元に住むあのおちゃらけキャラですし。
それと同時に本作は「感動作」でもあります。「最終回」だから怖いものなし。ムーアは容赦なく敵も味方もどんどんキャラクターを殺していきます。キャラクターの死で読者を泣かせるのは、手塚治虫も意識してよくやってた手法です。
ちょっと残念なのは日本人読者のわたしたちとしては、それぞれのキャラクターにあまりなじみがないので、「感動」とまではいかないところですね。
本作の絵を描いてるのがカート・スワンで、彼が描くのはジョン・バーン以後のスーパーマンとは違って、古いタイプのアメコミの絵柄です。カラリングもコンピュータ着色以前のべたっとした派手派手しい色づかい。こういう古いアメコミを楽しめるかどうかも読者を選ぶかもしれません。
ところでパラレルワールドが統一されたはずのDC ユニバースですが、じつは最近、2006年の「INFINITE CRISIS 」で、20年ぶりに世界がばらけてしまいました。今度は世界が52あるらしい。いやもう何が何やら。
本書にはムーア作の「スーパーマン」ものがあと二作収録されてます。
ひとつは「SUPERMAN AND SWANP THING: THE JUNGLE LINE 」。病気になって死を覚悟したスーパーマンが、スワンプシングと出会う話。
もひとつは「他に何を望もう FOR THE MAN WHO HAS EVERYTHING 」。これが絶品。
怪物に寄生されたスーパーマンが、自分でも気づいていなかった願望がかなえられた世界を体験する。その妄想の中では、スーパーマンの故郷の星は滅んでおらず、彼はごくふつうに結婚しふつうに息子を愛し、親との不和に悩んでいる。
もしスーパーマンが地球に来なかったらヒーローでも何でもなかったはずという、スーパーマンの設定の根源を明らかにしてるわけですね。絵は『ウォッチメン』でムーアと組んだデイブ・ギボンズです。
ムーアが描くスーパーマンは、どれも公式につくられた二次創作みたいなもので、ひねりまくってますな。
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で、同時発売されるのがこれ。
●ニール・ゲイマン/アンディ・キューバート他『バットマン:ザ・ラスト・エピソード』(2010年小学館集英社プロダクション、2400円+税、amazon)
えー、バットマンも最近、2008年の「FINAL CRISIS 」で最期をむかえてます。じつはこれはわたしも知らなかった。今は彼の後継者たちがバットマンを名のってるそうです。
で、本作はムーアの「Whatever Happened to the Man of Tomorrow? 」に対応する形で企画された、バットマンの「最終回」。原題は「Watever Happened to the Caped Crusader? 」です。
ムーアに対抗するのはニール・ゲイマン。最近は小説で賞いっぱいとってますね。表紙イラストはアレックス・ロスで、中のマンガを描いてるのはアンディ・キューバートですから、こっちはずいぶん今っぽいアメコミになってます。
バットマンの葬式で、敵味方のキャラクターがバットマンの死の真相を語ります。ところがバットマンの死の形はひとつではないらしい…… というお話で、幻想小説家のゲイマンらしいストーリー。とくに執事のアルフレッドが語る真相は驚愕です。これはすごい。
こちらにもゲイマンがライターをつとめたバットマンのコミックスが三作収録されてます。「黒と白の世界 A BLACK AND WHITE WORLD 」「パヴァーヌ PAVANE 」「原罪 ORIGINAL SIN /いつドアは…リドラー誕生秘話 WHEN IS A DOOR 」。
二冊を一気に読んで、ムーアが叙事のひとならゲイマンは抒情のひとだなあと感じたのであります。
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Comments
あ~やはりそうでしたか。
Posted by: 長谷邦夫 | May 22, 2010 08:35 AM
中央公論社「バットマンの最期」は、ラスト約30ページずっと1ページ1コマ、しかも最後の最後は見開き2ページ1コマの連続という表現上の実験をしてましたね。今回発売される「ザ・ラスト・エピソード」は、それとは別ものです。
Posted by: 漫棚通信 | May 19, 2010 09:02 AM
スーパーマンの最期は、
かつて中央公論社が出しましたよね。
購入して、その「大コマ」に驚かされました。
(本、どこに入り込んでしまったか?)
今回のクリエイティブ版は
それの復刻?
それとも別にあったとか?
Posted by: 長谷邦夫 | May 18, 2010 12:12 PM
えええーー、驚愕です。
何がって、とっても高価で、ナロー・マーケット・イン・ジャパンなアメコミ2大ヒーローの死を描いた両作に、悠々とコメントできる漫棚通信さんに!!
これはまったくもって畏れ入りました。
並行宇宙は現在のSF界では流行みたいですね、物理学の超ひも理論の深化で、その存在が学術的に示唆されて以来。
Posted by: トロ~ロ | May 17, 2010 11:31 PM