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May 30, 2010

iPad でマンガを読む(初級編)

 初級も何もわたしが初心者なだけですが。

 iPad がわが家にやってきて今日で三日目。日曜の朝に紅茶を飲みながらiPad で今日の産経新聞を読んでます。なかなか未来的な光景で、新聞はけっこうストレスなく読めますね。画面拡大が指で一瞬にできますから、とくに老眼の人間にとってはいいかもしんない。

 さて、わたしがもっとも気にしてるところはiPad が電子書籍リーダーとして実用に耐えるか、とくにマンガをストレスなく読むことができるか、という点です。

 読んでる途中で画面を縦にしても横にしてもOK、というiPad の特徴を使ったマンガの読みかた、読ませかたが誕生するのか。

 iPadの画面は、縦置きにするならA5判よりちょっと小さくてB6判よりちょっと大きい。縦置きなら日本マンガを読むには十分な大きさです。問題は横置きにしたときで、上下は文庫本とほぼ同じですが左右は文庫本を見開きにしたときよりすこし狭い。

 文庫化したマンガと同じなんだからこれでいいじゃないかと思われるかもしれませんが、やっぱ文庫はマンガにとっては小さい。ですから印刷される文庫のマンガは他の判型のものより、いわゆる内枠、基準枠ができるだけ大きくなるようにしてあります。枠の外の余白が少なめになってる。

 ところが電子書籍の原稿データはそういうことをあまり考えてないので、余白が広め。しかも最近のマンガは基準枠より外にはみ出すことが多いので、そこを読むのも楽しみ。つまりどうしても電子書籍リーダーでは絵が小さくなります。

 というわけでiPad を横にして、見開き2ページずつを表示させながらマンガを読むのはかなりつらいものがあります。iPad およびその他の電子書籍リーダーでマンガを読むには、やっぱ見開きをどうするかが大きな問題のようです。

 さてiPad でいくつかマンガを読んでみました。

●まずは無料で提供されてる、Webooks Inc. の松本大洋『吾 ナンバーファイブ 第一話』。データ+アプリケーションという両者が一緒になった形で提供されてるので、他の電子書籍リーダーで読むことはできません。

 1ページめだけはカラーで縦長の表紙イラスト。ここは当然iPad を縦に持って読んでます。ページをめくると、ここからはこの作品、見開き2ページがひとつのデータとなってます。

 単行本ではこの部分カラーなのに、モノクロデータかよー、というのはともかく。

 おそらくiPad に共通した仕様として、まず「その方向の画面で見られる最大の画像」を表示することになってるらしく、縦画面に見開き2ページがはいりますから、こりゃ絵が小さい。

※とりあえずこの文章中では、この「その方向の画面で見られる最大の画像」を「等倍画像」と表現させていただきます。

 だもんでiPad を横にして、横画面で見開き2ページを見ることになります。

 一応は読めるのですが、松本大洋のあの絵を文庫本サイズで読むのはつらいので、読者は当然拡大して読むことになります。拡大して読むならばということで縦画面に戻す。拡大は指で簡単にできますからそれで読み進み、さて次の2ページ、というところになって、行けない。

 なんとこのアプリケーションでは、「等倍画像」に戻さないと次の2ページに移れないのですね。いちいち画像を小さくしてからページをめくらなきゃならない。こんなことができるかっ。というわけでこのアプリまともに読めません。

 しかも拡大縮小をくり返してると動作が不安定になって、突然落ちます。無料アプリとしても完成度低すぎ。


●次はアメコミ。「Marvel Comics 」とComiXology の「Comics 」は基本的に同じアメコミ用のリーダーです。利用者登録も共有してます。両方とも無料でダウンロードできますし、無料で読めるアメコミもけっこう多い。

 アメコミはもともと細かく描き込んだB5判が基本で、しかもセリフやキャプションの描き文字が小さい。1ページを縦長画面に表示させて、読めないことはないのですけどね。

 当然拡大させながらふつうに読むこともできるのですが、このアプリケーション、読者を誘導するモードも持っていて、むしろそっちが主流。

 画面のあるコマをダブルタップするとそのコマが拡大されて表示されます。基本1コマが表示され、その他の部分は真っ白か真っ黒。横長のコマだったりすると画面内のはしっこは無視されてしまったり、あるいは2コマ表示されたりもします。画面の右端をタップすると次のコマへ、戻るときは左端をタップ。

 画面の右端をタップすると次のコマの人物のアップへ。その画面の右端をタップするとカメラが上方へティルト・アップしてその人物のフキダシが現れセリフが読めるようになる。無音→セリフというマンガになかった時間要素を組み込んだ「演出」つきなのです。つまり日本のケータイマンガの読ませかたと同じです。

 ただしケータイより画面はずいぶん大きいですし、コマ移動はカメラ(=読者の目)が移動するようなアニメーションつきで、次ページに移るときはオーバーラップ。臨場感はケータイマンガよりずいぶんあると見たがどうでしょうか。

 アメコミにも見開き2ページが1コマというような大きな絵がありますが、たとえば『Witchblade #80 』(無料)あたりではこれを5分割して見せ、さらに最後に全体像、計6回かけて1コマを見せるような演出もしてます。
 
 それと英語が得意じゃない読者にとっては、一気にどわっとローマ字が押し寄せてくるより、コマごとに少しずつ読むべき文章が現れてくるほうが読みやすい。

 思わずジャック・カービー御大のふっるい「ファンタスティック・フォー」とか買ってしまいました。


●さて、iPad に期待してたことのひとつとして、「手塚治虫大全集DVD-ROM 」、これをなんとか活用できないか、ということがありました。

 講談社から出版された講談社全集版400巻をDVD8枚におさめたもの。2001年発行で何と12万円もしました。1巻あたりになおすと300円ですから安いといえば安い。

 いやところがこれがね、椅子に座ってPC画面でもってマンガを読むという行為にはなかなか無理がありましてね。手塚のエッセイとかを引用するときに引っぱり出して見るくらい。死蔵してるとはいいません。いいませんが、12万円ぶんは読んでません。

 そこでnagisa の電子書籍リーダー「i文庫HD 」(現在700円)。

 「i文庫HD 」にはサンプルとして『アニマル★ミラクル』という数ページのマンガがはいっています。ただしこれは横向き画面にして見開き2ページを表示して読めるように、余白をできるだけ少なくする、という微妙なテクニックを使ってるのが気になります。

 これで手塚全集を読んでみよう。

 まずDVD のPDF ファイルをPC にコピー。次にiPad とPC をUSB ケーブル経由で同期させ、iTunesを使って「i文庫HD 」にファイルを転送しました。

 おお、まずは本棚にずらっと並んだ書影が壮観。横画面にして見開き2ページを表示させると、ページめくりのアニメーションも問題なく、どんどん読めるじゃないですか。

 ただし気になるのはやはり絵の大きさ。余白が大きくて文庫サイズではきびしい。そこで縦画面にして、1ページがちょうど画面にはいるように画像を2倍に拡大。PDF ファイルのせいか拡大して「ピントが合う」まで数秒かかるのがちょっと難です。

 そして見開き2ページを読み終わって次のページへ。ここで困ったことに次の画面では、縦画面に見開き2ページがすべて表示されるよう小さな「等倍画像」に戻ってしまうのですね。

 つまり縦画面で読み続けるには、2ページごとに画像を拡大しなきゃならない。これは手間です。

 アプリケーションとしては安定していて本棚も美しくてステキなのでもったいない。なんとか拡大画像のままページめくりができる仕様を追加してくれないかなあ。


●他の電子書籍リーダーも試してみよう。というわけで次は「CloudReaders 」(無料)。

 これも「i文庫HD 」と同様の方法でファイルをiPad に転送します。こちらは本棚には画像はなく、ファイル名が並ぶだけであっさりしたもの。手塚全集のPDF ファイル名は数字だけですので、転送前に自分でタイトル書きかえておかないと何やらわからなくなりそう。

 こちらも横画面では見開き2ページが表示されます。これは「i文庫HD 」と同じ。ただし「CloudReaders 」のほうではファイルの上下長が最適化され画面に合わされていて、左右は少しだけ切れます。プリセットでは左開きですが、これは簡単に右開きに変更できます。

 縦画面にするとどうかというと、おお、こっちでも上下長が最適化されているので、画面にマンガの1ページが表示される。そしてページめくりをしていっても、拡大縮小の手間いらず。これだよわたしが求めていたものは。

 ただし動作がやや不安定で、ページめくりのときにブラックアウトして、次の画像が出るまでに時間がかかることがあります。あと見開き2ページ1コマが登場したときは回転させ横画面にして読むことになりますが、この回転のアニメーションが他ソフトに比べなめらかじゃなくて、ちょっと気持ち悪いかな。

 望む安定化。しかしとりあえずは「CloudReaders 」で手塚全集を持ち歩くことにしました。いずれにしても手塚全集、iPad 上で10年目の復活なるか?

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May 26, 2010

実業之日本社の新書判マンガ

 「新書判コミックス」の誕生には、歴史的意義があるんじゃないかと思ってます。

 各社から新書判マンガがつぎつぎと出版されるようになったことで、出版社やマンガ家側から見ますと(1)雑誌に掲載したマンガを二次使用して単行本化して販売するというビジネスモデルができ、書店にとっては(2)それまでに存在しなかった「マンガの棚」をつくることになり、そして読者側においては(3)マンガをコレクションする層が増加し「オタク」の誕生を準備することになりました。ね、それなりに歴史的意義がありそうでしょ。

 辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』などによりますと、大阪の八興(日の丸文庫)が1956年にすでに新書判単行本を出版していたことがわかっています。日の丸文庫が出したのは、横山泰三『プーサン』、荻原賢次『花咲ける武士道』、岡部冬彦『ベビーギャング』などのおとなマンガでしたが、みごとに大失敗だったらしい。

 新書判マンガの本格的な登場は1966年。この年にコダマプレスのダイヤモンドコミックスと小学館のゴールデンコミックスがほぼ同時に創刊されました(前者がちょっとだけ早かったらしい)。1966年~1968年には新書判マンガの創刊が大ブームで、マンガ単行本の出版点数が一気に増えました。

 というわけで、わたし新書判マンガの始まりは1966年、と思いこんでおりましたところ、先日Twitter で、実業之日本社が発行する新書判マンガの存在を教えていただきました。

 実業之日本社は明治時代から存在する老舗出版社で「週刊漫画サンデー」を出してるとこね。「週刊漫画サンデー」は今でこそ主におっさんが読む大衆劇画誌ですが、かつてはおとな向けナンセンスマンガの牙城だったのですよ。

 そこで図書館で『実業之日本社百年図書総目録』(1997年実業之日本社、非売品)を調べてみますと。

 実業之日本社はそれまでにも新書を出してましたが、1963年に「実日新書」というシリーズを開始しています。そして1965年に始まったのが「ホリデー新書」。

 出版されたのが、吉行淳之介『痴語のすすめ』、山田風太郎『自来也忍法帖』、竹村健一『海外スマート旅行』などですから、お堅い「実日新書」、エンタメ小説や実用軽読み物の「ホリデー新書」とすみ分けたのでしょう。

 「ホリデー新書」が開始されてすぐ、3冊目として1965年6月に発行されたのがこれ。

●サトウサンペイ『サラリーマン アサカゼ君』(1965年6月、158ページ、220円)

 おお、他社より一年早い新書判コミックスだ。『アサカゼ君』は「週刊漫画サンデー」に連載されていた作品ですから、自社週刊誌の連載マンガを自社の新書判単行本として二次使用する、というビジネスモデルの先駆でもあります。

 「ホリデー新書」の中では、マンガは小説や軽読み物と混じって三本の柱の一本という扱いで、継続的に出版されていきます。

●富永一朗『ポンコツおやじ』(1966年3月、162ページ、220円)
●富永一朗『ポンコツおやじ 2』(1966年5月、162ページ、220円)
●園山俊二『ギャートルズ』(1966年7月、157ページ、220円)
●小島功『日本のかあちゃん』(1966年7月、160ページ、220円)
●加藤芳郎『ベンベン物語』(1966年7月、158ページ、220円)
●荻原賢次『忍術武士道』(1966年8月、158ページ、220円)

 そしてしばらく間があいて、最後がこれ。

●手塚治虫『人間ども集まれ!(上)』(1968年12月、208ページ、250円)
●手塚治虫『人間ども集まれ!(下)』(1968年12月、228ページ、250円)

 ホリデー新書で出版されたマンガはすべて「週刊漫画サンデー」に連載されたものでした。

 ただし「ホリデー新書」というシリーズ自体、1969年で終了。1970年からは新書判のまま「ホリデー・フィクション」「ホリデー・グラフィック」「ホリデー・ダイナミックス」とシリーズが細分化しました。

 同時に「ホリデー・コミックス」が創刊。このマンガのシリーズは厳密には新書じゃなくて、全書判(小B6判)という新書判とは微妙に違う判型でした。

 「ホリデー・コミックス」のほうはけっこう知られてて、ネット上にはリストもありますね。

 1970年8月の赤塚不二夫『天才バカボンのおやじ』、藤子不二雄『黒イせえるすまん』、手塚治虫『ペックスばんざい』に始まって、1971年12月の福地泡介『泡介ウハウハ傑作集』、石森章太郎『CMコマちゃん』まで、計27冊を発行しました。

 出版ラインナップの半分はおとなマンガ系です。なかには長谷邦夫先生のパロディマンガ集『少年マネジン』や、石原豪人『柳生十兵衛』(出版された1971年はNHKの大河ドラマで柳生宗矩が主人公の「春の坂道」が放映されてて柳生ブームでした。このときの柳生十兵衛役が原田芳雄。このマンガ、大西祥平氏が復刊を計画してるらしい)なんかも混じってます。

 「ホリデー新書」として刊行されたマンガは、この「ホリデー・コミックス」の前身にあたるものです。実業之日本社は少なくとも他社よりも一年早く新書版コミックスを立ち上げたわけですから、ずいぶんと先進的だったのですね。

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May 21, 2010

野田さんに夢中『野田ともうします。』

 昨年、わが家で人気ナンバーワンだったマンガの第2巻が発売。

●柘植文『野田ともうします。』2巻(2010年講談社、667円+税、amazon

野田ともうします。(1) (ワイドKC キス) 野田ともうします。(2) (ワイドKC キス)

 主人公、野田さんは群馬出身。埼玉にある「東京平成大学」文学部ロシア文学科の一年生か、二年生。手影絵部というマイナーサークルに属しファミレスでバイトする彼女は、見た目も生活も地味な大学の地味なメガネ女子。しかしその存在は特異です。

 彼女の興味の対象は、ロシア文学だったり手影絵だったり太宰治の文学だったりしますが、それだけでは終わらない。

 興味があるものには一直線に突進する野田さんの腰は軽く、ピロシキを食べるために西武ライオンズのファンクラブに入ったり、学祭のミスコンにエントリーしたり、相撲をとったり、たこ焼きが食べたくて夜中にタコを買ったり、シャンパンタワーのためにいっぱいのシャンパングラスを買ってみたりするのです。

 ただし、その結果として得られるものはそんなに大きなものではない。ちっさな満足。それでも彼女はその小さな幸せに十分満足しているらしいのです。

 しかも野田さんはまわりの目をまったく気にせず、超然としているのですね。これがもうすがすがしくてまさにスーパーウーマン? 彼女の考え方や行動には憧れてしまうじゃないですか。堂々たる平凡、堂々たるダサさ。

 唯一無二のキャラクターを持つ野田さんは、登場人物みんなが一目置く存在です。そしてマンガ内の架空キャラクターであるにもかかわらず、すべての読者の憧れの的、理想の存在でもあります。わが家のみんなも、野田さんのファンなのですね。

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May 17, 2010

スーパーマンとバットマンの「最終回」

 アメコミの代表的なキャラクターといえばもちろんスーパーマンが第一に挙げられるのですが、最近邦訳されたコミックスは少ない。むしろバットマンやX-MEN のほうがたくさん出版されてます。

 スーパーマンにはどうしても能天気で快活なヒーロー=子ども向けというイメージがあって、現代日本では心の黒いバットマンや、差別され悩めるX-MEN たちのほうが受け入れられやすいのでしょうか。

 きちんとしたスーパーマンのコミックス邦訳は、かつて少年画報社が1959年に雑誌「スーパーマン」を創刊。その20年後、1978年にはマーベリック出版が「月刊スーパーマン」を刊行。さらにその20年後、1996年に小学館プロダクションから雑誌「スーパーマン/バットマン」が刊行(これは3冊だけで終わりました)。あとは単発の邦訳だけ、かな。

 現代日本人にとってのスーパーマンは、コミックスよりも映画やTVでのほうがなじみがありそうです。

 ですから日本人読者は、コミックスのスーパーマンのことは知っているようでよく知らない。なんせ1938年から70年以上続いている作品、しかも大まかなストーリーの流れがあって、これがDC コミックスの他のキャラクターたちを巻き込んでどうにもこうにも複雑なんですよ。

 スーパーマンの歴史の中でとくに大きなイベントだったのが、1985年の「CRISIS ON INFINITE EARTHS 」と呼ばれるもの。

 開始から50年、パラレルワールドのアース1、アース2それぞれにスーパーヒーローがいる、という設定にしていたDC ユニバースですが、あまりに世界が広がりすぎて物語の整合性がなくなっていました。そこでDC は広げた風呂敷を一度たたんでしまうことに。

 このイベントで、すべての並行世界がひとつの世界にまとめられ、新しい設定で仕切り直し。スーパーマンの出自や少年時代のイベントも整理されました。たとえばスーパーマンは少年時代にスーパーボーイとして活躍することはなかったし、愛犬のクリプトもいなかったことにされました。これが1986年にジョン・バーンがストーリー兼ペンシラーとして描いた「THE MAN OF STEEL 」というシリーズで、日本では1996年に小学館プロダクションの雑誌「スーパーマン/バットマン」で邦訳されました。

 いや長い前置きがやっと終わりましたが、でね、こういう本がもうすぐ発売されます。

●アラン・ムーア/カート・スワン他『スーパーマン:ザ・ラスト・エピソード』(2010年小学館集英社プロダクション、2400円+税、amazon

スーパーマン:ザ・ラスト・エピソード

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 「スーパーマンの最期」といえば、1993年にスーパーマンは悪役ドゥームズデイとどつきあったあげくに一度死んでますが(中央公論社より邦訳あり)、本書はそれとは違います。

 「クライシス・オン・インフィナイト・アースズ」で風呂敷をたたんで、1986年の「ザ・マン・オブ・スティール」でスーパーマン世界をリニューアル。DC はこの橋渡しとして、スーパーマンをとりあえず終了させることにしました。これが本書に収録されている「Whatever Happened to the Man of Tomorrow? 」というタイトルの作品。スーパーマンの「あったかもしれない最終回」です。

 ライターに選ばれたのがアラン・ムーア。彼がこの作品のライターの座を得るのに、OKをもらうまで編集者の首を絞め続けたという伝説があります。

 アラン・ムーアはこの作品とほぼ同時に出版された1986年の『ウォッチメン』以後、アメコミ史上最高のライターの称号を得ますが、このときはアメリカに進出してまだ2年目の新進ライターにすぎませんでした。

 ストーリーはこんな感じ。1987年の事件でスーパーマンが消えてその10年後。かつてスーパーマンの恋人だったロイス・レーンはすでに結婚し子どももいる。そこへデイリー・プラネットの記者が訪れ、ロイスの口から10年前の事件が語られる……

 アメコミマニアのムーアですから、脚注が山のように必要な稚気あふれる作品に仕上がってます。なんせスーパーマンの最後の敵になるのが、五次元に住むあのおちゃらけキャラですし。

 それと同時に本作は「感動作」でもあります。「最終回」だから怖いものなし。ムーアは容赦なく敵も味方もどんどんキャラクターを殺していきます。キャラクターの死で読者を泣かせるのは、手塚治虫も意識してよくやってた手法です。

 ちょっと残念なのは日本人読者のわたしたちとしては、それぞれのキャラクターにあまりなじみがないので、「感動」とまではいかないところですね。

 本作の絵を描いてるのがカート・スワンで、彼が描くのはジョン・バーン以後のスーパーマンとは違って、古いタイプのアメコミの絵柄です。カラリングもコンピュータ着色以前のべたっとした派手派手しい色づかい。こういう古いアメコミを楽しめるかどうかも読者を選ぶかもしれません。

 ところでパラレルワールドが統一されたはずのDC ユニバースですが、じつは最近、2006年の「INFINITE CRISIS 」で、20年ぶりに世界がばらけてしまいました。今度は世界が52あるらしい。いやもう何が何やら。

 本書にはムーア作の「スーパーマン」ものがあと二作収録されてます。

 ひとつは「SUPERMAN AND SWANP THING: THE JUNGLE LINE 」。病気になって死を覚悟したスーパーマンが、スワンプシングと出会う話。

 もひとつは「他に何を望もう FOR THE MAN WHO HAS EVERYTHING 」。これが絶品。

 怪物に寄生されたスーパーマンが、自分でも気づいていなかった願望がかなえられた世界を体験する。その妄想の中では、スーパーマンの故郷の星は滅んでおらず、彼はごくふつうに結婚しふつうに息子を愛し、親との不和に悩んでいる。

 もしスーパーマンが地球に来なかったらヒーローでも何でもなかったはずという、スーパーマンの設定の根源を明らかにしてるわけですね。絵は『ウォッチメン』でムーアと組んだデイブ・ギボンズです。

 ムーアが描くスーパーマンは、どれも公式につくられた二次創作みたいなもので、ひねりまくってますな。

*****

 で、同時発売されるのがこれ。

●ニール・ゲイマン/アンディ・キューバート他『バットマン:ザ・ラスト・エピソード』(2010年小学館集英社プロダクション、2400円+税、amazon

バットマン:ザ・ラスト・エピソード

 えー、バットマンも最近、2008年の「FINAL CRISIS 」で最期をむかえてます。じつはこれはわたしも知らなかった。今は彼の後継者たちがバットマンを名のってるそうです。

 で、本作はムーアの「Whatever Happened to the Man of Tomorrow? 」に対応する形で企画された、バットマンの「最終回」。原題は「Watever Happened to the Caped Crusader? 」です。

 ムーアに対抗するのはニール・ゲイマン。最近は小説で賞いっぱいとってますね。表紙イラストはアレックス・ロスで、中のマンガを描いてるのはアンディ・キューバートですから、こっちはずいぶん今っぽいアメコミになってます。

 バットマンの葬式で、敵味方のキャラクターがバットマンの死の真相を語ります。ところがバットマンの死の形はひとつではないらしい…… というお話で、幻想小説家のゲイマンらしいストーリー。とくに執事のアルフレッドが語る真相は驚愕です。これはすごい。

 こちらにもゲイマンがライターをつとめたバットマンのコミックスが三作収録されてます。「黒と白の世界 A BLACK AND WHITE WORLD 」「パヴァーヌ PAVANE 」「原罪 ORIGINAL SIN /いつドアは…リドラー誕生秘話 WHEN IS A DOOR 」。

 二冊を一気に読んで、ムーアが叙事のひとならゲイマンは抒情のひとだなあと感じたのであります。

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May 10, 2010

iPad 予約しちゃったよ

 基本的にハヤリモノには弱いたちなので、初日にiPad 予約しちゃいました。朝9時すぎにアップルストアをのぞいてみると、すでに予約できるようになってたので、勢いで予約完了。こういうのはかつてプレステ2を発売日にゲットして以来ですな。

 実は最近メインマシンとして使ってるノートパソコンが、TweetDeck を走らせてるせいか年中フリーズするわ、熱暴走のせいか年中ブラックアウトするわで、買いかえようかと考えてた矢先なのでした。

 クルマ通勤で家にも職場にも無線LANがある状況ですから3Gは不要。というか田舎の人間には3Gは無意味でしょ。酒場のお姉ちゃんに見せびらかすぐらいしか思いつきません。

 大きさは思いきって64GBとしてみました。データだけじゃなくてソフトもそこそこ容量食いそうな気がするし。

 とりあえずアメコミをiPad 上で読んでみたいという野望を持っておりますが、さてどうなるかしら。

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May 07, 2010

こまわり君はどこへ行くのか

 山上たつひこ『中春こまわり君』2巻(2010年小学館、1143円+税、amazon)が発売されているわけですが。

中春こまわり君 (ビッグコミックススペシャル) 中春こまわり君 2 (ビッグ コミックス〔スペシャル〕)

 2004年にこまわり君が復活して、すでに6年が経過。1巻の収録作品は4年以上かけて描かれたものですが、この2巻収録分は1年かからずに描かれています。山上たつひこは、マンガ家として本格的に復帰したといっていいのでしょう。

 すでにこまわり君は狂騒的なギャグ世界の住人ではありません。妻を持ち子を持ち、常識を持った会社員としてきちんとした生活をおくっています。もちろんギャグは昔取った杵柄というもので、名人芸というか古典芸能化しているというか、ちゃんと笑えます。

 1巻2巻をとおして読んで、新こまわり君のパターンはふたつ。ひとつはキャラクターたちがああだこうだとかけ合いながらギャグを見せるパターン。かつての『がきデカ』と同様ですな。とくにかつてのキャラクターを知ってる高年齢読者にはたまらない。

 もひとつは、ある謎を持った事件が起こり、こまわり君が狂言回しあるいは探偵役として行動するミステリ的な作品。この系統はこまわり君の枠内でなくても成立するお話ですが、なじみのキャラクターを利用するとさらにおもしろさが増します。

 で、作者はこのふたつのパターンをくりかえしながら、連載を進めていきます。かつてわたしは、新こまわり君からは老いと死の匂いがすると書きましたが、2巻が刊行されて、ますますその思いを強くしました。

 もちろん、山上作品が本来暗いものを抱えていることや、殺人や老いを題材に選んでいることもありますが、かつて能天気だったキャラクターたちが確実に老いていることが読者を驚かせるのです。作者の筆は容赦がない。

 しかも再開された『中春こまわり君』では、読者=現実の時間経過と同時進行でマンガキャラクターたちも年をとっていきます。

 多くのマンガキャラクターは年齢を重ねません。毎年春が来てもそこは華麗にスルーして、永遠の中学生だったり永遠の小学三年生だったりします。もちろん成長していくキャラクターもいるのですが、彼らの時間は読者のそれとは異なり、すごくゆっくり流れています。ですからマンガキャラクターが三つ年をとる間に、リアル世界では十年以上が経過していることもアタリマエにあります。

 リアル世界とマンガ世界が、同じ時間の流れを共有してる長期連載作品はむしろ少数派でしょう。かつて月刊学年誌では存在したかもしれません。アニメでは「おジャ魔女どれみ」シリーズが小学三年生から六年生までを四年間かけて描いたのが有名ですね。

 どれみたちは小学校卒業で視聴者の前から姿を消しましたが、これがもし、えんえんとずっと続いていればどうなるか。『中春こまわり君』はそういう実験をしているような気がします。

 キャラクターの成長=老いが、読者の成長=老いとシンクロする。いつか『中春こまわり君』のキャラクターたちも老いて死ぬ日が来るのじゃないか。2巻が刊行されたということは、その可能性もないとはいえない。その日がこわくもあり楽しみでもあり。

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May 03, 2010

古典のマンガ化

 今日の朝日新聞に掲載された園部哲のエッセイで、イギリス人が読んでないのに読んだと見栄をはる本とは、という話題がとりあげられてました。

 昨年の調査で、読んだふりをしたことがあるひとが回答者の61%。そしてそのタイトルの第一位がオーウェル『1984年』、つづいて『戦争と平和』、『ボヴァリー夫人』だそうです。古典ですなあ。

 会話のなかで本の話題が出るのは、お互いをそれなりに読書家と認め合ってる仲だから、でしょう。そのなかでこういう小さな「ウソ」もありそうなことですね。わたしもぱっと思いうかびませんが見栄はったことあるかもしれない。いやきっとあるだろう。

 ちなみに正直に申告しますと上記三作のうち、『戦争と平和』も『ボヴァリー夫人』も読んだことありません。『1984年』だけは新庄哲夫訳のハヤカワ文庫NV版を持ってます。

 ただし現代の日本なら上記三作ともマンガで読めてしまうのですね。『戦争と平和』はイースト・プレスの文庫、「まんがで読破」シリーズにありますし(→amazon)、『ボヴァリー夫人』はいがらしゆみこがマンガ化してます(→amazon)。

戦争と平和 (まんがで読破) ボヴァリー夫人 (中公文庫―コミック版)

 日本でこういう話題が出るときは、マンガや子ども向けリライトでなら読んだことある、というひともけっこういるかも。

 『1984年』も最近マンガ化されました。

●ジョージ・オーウェル/森晶麿/大岡智子『comic 1984』(2010年PHP研究所、1000円+税、amazon

COMIC 1984

 アマゾンの当該ページに行きますと、カスタマーレビューに「買う価値ありません」というのと「最高傑作!」というのが並んでて、しかも両方ともにレビューを初めて書いたひとの評、というのがなにやら不思議感がただよいますな。

 えっとわたしの感想を言わせていただくと、堅実な仕上がりです。基本的にオーウェルの原作に忠実で、ストーリーの流れ、セリフ、さらに絵のほうでも都市や服装のデザインなど、原作からはみでるところはほとんどありません。

 そのぶん安心して読めますが驚きは薄い。演出も含めて地味で残念に感じました。じつはあの『1984年』をどう料理するのかと、発売前から期待してたんですけどね。結局本書も、イースト・プレスの「まんがで読破」文庫シリーズと同様に、簡易読書を目的としたもののようです。村上春樹『1Q84』人気に便乗した出版なのかな。

 まあわたしが求めるものが「マンガとしての」質や価値なので、古典や名作をマンガ化を刊行する出版社が想定する読者とは、ずれてるのかもしれません。古典をマンガ化するのなら、「引く」ばかりじゃなくて、何かを「足して」欲しいのですね。

 その意味では、カフカの『変身』という原作にいろんなものを足して足して足しまくってできあがった、桜壱バーゲン『変身』(2009年双葉社、838円+税、amazon)という作品がありまして、これはエログロ満載で「古典のマンガ化」としては邪道の限りをつくしてるのですが、むちゃくちゃおもしろい。

変身 (アクションコミックス)

 桜壱バーゲンは「小説を忠実に漫画にすると、単純に退屈きわまりない作品になってしまう」と考え、この方針でマンガ化したわけです。これに対して、原作をそのままマンガ化する試みもあります。

●フランク・カフカ/西岡兄妹『カフカ CLASSICS IN COMICS 』(2010年ヴィレッジブックス、1300円+税、amazon

カフカ 《Classics in Comics》

 この作品集でも『変身』はマンガ化されていますが、マンガなら当然描きたくなる「虫」の直接描写がまったくない。「退屈」になるのを恐れず、ただ絵の力だけで読者の緊張感を維持させようとする試みです。

 桜壱バーゲンから西岡兄妹まで、古典のマンガ化はこういう大きな振幅を見るのが楽しいのです。

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