悪意から狂気へ『ヒメアノ~ル』
古谷実『ヒメアノ~ル』が6巻(2010年講談社、533円+税、amazon)で完結。
最近の古谷実作品のタイトルは、それぞれ作品内容と深く関わっています。たとえば『ヒミズ』とはモグラに似た地中の小型哺乳類です。
『シガテラ』とはシガテラトキシンという毒を持つ熱帯魚。フグと同じように、もともと自分が毒を持っているのではなく、プランクトンをたべることでその毒を自身のカラダに蓄積していきます。このマンガでは、ある人間の持つ毒=悪意が他の人間に「感染」していくことを暗示してるわけです。
『わにとかげぎす』は作品内にも姿が登場する深海魚。この寓意はわかりやすくて、深海魚のような情けない生活を送ってる男が、日常的な幸せに向けてゆっくりと浮上していく話です。
ただし『ヒメアノ~ル』というタイトルはちょっとわかりにくかった。「アノール」とはトカゲのことです。となると「ヒメアノール」は「ヒメトカゲ」のことでしょう。日本で有名なのは沖縄などに生息する「ヘリグロヒメトカゲ」で、こういう姿をしています。
体長10cmほどで(見ようによっては)かわいい顔をしてます。彼らは小昆虫を食べているそうですが、当然猛禽たちのエサにもなっていて、ま、人間にたとえれば社会的弱者ですな。
『ヒメアノ~ル』ではこれまでの作品と同様に、悪意対小市民の対決が描かれます。ただし過去作品と比べて敵はあまりに強大。小さな幸せを模索している悩める小市民たちに対して、それを阻止しようとする連続殺人犯、快楽殺人者が登場します。おそらくこいつは古谷作品の中でも最強にして最悪。
本書で登場人物や読者の前に登場する敵は、悪意からさらに進んで、狂気です。『ヒメアノ~ル』は真正面から狂気を描く試みでありました。
しかも狂気の描かれかたがコワイ。本書では殺人者の狂気がこまかく描かれるのと同じバランスで、被害者たちの心情が、これもじっくりと描きこまれています。つまり被害者=ヒメトカゲたちが、いかに殺人の被害者となっていくのかを描いたのが本書なのです。スリラーとしても一級。
古谷実作品ですから、おちゃらけたギャグもいっぱい。しかしそれも含めて、すべてコワイ。作者はどこまで行くつもりなんだ。読者としては呆然として見守るだけです。
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Comments
始めまして、こんにちわ。
いつも深く静かに(昔から)楽しく、読まさせて頂いております。
> 必ず読んでいたのが、星新一。そしてちょっとヒネた少年少女たちが必ず読んでいたのが、筒井康隆
わはははは。その通りですよねえ。
それに私は「フレドリック・ブラウン」も入れて欲しいのですが・・・。
がはははは。
Posted by: SYU | April 16, 2010 11:27 AM