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March 31, 2010

ののちゃんとポルトガル

 いしいひさいち『ののちゃん』ちの隣にあるキクチ食堂で、昨年からアルバイトをしてる女子高生がいます。彼女の名前が吉川ロカ。

 食堂の定休日には店でライブをさせてもらっているというミュージシャンの卵です。彼女が歌うのはポルトガル語の歌。

 だいたい「ロカ」というネーミング自体、ポルトガルのロカ岬からとられてます。リスボンにあるユーラシア大陸最西端の岬。

 ポルトガルの民族歌謡をファドといい、吉川ロカさんが歌ってるのもこれです。かつて吉川さんは、文化祭でファドを歌おうとして、先生から「それでインドネシア語だっけ 今の歌」とか言われてキレてました。

 さて昨日2010年3月30日朝日新聞に掲載された『ののちゃん』第4512回。キクチ食堂で吉川ロカが熱唱していたのがこの歌。

Deixa-me beijar as tuas águas
Terra da minha mae
Terra das meus amores

故郷の川面にキスさせて
母なる大地よ
愛する大地よ
(わたしが超テキトーに訳しました。信用しないで)

 食堂のお客から失礼にも「陰気な歌だなぁ めしがまずくなるよな」とか言われてますが、この曲はファドの名曲「Beijo de Saudade 」(「望郷のキス」とでも訳せばいいのかな)のようです。

 歌われているのはリスボンのテージョ川、らしい。故郷を離れた男がふるさとのリスボンを懐かしむ歌、らしい。

 YouTubeでどうぞ。歌ってるのは女性ファディストのマリーザ。

 演歌の雰囲気がありますなあ。

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March 27, 2010

自伝がいっぱい水木しげる

 来週からNHKの朝ドラは「ゲゲゲの女房」ですね。「ちりとてちん」以来、ひさしぶりに楽しめるかなあ。個人的にはストーリー以外に、白土三平は、長井勝一は、手塚治虫は、つげ義春は、池上遼一は、登場するのかっ、なんてことがすごく気になってます。

 近年、水木しげる作品の刊行ペースはえらいことになっておりますが、朝ドラのこともあってごく最近出た文庫二冊。

●水木しげる『ビビビの貧乏時代 いつもお腹をすかせてた!』(2010年集英社/ホーム社漫画文庫、667円+税、amazon
●水木しげる『私はゲゲゲ 神秘家水木しげる伝』(2010年角川文庫、705円+税、amazon

ビビビの貧乏時代―いつもお腹をすかせてた! (HMB M 6-7) 私はゲゲゲ  神秘家水木しげる伝 (角川文庫)

 「ビビビ」とか「ゲゲゲ」がタイトルにはいってるのは、あきらかに「ゲゲゲの女房」を意識してますね。

 『ビビビの貧乏時代』はマンガ短編集。収録作品が描かれた時期は1969年から1975年で、1997年のものが一作。自伝「的」エッセイマンガを集めたものです。変名で登場する白土三平やつげ義春や池上遼一の生態が興味深い。猥雑な作品であっても、水木しげる作品はほのぼのできるなあ。

 『私はゲゲゲ』のほうは、元版が刊行されたのがごく最近の2008年。これも自伝マンガですが、最近のものは水木しげる自身の手では描いてないだろうから、絵的にちょっと魅力に欠けるのが難。

 水木しげるは自伝あるいはそれに類するものを、文章やマンガでいっぱい描いてます。以前に調べたところでは、これくらいありました。今はもっと増えてるかもしれない。

 この手の作品として一作だけを挙げるなら、●『完全版水木しげる伝』全三巻(2004年~2005年講談社漫画文庫、各820円+税、amazon)につきるでしょう。

完全版水木しげる伝(上) (講談社漫画文庫) 完全版水木しげる伝(中) (講談社漫画文庫) 完全版水木しげる伝(下) (講談社漫画文庫)

 大作『コミック昭和史』や『ビビビの貧乏時代』に収録されてるような短編群から再編集したものです。なんつってもそのボリュームに圧倒されますし、ひとつの作品として優れたものに仕上がってます。下巻には、関東水木会・平林重雄による30ページ以上におよぶすっごく詳細な年譜つき。

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March 24, 2010

『ののちゃん』の住所

 昨年秋から休載していた朝日新聞のいしいひさいち『ののちゃん』が、この三月から連載再開してます。

 ネットにおされて新聞は存続の危機だそうですが、連載される四コママンガで読む新聞を決めてるひともいるんじゃないかしら。『ののちゃん』休載中の朝日新聞には魅力がなかったですよ。

 ウチのほうの朝日新聞には夕刊がありません。森見登美彦の小説『聖なる怠け者の冒険』も朝刊に連載されてたのですが、愛読してたこれが終わっちゃって、もう朝日とるのをやめようか、と思ってた矢先に『ののちゃん』再開のお知らせ。というわけで、もうしばらく朝日新聞購読を続けることになりました。

 『ののちゃん』が再開してすぐは、作者がペンを変更したのか(ミリペン?)、以前より太くて勢いのない線になってて、ウチの家庭内ではずいぶん変わったねー、などと心配しておったのですが、これも一週間かからずにもとの勢いのある線に戻りました。たいへんけっこうなことで、よかったよかった。

 で、本日の『ののちゃん』4506回。ののちゃん一家が東京ディズニーランドを訪れる計画をたたてています。

「予算はどうだ」
「行けます」
「行けますけど小田原までしか帰れません」

 条件を変えて計算しなおしても、

「浜松までしか帰れません」

 おお、ということは山田家は浜松以西にあるのか。

 山田家ではおばあさんとおかあさんが関西弁。おとうさんとのぼるくんが標準語。ののちゃんがバイリンガル。そしてクラスメイトたちはみんな標準語。

 ですから、彼らが住んでるのは関東のローカル都市だろうと考えておりました。ですから本日のマンガで明らかにされたことはずいぶん意外。

 となると、ののちゃん世界の標準語は、「関西弁とはちがう言葉」という記号的表現だったのか。

 浜松以西で、関西弁とはちがう系統の方言をしゃべる土地。うーん、名古屋や三重あたり? それとももっと遠くの九州あたりなのか? ミステリ好きのいしいひさいちだから、何らかの回答は用意されてるんでしょうけど。

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March 15, 2010

学習マンガ「サルでもわかる非実在青少年」

ふらんつ:いろんな事件も片づいたし、さふぁいあ、さあキスしよう! 結婚しよう!

さふぁいあ:それがだめなの。

:どうして!?

:ここじゃ読者が見てるでしょ。マンガ内に存在する子どもキャラクターであるわたしたちにはセックス類似行為が許されてないの。

:なにそれ?

:東京都議会に提出された青少年保護条例改正案では、わたしたちは「非実在青少年」ということになるの。

:「非実在青少年」?

:「非実在青少年」っていうのは、「年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの」のことよ。

:わかりにくいなあ。

:ともかく、子どもに見えるマンガキャラクターのこと。わたしたち「非実在青少年」としては、「性交類似行為に係る非実在青少年の姿態を視覚により認識することができる方法でみだりに性的対象として肯定的に描写」してはダメなのよ。

:セックスをしちゃいけないってこと?

:わたしたちのセックスそのものは禁止されてないけど、「視覚」にうったえちゃダメってっこと。つまり、キス→暗転→「朝チュン」にしなさいってことね。

:そ、それは1950年代までのハリウッドの手法だよ。いまどきそんな古くさいことができるわけ…… なぜそんなことになったんだい。

:もともとこの改正案は「青少年の健全な育成」のため、ネット上の「有害情報」を規制するために提出されたものなの。そのついでの形で、マンガも規制しちゃおうってことになったのね。

:ついでかよ!

第28期東京都青少年問題協議会の議事録(pdf )や答申(pdf )を読めばわかるけど、東京都の認識はこんな感じなの。
(1)子どもに対する強姦や輪姦、近親相姦などの過激な性的行為を描写したマンガ、アニメ、ゲームは、日本の法律では規制されてないから、
(2)一般書店やインターネット上でかんたんに購入できる。
(3)それに、大手出版社を含む多くの出版社から販売されている小・中学生向けのマンガには児童・生徒の性行為の描写が多く含まれている。
(4)これらの中には、教師と生徒の性交や近親相姦が肯定的に描かれているものがある。
こういうことが良くない例としてあげられているの。

:ちょっと待ったーっ。青少年問題協議会が問題視しているのは、「非実在青少年」マンガがエロすぎる、ということなのかい? それとも「非実在青少年」マンガが道徳的に良くない、ということなのかい?

:それがごっちゃに議論されているのが困ったことなのよ。エロすぎるのなら、これまでの都条例による不健全図書指定や、書店でのゾーニングでじゅうぶん対処可能なはずでしょ。

:先生と生徒の恋愛や近親相姦が道徳的に良くないかどうかは、こんな条例でどうこうしようというレベルの話じゃないしなあ。各個人にとっての道徳とか倫理とか、表現の自由なんかがかかわってくる大きな問題なんじゃないのかな。

:そのとおりよ。都の主張は、ただただ「非実在青少年」のセックスがきらい、というだけの論理で組み立てられているみたいね。

:現在、マンガは児童ポルノ法に含まれてないはずだよね。「非現実青少年」の性をあつかったマンガは、社会に対してどんな悪影響を与えるんだろう。

:これも第28期東京都青少年問題協議会の答申(pdf )を読めばわかるけど、「非現実青少年」が性的虐待を受けるマンガが流通すると、「児童を性の対象とする風潮が助長されることは否定できないであろう」という主張ね。

:「否定できないであろう」ってのは「否定×否定×推定」なんだから、ずいぶん遠回しでおもしろい表現だね。

:もひとつの主張は、「大人がエッチなマンガを子どもに見せ、『他の子もやっている』『これは普通のことだ』などと信じさせて、子どもに性的虐待を行う危険性も大きい」というものね。

:実際にそんなことがあったの?

:さあ、もしそんなことがあったら鬼の首を取ったような騒ぎになってたでしょうけどね。東京都の主張は抽象的なものがほとんどで、具体的にはこれぐらいがあげられてるだけなの。
あとは、実在の児童が演じているセックスと「非実在青少年」によるそれは同じものであるとか、以前からの主張がくり返されてるだけ。

:結局、あるひとにとってはそれなりに納得できる主張かもしれないけど、その他のひとにとっては牽強付会ってことかな。

:エロいから規制するのじゃなくて、自分の価値観に照らして許せないから規制するということが明らかなんだけど、それをオモテだって表明してしまうと議論が果てしなくなってしまうから、「青少年の健全な育成」というだれも反対できないような問題にすり替えてるのじゃないかしら。

:結局、理屈なんかあとからつけたようなものだなあ。東京都のホンネは、非実在青少年のセックスはすべて隠してしまいたいんだね。

:わたしたち「非実在青少年」は実在しないから、性被害者になりようがないんだけど、それをムリヤリ実在の児童に押しつけてるの。

:マンガのキャラクターは永遠に年を取らないから若く見えるかもしれないけど、ぼくたちはもうじゅうぶんに成人だよ。

:実年齢は関係ないのよ。ともかく18歳未満に見えたらダメなの。ほら、あなたもわたしも若く見えるでしょ。

:今までナイショにしてた裏設定なんだけど、実はきみもぼくも妖精で、実は500歳……

:ダメ。

:実は未来からやってきたアンドロイド……

:ダメ。

:実は宇宙人……

:ダメだったら。「非実在青少年」であるわたしたちの貞操を守ってくれるのありがたいのだけど、それならわたしたちがふつうにセックスする権利はどうなっているのでしょうね。

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March 14, 2010

「非実在青少年」はこのように規制される(だろう)

 東京都青少年保護条例改正案が可決され、「非実在青少年」規制が始まったらどうなるかのシミュレーション。

 条例改正案による「非実在青少年」の定義は以下のとおりです。

年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの

 とりあえず現在言われている「非実在青少年」とは、マンガ、アニメ、ゲーム内のキャラクターに限定していいでしょう(ECPAT/ストップ子ども買春の会などは小説やラジオドラマまでその範囲を広げようという主張をしていますが)。

 「非実在青少年」について禁止されることは、

視覚により認識することができる方法でみだりに性的対象として肯定的に描写すること

です。極論を言うなら、このあいまいな条例では、性交や性器の直接描写どころか、男女がキスをしてベッドの中でしていちゃいちゃしているだけで規制できてしまいます。

 500歳のエルフであるとか、アンドロイドであるという言い訳は通用しません。青少年に見えるだけでダメ。

 「実在」ならば19歳はセーフで17歳がアウト、という規制には意味がありますが、マンガ表現では19歳と17歳の描写に差はまったくありません。それどころか15歳と30歳の女性を描きわけることさえ現実的には不可能ですから、ほとんどすべての性表現が規制対象になりえます。

 さて、「非実在青少年」規制が始まると、まず都知事は「不健全図書類等」を選んで、指定することになります。対象は「販売され、若しくは頒布され、又は閲覧若しくは観覧に供されている図書類又は映画等」です。

 これには商業作品としての書籍、雑誌、アニメ、ゲーム、そして同人誌も当然含まれます。映画館あるいはクローズな会で上映されるアニメも対象になりますし、図書館に所蔵されている書籍もそう。そして、新古書店などに陳列されている過去の作品も含まれます。

 条例の目的は一罰百戒ですから、不健全図書としてある程度インパクトのあるものが選ばれる、はず。

【第一段階】

 まずゾーニングされてない非成人向けマンガ単行本のうち、マイナーな出版社のものが指定されるでしょう。不健全図書に指定されるとアマゾンでも取り扱いが中止されます。

 次に雑誌。コンビニでゾーニングされていない一般誌が指定されます。男性向けでは中堅出版社のヤング誌が危ない。女性向けならティーンズラブ系、BL系、どれもやばいでしょう。

 結果、その雑誌はコンビニや書店では成人向けゾーンに置かれることになりますし、最悪コンビニ取り扱いがなくなります。

 これは雑誌存続の危機ですし、もしかすると出版社存続の危機となるかもしれません。当然、大手を含めて各雑誌で自主規制が始まります。

 これで一般商業誌は青少年の性の問題から撤退。これまで一般紙で比較的健全なセックスをしていた非実在青少年たちは一掃され、一般商業誌で子どもの性を扱うことはなくなるでしょう。

【第二段階】

 非現実青少年たちのセックスは、一般誌から成年向け雑誌に追いやられることになります。彼らは成人向け雑誌内でなら過激なセックスを繰り広げることが可能です。

 そこで、都の次の手はゾーニングされ発売されている雑誌や作品を、不健全図書として指定することです。ここは大手出版社のものでなくてもかまいません。

 この段階で都は、出版社や作者に対してじゃなくて、コンビニや書店に対してさらなるゾーニングの強化を求めることになります。こういうものが売りたいなら、その売り場を一般誌からもっと離せ、レジの近くにしろ、カーテンで仕切れ、というわけです。

 こんな面倒なことは売る方の書店やコンビニだってやりたくない。エロをつくってる出版社も、エロすぎることで指定を受けるならともかく、「非実在青少年」のソフトコアで指定を受けるのではやりきれないでしょう。

 結果、非実在青少年のセックスは成人向け雑誌からも淘汰されることになります。

【第三段階】

 次にねらわれるのは同人誌。

 この条例のもとでは、性器の露出がなくても、「非実在青少年」が登場して「性的対象として肯定的に描写」されるだけでアウトです。

 都が複数の同人誌を不健全図書に指定するのはとても簡単。この結果、ゾーニングが不完全であるとして、公的施設から同人誌即売会を締め出すことになるでしょう。

 同人誌即売会の開催者は、公的施設からの要求でゾーニングの徹底と作品内容の自主規制を強化するしかありませんが、これは自主規制に名を借りた検閲とでもいうべきものになります。

 現実問題として、このあいまいな条例を完全に順守した作品を描き、しかも完全なゾーニングなど不可能。すべては都の恣意的な条例の運用にかかっています。

 「なんでもあり」だった日本の同人誌文化は大きな変革を求められます。

【第四段階】

 規制を進める側の最終目標は、児童ポルノ法で「非実在青少年」規制をおこなうことです。

 第一段階から第三段階までが現実化している社会ならば、すでに「非実在青少年」の性表現を見かけることは少なくなっていて、それらはアングラにもぐっているでしょう。それが悪であるという社会的コンセンサスもすでに確立されているかもしれない。「非実在青少年」規制に反対する声は、今よりずっと少なくなっているはずです。

 そのとき「児童ポルノ法」改正は、あっさりとなされてしまうのじゃないか。

 かくして、「非実在青少年」規制のおかげで、日本の社会はたいへん清潔なモノになります。

 ただし、「非実在青少年」たちの貞操を守ろうとする試みは、本来の目的である「青少年の健全な育成」と「性被害者となる児童の減少」に対して、何の寄与もしないと考えますが。

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March 10, 2010

マンガで叙述ミステリ『フラクション』

 バカミスとは、おバカなミステリのこと。バカという言葉を使いながらも称賛の意味が込められてます。かつては宝島社『このミステリーがすごい!』での年一回のお楽しみだったのですが、最近は載らなくなっちゃたなあ。

 マンガ作品としては、さいとう・たかを『ゴルゴ13』の一篇「シャーロッキアン」や、あさりよしとお『少女探偵金田はじめの事件簿』なんかがバカミスとして紹介されたことがあります。

 近年のバカミス界がどうなっているかといいますと、イベントとして毎年この時期に「世界バカミス☆アワード」が開催されているそうです。世界と銘うってますが、あらかじめ選ばれた候補作の中から来場者の投票で受賞作を選ぶというもの。

 本年が第3回で、過去の受賞作はジェイムズ・グレイディ『狂犬は眠らない』(→amazon)、鳥飼否宇『官能的 四つの狂気』(→amazon)。アマゾンの紹介文によると、前者が「スパイとして働きすぎて頭のいかれた五人組」の話で、後者が「変態する数学者、暴走する助手」の話だそうで、わはは、これは読みたくなりますね。

 で本年、倉阪鬼一郎『三崎黒鳥館白鳥館連続殺人』(→amazon)と並んで第3回バカミス☆アワードに選ばれたマンガ作品が、これ。

●駕籠真太郎『フラクション』(2009年コアマガジン、1500円+税、amazon

フラクション

 ご注意をひとつ。著者のいつもの作品と同じように、エログロ描写が多いです。残酷にも生きたままの人間がスプラッタされちゃいますので、読まれるかたはそれなりの覚悟でどうぞ。

 ただしこの作品、事件が起き、推理があり、論理的でフェアな解決がなされるという点では、きちんとしたミステリ。ただしその解決が、読者の斜め上どころか、後頭部の右78度の高層あたりにあるという、とんでもないオチなので諸兄は覚悟されるように。

 目次を見ますと、「輪切り魔の章」と「マンガ家の章」が交互に語られる構造になってる。おお、本格ミステリっぽいぞ。

 「輪切り魔の章」では、連続人体輪切り魔事件が世間を騒がせています。この事件を推理する喫茶店ウエイターとウエイトレス。いっぽう「マンガ家の章」では、エログロマンガ家「駕籠真太郎」が、なんとかマンガで叙述トリックを使ったミステリを描けないものか、と構想を練っています。このふたつの章が、どのようにクロスするのか(あるいはしないのか)。

 この過程で、マンガにおける叙述トリックとはどのようなものかという「駕籠先生の叙述ミステリ講座」が披露されます。ここがすごくおもしろい。

 マンガの絵は動かない。マンガ内の動きは動線などの漫符で表現されたものですから、動いていると感じるのは読者の錯覚であるともいえます。またフレーム(=コマ)の外に何があるのかは、かなりの部分、読者の想像で補完されている。などなど。こういうマンガの読み方のお約束をミステリのトリックに利用できるのじゃないか。

 マンガというものの本質に立ち返り、マンガを分解することでトリックを創造しようとする試みであります。その結果、本作のトリックはマンガ作品以外では成立しないものとなりました。

 本作のメイントリックはふたつありますが、わたし、読んでて両方ともにあ然としました。残虐にして精緻。驚天動地そして全身脱力。本を投げ出しはしませんでしたが、妻のところに持っていって、なあなあ頼むから読んでくれと「仲間」を作ろうとしました(妻は表紙イラストをいやがって読んでくれませんが)。

 ラストのオチに時間的空間的整合性がないとか、瑕疵はないことはないのですが、そんなことはどうでもいいです。このトリックだけで前代未聞の傑作というか怪作というか。

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March 04, 2010

オタで地方再生『限界集落温泉』

 創作は時代を映す鏡。創作物を見ればその時代の空気、匂い、というものがわかるはずです。

 世間では、不況で貧困で少子化で地方の疲弊でと、良い話をあんまり聞きませんが、こういうテーマを作品の背景としてじゃなく、正面からとりあげるマンガも出てきました。

●鈴木みそ『限界集落(ギリギリ)温泉』1巻(2010年エンターブレイン、660円+税、amazon

限界集落温泉 1巻 (BEAM COMIX)

 ルポルタージュマンガの名手が挑んだ新境地! と大きくあおっておきましょう。

 限界集落とは人口の50%が65歳以上の高齢者になった集落で、そこでは「共同体の機能維持が限界に達している状態」となっているそうです。

 お話の舞台は伊豆の山奥。廃業し立ち退きを迫られている温泉旅館に住む父(作家志望のダメ人間)と小学生の息子。そこにやってきたのが東京から逃げてホームレスになっているゲームプロデューサー(ウソつきのダメ人間)と、トウのたった自殺志願のネットアイドル(もちろんダメ人間)。彼らが出会ったとき、限界集落の温泉旅館再生の一大プロジェクトが始まる!

 疲弊した地方再生に、ネットとオタクを利用しようというアイデアにまずぶっとびました。ホラ吹きゲームプロデューサーが出すいろんなアイデアが現実化されていくところなどわくわくします。

 このプロデューサーのキャラクターが抜群にいい。「ウソで飯くってたんだ」と自負する男。口八丁手八丁で能力もあるのに、プレッシャーに弱くすぐに胸や胃を痛くしてしまう。憎めないんだなあ。

 なんつってもこの男が物語の本筋にからんできたとき、そのバックに舞い落ちてくるのが天使の羽根なんですから、期待するでしょ。

 1巻の終わりのモノローグは、

このあとに起こる奇跡を
このときのぼくはまだ知らなかった

というもので、いや超強力なヒキ。次巻を刮目して待て!
(今回は作中人物ふうにちょっと勢いよく書いてみましたが、やっぱむずかしいわ)

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