『海街diary 』を絶賛する
吉田秋生『海街diary 3 陽のあたる坂道』(2010年小学館、505円+税、amazon)が発売されたわけですが。
第1巻が発売されたときから当ブログでは大絶賛しております。お話は3巻まで進み、いやもうなんつーか、傑作。
何かこうさらっとね、日常生活や登場人物の心理を描写。これがまたきわめて繊細でありながらわかりやすいっ。読者は作者の思いどおりに感情をゆさぶられてしまうのですね。
力作とか問題作ではありません。日常の中で事件が起こり、それなりに解決され、それなりの結末をむかえます。かつてテレビで見たホームドラマ、そのもっとも良質なものを21世紀のマンガでやってるわけです。わたしは以前に向田邦子ドラマのよう、という表現を使いましたが、3巻を読んでますますその思いを強くしました。
このマンガのステキなところはいっぱいありますが、まずはキャラクターの魅力。
鎌倉の一軒家に同居している、主人公となる四姉妹。全員気っぷがいいといいますか男前といいますか、うじうじしない、できた子たち。彼女たちの性格が本編の方向性を決定づけています。しかし彼女たちは現代マンガの登場人物ですから、その内面にはいろんなものを抱えこんでいる。
そういう彼女たちが深刻な事件に出会うとどうなるか。これがもう、そういう事件を軽々とのりこえていく(ように見える)。しかしそこには登場人物の複雑な感情が流れているのです。
重い題材を救っているのは、マンガとしての「軽さ」もあります。
本作は基本コメディタッチで描かれてます。吉田秋生の絵柄は単純化されていてコメディに向いています。さらにさまざまなマンガ的表現で笑いをとろうとしています。
宙に浮く手書き文字で書かれた、作者からのツッコミや登場人物の心理描写。「そのとおり」「どんな感じだ」とか「そんけい」「固」などですね。不倫問題を原因とする姉妹のケンカ。そのバックに浮かぶ(愛の)「狩人vs 旅人」には笑いました。
女性の顔に歌舞伎の隈取がされる怒りの表現。いわゆる「二頭身キャラ顔」に変化することもある(厳密には吉田秋生キャラは二頭身にはなりませんが)。フキダシ内に浮き出た十字型血管や汗が存在する。これらは「日本マンガ的表現」によるギャグです。
「マンガ的」表現とは少し違いますが、名前だけ出てきて本人は登場しないアライさんとか、あまりにあざといすれ違いでお互いの正体を知らない次女と係長とかも楽しい。
マンガ表現を駆使してしかも感動させるという、マンガとしてお見事なことをなしとげている本作。いくら絶賛しても足らないのであります。
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Comments
あらら、リアルであったことのあるひとにつながってしまいました。
姪がはいっている小学生チームがこの前の大会で全国で準優勝したので、より、すずちゃんの保護者に感情移入しながらよんでいます。
Posted by: madi | May 12, 2010 11:00 PM
海街の近くで生活しております。
吉田作品を買ったのは、「カリフォルニア」以来になります。読み始めてから、しょっちゅう長谷や極楽寺の辺りをうろつくようになりました。江ノ電極楽寺駅近くで「肉のナカムラ」そっくりな肉屋を発見した時には、思わずにんまりしました。(中にいるのが、ジーコとロナウジーニョかどうかは未確認)
ps こんなところでお会いするとは>madiさん
Posted by: 土門見人 | April 27, 2010 08:10 PM
吉田秋生氏の漫画は、『カリフォルニア物語』から、わりとリアルタイムで追いかけてましたが、最近はとんとご無沙汰してました。
こちらのブログで知って、早速3巻まとめ買い+一気読みしたのですが、ウマイ。面白い。ああ、続きが読みたい。
「狩人vs 旅人」には、マジ爆笑でした〜。
漫棚さん、感謝です。
Posted by: kamomo | February 20, 2010 03:11 PM
恐ろしく完成度の高い傑作なのに、地味なためか、あまり感想を見かけなかったので、取り上げて頂いて、とてもうれしいです。
ほんと、この心理描写の上手さは何でしょうね。登場人物の揺れに気持ちよく同調できるんですよね。
>ひでかずさん
視点の移動による多声的な世界観の構築について
この作品の前身である『Lovers kiss』なんかでも、複数の恋愛を六人の視点から描くことで多角的に作品を作り上げてますが、登場人物や世界観だけでなく、そういった点も意識してたりするのかもしれませんね。
Posted by: ます | February 16, 2010 01:42 AM
鎌倉とその土地の季節感表現も
実にすばらしいですね。
秋生先生の作品を、ぼくなんかが
教える教室の女子は読んでいないんですよ。
昨年から「季節感表現」の大切さで
彼女の今回の作品を紹介しています。
シンボリックな「桜」の扱いでは
『桜の園』!
これも、一見地味ですが
なかなかの作品ですよね。
Posted by: 長谷邦夫 | February 15, 2010 06:13 PM
『海街diary3陽のあたる坂道』お蔭様でちゃんと買いました。
読みましたけど、いい味出してるな、と思いましたです。あとそんな複雑な読後感を残しませんでしたが…。(オレの読解力がどこか足りないんだろうな。orz)
なんか読んでくと段々登場人物たちのそれぞれの世界観というか立場に深く捉われそうで恐いです──。
それにしても、姿を現さない「アライ」さんという看護師さんの事が気に成って仕方が無かったです。
うっでぃ・あうぇあ//
Posted by: woody-aware | February 14, 2010 11:21 PM
『海街diary』は、鎌倉という土地の風物(今回は腰越から見る花火とか、御霊神社のお祭りとか)と、人々のドラマの組み合わせが本当にうまいですが、大坂、京都といった関西の地域、風物と人々のドラマの組み合わせがうまいのが、森下裕美の『大坂ハムレット』シリーズだと思っています。
勿論、それぞれに独立した傑作シリーズですが、読み合わせてみると、なお「オイシイ」という気がしています。
Posted by: natunohi69 | February 14, 2010 02:19 AM
3巻は12日に岡山ではゲットできました。中年弁護士としては、すずが四女という紹介がちょっと気になりました。(現在の法律では四女ではないのです)
昔ふうに戸主を父親とみたてて数えていくと四女になりますが。
Posted by: madi | February 13, 2010 11:56 PM
深刻な場面なのに「マンガ的表現で笑いをとろうとしてい」るところがあるのが,いいですね.
「思い出蛍」のなかほど,千佳とすずが「なにやってんの!!アンタたち!!」とおこられて,「どしえー」とおどろくコマ(27ページ左上)が,「シェー」のかたちにちかいのに,笑ってしまいました.
なお,漫棚通信さんは「キャラクターの魅力」と「マンガ的表現」とをこの作品の特色として指摘されましたけど,さらに,<複数の視点>も,あげることができるかと,おもいます.たとえば「蝉時雨のやむ頃」は佳乃の,「桜の花の満開の下」は風太の,「止まった時計」は幸の視点から描かれています.こうした,複数の人物から見た記述が交錯することによって,「海街diary」はポリフォニーのような世界をつくりあげている,といえるのではないでしょうか.
Posted by: ひでかず | February 13, 2010 10:56 PM
わぁ、何だか面白そうですね。
素敵そうなマンガの紹介を、有難うございますっ!
Posted by: woody-aware | February 12, 2010 10:39 PM