大人のマンガ「ここではない★どこか」
世間にはわたしのように幼少期からマンガを読み続けてきたマンガ読者がけっこう存在するわけですが、そういう高年齢読者を対象に書かれたマンガがあります。ビッグコミック系というか、さいとうたかを+池波正太郎系とかがそれですね。
ところがこの手のエンタテインメントに徹したマンガはもうどっしりと落ち着いてしまっている。こういうのに満足できなくてもっとトンがったものを求める読者は、若い作家が若い読者向けに描いたマンガを読むことになりますが、これにはちょっとついていけないこともある。
じゃ、何を読めばいいのかというと、これはもう萩尾望都を読みなさい。
●萩尾望都『シリーズここではない★どこか(1) 山へ行く』(2007年小学館、505円+税、amazon、
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●萩尾望都『シリーズここではない★どこか(2) スフィンクス』(2009年小学館、505円+税、amazon、
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英語タイトルでは「ANYWHERE BUT HERE」とありまして、あ、これはとり・みき『遠くへいきたい』と同じだ。
短編集です。二冊を通して各編にいちばん多く登場するのは作家の生方先生。彼の担当編集者の五十嵐さんも他の短編に登場したりして、シリーズの統一感を出してます。
作品は多様。萩尾望都ですから半分はSF/ファンタジー系。人の心の深淵をのぞいたり、生死をあつかったものが多いです。しかしけっして軽妙さを忘れていません。
このかた、若いときから死をテーマに描き続けてきたけど、最近その傾向がますます強まってます。しかも作者自身も年輪を重ね、自身の経験などが反映されたのか、登場人物たちの価値観は多様化し、考察はますます深まっている。というわけで、近年の萩尾望都こそ、大人の読むべきマンガなのです。
しかもいつまでも実験を忘れないひとですね。1ページ2コマ。えんえんとサイレントが続く「柳の木」とかもありますが、「スフィンクス」で雨が上からじゃなくて四方から降ってくるシーンとか、「海の青」での告白シーンに“物理的”大波がかかるシーンとか、あ然とします。
さて、この二冊を通じてよくわかんないのが、「メッセージ」と題された四作いずれにも登場する、黒髪の男。彼の右手は鳥か爬虫類のごとく変色し、長い爪がはえています。この男、時代をこえて現れ、少女や人妻に愛してます、と告白してまわったり、オイディプスの悲劇を回避しようと画策する存在。
彼の目的がよくわかんないな。エドガーの裏返しみたいな気もするけど。こいつの正体が明かされるまで、この短編シリーズ、まだ続くと見ましたがどうか。
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