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January 29, 2010

フランス語で「マンガ家」は

 個人的にちょっとした発見。

 スヌーピーの作者であるチャールズ・M・シュルツを英語版Wikipedia で調べておりましたところ、シュルツは「アメリカのcartoonist 」であると書かれてました。

 現代の英語で「cartoonist 」は、いわゆる滑稽な「カートゥーン」の描き手じゃなくても使用されていて、「comic artist 」とほぼ同義です。ですから日本語の「マンガ家」=「cartoonist 」=「comic artist 」と考えていいでしょう。

 ところがフランス語Wikipedia に行ってみますと、シュルツは「コミック・ストリップの脚本家であり画家(scénariste et dessinateur )」と紹介されてるのですね。ずいぶん面倒な表現をしてるじゃないですか。

 ためしにフランス人のメビウスを調べてみますと、これも「バンド・デシネの画家であり脚本家」。アメリカ人のフランク・ミラーも同じです。

 日本では「マンガ家」とされることが多いレイモン・ペイネやジャン=ジャック・サンペは、「イラストレーター」。サンペなどは英語版Wikipedia に行きますと「cartoonist 」に分類されてるんですけどね。

 タンタンの作者エルジェをはじめとして絵とストーリー、両方やってるひとは多いはずですが、彼らのようなビッグネームは「○○(作品名)の著者」と紹介されてます。

 というわけでフランス語には、「絵とストーリーの両方を担当するマンガ家」に相当する言葉が存在しないようです。これにはちょっと驚いた。

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January 24, 2010

色の衝撃『バットマン:キリングジョーク 完全版』

 アラン・ムーア/ブライアン・ボランド『バットマン:キリングジョーク 完全版』(2010年小学館集英社プロダクション、1800円+税、amazon)読みました。

バットマン:キリングジョーク 完全版

 出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。

 1986年にフランク・ミラーが描いた『バットマン:ダークナイトリターンズ』は、悪役たちだけじゃなくてバットマン自身も狂気を内面に秘めたキャラクターで、わたしたちが住む世界も狂気で満ちているんだよ、ということを明らかにした傑作でした。

 これがバットマンブームを起こし、1989年のティム・バートンの映画「バットマン」につながります。

 『バットマン:キリングジョーク』は1988年発表。あのアラン・ムーアがダークなバットマン世界に参加し、悪役ジョーカーのオリジンを描いたので超有名な作品です。ヒース・レジャーがジョーカーを演じた映画「ダークナイト」のモトネタのひとつでもありますね。

 原著は46ページと短いものです。実はわたしアラン・ムーア作品は英語版でいくつか持ってるのですが、きちんと読み通せたのはこの『キリングジョーク』だけ。いやー、だってアラン・ムーアの英語ってやたら難しいんですもの。

 日本語版は2004年にジャイブから、アラン・ムーア原作の他の作品とあわせて『バットマン:キリングジョーク アラン・ムーアDCユニバース・ストーリーズ』のタイトルで発行されました。

 今回の『バットマン:キリングジョーク 完全版』が日本語版としては二回目の発行になります。

 収録されてるのはブライアン・ボランドが絵を描いたバットマンの二作品、『バットマン:キリングジョーク』と『罪なき市民 AN INNOCENT GUY』です。

 後者はボランド自身のストーリーで8ページの短編。いろんな作家がバットマンをモノクロで描くという企画『バットマン:ブラックアンドホワイト』のために描かれた作品です。この企画、大友克洋が参加したのでも知られてますが、日本語版も1999年に小学館プロダクションから発行されてます。

 『キリングジョーク』に関しては、ストーリーやテーマ、場面展開の妙などがすでに絶賛されています。小品ではありますがアメコミ史上に残る傑作のひとつ。

 で、今回「完全版」を名のってるのは、ボランド自身の手でカラリングを全面的にやりなおしてるからです。

 オリジナルの『キリングジョーク』は、黄色やオレンジの毒々しい色を強調した、いわばキッチュな感じのカラリングが特徴でした。これをボランドはまったく別物の落ち着いた色づかいに変更。

Img_0001_2 Img_0002
(左が旧版、右が今回の版)

 ここまで印象が変わるとは。良し悪しとは別に、驚きました。前バージョンを持っているかたは、ぜひ見比べてみてください。

 『罪なき市民』のほうも、オリジナルのモノクロマンガをボランド自身でカラリングしてます。こっちははっきりいって、カラー版のほうがずっといいです。あちらの画家はもともとカラーに慣れているのと、ボランドのきっちりした絵柄がカラーに向いているのでしょう。

 日本のマンガはモノクロマンガの技術、とくに超絶トーンワークなどを極端に進歩させちゃったのですが、これもすべて日本マンガに色がなかったから。日本マンガは粗雑な紙による分厚い雑誌に連載されるという道を選んだ結果、大量のページを使用するコマ構成や複雑な心理描写を手に入れましたが、そのかわりカラーの表現を捨ててしまいました。

 こういうカラリングが楽しめるようになった最近の海外作品を見るにつけ、そろそろ日本のマンガも色つきで見たいなあとつくづく感じるのでありました。

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January 22, 2010

最近読んだマンガから

●山本英夫『ホムンクルス』11巻(2009年小学館、514円+税、amazon

ホムンクルス 11(ビッグコミックス)

 12巻は本年2月発売予定だそうですが、すべてがモノローグと会話だけで説明されるというグダグダの終盤(←なのかな?)。さらに、ホムンクルスの能力を持っている女性がほかにいることが突然明かされたりするし。

 この作品、わたしは最初から批判的に読んでましたが、読み進めてもやっぱりがっかり感が。まあトレパネーションは疑似科学ですらないし、それで見えるようになるホムンクルスがあんなにわかりやすい絵解きでは。ひとの心はもっと複雑で一筋縄ではいかないものだと思いますよ。


●井上雄彦『バガボンド』32巻(2010年講談社、533円+税、amazon

バガボンド 32 (モーニングKC)

 本年中に完結するそうです。となると吉川英治の原作の後半をすっとばしちゃって、一乗寺下り松からイッキに巌流島へ行くのですね。これは正解。正直、原作後半は現代の読者にとってはおもしろくもなんともない展開ですから。たしか東映の内田吐夢+中村錦之助の映画もそういう脚色だったっけ。

 巌流島は、聾唖の小次郎と足が動かなくなった武蔵という、ハンディキャップを背負ったふたりが闘うことになります。すでに原作から遠く離れて、井上武蔵となってます。

 ただし32巻では、一刀斎のセリフ「0点だ」にずっこけました。戦国末期に「0=零」という概念が日本の算術にあったのかどうか。


●高野文子/アンデルセン/赤木かん子『火打ち箱』(2006年フェリシモ、1238円+税、amazon

火打ち箱 (こんなアンデルセン知ってた?)

 マンガじゃなくて絵本です。2006年に発行されたもの。

 あの高野文子が絵を描いてます、と言いたいところですが、絵を描いてるだけじゃないのですね。

 高野文子が絵を描いて、それを自分で切ったり折ったりして立体のペーパークラフトを作り、それをまた自分でライティングして自分でデジカメで撮影。これを絵本にしたもの。「水車くらいある目玉の犬」がどのように表現されているかをご覧あれ。

 彼女の趣味の延長なんだそうで、たいへん楽しい本になってます。でも、お願いですからマンガ描いてくださいよー。

 高野文子は最近、『こどものとも年少版2010年2月号 しきぶとんさんかけぶとんさんまくらさん』(2010年福音館書店、390円+税)という絵本も出してます。こっちは絵です。→福音館書店のサイト


●小玉ユキ『坂道のアポロン』5巻(2010年小学館、400円+税、amazon

坂道のアポロン 5 (フラワーコミックスアルファ)

 ちょっと不満があって、端役にいたるまでみんな八頭身とか九等身なんだよね。顔が小さいんだよね。でもここは1966年の田舎の高校。その匂いが感じられず残念。ごめんなさい少女マンガに対してムチャ言ってるのは承知してます。

 あとわが家ではこの先、百合香さんと淳兄が心中未遂をおこすと予測してますがどうなりますか。

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January 17, 2010

大人のマンガ「ここではない★どこか」

 世間にはわたしのように幼少期からマンガを読み続けてきたマンガ読者がけっこう存在するわけですが、そういう高年齢読者を対象に書かれたマンガがあります。ビッグコミック系というか、さいとうたかを+池波正太郎系とかがそれですね。

 ところがこの手のエンタテインメントに徹したマンガはもうどっしりと落ち着いてしまっている。こういうのに満足できなくてもっとトンがったものを求める読者は、若い作家が若い読者向けに描いたマンガを読むことになりますが、これにはちょっとついていけないこともある。

 じゃ、何を読めばいいのかというと、これはもう萩尾望都を読みなさい。

●萩尾望都『シリーズここではない★どこか(1) 山へ行く』(2007年小学館、505円+税、amazonbk1
●萩尾望都『シリーズここではない★どこか(2) スフィンクス』(2009年小学館、505円+税、amazonbk1

 

 英語タイトルでは「ANYWHERE BUT HERE」とありまして、あ、これはとり・みき『遠くへいきたい』と同じだ。

 短編集です。二冊を通して各編にいちばん多く登場するのは作家の生方先生。彼の担当編集者の五十嵐さんも他の短編に登場したりして、シリーズの統一感を出してます。

 作品は多様。萩尾望都ですから半分はSF/ファンタジー系。人の心の深淵をのぞいたり、生死をあつかったものが多いです。しかしけっして軽妙さを忘れていません。

 このかた、若いときから死をテーマに描き続けてきたけど、最近その傾向がますます強まってます。しかも作者自身も年輪を重ね、自身の経験などが反映されたのか、登場人物たちの価値観は多様化し、考察はますます深まっている。というわけで、近年の萩尾望都こそ、大人の読むべきマンガなのです。

 しかもいつまでも実験を忘れないひとですね。1ページ2コマ。えんえんとサイレントが続く「柳の木」とかもありますが、「スフィンクス」で雨が上からじゃなくて四方から降ってくるシーンとか、「海の青」での告白シーンに“物理的”大波がかかるシーンとか、あ然とします。

 さて、この二冊を通じてよくわかんないのが、「メッセージ」と題された四作いずれにも登場する、黒髪の男。彼の右手は鳥か爬虫類のごとく変色し、長い爪がはえています。この男、時代をこえて現れ、少女や人妻に愛してます、と告白してまわったり、オイディプスの悲劇を回避しようと画策する存在。

 彼の目的がよくわかんないな。エドガーの裏返しみたいな気もするけど。こいつの正体が明かされるまで、この短編シリーズ、まだ続くと見ましたがどうか。

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January 13, 2010

タイムズ紙が選ぶコミックス三作

 2000年代が終わったことを受けて、イギリスTimes紙が年頭にあたり「ゼロ年代のベスト・ブック100」を発表しています。

The 100 Best Books of the Decade: TIMES ONLINE

 対象となってる範囲はフィクション、ノンフィクション、自伝、詩、さらに辞書までに及びます。

 でもまあ、「ダ・ヴィンチ・コード」とか「ハリー・ポッター」とか、少女マンガ系バンパイア小説「トワイライト」とかもランクインしてますから、質だけじゃなくて売れたり評判になったものも含めたベストですな。

 日本関係では73位に村上春樹の短編集『めくらやなぎと眠る女』が選ばれてますね。

 このなかでマンガ系の作品が三作挙げられてます。


●78位にクリス・ウェア Chris Ware 『ジミー・コリガン Jimmy Corrigan, the Smartest Kid on Earth 』(日本語版第一巻は2007年PRESSPOP GALLERY、amazon)。

JIMMY CORRIGAN日本語版VOL.1

 さえない中年男が、子供時代に別れた父親に会いに行く。このお話がポップで奇想天外な手法で描かれます。各国で大絶賛されてる作品ですが、なぜか日本ではほとんど知られてません。

 おそらく日本語版の続刊は出ることはあるまいと思って、わたしは英語版で読んじゃいました。ところが、日本語版の第二巻、第三巻(これで完結)が本年春に刊行されることが決まったそうです。刮目して待て。


●35位にショーン・タン Shaun Tan 『The Arrival 』(邦訳なし。amazon)。

The Arrival

 絵本に分類されることが多い本ですが、連続したコマで物語が成立してるから、日本人の感覚としてはやっぱマンガでしょう。文字のない本なので、サイレント・グラフィック・ノベルと紹介されることもあります。

 家族と別れ異国に移民した男が到着した世界は、奇怪な風景と奇妙な文字を持つ、コミュニケーション不能のまったく異質な都市だった。

 文字のない本なので原著のままでも全然オッケー、誰でも読めます。

 
●そしてなんと第2位に挙げられてるのが、マルジャン・サトラピ Marjane Satrapi 『ペルセポリス Persepolis 』(日本語版上下巻は2005年バジリコ、amazon)。

ペルセポリスI イランの少女マルジ ペルセポリスII マルジ、故郷に帰る

 作者自身の手でアニメーション化され、日本公開もされましたからそちらで知ってるひとも多いかも。

 イスラム革命とイラン・イラク戦争に翻弄されたイラン人少女の自伝的物語。似た題材を扱ってるアーザル・ナフィーシィー『テヘランでロリータを読む』も今回のベスト100で14位にはいっていますから、イラン問題に対するイギリスでの関心の高さがうかがえますね。

 マンガは、主人公が「多感な少女」というとことがポイント。これは少女の内面を描いた、日本人が知らないタイプの少女マンガでもあるのです。


 上記三作、いずれも傑作。興味あるかたはご一読を。

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January 12, 2010

『キャラクターとは何か』とは何か

 小田切博『キャラクターとは何か』(2010年ちくま新書、700円+税、amazon)読みました。

キャラクターとは何か (ちくま新書)

 章立ては四つからなります。

 第一章「キャラクタービジネスの近代史」、第二章「キャラクタービジネスという問題」、第三章「キャラクターの起源と構造」、第四章「日本型キャラクタービジネス」。

 第一章で日本の戦後キャラクタービジネスを振り返り、文化と市場が不可分であることを示す。第二章では国際著作権をめぐる世界の状況変化を語り、日本ローカルで定義された「メディア芸術」という言葉や国内で語られるコンテンツ論の不備をつく。

 第四章では日本市場の特殊性を語り、日本発のキャラクターが世界進出するに当たっての歴史や現状認識の不足を指摘しています。

 どの部分もドメスティックな論を廃するための啓蒙書です。要は海外の状況を知らず、あるいは恣意的な現状分析をもとにして、日本発のコンテンツやキャラクターを語るなということですね。いつもながらごもっともです。

 ただし本書の第三章は他の部分と違ってて、書名の「キャラクターとは何か」に直接つながる、(マンガやアニメにおける)キャラクター論になってます。ここがすばらしい。

 この章で著者は、E・M・フォースターのキャラクター分類や、伊藤剛の「キャラ/キャラクター」論を下敷きに、キャラクターは「意味」「内面」「図像」の三要素より構成されると説きます。この場合、「意味」は「役割」と言い換えることも可能でしょう。

 これはじつにすっきりしたキャラクター論です。理解しやすいし、ひとにも伝えやすい。この部分、分量的にもあっさりと触れられているだけですが、もっと細かく解説してほしかった。

 もしかしたらこの本のうち将来的にもっともリファレンスされるのは、このキャラクターの三要素を提示した部分になるんじゃないかしら。

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January 07, 2010

こんなやつぁいねえ『娚の一生』

 年末の各種ベストテンで評価の高かった、西炯子『娚(おとこ)の一生』1・2巻(2009年小学館、各400円+税、amazon)を読んでみました。

娚の一生 1 (フラワーコミックスアルファ)娚の一生 2 (フラワーコミックスアルファ)

 すでに連載は終了していて、最終3巻が3月ごろに発売されるそうです。

 なるほど、こういう話だったか。はからずもひとつ屋根の下で同居するようになった見知らぬ男女。こ、これは。ラブコメの王道じゃないですか。

 この設定、かつてマンガやテレビでくりかえし見たような記憶が。柳沢きみお『翔んだカップル』とか、大原麗子が出てたテレビの「雑居時代」とかもそうか。

 オトコ側にもオンナ側にも恋のライバルが登場するし、ふたりの距離はくっついたり離れたり、あざなえる縄のごとし。いつものアレだ。

 どこが新しいかといいますと、同居してる場所が都会じゃなくて田舎の一軒家であること。そして、主人公が三十代後半女性と、五十代前半男性のカップルであるところ。

 大企業のデキる社員にして不倫に疲れた女性主人公。彼女は人生に迷いに迷っていて、自分でも何をしたいかわからない。

 そこへ登場する見知らぬオトコ。

 大学教授、哲学専攻、週刊誌に連載持ってるし、単著いっぱい、大衆的な賞も貰ってる。

 ううーん、白馬の王子様だなあ。ぶっきらぼうだけど、中身は善人らしい、というところも、70年代から連綿と続くラブコメヒーローの条件を満たしてるし。

 30代女性の(心情的)リアルを描いていると評価される本作ですが、その酒を盛った革袋はこのように古いのですね。だからこそ安心して楽しく読める。

 さらに、この50過ぎのオッサンが「枯れてて」「セクシー」であると評判。ただーし。じゅうぶんオッサンであるところのわたしが断言しときますが、こんなやつぁいねえ。

 初対面の年下女性の前でくわえタバコするわ靴下を脱ぎ捨てるわパンツいっちょでうろうろするわ。嵐の中、主人公がなくしたネックレスを探し出してきて点数稼ぎ。主人公をホテルに連れ込んで逃げられても全然めげることなく、突然に愛の告白。さらに500万円の着物をプレゼント。

 もう恋愛界の超人やね。

 男性向けエロマンガに登場する、取り柄のない男性主人公にひたすら奉仕してくれるおっぱいの大きなお姉ちゃんがファンタジーであるように、本作の主人公を引っ張りまわし、かつ無条件に愛してくれるオッサンもファンタジーです。

 その意味で本作は、いかにもマンガらしいマンガであります。

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January 04, 2010

『バクマン。』サイコーの病名は何だろうか

 あけましておめでとうございます。

 さて新年最初に買ってきたマンガは、小畑健/大場つぐみ『バクマン。』6巻(2010年集英社、400円+税、amazon)です。

バクマン。 6 (ジャンプコミックス)

 前巻の発売から二か月。週刊連載は続きが出るのが早いですね。

【以下ネタバレします】

 この巻ではマンガ家と編集者の対立などが描かれてて、現実と(ちょっとだけ)リンクしてるような展開をおもしろく読みました。ちゃぶ台返しにならないのがジャンプクオリティなんでしょうけど。

 ただし大きく気になるところがあって、どうしてものりきれない部分が。

 このマンガ、主人公たちのまんが道につぎつぎと障害が立ちはだかるのですが、今回の敵は「病気」。そしてそれを乗りこえるのが「根性」でした。

 入院中の主人公が一所懸命マンガ描くというのはどうなのか。

 病院でもマンガを書き続けようとする主人公に対し、友人たちも編集者もそれを応援するか、やめさせるか、悩むわけです。

 ま、ここは休ませるよな、それが当然だよな、と思っておったら、なんと。登場人物のほとんど全員が主人公を応援するじゃないですか。これには驚いた。

 ただひとり編集長だけが、主人公が高校卒業するまでの休載を決定します。ところがみんなこれに反対。「めちゃくちゃだ」「ひどい話だな」「大人の事情」「不当な事」

 編集長、えらい言われようです。いやいや、編集長、あなた正しいですよ。入院中のひとは、仕事や夢よりも、まず身体を治すことが一番。3か月の入院てのは大病です。

 さて主人公、サイコーの病気は何か。

 「肝臓が弱ってる上にバイ菌が入っていて そこを摘出しないと」「手術して肝臓の一部 取らなきゃいけない」「退院は早くて3か月後」というセリフが手がかり。

 バイ菌が悪さをしてるのですから感染症です。肝臓周囲の感染症として一番よくあるのが、胆のうに石ができる「胆石症」が原因となる「胆のう炎」です。

 ただしこれは胆のうを切り取る手術をしますから、肝臓そのものにはメスを入れない。さらに入院期間が3か月ってありえません。

 肝臓内の感染症なら、肝臓のなかにウミがたまってしまう「肝膿瘍」があります。これなら肝臓を切り取ることもありますが、まず最初は膿瘍の中にしばらくのあいだ管を入れてウミを出す処置をします。でもマンガ内にそういうシーンはない。

 あと、生まれつき胆道の走行に異常があっても胆道に炎症を起こします。これも手術をすることがありますが、ふつう肝臓は切り取らない。

 となるとサイコーの病気は、肝臓の中で結石ができる「肝内結石」でしょう。

 聞くところによると、これなかなか面倒な病気で、たかが「石」なのに、治療としては結石ができる周囲の肝臓を切り取ってしまう大きな手術が必要になるらしい。さらにその後も肝臓の別のところに石ができてしまって、再手術が必要になることもあるそうです。

 だいたい肝臓の部分切除自体、身体にそうとう負担をかける手術です。入院中にマンガなんか描いてちゃだめでしょっ。週刊連載ってすごく過酷と聞きますので、退院してからも療養しなさいっ。

 主人公より、主人公のお母さんに年代の近いわたしなんぞは、そう思うわけです。

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