股旅モノ復活「関の弥太ッぺ」
なつかしのTVコメディ「てなもんや三度笠」で、藤田まことが演じた主人公が「あんかけの時次郎」。で、この名前のモトネタが「沓掛(くつかけ)時次郎」です。といっても知らないひとのほうが多くなってしまったかもしれません。沓掛は地名で、「沓掛時次郎」は長谷川伸が創造した股旅モノのヒーロー。
股旅モノとは、江戸時代、縞の合羽に三度笠スタイルのアウトロー=渡世人が各地を放浪しながら事件に出会う物語です。彼らは喧嘩ばかりしている乱暴者ですが、女やカネにはストイックで、強きをくじき弱きを助けます。ただし彼らはヤクザですから、社会から阻害された孤独なヒーローとして描かれます。
西部劇のアウトローたちと似たような構造を持ってますね。日本で股旅モノは任侠モノに変化し、さらにさまざまなアウトローが主人公の作品を生み出すことになります。学園番長モノもその変種でしょう。
わたし知らなかったのですが、「股旅」という言葉そのものを発明したのが長谷川伸なんだそうです。パイオニアだなあ。かつて長谷川伸作品は映画や演劇などで大人気、大衆の基本教養になってました。ですから「あんかけの時次郎」なんてダジャレが通用したのですね。
しかしいつの間にか股旅モノって見なくなりましたねえ。古典的股旅モノの長谷川伸作品ですが、わたしも「一本刀土俵入」はTVの舞台中継か何かで見ただけ。「沓掛時次郎」「関の彌太ッぺ」は中村錦之助の映画で見ただけ。それ以外はあんまり記憶にないなあ。
で、これだ。
●小林まこと『関の弥太ッぺ』(2009年講談社、933円+税、amazon)
市川崑が「木枯し紋次郎」や映画「股旅」でこきたない渡世人像を描いて以来、古き時代の威勢のいい主人公が登場する股旅モノは映画やTVからは駆逐されてしまいました。大衆演劇ではきっと今も生き残ってるんでしょうけど。
小林まことが、マンガでこの様式美に満ちた古い股旅モノを復活させてくれました。
合羽を着て傘で顔が見えない渡世人が、天下の往来、道のど真ん中で敵の一味を待っています。
◆「恐れ入りやす」「神楽獅子の新八親分さんでござんすね」
◇「誰だ てめぇ」
◆「てまえ常陸の国結城の関本という処の生まれで関の弥太郎」「またの名を関の弥太ッぺと申します」
◇「貴様 菰敷の処の者か!!」
◆「おっと!! ひっこめろい!!」「まだ挨拶が終わっちゃいねえ!!」
◆「訳のわからねぇを承知の旅人暮らし」「渡り鳥のあっしでも死に急ぎはしたくねぇが」
◆「神楽獅子の親分さん」
◆「殺すか殺されるか」「今この場でどっちか鳧(けり)をつけとうご座んす!」
くーっ、かっこいい。わたしは小林まことのきっちり描いた線が大好きなものですから、こういう真正面から見得を切るようなシーンにはしびれるったら。
すべてのキャラクターが、小林まことの過去作品からの再登場であることも楽しい。手塚治虫のスターシステムですな。
ストーリーはあたりまえですがよくできている。しかもくりかえし映像化されてる作品ですから、作者にとっても挑戦しがいのある仕事だったことでしょう。
風景や服装、小物まで描きこみもしっかり。見たい絵がかっこよい構図で展開される。ためにためて爆発させる演出もあり。
アタリマエのことをアタリマエにきちんと見せてくれます。これぞエンターテインメント。たいへんけっこうな出来になっております。
Comments
ちょっと多忙につき、手短に……。
渡世人や無宿人といった幕末アウトローについては、以下の国立歴史民俗博物館の高橋敏氏の著作が参考になるかもしれません。
http://www.rekihaku.ac.jp/koohoo/tyosho/tyosho.html
このうち入手しやすいのは『博徒の幕末維新』『国定忠治』あたりでしょうか。
以下の図録には、幕末の渡世人が、明治から昭和にかけて、いかにして民衆のヒーローになったかも解説されています。
http://www.rekihaku.ac.jp/kikaku/index82/index.html
Posted by: すがやみつる | September 05, 2009 02:38 PM
漫棚通信様、詳しいご教示ありがとうございました。
しかし、「旅から旅へ流れ歩く渡世人」というのは実際に江戸時代にいたんでしょうかね。
それとも、長谷川伸たちによる一種の創作なのでしょうか。
あの「一宿一飯の仁義」とかは、ヤクザよりは、職人のそれだったという話も聞きますが。
Posted by: natunohi69 | September 04, 2009 04:44 PM
股旅ものというと、こんなのもありました。やはり笹沢股旅テイストです。
http://www.ebookjapan.jp/ebj/title/114.html
小林まことさんの股旅マンガには、マイケルも出てくるんですか。
これがホントの「ネコにマタタビ」ですね(^_^;)。
Posted by: すがやみつる | September 04, 2009 03:26 PM
>ストーリーは、山下耕作・中村錦之助の映画版と、幾分違うように思えました
長谷川伸の原作戯曲、中村錦之助の映画、小林まことのマンガ、この三者はまったくの別物になっています。とくにラストの処理はずいぶん違います。あえて言えば、映画は戯曲にいろんなモノをいっぱいくっつけてデコレーションしたもの。マンガは戯曲からいろんなモノを引いて作ったものですね。
>上村一夫氏
おお、そうでした、ありました。ヤングコミックの真崎・守「ながれ者の系譜 股旅編」も71年ですから同時期ですね。これらに先行するのは、前・劇画である棚下照夫「めくらのお市」シリーズとかでしょうか。
Posted by: 漫棚通信 | September 03, 2009 09:24 PM
>市川崑が「木枯し紋次郎」や映画「股旅」でこきたない渡世人像を描いて以来
この部分ですが、『木枯し紋次郎』については、やはり笹沢左保氏の原作ありきで、この小説が市川崑監督でテレビ映画になった結果、映画『股旅』も生まれたように思います。
『木枯し紋次郎』の前に『見返り峠の落日』『中山峠に地獄を見た』という先行の読切作品があり(いずれも1970年に講談社「小説現代」掲載)、両作品とも上村一夫氏によって1971年早々(1970年終わり?)の「週刊少年マガジン」に掲載されました。したがって「少年マガジン」の股旅マンガの原型は、このあたりにあるといえるのかもしれません。
5年前に千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館で「民衆文化とつくられたヒーローたち~アウトローの幕末維新史~」という企画展示が催されたことがあります。従来、稗史として扱われてきた股旅もの、渡世人、やくざといったはみ出し者たちが、いかにして民衆のヒーローになったのかを探る企画でしたが、国立の施設がアウトローを題材にした展示をしたということで、ちょっと話題にもなったりしました。こちらは実在のアウトローが中心でしたが。
http://www.rekihaku.ac.jp/kikaku/index82/index.html
この展示では清水次郎長も扱われていましたが、次郎長マンガでは、黒鉄ヒロシ氏の『清水の次郎長〈上・下〉』(PHP文庫)もオススメです。
Posted by: すがやみつる | September 03, 2009 01:33 PM
初めまして。
最近の「股旅モノ」と云うと
子供向けアニメ『ねぎぼうずのあさたろう』がいい感じです。
原作が絵本なんですが、クオリティも高くて
安心して観られますよ。
http://www.toei-anim.co.jp/tv/negibozu/
放送地域がすごく限られているのが難点ですが…
Posted by: redstuff | September 03, 2009 11:28 AM
「あんかけの時次郎」からおもいだすのは,「あたり前田のクラッカー」という決めぜりふ(コマーシャル?)です(笑).
Posted by: ひでかず | September 02, 2009 09:13 PM
ストーリーは、山下耕作・中村錦之助の映画版と、幾分違うように思えましたが・・・
どちらが、より原作に近いのでしょう?
Posted by: natunohi69 | September 02, 2009 04:00 PM
最近だと「少年無宿シンクロウ」(さいふうめい&星野泰視)も股旅モノですかね。
Posted by: Y | September 01, 2009 11:18 PM
「お控えなすって」で始まる渡世人の義理口上てのは
立風書房のジャガーバックス「へんな学校」で覚えました。
ネット上で探してみると
amazonでは出てきませんが、
復刊ドットコムで復刊希望が出てます。
少年マガジンの記事を再編集したものなんですね。
あ、そうか、著者の間羊太郎ってSF作家の式貴史なんだ。
Posted by: かくた | September 01, 2009 10:58 PM