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August 23, 2009

ブルックリンのタンタン

 興味深い記事を読みました。

 電子版ニューヨーク・タイムズ、2009年8月19日の記事。

A Library’s Approach to Books That Offend

 冒頭部分を抄訳かつ意訳してみます。

●怒れる利用者に対する図書館の対応

「タンタンの冒険」がスピルバーグの手で2011年映画化されることになり、原作者であるエルジェの人気が高まっている。

しかしブルックリン公共図書館で、『タンタンのコンゴ探検』(フランス語版)を借りたいと思っても、数日待たされることになる。

図書館員によると、本書は79年前に出版されたのだが、2007年になって開架から閉架へ移されたということだ。

きっかけはひとりの女性利用者からの抗議だ。本書でのアフリカ人の描写が問題にされた。「この本の内容は黒人に対して攻撃的だ」 彼女はとくに「黒人がサルのように描写されている」と感じた。

現在『タンタンのコンゴ探検』は、スタッフだけが入室できる、まるで金庫室のような書庫におさめられている。鍵がかかる部屋で、入室できるのはスタッフだけ。閲覧するのには事前予約が必要だ。

図書館に対しては、このように利用者が不愉快に感じるという抗議がよくある。ブルックリンを含むニューヨーク市立図書館は、2005年以来約24通の文書による抗議を受け取った。しかし唯一、タンタンだけが開架から閉架に移動された。

 記事は、「怒れる利用者」からどのような本に抗議が来るのか、公共図書館や学校図書館はそれに対してどのように対応しているか、と続きます。

 いや日本の堺市立図書館だけじゃなくて、アメリカの図書館もたいへんですねえ、というお話。

 記事の最後のほうには、『タンタンのコンゴ探検』がモノクロ版からカラー版に描き直されたとき、どのような修正があったか、という説明もあり、とくにタンタンに注目した記事になってます。

 ところが、このニューヨーク・タイムズの記事には、決定的に欠落している部分があるのですね。

*****

 エルジェのタンタンシリーズは、もともとモノクロで描かれ雑誌連載されたものが、そのままモノクロで単行本化されていました。しかし、第二次大戦後の1946年から、それまで出版されていたものをエルジェ自身がカラーで描き直したカラー版の刊行が始まりました。これが現在ふつうに流通しているタンタンです。

 このカラー版の第一作が『タンタンのコンゴ探検』のフランス語版でした。1930年に雑誌の少年記者であるタンタンが、ベルギーの植民地であったコンゴを訪れる、というお話。

Les Aventures de Tintin. Tintin au Congo

 カラー版のタンタンシリーズは各国版に翻訳され、世界じゅうで読まれるようになります。しかし、カラー版のうち第一作のこの作品だけは、植民地主義が露骨に描かれているという批判を受け、英語版が出版されないままになっていました(スペイン語版やドイツ語版はふつうに存在します)。

 のちに黒人のマンガ的表現(とくにぶ厚い唇)も問題になったのは、上記の記事にもあるとおり。

 タンタンはのちにアニメーション・シリーズにもなりますが(日本のテレビでも放映されました)、コンゴのお話はなかったことになってます。

 1991年、Casterman社から英語版の『Tintin in the Congo 』が発行されましたが、これはカラー版じゃなくてモノクロ版の復刻。まあコレクターズ・アイテムですね。今はサンフランシスコのLast Gasp社のものが手にはいります。

The Adventures of Tintin in the Congo: Reporter for Le Petit Vingtieme

 そして2005年、やっとイギリスのEgmont社からカラー版『Tintin in the Congo 』が発行されました。カラーのフランス語版が発行されてから、実に60年が経過していました。

Tintin in the Congo

 これを受けて2007年、日本の福音館書店からも『タンタンのコンゴ探検』の日本語版が発行されました。

タンタンのコンゴ探険 (タンタンの冒険旅行 22)

*****

 さて、ニューヨーク・タイムズの記事に戻ります。

 この記事中で『タンタンのコンゴ探検』は『Tintin au Congo 』と記述されています。つまりこの記事はすべて、フランス語版のタンタンについて書かれた記事なのです。

 じゃ、英語版はどうなっているのかといいますと。

 アメリカで英語版タンタンを発行しているのはLittle, Brown社ですが、現在にいたるも『Tintin in the Congo 』は発売されていません。

 アメリカで英語版『Tintin in the Congo 』を読もうとしますと、イギリスから輸入しなきゃならないのです。

 ところが、ニューヨーク・タイムズの記事では、こういう事実=イギリスでは英語版が発売されているけどアメリカでの発売はされてないこと、にまったく触れられていません。

 しかもアメリカアマゾンではイギリスEgmont社版は取り扱いがありません。もちろんアメリカ在住のひとでも、アメリカアマゾンのマーケットプレイスで古書として買うことは可能ですし、直接イギリスアマゾンに注文すれば新刊として手に入れることもできますけどね。

 どうやら当該記事の図書館は、フランス語版『Tintin au Congo 』はコレクションしていても、英語版『Tintin in the Congo 』は蔵書していないようです。

 アメリカの図書館で今も『タンタンのコンゴ探検』がこのような扱いを受けているのなら、アメリカでの英語版発売は、まだまだ期待できないのでしょうね。


 タンタンに関するわたしの過去記事

このページの「タンタンはコンゴで何をしたのか」
日本におけるタンタンの現在(その1)
日本におけるタンタンの現在(その2)
タンタンのコンゴ探検
タンタン完結!

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Comments

同様の理由で、少年期の愛読書「ドリトル先生シリーズ」が米国では全く出版されず、読めなくなっていると聞きかじった覚えがあります。
なんだか米国って単純で極端だなぁと感じますが、それだけ米国内での黒人差別問題は歴史もあり、根が深く複雑だということでしょうか。

Posted by: トロ~ロ | August 24, 2009 at 04:00 AM

はじめまして、いつも楽しく拝見しております。
タンタン、製作年代の関係もあって所々ステレオ的ですよね。「青い蓮」に出てくる日本人やイギリス軍のインド兵はほぼ例外なく悪役だったり。エルジュに差別的な意図は無かったと思います……
漫画ではないのですが日本ではシュバイツァーの「水と原生林のはざまに」が岩波書店から回収になっています。差別表現を改訂した版を出すと予告していたのですが、もう九年も経ってしまいました、どうも岩波書店はこのまま絶版させるつもりのようです。
現在でも入手可能な白水社版を読むかぎり別段問題は無いんですが。
不思議なことにシュバイツァーの父親がアルザス人の地位向上を求めてドイツ人のアルザス総督とやりあった話なんかはWikioediaには書いてないんですね、幼少のころのアルベルトの人格形成に影響を及ぼしたはずなんですが。

Posted by: 猫遊軒猫八 | August 24, 2009 at 06:19 PM

 何か日本語の『のらくろ』かいと思ってしまいました。

 シュヴァイツァーの父親の話は初めてお聞きしましました。話はふと、ジェイムズ・F.ダニガンのデザインによる、戦略級シミュレーション・ウォーゲーム『第二次世界大戦前の外交戦』に於けるアルザス・ロレーヌ地方の位置付け、を思い出してしまいました。
 そうかぁ、ドイツ帝国時代はドイツ領だったんですよねぇ…アルザス。

Posted by: woody-aware | August 24, 2009 at 09:14 PM

こちらにある情報によれば、タンタンの作者はベルギーのナチスシンパ指導者に傾倒した右翼人種差別主義者だったんだそうです。
http://hyperborea.seesaa.net/article/98355374.html

Posted by: tsukasa | August 30, 2009 at 12:47 PM

2007年イギリスとベルギーで、「Tintin in the Congo 」の書店での陳列方法が問題になったのは確かです。日本でも報道されました。英語版Wikipediaの「Tintin in the Congo 」の項が簡単にまとまっているのでご参照ください。ただしこれは、あくまで表現の問題であって、エルジェの思想信条が問題にされたわけではありません。
「ベルギーのナチ」であったレオン・デグレールとタンタンの関係についてはリンク先の記事にも誤解があるようですが、デグレールの死後2000年にデグレール著とされる「Tintin mon copain タンタンわが友」という、自伝ともタンタンの研究書ともつかない奇妙な本が出版されたことが出発点です。すでにフランスでもベルギーでも手にはいらない本になっているようですが、一部がネット上に掲載されています。http://www.vho.org/aaargh/fran/livres2/tintin_mon_copain_1.pdf(PDF)
これによると、タンタンこそ自分の思想を先取りしていたのだ、という文脈になっているらしく、むしろデグレールがタンタンの人気を利用した形の本みたいです。

Posted by: 漫棚通信 | August 30, 2009 at 09:01 PM

こんなところでデグレルの名前が見れるとは。
マイケル・バー=ゾウハーの「復讐者たち」を読むとどうもデグレルは虚言癖の節があったようなのでそのまま信じる必要はないかと。
偏見なんて言ったらシェイクスピアのベニスの商人のシャイロックなんてもろに悪人のユダヤ人ですよ!

Posted by: 774 | September 02, 2009 at 07:14 PM

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