『ダニー・ボーイ』のモトネタに関するつれづれ
島田虎之介『ダニー・ボーイ』(2009年青林工藝舎、1200円+税、amazon、bk1)が発売されています。
『ラスト・ワルツ』『東京命日』『トロイメライ』に続く四作目。前作の発行からまる二年たってます。どれもホラとたくらみに満ちた複雑な構成を持った作品です。今回も喜んで手に取りました。
短いプロローグのあと著者が登場します。
あーどーも シマトラです
一九七六年の夏
アメリカ建国二百年を記念して
当時のNET 現在のテレビ朝日が
一本のミュージカルを深夜に中継放送したんですねそれが『極東組曲』だったのですが…(略)
ミュージカル『極東組曲』は同名のデューク・エリントンの
同名アルバムをモチーフにして
『ジャック・ザ・リッパー』や『R&J』で知られる
ブロードウェイの鬼才
ソール・ゼンハイムが書き上げた
異色づくめの作品である第二次大戦直後の日本が舞台なのも異色なら
その敗北から民主憲法制定までを描く
ストーリーもまた異色
このミュージカルでトニー賞助演男優賞にノミネートされた日本人俳優が伊藤幸男(いとうさちお)。伊藤の歌唱力は絶賛されました。物語は彼の人生を追う形で展開します。
おお、あいかわらずの大風呂敷。楽しいなあ。
*****
デューク・エリントンの「極東組曲」はホントにあるアルバムですからややこしいのですが、いつものように、すべて著者によるホラです。信用しないように。
今回はモトネタがはっきりしてます。1976年にブロードウェイ・ミュージカルが日本のテレビで放映されたのはホントですが、タイトルは「極東組曲」ではなく、「パシフィック・オーバーチュア 太平洋序曲」でした。
わたし、これ見てます。深夜の放送じゃなかったような記憶がありますね。幕末、ペリーが来日して日本が開国にいたるまでが第一部。第二部はその後一気に1976年までの日本の近現代史を描くという作品。近年、宮本亜門がリメイクしたので知ってるひとも多いのじゃないでしょうか。
「パシフィック・オーバーチュア」は、アメリカの建国二百年にあわせてハロルド・プリンスが製作しました。音楽がスティーヴン・ソンドハイム。ソンドハイムは「ジャック・ザ・リッパー」なんて作品はつくってませんが、この翌年「スウィーニー・トッド」を作詞作曲してます。
演じる俳優はすべてアジア系。ビリング・トップは本作品で狂言回しやショーグン役など複数を演じたマコ岩松でしたが、実質上の主役は、ジョン・万次郎と侍のカヤマ。このふたりの目をとおして、幕末の日本が描かれます。
このカヤマを演じたのがイサオ・サトウでした。
イサオ・サトウは劇団四季出身。当時から歌唱力は抜群で、越路吹雪と競演したこともあるそうです。テレビで見ただけのわたしにも、イサオ・サトウは強烈な印象を残しました。ネイティブじゃないのに、英語の歌であれほどの感情を表現できる日本人がいるんだ。
「パシフィック・オーバーチュア」での歌唱力が絶賛され、この作品でトニー賞助演男優賞にノミネートされてます。
マコ岩松もこの年、主演男優賞にノミネート。ただしこの年のトニー賞はライバルの「アニー」が席巻しました。
残念ながらイサオ・サトウの人生はこの年が絶頂だったといわれています。ブロードウェイでアジア系の枠は少ない。トニー賞で「格が上がって」しまったサトウは、他のアジア系俳優よりも使いづらい役者になってしまった、という記事を後年に読んだことがあります。
イサオ・サトウは1990年3月9日、飛行機事故で亡くなりました。この最期を美しく描いたのが、本作『ダニー・ボーイ』なのであります。
単体で読んでもぜんぜんかまわないのですが、モデルとなった人物のことを知ればもっとおもしろい。そういう作品でありました。
こちらはアメリカアマゾンの「パシフィック・オーバーチュア」オリジナルキャストCD。ちょっとだけ試聴できますが、9曲目の「Bowler Hat 」を歌ってるのがイサオ・サトウです。
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Comments
分かってるのに、ついドキュメント?と思ってしまうんですよね。
自分も登場人物になったかのような。
Posted by: ひざげり | August 19, 2009 09:00 PM