水野英子『ローマの休日』をめぐる微妙な問題
水野英子『ローマの休日』(2009年祥伝社、743円+税、amazon、bk1)が発売されてます。
印刷物からの復刻です。収録されてるのは二編で、中編『ローマの休日』は「りぼん」1963年9月号別冊付録。ちなみに書影のイラストは、当時の別冊付録表紙イラストからの流用です。
もひとつ収録されてる短編『ある雪の夜の物語』は、日文社1960年刊のアンソロジー単行本「ゆりかご」2号に収録されたもの。
『ローマの休日』は、ご存じ、あのオードリー・ヘプバーン主演映画のコミカライズです。
オードリーを一躍世界のアイドルにしたアメリカ映画「ローマの休日」は1953年製作公開。日本でも1954年に公開され大ヒットしました。
わたしが知ってる「ローマの休日」はテレビで放映された吹替版でして、最初はフジテレビ「ゴールデン洋画劇場」1972年。その後フジでくり返し放映され、のちに1979年テレビ朝日「日曜洋画劇場」でも。声はもちろん池田昌子(=メーテル)ですね。
テレビ放映される以前にも「ローマの休日」は劇場で何度もリバイバル公開されてます。1963年に劇場でリバイバル公開されたとき、パブリシティの一環とし制作されたのが水野英子が描いたこのマンガ(だと思います)。
これがねー、楽しいマンガなのですよ。
もともとのお話がウェルメイドなコメディの傑作にして、まるで少女マンガのようといわれた現代のおとぎ話=ファンタジーです。これをそのまま少女マンガにしてしまったわけで、描いてるのが当時少女向け物語マンガを描かせてナンバーワンの水野英子。
ローマの風俗・風景は当時の日本人にはまだまだ憧れの存在に過ぎなかったはずです。それがマンガの形できちんと描かれている。さらにコミカルな人物造形は映画になかった表現も模索しています。
同時収録の『ある雪の夜の物語』もO・ヘンリー「賢者の贈り物」のマンガ化ですが、文庫版で9ページしかない骨組みだけのショートショートの原作に比べ、恋人を探してクリスマスの街をさまよう主人公の内面を豊かに描いた水野英子版の、なんとすばらしいことか。
著者はあとがきで「いつの間にかまんが界から消え去ってしまったもの」を「優しさ、温かさ」であると書いています。
これには全面的に同意してしまいました。たしかにこのあたたかさは現代マンガからは失われてしまったものです。時代の変化とマンガ表現の進歩は、素朴な味わいを駆逐してしまったのか。
まあわたしが同時に読んでた作品が、萩原一至『BASTARD!! 』26巻と吉田戦車『スポーツポン』3巻だったからとくにそういう気分になったのかもしれませんが。
さて今回のマンガ復刻は、「ローマの休日」の著作権が50年か70年かで争われた「1953年問題」が一応決着した結果を受けてなされたものです。
とはいえこのあたりがじつに微妙のようで、映画の原題が「Roman Holiday 」であるのに対し、今回のマンガ復刻では表紙カバーで「A Holiday of Rome 」という表記にしてあります(マンガ本文内ではもちろん「Roman Holiday 」という表記です)。ちょっとだけ逃げ道を残してあるわけですね。
原著作権者であるパラマウントや原作・脚本のイアン・マクレラン・ハンターについての記述もありません。
とくにハンターは赤狩りでハリウッドを追放されたダルトン・トランボの変名だったのですから、ここはいろいろと解説が欲しかったところです。しかしそれをしちゃうと、著作権的にいろいろと微妙な問題が起こるかもしれない、ということなのでしょう。
Comments
皆様の博識と識見に感服しましたです。orz
Posted by: woody-aware | June 12, 2009 11:17 PM
>アン王女のそれはシモジモにとっては迷惑かぎりなしっ
アルクのネット英和辞典によると「野蛮な見世物」だそうです。
タイトルに偽りあり、な笑いがしこまれていると解すべきでは。
Posted by: LLK | June 11, 2009 04:18 PM
>、「Roman Holiday 」=「人の犠牲(苦しみ)によって得られる娯楽(ローマ人が楽しみに闘技場で剣士などを闘わせたことから);騒擾、騒乱」
おおっ、ラブコメ少女マンガの王道・お手本ともいうべき、かの作品の原題に、そんなダブル・ミーニングが隠されていたとは、つゆ知らず。
ルビコン川を渡るとか、賽は投げられたとか、西洋のことわざや慣用句に残るパクス・ロマーナの名残は大きいのですなぁ。
そのローマも、古代ギリシア文明に比して「野蛮」と言われた時代があり、古代ギリシアさえもクレタ文明などに比して「野蛮」と看做された時代があり・・・・・・興味津々。
Posted by: トロ~ロ | June 11, 2009 12:15 AM
なるほどー。リンク先確認しました。
ウチにあるリーダーズ英和によりますと、「Roman Holiday 」=「人の犠牲(苦しみ)によって得られる娯楽(ローマ人が楽しみに闘技場で剣士などを闘わせたことから);騒擾、騒乱」とありました。
アン王女のそれはシモジモにとっては迷惑かぎりなしっ、という意味をこめた原題だったのですね。
Posted by: 漫棚通信 | June 10, 2009 10:48 PM
>呉 智英氏の記事
つぎのページのことでしょうか.
http://sankei.jp.msn.com/culture/arts/090610/art0906100834003-n1.htm
なお,呉氏は「ローマの休日」のタイトルについて,「可愛いわがままの陰に犠牲あり」という文章で言及されています.(『ロゴスの名はロゴス』(メディアファクトリー,1999年 1月,pp.111-114.)
Posted by: ひでかず | June 10, 2009 09:12 PM
>産經新聞
図書館で新聞をチェックしてみましたが、ウチの地方で読める6/10大阪版には呉智英氏の記事は載ってないみたいです。残念。また来週ぐらいに行ってみます。
Posted by: 漫棚通信 | June 10, 2009 07:59 PM
偶然にも、産經新聞、きょう(6月10日)の朝刊で呉智英氏が「ローマの休日」の原題について書かれています。ひじょうにおもしろいので、一読をお勧めしますね。
Posted by: 高千穂遙 | June 10, 2009 07:28 AM
こういうマンガもあったという事に、ちょっと驚きです。
Posted by: woody-aware | June 09, 2009 08:38 PM
この漫画、リアルタイムで読みました。前後が逆で、この後オードリー・ヘップバーンのファンになりました。ビデオなんてない時代、対訳のシナリオを買って、それに載っているスチールを食入るように眺めたのを思い出しました。
あ、もちろん、水野英子のファンにもなりました。
Posted by: 藤岡真 | June 09, 2009 02:22 PM
映画のパブリシティーとしての少女マンガは良くありました。
「ハリーとトント」というロード・ムービーも、少女マンガ誌の予告欄で見たような記憶があります(近所の診療所の待合室でだったかな)。
最近、BSで見たら・・・・・・・老人ヒッピー(?)のような雰囲気の作風と内容でした。
う~~ん。
Posted by: トロ~ロ | June 09, 2009 01:20 PM
アメリカ本社はノータッチにしても、日本の配給会社の協力はあっただろうと思いますよ。
Posted by: 漫棚通信 | June 09, 2009 09:09 AM
これ、発表当時は映画会社の正式な許可を受けていた・・・りはしてませんよね、やっぱり。
Posted by: gryphon | June 09, 2009 08:01 AM