松本正彦の「駒画」
「貸本マンガ」と「劇画」については近年、再評価と研究が進んでいます。
●貸本マンガ史研究会『貸本マンガ RETURNS 』(2006年ポプラ社、1800円+税、amazon)
●辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』上・下(2008年青林工藝舎、各1600円+税、amazon)
●『完全復刻版 影・街』(2009年小学館クリエイティブ、3600円+税、amazon)
●松本正彦『劇画バカたち!!』(2009年青林工藝舎、1500円+税、amazon)
「貸本マンガ」は出版と流通の形態を示し、「劇画」とは作家たちによる表現上の運動でした。
「正・反・合」じゃないけど、まず手塚治虫があって、それに対抗する劇画が隆盛となり、80年代以後これらが混ざり合い混沌としたした状態が現在の日本マンガ、という理解がホントに正しいのかどうか。上記の本を読んでますと、いろいろと考えさせられることが多いですねえ。
さらにもう一冊。これはちょっとすごい本です。
●松本正彦『隣室の男 松本正彦「駒画」作品集』(2009年小学館クリエイティブ、3619円+税、amazon)
「劇画」の勃興期、その中心的な作家で、先駆的な作品を多く描いた松本正彦。彼は「劇画」に先立ち、自身の作品を「駒画」と名づけました。
その松本正彦作品の復刻。
と思って読んでみましたら、これがまあ作品の復刻だけじゃなくて、松本自身が書いた文章、いろんなひとが松本正彦について書いた文章、当時の状況についての証言、さらに研究、年譜、作品リストなど、これでもかというくらい詰め込まれた本でした。思いっきり内容濃いです。
昨年までにわたし自身が読んだことのある貸本時代の松本正彦作品は、『まぼろしの貸本マンガ大全集』(文春文庫ビジュアル版1987年)に収録された「隣室の男」(1956年)だけでした。この作品は今年復刻された『完全復刻版 影・街』にも収録されてますし、今回の復刻でも表題作になってるくらいの有名作品です。
ただし、1987年の読者であったわたしにとって「隣室の男」は、奥行きのある凝った構図を取り入れてはいますが、どこがどう新しいのか、よくわかんなかったのですね。
しかし今ではこの作品についての言及もいろいろとあります。発表されたとき「隣室の男」がいかに衝撃的であったか、辰巳ヨシヒロは昨年出版された自伝マンガ『劇画漂流』の中でこのように描いています。
流れるようなコマ運びと大きく割られたコマに遠近感のある構図はなるほど映画的ではあったが、全体に漂うムードが新鮮だった
またしても松本にしてやられたのだ
ヒロシの頭の中は真っ白になっていた
こういう同時代の証言がないと、過去の作品の歴史的意義ってよくわかりませんね。その眼で作品を読み直すと、松本正彦による間接的な心理描写などは、さいとう・たかをなど、のちの劇画にはない部分です。コマの大きさや構図を変化させながら静かな会話が連続するところは、ちばてつやの先駆かもしれません。
劇画最初期のビッグ3、さいとう・たかを、辰巳ヨシヒロ、松本正彦のうち、もっとも欠落していた部分がこれで埋まりました。わたしのような一般読者レベルでも、今回の復刻で複数の松本正彦作品に接することができるようになったわけです。
マンガと文章で640ページ。復刻マンガが18作。文章を執筆したりコメントを寄せているひとが25人。松本正彦の業績と日本マンガ史を立体的にとらえることができる研究書としても一級です。
Comments
うーんこれも夏目先生の所で既に書いて来てまた今更にこちらに来て恐縮なのですが、吉田秋生の『BANANA FISH』を初めて読んでいて、これはマンガでは無し、でも劇画でも無し、に感じてしまって一体何だろう?と思って居たのですが、その研究材料になりそうな話でありがたいです。
確かに「定説」って有りますよねぇ…。それを、ちょっと「本当か?」ともう一度何度でも検証してみるって事は大切かと存じます。
またちょっと眠ってから本文読ませて頂きまーす。
まずはご挨拶まで。
正・反・合、で無ければ、一体どんな過程や経過が有ったのか、ちょっと楽しみです。
Posted by: woody-aware | June 20, 2009 01:26 AM