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June 30, 2009

虫プロ全史となる予定『小説手塚学校』

 皆河有伽『小説手塚学校 日本動画興亡史 1巻 テレビアニメ誕生』(2009年講談社、980円+税、amazonbk1)読みました。

 うーん、これはおもしろい。

 手塚治虫が設立したアニメーション製作会社虫プロダクションが、いかに始まり、そして終わっていったかを書いた長編。第1巻は手塚が東映動画「西遊記」に参加するところから、虫プロを設立し、TVアニメ「鉄腕アトム」放映が開始されるところまで。

 もちろん手塚治虫は主要登場人物ですが、群像の中のひとりという扱いで、日本アニメ草創期にたずさわったひと、多くが主人公。

 「小説」とありますが、登場人物たちの行動や発言はその出典が細かく記載されてます。全編これリファレンスでできたような本です。

 いわゆる研究書と異なるのは、著者自身が関係者にインタビューなどをしてるんじゃなくて、ほとんどをありものにたよっているところ。膨大な量の書籍、雑誌、ムック、新聞記事、DVDの付録、テレビ番組、Web上のインタビューなどにあたって、これらが再構成されています。

 「小説」ですから当然、登場人物が大声で怒鳴りあったり、内心では○○と感じたりしますが、こういう部分は意外にも少ない。

 「虫プロ」と命名したら「蒸し風呂」=「トルコ風呂」とまちがえられた、という笑い話があって、これおそらく手塚先生、ギャグとして言ってます。本書ではこれを事実として書いてあったりしますから、そのあたりは注意が必要ではあります。

 また手塚自身が自伝で書いている、アトム制作費一話55万円という有名なエピソードがあります。スポンサーから一話120万円を提示されたのに、手塚のほうから55万円にダンピングした、という伝説です。

 これがアニメーターの待遇を悪くさせたと、後年まで手塚が非難される理由のひとつになったのですが、津堅信之が『アニメ作家としての手塚治虫』(2007年NTT出版)のなかで、「ホントは一話155万円であった」説を紹介、検証しました。

 本書ではこれを採用して、手塚は55万円と思ってたけど彼の知らないところで155万円になっていた、という展開になっています。これも小説ならばぎりぎりOKの部類でしょう。

 あらためて本書のように再構成して整理されたTVアニメ草創期のお話を読みますと、よくもまああの当時に一話30分のアニメを毎週TVで放送できたものだと感心します。

 すべては手塚治虫の無知、無謀、無茶から始まっているのですが、これをホントに実現してしまう、手塚および周囲のひとびとの熱気と情熱は、尋常のものではありません。

 第2巻「ソロバン片手の理想家」も、もうすぐ発売されるようです。多士済々の才能が集まり、全盛期へ。その後虫プロは崩壊していくことになるのですが、その経緯も知りたい。出版されるのが待ち遠しいぞ。

 あ、ちなみに書影の題字を書いてるのは、平田弘史です。

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June 28, 2009

書店での出会いはやっぱ一期一会

 月末になるとこづかいが少なくなり、昨日はサイフに二千円と小銭だけ。いい歳をした社会人としてどうかと思うような状況ではありましたが、こういうときでも習慣的に書店には寄ってみるのですね。

 おお、こんな本が出てるじゃないか。

●『菅野修作品集 夏の雲』(2009年北冬書房、2400円+税、amazon
kinokuniya

 1980年代に「ガロ」とか「夜行」で活躍していた著者、ひさしぶりの作品集です。これが二冊、平積みにしてありました。

 ハードカバーでちょっとお高い本ですが、ここで出会ったのも何かの縁。一度見たら忘れられない魅力的な絵を描く人だったよなあ。というわけで、今月のこづかいの残り、手持ちの全財産はたいて買ってきましたよ。

 1986年から2008年までに描かれた作品が集められてます。1980年代作品の密度の濃さ(絵もお話も)に比べて、最近のはちょっとアレになってましたけど。日本マンガにおける前衛の正統というか、古典的前衛というか、前衛が熟成してちょっと糸引いてる? という感じの作品集でした。

 で、読み終わって奥付を見ておどろいた。「限定480部のうち 212 」とハンコが押してあるじゃないですか。

 商業出版され一般書店で買えるマンガで480部というのもちょっと驚きですが、なぜまたウチの近所にあるような田舎の書店にそのうち二冊も入荷したのか。謎だ。

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June 23, 2009

手塚治虫の医師免許証

 手塚治虫の医師免許証の日付についてはずっと気になっていましたが、先日放送されたNHKBS「週刊手塚治虫」で見ることができました。6月21日まで江戸東京博物館で開催されていた「手塚治虫展」に展示されていたものです。

医師免許証
兵庫県
手塚 治
昭和三年十一月三日生

昭和二十七年施行第十二回医師国家
試験に合格したことを認証し
医師法(昭和二十三年法律第二百一号)に
より医師の免許をあたえる
よってこの証を交付する

昭和二十八年九月十八日
厚生大臣 山縣勝見
本免許は第一五〇四七六号をもって医籍に登録した
厚生省医務局長 曽田長宗

 手塚治虫は大阪の名門、北野中学を卒業しています。北野中学は本来五年制でしたが、戦争激化のため、手塚の学年は四年で卒業となってしまいました。これが昭和20年春のこと。

 手塚は大阪府立浪速高校を受験しますが不合格。大阪帝国大学附属医学専門部を受験して合格します。このときの手塚治虫はまだ16歳です。

 阪大の医学専門部は、不足していた軍医を促成するためにつくられたところで、阪大医学部とは格がちょっと違います。帝大医学部は旧制高校卒じゃないと受験資格がありませんが、医学専門部なら旧制中学卒でも入学することが可能でした。

 ちなみに当時の日本には医師国家試験、あるいはそれに準ずるものはありません。医学部や医学専門学校を卒業しさえすれば、医師になることができた時代です(もっと昔には、野口英世が合格したので知られる医術開業試験などが存在したこともあります)。

 敗戦後GHQによって医師教育制度がつぎつぎと変革されます。卒後研修として一年間のインターンが義務づけられ、全国的な医師国家試験も始まりました。また手塚が入学したとき医学専門部の教育期間は四年でしたが、これは五年に延長されます。

 手塚治虫は五年の教育期間を終え、昭和25年春に卒業するはずでした。しかし手塚先生、一年留年して昭和26年に卒業しています。入学したときは医学専門部七期生でしたが、卒業のときは八期生。

 ちゃんと勉強もしてたはずです。「手塚治虫展」には医学生時代の手塚のノートも展示されており、これも「週刊手塚治虫」で見ることができましたが、これがまたすごくていねいでうまい絵と文字。手塚は医学を美術のように学んでいたみたい。

 しかし、医学生時代の手塚はすでに人気マンガ家になっていました。そりゃあ忙しかったと思いますよ。

 大阪の出版社から多くの赤本マンガを刊行し、全国の少年少女から尊敬される存在になっていたのは、いろんなマンガ家の回想で知られるところです。

 東京の学童社「漫画少年」で『ジャングル大帝』を連載開始したのが在学中の昭和25年11月号。光文社「少年」では、昭和26年4月号から『鉄腕アトム』の前身『アトム大使』も連載開始となります。このとき手塚治虫、まだ22歳。若いっ。

 日本マンガの革命は、この若き手塚の手でなされたのです。

 アトムの連載が始まったころ、手塚治虫は医学専門部を卒業しました。このあと彼は無給のインターンとなりますが、あいかわらず人気マンガ家との二足のわらじ生活は続きます。

 その一年後、昭和27年春。手塚は宝塚に住み、インターン生活が終わろうとしていました。

 藤子不二雄のふたりが宝塚を訪れたのが、そのころです。A先生の『まんが道』では高校三年生の夏休みに宝塚訪問、という設定になってますが、実際の訪問はこの時期だったようです。

 『まんが道』に登場する、あの光り輝く手塚治虫は、まだ23歳のインターンであったのですね。

 一年間のインターンを終えた手塚治虫は、これで医師国家試験の受験資格を獲得し、昭和27年7月16日、第12回医師国家試験に合格します。

 この7月16日は国家試験があった日とされることもあるのですが、このころは年二回、5月と11月に医師国家試験があったらしく、7月16日というのは合格発表の日じゃないかな、というのがわたしの推測です。

 竹内オサム『手塚治虫 アーチストになるな』(2008年ミネルヴァ書房)などには、手塚が前年の医師国家試験に落ちたという記述がみられますが、これはマチガイ。この当時は医学校を卒業しても、一年間のインターンを終了するまでは医師国家試験の受験資格がなかったのですから。

 手塚治虫は昭和27年のうちに、おそらくは医師国家試験に合格してすぐ、東京に居を移し本格的な東京進出を果たします。医学生、そしてインターンという身分は、手塚にとってセールスポイントになっていましたが、実際の生活上ではマンガ執筆を阻害するものだったでしょう。手塚は晴れてマンガに専心することができるようになりました。

 で、冒頭の医師免許証になるのですが、昭和27年7月の試験に合格してるのに、この免許証が交付された日付が昭和28年9月である点。一年以上もたってるのですね。

 このころの医師国家試験の合格発表と医師免許証交付のずれはそうとうなものだったらしく、こういうこともよくあったそうです。

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June 21, 2009

鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集

 手塚治虫は単行本を出すたびに自作を編集、改変してしまうことで有名です。ところがその編集の結果、ちょっとどうかと思われるデキになってしまうものもけっこうあるのですね。読者は、雑誌のときのほうが良かったのにー、と思うわけです。

 だもんで雑誌オリジナル版を求めるファンも多く、最近つぎつぎと雑誌版の復刻がなされてます。

 『リボンの騎士』なんか、(1)「少女クラブ」連載版の復刻、(2)「少女クラブ」連載版を講談社が初単行本化したものの復刻、(3)「なかよし」連載版を講談社が初単行本化したものの復刻、と三種類も発行されてておなかいっぱい。

 完全復刻版 リボンの騎士(少女クラブ版) スペシャルBOX 完全復刻版 リボンの騎士(なかよし版) スペシャルBOX

 さて次にくるのは、名作との誉れ高いのにくりかえし改変されてきた『ジャングル大帝』だろうと予測しておったのですが、意外にもこうきたか。

●『鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集』全6巻(ジェネオンエンタテインメント、各14190円+税、amazon

鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集 ユニット1

 この写真のセットが一巻です。出版社のサイトで詳細をご覧ください。

http://www.geneon-ent.net/view_item.php?id=5939

 わたしが読んでたころの雑誌「少年」では、『鉄腕アトム』はB5の雑誌本誌にカラーで数ページ掲載され、その後B6の別冊付録(表紙はカラーですが中身はもちろんモノクロ)で続きを読む、という形式でした。

 これをそのまま復刻するというのですからたいした企画です。なんせ連載期間18年、総6500ページ。一巻のお値段が1万4千900円で、全巻を集めると約9万円。高いか安いか。

 うーんどうしようかなあ。少なくとも50年代の初期アトムは、手塚のベストワークだからなあ。

 藤子・F・不二雄大全集もそうですが、悩みはつきないのでありました。

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June 18, 2009

松本正彦の「駒画」

 「貸本マンガ」と「劇画」については近年、再評価と研究が進んでいます。

●貸本マンガ史研究会『貸本マンガ RETURNS 』(2006年ポプラ社、1800円+税、amazon
●辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』上・下(2008年青林工藝舎、各1600円+税、amazon
●『完全復刻版 影・街』(2009年小学館クリエイティブ、3600円+税、amazon
●松本正彦『劇画バカたち!!』(2009年青林工藝舎、1500円+税、amazon

貸本マンガRETURNS 劇画漂流 上巻 劇画漂流 下巻 影・街 完全復刻版(全2冊) 劇画バカたち!!

 「貸本マンガ」は出版と流通の形態を示し、「劇画」とは作家たちによる表現上の運動でした。

 「正・反・合」じゃないけど、まず手塚治虫があって、それに対抗する劇画が隆盛となり、80年代以後これらが混ざり合い混沌としたした状態が現在の日本マンガ、という理解がホントに正しいのかどうか。上記の本を読んでますと、いろいろと考えさせられることが多いですねえ。

 さらにもう一冊。これはちょっとすごい本です。

●松本正彦『隣室の男 松本正彦「駒画」作品集』(2009年小学館クリエイティブ、3619円+税、amazon

隣室の男―松本正彦「駒画」作品集

 「劇画」の勃興期、その中心的な作家で、先駆的な作品を多く描いた松本正彦。彼は「劇画」に先立ち、自身の作品を「駒画」と名づけました。

 その松本正彦作品の復刻。

 と思って読んでみましたら、これがまあ作品の復刻だけじゃなくて、松本自身が書いた文章、いろんなひとが松本正彦について書いた文章、当時の状況についての証言、さらに研究、年譜、作品リストなど、これでもかというくらい詰め込まれた本でした。思いっきり内容濃いです。

 昨年までにわたし自身が読んだことのある貸本時代の松本正彦作品は、『まぼろしの貸本マンガ大全集』(文春文庫ビジュアル版1987年)に収録された「隣室の男」(1956年)だけでした。この作品は今年復刻された『完全復刻版 影・街』にも収録されてますし、今回の復刻でも表題作になってるくらいの有名作品です。

 ただし、1987年の読者であったわたしにとって「隣室の男」は、奥行きのある凝った構図を取り入れてはいますが、どこがどう新しいのか、よくわかんなかったのですね。

 しかし今ではこの作品についての言及もいろいろとあります。発表されたとき「隣室の男」がいかに衝撃的であったか、辰巳ヨシヒロは昨年出版された自伝マンガ『劇画漂流』の中でこのように描いています。

流れるようなコマ運びと大きく割られたコマに遠近感のある構図はなるほど映画的ではあったが、全体に漂うムードが新鮮だった
またしても松本にしてやられたのだ
ヒロシの頭の中は真っ白になっていた

 こういう同時代の証言がないと、過去の作品の歴史的意義ってよくわかりませんね。その眼で作品を読み直すと、松本正彦による間接的な心理描写などは、さいとう・たかをなど、のちの劇画にはない部分です。コマの大きさや構図を変化させながら静かな会話が連続するところは、ちばてつやの先駆かもしれません。

 劇画最初期のビッグ3、さいとう・たかを、辰巳ヨシヒロ、松本正彦のうち、もっとも欠落していた部分がこれで埋まりました。わたしのような一般読者レベルでも、今回の復刻で複数の松本正彦作品に接することができるようになったわけです。

 マンガと文章で640ページ。復刻マンガが18作。文章を執筆したりコメントを寄せているひとが25人。松本正彦の業績と日本マンガ史を立体的にとらえることができる研究書としても一級です。

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June 14, 2009

心不全 cardiac failure とは何か

 唐沢俊一氏が心不全で入院されたそうです。まだまだお若いのですから無頼などを気どらずに、十分にご療養ください。一日も早い回復をお祈りします。

 しかし「心不全」というのはよく聞くけど、もひとつよくわかんない言葉ですよねえ。これはいったい何であるのかについてちょっと調べてみました。

*****

 心臓には四つの部屋がありますが、もっとも大きな仕事をしているのは左心室です。左心室は人間が生きているかぎり収縮拡張をくり返していますが、主要な役目は、肺にある血液を全身に送り出すことです。

 では、左心室の具合が悪くなるとどうなるでしょうか。たとえば左心室が急に動かなくなると、肺にある血液を全身に送り出せなくなります。つまり、肺に血液がたまってしまいます。

 血液というのは水分ですから、これは肺に水がたまっているのと同じこと。肺は水びたしです。すなわち、陸上にいるのにおぼれている状態になります。

 おぼれているのですから、一所懸命呼吸をしても血液の中に酸素がはいってきません。血中の酸素が足らなくなると、息苦しくなります。

 こういう状態を「うっ血性心不全」といいます。この場合の「うっ血」とは「肺うっ血」のことで、肺に「血」=「水」がたまっていることを意味します。

 ふつう「心不全」といいますと、このように「心臓の病気が原因で肺に血=水がたまった状態」のことをさします。

 日本で「心不全」という言葉の使い方が混乱したのは、原因不明の突然死のとき、死亡診断書の死亡原因に「急性心不全」と書くことが長らく習慣とされてきたからです。

 ですから、過去の有名人の死因に「急性心不全」とあったとしても、これはたんに急死したことを示しているだけで、真に心不全であったかどうかはわからないのです。困ったことですねえ。

*****

 さて、人体で血液は以下のように流れます。

●肺→左心房→(僧帽弁)→左心室→(大動脈弁)→全身

 このコースのどこかに障害がおこると、肺に血液がたまってしまい、心不全となります。

 心不全の原因はいろいろあります。

(1)左心室の収縮が悪くなったとき

 これがもっともありふれた原因です。

 たとえば心臓の一部が死んでしまう心筋梗塞という病気があります。心筋梗塞にも範囲が大きい小さいがあるのですが、大きな心筋梗塞がおこりますと、左心室の大部分が動かなくなってしまいます。そのため肺の血液を全身に送ることができなくなり、肺に血がたまります。

 心筋梗塞以外にも、左心室の動きが悪くなる病気はたくさんあります。急におこることもあれば、ゆっくりおこることもあります。

 たとえば「高血圧性心疾患」という病気があります。

 心臓は「血圧」という圧力に対抗して血液を送り出さなければいけません。心臓にとっては血圧が低ければ低いほど楽なのです。「高血圧」が長年続きますと、心臓がそれまで一所懸命がんばって動いてきた結果、ある日突然バテてしまい、左心室の動きが急に悪くなることがあります。

 これでも肺に血がたまってしまいます。

(2)心臓の弁が悪くなったとき

 左心室には、血液がはいってくる僧帽弁と、血液が出て行く大動脈弁というふたつの弁があります。この弁の具合が悪くなると、左心室の動きが良くても、肺にうっ血がおこります。いわゆる「心臓弁膜症」です。

 たとえば僧帽弁閉鎖不全症という病気があります。僧帽弁という心臓の弁がきちんと閉じなくなると、左心室が一所懸命収縮しても、血液は全身のほうに流れずに、左心房のほうに逆流してしまいます。この状態でも肺に血液がたまってしまいます。

(3)左心室の拡張が悪くなったとき

 もうひとつ、左心室はよく動いていて、弁の異常もないのに心不全をおこすことがあります。

 人間、歳をとりますと、心臓が硬くなってきます。左心室が収縮するチカラは充分あるのに、広がるときに時間と圧力がよけいにかかるようになってしまいます。

 こうなると、左心房から左心室にはいってくる血液の流れが悪くなりますから、肺に血液がたまりやすくなります。

 左心室の拡張障害は心臓病でもおこりますが、年齢を重ねるとみんなある程度はこの状態になってしまいます。

 年寄りが子どもよりも心不全をおこしやすいのは、加齢に伴い心臓が硬くなって左心室の拡張が悪くなっているからです。

(4)これ以外にも、極端に脈が遅くなる不整脈や、逆に脈が速くなる不整脈のときも、心不全をおこすことがあります。

*****

 心不全の治療は、利尿剤が主になります。肺にたまった水を、尿として体の外に出すわけです。

 とくに1962年に開発されたフロセミドという利尿剤は、心不全治療を劇的に変化させました。この薬の発売とともに心不全死が明らかに減少したと言われています。この薬はベストセラーとして今も現役で使用されています。

 ただし、利尿剤は肺にたまった水を体の外に出すだけで、心臓そのものを治すわけではありません。

 「心不全が治った」と言う場合、「肺うっ血が消失した」ということですので、心臓そのものが良くなったわけではありません。ですから一般的に心不全は、再発しやすい病気なのです。

 たとえば心臓の弁が悪い場合は手術が必要になることもありますし、心臓の動きが悪い場合は心不全が再発するのを予防するため、ずっと薬を飲み続けることが多いようです。

 もちろん食事や生活習慣を変えることも必要ですね。

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June 12, 2009

阿房、阿呆、アホウ

 積ん読になっていた作品を消化していたのですが、うーん、もっと早く読んでおけばよかった、一條裕子の二作。

●一條裕子『道子のほざき』(2009年Bbmfマガジン、838円+税、amazonbk1
●一條裕子/内田百閒『阿房列車』1号(2009年小学館、1000円+税、amazonbk1

 

 『道子のほざき』は「だんご三兄弟」が流行ってたときの連載ですから、かなり古い作品です。最近単行本化されました。

 麻雀というゲームは、知らない人にとっては囲碁や将棋以上に何が何やらだと思います。とくにその用語がむずかしい。字一色とか十三不塔なんか、一般人は読むことすらできません。本書はその複雑怪奇な麻雀用語を、麻雀のことを何も知らない作者がムリヤリ解説しちゃおうというマンガ。

 年老いた父親とその娘の二人暮らし。娘は父親に、麻雀用語を中国の故事、ことわざとして解説します。しかしすべてはデタラメ、ホラです。落語の「つる」とか「千早振る」ですな。

 麻雀マンガ雑誌に連載されたものですが、だからといって読者全員が麻雀用語に詳しいはずもなく、このホラ解説にはだまされてしまうかも。しかし竹書房の編集者はよくもまあ一條裕子にマンガを依頼したものですねえ。

 娘が父親に対して何やら悪意を持ってるらしい、というところが奇妙な味。二人の関係に秘められた謎が次第に明らかに。って別に驚愕と戦慄のラストが待っているわけではありませんが。

 登場人物が最初から最後まで「といといほー」と叫んでいるだけ、という「対々和」の回には笑わせていただきました。

*****

 『阿房列車』は「あほうれっしゃ」と読みます。

 内田百閒のエッセイをマンガ化したものです。原作は内田百閒が昭和25年から書き続けた列車紀行文。とはいえ百閒先生、何の目的もなく東京から大阪へ列車で向かい、一泊しただけですぐ帰ってきます。そのためには借金までしてしまう。

 百閒自身は鉄道旅行のことを「阿房列車を運転する」と書いてます。まさに「鉄ちゃん」のバイブルのような作品。

 一條裕子によるこのマンガ化、たいへんすばらしい。じつはわたし、マンガを読んだあとで原作読みましたが、マンガはエッセイより出でてエッセイより青し。これは傑作。

 キャプションには百閒の文章そのままを使用し、かといってエッセイの文章すべてを絵解きしていたのではマンガになりません。そこには文章の取捨選択があり、マンガ家の腕と個性が介在します。

 一條裕子版『阿房列車』では、百閒の思考過程のおもしろさ、鉄道の楽しさ、さらに旅情がバランス良く構成されています。

 百閒先生がいかに偏屈で変人か、といっても行動がヘンというより、思考過程がヘンで楽しいのですが、それが小さいコマでちまちまと表現されたあと、ページをめくると見開きでどーんと列車を描いた風景が眼前に表現される。これがいい。

 百閒先生の思い出話では、旅館の女中が百閒先生を「糾問」した話が出てきます。マンガではこれが「糾問」と大きなフォントで描かれてます。マンガ/ネット以後の表現で、百閒世代にはきっと邪道だとは思いますが、これは現代では有効だと思いますよ。百閒が生存していたら使ったのじゃないかしら。

 本書でマンガ的にいちばんおどろいたのは、鹿児島阿房列車後章一、百閒先生が夜遅く列車に乗るシーン。原作エッセイではどうということはないこういう描写。

間もなく向うの暗闇の中から、明かるい塊りが近づいて、その電車は狐ではなかった。

 ところがマンガでは、「近づいて」と「その電車は狐ではなかった」の間に二ページにわたる見開きの大きなコマが描かれています。百閒先生が電車に乗り込むと、乗客全員が狐のお面をかぶっているのです。一瞬の幻影。

 どっひゃー。エッセイの意図以上のことをマンガが描いちゃったわけです。この瞬間、一條裕子は内田百閒をこえました。
 
 列車や建物、さらに当時の風俗に関する細かい考証も、そつなく描かれてるのでしょう(鉄道に関する知識がなくてよくわかりませんが)。

 今回の「第1号」では、原作の阿房列車シリーズ15編のうち、最初の3編がマンガ化されています。どうも全編マンガ化しようという野望があるようで、これは楽しみ。

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June 08, 2009

水野英子『ローマの休日』をめぐる微妙な問題

 水野英子『ローマの休日』(2009年祥伝社、743円+税、amazonbk1)が発売されてます。

 印刷物からの復刻です。収録されてるのは二編で、中編『ローマの休日』は「りぼん」1963年9月号別冊付録。ちなみに書影のイラストは、当時の別冊付録表紙イラストからの流用です。

 もひとつ収録されてる短編『ある雪の夜の物語』は、日文社1960年刊のアンソロジー単行本「ゆりかご」2号に収録されたもの。

 『ローマの休日』は、ご存じ、あのオードリー・ヘプバーン主演映画のコミカライズです。

 オードリーを一躍世界のアイドルにしたアメリカ映画「ローマの休日」は1953年製作公開。日本でも1954年に公開され大ヒットしました。

 わたしが知ってる「ローマの休日」はテレビで放映された吹替版でして、最初はフジテレビ「ゴールデン洋画劇場」1972年。その後フジでくり返し放映され、のちに1979年テレビ朝日「日曜洋画劇場」でも。声はもちろん池田昌子(=メーテル)ですね。

 テレビ放映される以前にも「ローマの休日」は劇場で何度もリバイバル公開されてます。1963年に劇場でリバイバル公開されたとき、パブリシティの一環とし制作されたのが水野英子が描いたこのマンガ(だと思います)。

 これがねー、楽しいマンガなのですよ。

 もともとのお話がウェルメイドなコメディの傑作にして、まるで少女マンガのようといわれた現代のおとぎ話=ファンタジーです。これをそのまま少女マンガにしてしまったわけで、描いてるのが当時少女向け物語マンガを描かせてナンバーワンの水野英子。

 ローマの風俗・風景は当時の日本人にはまだまだ憧れの存在に過ぎなかったはずです。それがマンガの形できちんと描かれている。さらにコミカルな人物造形は映画になかった表現も模索しています。

 同時収録の『ある雪の夜の物語』もO・ヘンリー「賢者の贈り物」のマンガ化ですが、文庫版で9ページしかない骨組みだけのショートショートの原作に比べ、恋人を探してクリスマスの街をさまよう主人公の内面を豊かに描いた水野英子版の、なんとすばらしいことか。

 著者はあとがきで「いつの間にかまんが界から消え去ってしまったもの」を「優しさ、温かさ」であると書いています。

 これには全面的に同意してしまいました。たしかにこのあたたかさは現代マンガからは失われてしまったものです。時代の変化とマンガ表現の進歩は、素朴な味わいを駆逐してしまったのか。

 まあわたしが同時に読んでた作品が、萩原一至『BASTARD!! 』26巻と吉田戦車『スポーツポン』3巻だったからとくにそういう気分になったのかもしれませんが。

 さて今回のマンガ復刻は、「ローマの休日」の著作権が50年か70年かで争われた「1953年問題」が一応決着した結果を受けてなされたものです。

 とはいえこのあたりがじつに微妙のようで、映画の原題が「Roman Holiday 」であるのに対し、今回のマンガ復刻では表紙カバーで「A Holiday of Rome 」という表記にしてあります(マンガ本文内ではもちろん「Roman Holiday 」という表記です)。ちょっとだけ逃げ道を残してあるわけですね。

 原著作権者であるパラマウントや原作・脚本のイアン・マクレラン・ハンターについての記述もありません。

 とくにハンターは赤狩りでハリウッドを追放されたダルトン・トランボの変名だったのですから、ここはいろいろと解説が欲しかったところです。しかしそれをしちゃうと、著作権的にいろいろと微妙な問題が起こるかもしれない、ということなのでしょう。

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June 05, 2009

「その他大勢」などない『シンプルノットローファー』

 衿沢世衣子『シンプルノットローファー』(2009年太田出版、900円+税、amazonbk1)は、何度も読み返してしまいました。

 「モンナンカール女子中等学校/高等学校」に通う女子高生たちの日常を描いた連作短編集。

 それぞれのエピソードは、のったりまったりした、なんということもない日常の風景ですが、登場人物たちがみな、何かをなそうとしているのがすがすがしい。こういうのこそ人生において大切な一瞬なのだなあ、とオッサンは思うわけです。

 ただしこの作品で少しおどろいたのは、別のところ。

 この連作短編の各編では、中心となって描かれるキャラクターがつぎつぎと交代していきます。つまり全作をとおせば、クラス全員が主人公。

 ですからあるひとつのエピソードでは、そのあたりを歩いてる人物、背景のはしっこで走ってる人物、教室の隅で話している人物であったりしても、すべてにちゃんと名があり、他のエピソードでは主要登場人物となるのです。

 巻末にはクラス26人の一覧があって、名前、あだ名、部活動、今好きなコトが描かれています。ですからここを参照しながら、各エピソードを読み直しますと、各コマで、あ、これはコイツだ、あれはアイツだ、そんなところで何をしている、という発見があります。

 クラス全員をきちんと描きわけようとしているマンガ、なわけですね。このマンガからは「その他大勢」などはないんだ、という主張が聞こえてきます(ただし絵がちょっとつたないから、実際に描きわけられているかどうかは微妙ですが)。

 最近はこういうすみずみの人物まで気をくばった作品がめだちます。武富健治『鈴木先生』も、きっと同じようなことをやってます。ひぐちアサ『おおきく振りかぶって』やコージィ城倉『おれはキャプテン』なんかも、ちょっとしか登場しない相手チームのメンバーまで設定が決められてそうだなあ。

 これは愛。マンガに対する、キャラクターに対する愛。というわけで、本書はマンガ愛にあふれた作品でありました。

 学校名のモンナンカール Mont Nancarlle とは、なんか山の名前みたいですが、検索しても不明。

 あと、物語中で彼女たちが遊んでいるカードゲーム「Kaker Laken Poker」とは、これです。トランプゲームの「ダウト」に似てて、性格が悪い人間が勝つゲームのようですね。

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