インフルエンザについて
昨日書いてみたのですが、世界の状況が変化しつつあるときに不確かな推測は好ましくないと考え直し、エントリを削除しました。申し訳ありません。
スティーヴン・キングの小説に『図書館警察』というのがあります。本を返さない悪い子はいねがー、と叫びながら図書館の不良利用者を逮捕しに来る警察=お化けの話らしいのですが、実は読んでません。
最近の図書館ニュース。
わが家は比較的図書館を利用する方だと思います。しかし図書館利用者にはつくづくひどいヤツがいる。これって大阪や広島だけの話じゃないんですよ。
わたしの妻は、わたしが読まないようなムズカシゲな社会学方面の本ばっかり借りてるのですが、その一方で、「すてきな奥さん」とか「家庭画報」とかそっち系の雑誌も定期的かつ大量に借りてきます。新着誌は貸し出し禁止だから、古いもの。
で、この手の雑誌、切り取られ率がやたらと高い、のだそうです。しかも、ちょっと見ではぜんぜんわからないくらい、きれいに切り取ってるらしい。あれ、読みたかった特集がない、とか思ってよく見ると、たいてい切られてる。わたしも切られた雑誌を何冊も見ましたが、ほんとにこれ、腹立ちます。
わたしが借りるのは主にオタク系の本です。こっち方面でも、かつて借りた本をもう一度チェックしようとしても二度とお目にかかれない、ということが複数回ありました。
いちばんあ然としたのは、『梶原一騎直筆原稿集「愛と誠」』というでっかい豪華本がありまして、定価が二万五千円+税。自分じゃさすがに買えないんで、図書館で見つけたときは喜んで館内で読んでたんですよ。ところが日を改めて、さあ借りようとしたら、どこを探してもない。
待っても待っても返ってくる気配がない。記録を見ると貸し出された記録すらない。館員に探してもらっても、ない。盗まれたのですね。しようがないので、他の図書館から取り寄せてもらって読みました。
あんな座布団みたいにでかい本を、よくもまあ盗んだものです。図書館印があると古書としても売れないと思うし、そんな本を自分の蔵書にしてうれしいか。こらドロボー、お前んとこには、絶対いつか図書館警察がやってくるぞ。
本日NHK総合で放映された「マンガのタカラ 少年週刊誌の生まれた時代」見ました。
この番組内でのオタカラとは、原画、あるいはそれに準ずるものでして、今回紹介されたのは、
●肉筆回覧誌「墨汁一滴」第6号
●『おそ松くん』原画
●『巨人の星』原画
●『あしたのジョー』原作原稿
●『あしたのジョー』原画
いやー地上デジタルはこういうのにはいい。どれもモノがはっきり映ってて、たいへんケッコウでした。
石森プロに保存されてる「墨汁一滴」。これなんか、切り貼りでできてたんですねー。赤塚書体による目次からしてすばらしい。一部着色されてたりして。
『あしたのジョー』の時代でも、ちばてつやはトーンじゃなくて青鉛筆によるアミ指定だったのかー。
将来もしかしたらレギュラー化されるかもしれない、というパイロット番組として制作されたようです。ただしタケカワユキヒデがかつてのミッキー吉野以上に太ってたのにびっくり。
現在、新人賞じゃない日本の漫画賞といえば、これぐらいでしょうか。
●講談社漫画賞
●小学館漫画賞
●文化庁メディア芸術祭マンガ部門
●日本漫画家協会賞
●手塚治虫文化賞
このうち講談社と小学館のそれは、失礼ながら出版社主催ですからどうしたって紐付き。出版社が主導して商売がからんできます。自分とこが出した本が受賞してアタリマエ、と読者のほうも見てますね。
ですから小学館「スピリッツ」連載の『20世紀少年』が講談社漫画賞受賞したりすると、びっくり。これは将来の移籍への布石か、なんて邪推したりするわけですな。
そして選考基準の第一は売れたかどうか、人気があるかどうか、なのでしょう。これはこれでいさぎよいともいえます。
日本漫画家協会賞は、一般に流通しない自費出版とかも対象になりますから、少し特殊。功労賞的性格を持っていたり、意外な新鮮な作品に出会えることもあり、いろんなマンガを発見するのに重宝しています。むしろ漫画家協会賞が他の賞と似たような傾向のものを選ぶと、かえっておもしろくないというか。
文化賞メディア芸術祭はやっぱ「芸術」を名のってますからね。マンガを評価するとき、その芸術性を第一に考えるのはしようがないところでしょう。また他の賞にひっかからない作品をサルベージする役目も担っているようです。
今やこれら各賞のライバルは、むしろアンケート形式によるランキングです。
「このマンガがすごい!」「このマンガを読め!」などの雑誌が主催するアンケートは、すでにある程度の権威を持っています。新設の「マンガ大賞」も気になるところ。
数人の選考委員が話し合いながら賞を決める、という形式じゃなくて、多数の投票者による一発勝負は、たしかに公平感があるし、なじみのある作品が上位に選ばれやすいですから読者の共感も得られます。
ただそのぶん、意外性のある作品が選ばれる率は下がってしまう。また単なる人気投票になってしまう可能性もあります。連載途中で評価される現在のシステムでは、毎年毎年、同じような作品が上位を独占する傾向が見られるのが欠点です。
では、わたしのような一般読者が求める漫画賞とは。
大衆文化である日本マンガの、芸術性と商業性、このふたつをともにきちんと評価できる賞。しかも出版社の紐付きじゃなくて、それなりの読み巧者が話し合いで決める権威ある賞。そういうものがあっていいと思います。
となると、やっぱ手塚治虫文化賞には期待してしまいますね。
で今年、第13回手塚治虫文化賞の結果。
すでに数年前から評判だった『大奥』と、ダークホース『劇画漂流』のダブル受賞。さらに昨年、売り上げ的にいちばん話題だった『聖☆おにいさん』を短編賞に回し、奇跡の傑作『パノラマ島綺譚』まで新生賞に押し込むという豪腕ぶり(丸尾末広のどこが「新生」か、という疑問もありますが)。
まあこれでもかというくらい、各方面に配慮した八方美人的な結果となりましたが、漫画賞の王道をめざすなら、これでもいいんじゃないかと思いました。
朝8時起床。昨夜はベッド読書で、田中むねよし『BOLTS AND NUTS』17巻(2009年ネコ・パブリッシング、657円+税、amazon)と福元一義『手塚先生、締め切り過ぎてます!』(2009年集英社新書、700円+税、amazon
、
bk1)を読んでいたのでけっこう遅くなってしまった。
前者は書店のマンガの棚じゃなくて車関係の棚にさされていることが多い。エンスー趣味のヒト向けのマンガだが、長期連載となり17巻まで刊行された。今後は仕切り直しで1巻以前の時期について描かれるらしい。
後者は、編集者→マンガ家→手塚プロチーフアシスタント、という経歴の著者が手塚治虫の思い出をつづった軽読み物。こういう本がふえてくるのは楽しい。
朝食はパン、紅茶、ソーセージ、目玉焼き、アスパラガス。という簡単なもの。
天気が良い。冬から一気に夏になってしまったようだ。妻がこういう日は外に出たいと言う。映画「ウォッチメン」を見に行こうと提案したが、妻にはその方面の趣味がまったくなく却下され、結局愛車でドライブすることになった。
今乗っている車はレガシィのセダンタイプB4だ。ターボじゃなくて3000ccの自然吸気だが、ターボよりもエンジンは気持ちよく吹き上がる。これまで乗った車の中でも上の部類。ただし問題は燃費で、街乗りではリッター6kmをこえることはない。すでに購入して5年めだが、5月に発売される新レガシィが気になるところだ。
海岸沿いを北へ。山と海岸が接するドライブコースを経て、隠れ家的なホテル隣接のレストランへ。室内かテラスかを問われたが、今日は暑くなく寒くなく、迷わずテラスへ。
ランチがメインの店だが、到着したのが12時前で朝食が遅かったので、注文はコーヒーとレモンティー。風はそこそこ強い。テラスは崖上にあり、前の海をながめながらしばらく妻とおしゃべり。
店を出て、さらに海岸線を北へ。かつてはよく走った道だが、高速道路が完成して以来、めったに来ることもなくなってしまった。
県境に大きな喫茶店があったのだが、通りすがりに見てみると跡地は草ぼうぼうの廃虚となっていた。
目的地のあるドライブではないので、このあたりでUターン。帰りは山越えの道を選び、エンジンを回してみる。フルタイム4WDは山道でこそ本領を発揮する。かつて乗っていたFRの日産180SX に比べても安定性は抜群だ。
窓を開けると風切り音が強いが、やはりこの季節は窓を開けたまま走るべきだろう。
……はー、こういう文体はきついのでこのあたりで終わりにします。このあと、初めて行ったラーメン屋で昼飯食って帰ってきました。
大野茂『サンデーとマガジン 創刊と死闘の15年』(2009年光文社新書、900円+税、amazon、
bk1)読みました。
少年サンデーと少年マガジンが同時に創刊されて50周年、書籍としてきちんとしたものが出ることを期待してたのですが、光文社新書からとは。
著者はNHK所属のかた。2009年5月5日にNHK総合でドラマが放映されるそうですが、その番組取材を書物にしたものです。
あとがきが書かれてるのが4月12日、アマゾンでの発売が4月17日、発行の日付が4月20日、TV放映が5月5日という突貫工事ですけど。わたしが買って読んだのが4月18日。
取材対象もきっと多いのでしょう。一般向けとして良くできた本だと思います。おそらく今後、創刊時から1970年前後までのサンデー&マガジンに言及するときは基礎的文献になるのじゃないかしら。
ただし校閲するわけじゃないですが、ちょっと気になったところ。重箱の隅ですみませんねえ。
●(少年サンデー創刊編集長・豊田亀市が)注目している雑誌の一つに、フランスの「パイロット」という少年週刊誌があった。同誌に連載中の『スパイ・バイ・スパイ』という白と黒のスパイが繰り広げるコメディ・マンガの日本での出版権を取ろうと、欧州に行き関係者を訪ねたこともある。(27ページ)
フランスの「パイロット」というと、「PILOTE」(ピロート)のことでしょうか。『アステリックス』やメビウス作品が掲載された有名雑誌。ただしこの雑誌、創刊されたのが1959年6月でサンデー&マガジンの創刊より遅い。サンデー創刊前の豊田亀市が愛読することはできなかったはずです。
『スパイ・バイ・スパイ』についてはよくわかりませんでした。『SPY vs. SPY』なら、アメリカ「MAD」誌に掲載された、白と黒のスパイが戦う有名なナンセンスマンガなんですけどね。
●(『巨人の星』の作画担当として)そのなかから選ばれたのが、川崎のぼる(1941年~)であった。さいとう・たかをのアシスタントを経て、少年サンデーで西部劇の劇画を連載していた。(211ページ)
『巨人の星』開始以前に、川崎のぼるがサンデーで連載していた作品といえば、「アタック拳」「キャプテン五郎」「死神博士」。西部劇はないはずです。
●白土三平も『カムイ外伝』に代わる新しい作品『サスケ』をサンデーで発表した。連載開始と同時にTBSでテレビアニメ化もされ、(中略)1968年から翌年にかけて連載された『サスケ』は、白土のファン層を大人から子どもにまで広げ、彼の代表作となった。(256ページ)
もちろん『サスケ』は、光文社の雑誌「少年」に1961年から1966年にかけて連載された看板作品でした。この本、光文社から出てるんだけどなー。「少年サンデー」版『サスケ』は、TVアニメ化されたことをきっかけに描かれた、「少年」版の部分的リメイク。
あと、舌足らずの記述となっているのが「W3事件」について。(166~169ページ)
「W3事件」は、
(1)虫プロで企画中のアニメ「ナンバー7」に登場する宇宙リスのキャラが、TBSのアニメ「宇宙少年ソラン」に盗用されたのではないかという疑いから、「ナンバー7」の企画が「W3」に変更された、という1964年の事件。
(2)マンガ版「宇宙少年ソラン」がマガジンに連載されることを知った手塚治虫が、マガジン連載中のマンガ「W3」の執筆を中止し、サンデーで「W3」の連載を開始した、という1965年の事件。
上記ふたつからなっています。本書では(1)と(2)がごっちゃに扱われていて、整理されていません。
●(少年マガジン編集長・内田勝が水木しげるを訪問したときの話)東京・調布の深大寺にある仕事場を訪ねた内田は、息を呑んだ。水木は、体をよじって腕のない左肩で紙を押さえ、ぐわっと見開いた眼は紙から数センチのところで、残った右手で執念を込めるようにして墓場の場面をコツコツとペンで点を打ちながら描いてゆくのである。点描する音はいつ果てることもなく続く……内田は思わずゾッとして鳥肌が立った。(192ページ)
この記述のもとになっているのは、内田勝『「奇」の発想』(1998年三五館)です。
水木しげるといえば点描、というくらい有名です。でもねー、水木プロではたしか、点描は筆で描かれてたはずです。
●「テンテンをうってみよう」水木しげる
ぼくはべつに、「秘密の技術」なんていうようなものはない。
しいていえば、テンテンを打つまでのことで…… テンテンをうったからって、おもしろいまんががかけるわけでもないが、無意味なテンテンを打ちつづけてみたいという「テンテンマニア」がいたらやってみられたらよかろう。
その砂をかむような味気なさに、
「おれ、まんがかくのやめよう……」
という気でもおきれば、大いにけっこうだと思う。
まず、古くなった筆を手にもって(この場合、筆は古いほどよい)紙に筆の先をくっつける。するときたないテンテンができるから、それで不満足な場合、一、二カ月テンテンをうちつづければ、じょうずになる。筆でうまくいかないときは、ペン先でなおす。それだけです。
ぼくは読者にまんが家になれと、決っしてすすめない。だからぼくが「まんがのかきかた」をかくと、とっても不親切になるのです。ゆるしてね。(「COM」1967年3月号)
ほら、やっぱ筆みたいです。
塩山芳明『出版奈落の断末魔 エロ漫画の黄金時代』(2009年アストラ、1600円+税、amazon、
bk1)読みました。
カバーでは「エロ漫画の黄金時代」のほうが大きく書かれてますが、奥付や出版社のサイトによりますと「出版奈落の断末魔」のほうが主タイトルみたいです。ちなみに表紙、カバー、帯のイラストを描いてるのはいがらしみきお。
『出版業界最底辺日記 エロ漫画編集者嫌われ者の記』(2006年ちくま文庫、950円+税、amazon、
bk1)でおなじみ、塩山芳明の新作です。2008年に休刊した「月刊記録」という雑誌に連載されていたものだそうです。
エロマンガ編集プロダクションの代表である著者が、これまで出会ったひとびとのエピソードを書いたもの。
ここに登場するのは、編集者、マンガ家、投稿者、役人、客、マスコミ、社員・アルバイト、写植・製版・印刷業者のみなさん。有名無名を問わず、多数のヒトが、あいかわらず毒舌の塩山文体で斬られまくってます。
ギョーカイのひとびとだけじゃなくて、投稿者や役人まで登場してますからね。歯に衣着せぬ人物月旦はおもしろい。笑った笑った。
著者の個人的印象によると「エロ漫画の黄金時代」とは、70年代末から1996年ごろまでの20年間だそうです。現在のエロ業界は、エロ画像見ほうだいのインターネットの普及とともに、少なくとも出版方面は縮小を続けています。これに世界不況・出版不況・マンガ不況が加わって、たしかに先は明るくないみたい。
その中で、おかしく、たくましく、奮闘する、ギョーカイとその周辺のひとびとの生態が活写されてます。
編年体で書かれたエロマンガの歴史、などではなくてエッセイふうの本ですから整理されていないところはありますが、『出版業界最底辺日記』より読みやすい。
巻末にある人名や雑誌名の索引がきちんとしているのには驚きました。こういうのはたいへんありがたいです。
こういう本がありまして。
●おおこしたかのぶ『ちびっこ広告図案帳 ad for KIDS: 1965-1969』(1999年オークラ出版、4800円+税、amazon、
bk1)
●おおこしたかのぶ『ちびっこ広告図案帳70's AD for KIDS: 1970-1974』(2003年オークラ出版、7429円+税、amazon、
bk1)
かつての少年誌や少女誌に掲載された広告をカラーで復刻したもの。お菓子やらオモチャやら文房具やら、なつかしいものがいっぱい並んでます。
といっても個人の趣味の範囲で作られた本ではありません。雑誌を提供したのが「現代マンガ図書館」、広告をデジタルでレタッチしたのが図書印刷株式会社。元画像の色ズレや、やぶれたページの欠落画像までも修復され、はっきりくっきりした仕上がりを誇っています。
読み終われば捨てられてしまう雑誌、そこに掲載された雑誌広告を、昭和の子ども文化の一面として後世に残す目的で作られたそうです。二冊とも今も現役で買えますが、個人で買うにはお値段がちょっとアレなのがきつい。
で、このうち『1965-1969』のほうが、文庫化されました。
●おおこしたかのぶ/ほうとうひろし『昭和ちびっこ広告手帳 東京オリンピックからアポロまで』(2009年青幻社、1200円+税、amazon、
bk1)
じつは著者および出版社よりご恵投いただきました。ありがとうございます。サイズは文庫ですが、いい紙を使っててオールカラー。元版が311ページなのに対して、文庫は288ページ、これに広告画像がみっちりつまっています。
書影に登場してシェーをしてるのは、「コビトシェーガム」の懸賞品「白バイヘルメット」をかぶった保積ぺぺ。コルゲンコーワのTVCM「おめえ、へそねえじゃねえか」でおなじみでした。この雑誌広告は1966年の少年サンデーですが、直後に実写版TVドラマ「丸出だめ夫」に主演します。
広告が採集された雑誌は1965年から1969年までの「少年サンデー」「少年マガジン」「少年キング」「マーガレット」「少女フレンド」「少年画報」「少年ブック」「冒険王」などなど。
この本、いやースミマセン、わたしの年代だけにど真ん中ストライク、なのかもしれません。こづかいのすべてをマンガとお菓子とプラモデルに投入していた日々を思い出してしまいました。
マンガがからむものだけでも、アトム、オバQ、パーマン、おそ松くんなどのお菓子。そしてお菓子を集めるともらえる懸賞品のかずかず。これを見ると子ども時代の物欲と同時にクヤシイ思いもよみがえってくるのですよ。
マーブルチョコのレーシングカーセットやオバQガムのテープレコーダーはやたらと豪華。王や長嶋のサインボールも懸賞品だったなあ。オバQのラジコン人形や、丸出だめ夫のボロット電気スタンド、あったあった。
森永チョコボールの景品「まんがのカンヅメ」はこの時代に始まったものです。おお、なかに入ってるマンガは長谷邦夫先生の『しびれのスカタン』だ。これに対抗したのか、明治製菓が「悟空の大冒険」お菓子を集めるともらえる「悟空のきんそう棒」というプレゼントもやってました。これ欲しかったんだ。
そして、プラモデル。わたしは戦車とか飛行機より、イマイのサブマリン707とかサンダーバードとかマルサンのゴジラとか、そんなものばっか作ってました。そしてアオシマの月着陸船イーグル5号。作った作った。
女の子向けの商品もいっぱい載ってますが、リカちゃんはともかく、タミーちゃんとかスカーレットちゃんとかミニーちゃんとか、この時代は金髪の人形ばっかりだったのね。
今をときめく任天堂の広告がひとつだけ掲載されてます。「とってもすてきなテレビ型ケース入 絵本トランプ」です。この時代、任天堂の主力商品はディズニーやウルトラマンのキャラクターを使用したトランプだったそうですが、それにしてもこのウルトラマンや怪獣のイラストはしょぼい。
とまあ記憶再生装置として超強力、かつ資料性がきわめて高い本です。堪能しました。
竹内オサム『本流!マンガ学 マンガ研究ハンドブック』(2009年晃洋書房、2300円+税、amazon、
bk1)読みました。
田中秀臣氏のブログで、『マンガ批評界の「派閥争い」が一読明瞭』と書かれて一部で有名になりました。
じつは本書は「反論」として書かれていまして、単独では理解しづらい本です。少なくとも、著者による『マンガ表現学入門』、夏目房之介『マンガ学への挑戦』、伊藤剛『テヅカイズデッド』、霜月たかなか編『誕生!手塚治虫』に収録されている宮本大人『マンガと乗り物 「新宝島」とそれ以前』などは読んでいたほうがいいでしょう。というくらい、読者を選ぶ本ではあります。
本書で書かれてることのひとつは、伊藤剛・宮本大人・夏目房之介らによる竹内オサム批判に対する反論。ただし、今回初めて書かれたものではなく、かつて著者が個人誌に発表してきた文章の再録です。
もひとつは、自分がこれまで書いてきたすばらしい論文、そして他のひとが書いたすばらしい論文が、なぜ専門の研究者にも読まれてないんだようという恨みごと。
後者についてはまことにごもっともです。ただし他分野でも、先進的な論文に言及されないことはよくあることです。論文がリファレンスされないからといって、文句を言ってもどうしようもありません。著者のような地位のあるかたが地道に啓蒙していってください。
著者は最近の研究者の、先行する論文に対する不勉強を叱っていますが、そもそも海外文献を視野に入れずに学術的な論文が成立するのか、という基本的な疑問もあります。マンガ(manga、comics、BD)は日本固有のものじゃないのですから、海外でもいろいろと論文が書かれてるのじゃないかしら。
結局、マンガ研究というまだ成熟していない分野におけるコップの中の嵐、ではあります。マンガ研究の重鎮によるこういう反論本は、「この種の争いは」「醜いかぎり」というわけでもなく、他分野から見ると稚気あふれたものに感じられます。
竹内オサムも伊藤剛も夏目房之介も、基本的にこっち側のひと。マジメなマンガ研究者で、マンガに対する認識や主張に極端に大きな違いがあるわけではありません。論争は大歓迎ですし、本書を含めてマンガ研究を進歩させるものとして意義あるものと考えます。ゴシップ的に眺めていても、当事者には申し訳ないけど、おもしろいです。
わたし竹内オサム先生、好きですよ。『戦後マンガ50年史』も『マンガ表現学入門』も『手塚治虫 アーチストになるな』も楽しく読みましたし、別名のおさたけし著の絵物語『マグノリア』も持ってます。私家版の『マンガの批評と研究+資料』『マンガ研究ハンドブック』も図書館で借りて読みました。
マンガ周辺に生息するアマチュアブロガーであるわたしとしては、むしろ忌避するのはこういう論争とは別のところに生息する、アカデミズムの皮をかぶってマンガ研究に参入しようともくろむもろもろ。こっちのほうがよっぽどたちが悪い。
竹内一郎、布施英利、吉田正高ら諸氏のことです。
竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』は、論文のかたちを呈していない本(※)。布施英利は疑似科学でマンガを語ろうとするひと(※)。
吉田正高は最近、東大で唐沢俊一とつるんでいるようですが、その単著『二次元美少女論』では「二次元美少女表現の空洞化、さらには二次元美少女の消滅すらも目前に迫っている」と、触手×美少女が減ってきて残念っ、と主張しているだけのオタク(※)。
魑魅魍魎はいくらでもわいて出てきます。彼らのようなひとこそ、きちんと批判していきたいと考えています。
小林源文。戦争を題材にしたマンガの第一人者です。ただご本人は自作をマンガとは呼称してほしくないようですが。まさにワンアンドオンリーで、現在は類似のマンガを書くひとがほとんどいませんから、孤高と言ってもいいかもしれません。
いわゆる日本マンガの本流とは別のタイプのマンガです。軍事オタクが軍事オタク向けに描いていて、兵器や用語はマニアじゃないわたしにはわかりませんが、きっとムチャ正確なのに違いありません。
しかも描いてる媒体が「ホビージャパン」とか「コンバットマガジン」とか特殊なので、ふつうのマンガ好きの目にも触れにくいかもしれません。
でもこれは一般性がちょっとあるかも。
●小林源文『Cat Shit One』1巻~3巻(1998年~2002年ソフトバンククリエイティブ、各950円+税、amazon、
bk1)
●小林源文『Cat Shit One』0巻(2005年ソフトバンククリエイティブ、1200円+税、amazon、
bk1)
●小林源文『Cat Shit One '80』1巻~2巻(2008年~2009年ソフトバンククリエイティブ、各950円+税、amazon、
bk1)
えー、書影を見ていただければわかりますが、カワイイ系の動物が戦争してます。アメリカ人はウサギ、ベトナム人はネコ、中国人がパンダ、ロシア人がクマ、フランス人はブタで、日本人はサルです。
顔だけじゃなくて体形も動物ですから、下半身はハダカです。ウサギやクマのあのまるまっちい手で、どうやって銃のトリガーを引いているのかは謎です。
この体形と顔で、リアルな戦争が描かれるわけですね。著者によると、最初人間でベトナム戦争を描いていましたが、リアルを描くのがつらくて動物マンガに切り替えたとのことです。
戦争ですからキャラクターはいっぱい死にますし、拷問シーンもあります。確かにヒトよりもファンシーな動物のほうが、描くほうも読むほうも楽。
かつてディズニーや田河水泡『のらくろ』では、なじみやすいキャラクターとして動物が選ばれましたが、現代では残酷さを薄めるために動物キャラが描かれます。ただそれだけじゃなく、結果として奇妙な効果が生まれました。
ベトナム戦争を舞台にした『Cat Shit One』全四巻では、戦場場面の臨場感と緊張感、焦燥感がすばらしく、ファンシーなキャラクターたちがリアルな殺し合いの結果つぎつぎと死んでいく。これを読んでますと、なんともアンビバレントな感覚におそわれます。
続編の『Cat Shit One '80』は現在も刊行が続いています。こちらは80年代の世界情勢を背景に、主人公たちは、アフガン戦争、ロンドンのイラン大使館占拠事件、フォークランド紛争などに参加していきます。
地を這う戦場の臨場感は薄まりましたが、著者の歴史観とか世界観が強く感じられる作品になってます。なんといっても現在の中東の紛争に直接つながる話ですし。
で、この『Cat Shit One』がCGアニメ化される計画があり、東京国際アニメフェア2009でトレーラーが発表されたそうです。YouTubeでどうぞ。
設定が変更されてて主人公たちは傭兵、時代は現代(?)。予告編のクオリティがやたらと高いです。しかしCGアニメでファンシーキャラが演ずる戦争映画となりますと、奇妙な感覚がさらに増強しますねえ。
アニメ「毎日かあさん」見ました。
おおっ、鴨ちゃんがいるっ。ということは、この後、離婚・再婚・鴨ちゃんの死、と続くのか? ご家族向けほのぼのアニメにして、なんとシビアな展開が待っていることよ。
カモシダ+サイバラでカモハラ家なのね。サイバラマンガなのに、背景がしっかり描いてあるじゃないか。カモハラ家の豪邸がすごいです。しかも台所はアイランド型? ところが和室の描写になると、まるきり「サザエさん」になってて、この落差がなんとも。
今日の初回は見ていていろいろ驚くことが多かったのですが、いちばんびっくりしたのは高須クリニックのCMに登場している作者、西原理恵子先生の目。うわあ、ぱっちりくっきりだー。化粧かCGか何かいじってるのか。
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