マンガと原作「あしたのジョー」
「週刊現代」が3月2日発売号から「あしたのジョー」を復刻連載するにあたり、現在発売中の2009年3月7日号に、梶原一騎直筆の原作原稿写真が掲載されてます。
梶原一騎のマンガ原作については、『梶原一騎直筆原稿集「愛と誠」』(1997年風塵社)という豪華本が出版されてまして、「愛と誠」に関してはほぼすべての原作直筆原稿をカラー写真で見ることができます。
わたしもかつてそれを読んで、原作と完成マンガを比較したことがありました。
今回の「週刊現代」記事中の写真で読めるのは1ページだけです。昨年3月、台風による水害ですべて消失したと思われていた原稿の一部が発見されたとして、NHKニュースで報道されたとき画面に映った原稿と同じものですね。現在は梶原一騎の遺族に返還されています。
あしたのジョー
(原作)高森朝雄「そ……そうかい。ふふふっ、そういうことなのかい」
と、やがて丈はショックを、のみくだすように笑い、
「力石がねえ~~。考えたもんだが、むこうがそうしゃらくさい手でくるなら、こちとらむしろ気楽みたいなもんだ」
「き……気楽う?」
段平は片目ひんむき、
「こいつ、どこを押したら、そんなタワゴトがでてくるんだっ。おめえ流儀のやりかたを根底からでんぐりかえす作戦だぞ!」
丈の胸倉つかまんばかり──
「ジョー! こんどこそは、きちんとガードをかためた試合をやるだろうなっ? 男の本命の勝負とか、ぬかしたてまえも」
ジョー対力石の大一番を前にして、ジョーと段平が作戦を練ってるシーンです。
梶原一騎の原作は、このように小説形式で書かれています。セリフが中心で情景描写は必要最小限、というかこの部分では情景描写もなし。「胸倉をつかんで」じゃなくて「胸倉つかまんばかり」という描写がおもしろいですね。こう書かれたらマンガ家としては、胸ぐらをつかませるのかつかませないのか。原作者がマンガ家にゲタをあずけています。
「愛と誠」でもセリフの末尾とか擬音とか、原作原稿と完成したマンガではいろいろと違いが見られました。梶原一騎伝説で語られるほど、一言一句変えちゃダメ、というわけでもなかったようです。
ましてちばてつやの場合、かなり自由に脚色してたと言われてます。このシーン、完成したマンガではどうなっているのでしょうか。
これが驚くべきことに、まったくの別物なのですよ。できあがったマンガは梶原原作の形をほとんどとどめていないくらい。いやー、これはすごいわ。
マンガ「あしたのジョー」では、力石がバンタム級に転向した第一戦、アッパーを中心とした組み立てで相手の選手をノックアウトしてしまう。それを観戦しているジョーと段平。
その戦法がジョーのクロスカウンター封じであることに段平が気づき、試合場でジョーに伝える。慄然とするジョー。というところで次回へ。
連載次週のシーンはこのように始まります。夜の工場街、川っぺり。力石の試合からの帰り、歩きながらジョーと段平が今見た試合の感想を静かに話しています。このシーンが6ページにわたって続きます。
最初のセリフが、このシーンの3コマめ。段平が「めっきり寒くなりおったなあ」とつぶやく。
しぶいっ。これはすでに梶原一騎じゃないっ。ちばてつやのセリフであります。
以下、ジョーと段平の会話は少年院時代の昔話になったり、ウルフ金串の話題になったりしながら、これからの力石戦に話が移っていく。
梶原一騎の書いたセリフは、段平のこういうセリフの一部として残っているだけです。
「いつぞやおめえ男の命と意地を書けた世紀の決戦とか大みえをきっとったが」「どうなんだ勝算はあるのかい」
「おめえもこんどというこんどはきちっとガードをかためた正攻法でいくんだろうな」
どちらも、静かに語られています。
ジョーによる「ふっふっふ」もなければ、「しゃらくさい手」も「気楽」も、さらに段平の「胸倉つかまんばかり」もありません。
ただし会話がなされるうち、段平がしだいに激昂し最後に爆発するのをジョーが軽く受け流し、という展開になります。いやー、ちばてつやうまいわ。
こういう比較をしてみるとすごくおもしろいです。ここまで原作を改変してるとはびっくり。ちばてつやの脚色力というか演出力というか構成力というか、じつにおみごとな仕事ぶりです。
現存する「あしたのジョー」原作原稿をもっと公開してくれないかなあ。ジョーのなりたちと、ちばてつやがいかに偉大だったか、さらに梶原一騎のどこがすぐれていたかの再評価にもつながると思うのですが。
Comments
何だか偶然、今スカパー毎月第一日曜1日開放デイで、アニメ専門チャンネル・アニマックスで「あしたのジョー」やってるんで見てます。これ(原作)作ったんですね…当たり前の事ながら、梶原一騎さんと、ちばてつや先生。
「テレビ版あしたのジョー2」は、今週から放送みたいです。
Posted by: woody-aware | March 01, 2009 10:14 PM
梶原一騎といえば、「巨人の星」では本人によるノベライズ版がマンガ連載(またはアニメ放映期?)と並行して出てましたよね。
たぶん原作に肉付けしての小説化だと思われるのですがどうだったんでしょう。それともまったく新規の書き下ろしだったのでしょうか。
あれ、amazonで見つからないぞ(謎)。
Posted by: かくた | March 01, 2009 07:19 PM
梶原一騎ですかぁ…マンガに「原作者」と言われる人が居るとしても、その“原作原稿”に目を触れる機会が無かったもので、これは穴場でしたね。確かに日本の漫画を語る際に、梶原一騎を代表して「原作」というものがどういうものかを探究しておくのは大切なのかも。
ふと、関係無い事なのですが、江戸時代後半期の読本だったかの、作家さん(戯作者)と画家さん(絵師)の関係についても考えてしまいました。
Posted by: woody-aware | March 01, 2009 03:26 AM