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February 27, 2009

マンガと原作「あしたのジョー」

 「週刊現代」が3月2日発売号から「あしたのジョー」を復刻連載するにあたり、現在発売中の2009年3月7日号に、梶原一騎直筆の原作原稿写真が掲載されてます。

 梶原一騎のマンガ原作については、『梶原一騎直筆原稿集「愛と誠」』(1997年風塵社)という豪華本が出版されてまして、「愛と誠」に関してはほぼすべての原作直筆原稿をカラー写真で見ることができます。

 わたしもかつてそれを読んで、原作と完成マンガを比較したことがありました。

●梶原一騎の原作作法(その1)(その2)(その3

 今回の「週刊現代」記事中の写真で読めるのは1ページだけです。昨年3月、台風による水害ですべて消失したと思われていた原稿の一部が発見されたとして、NHKニュースで報道されたとき画面に映った原稿と同じものですね。現在は梶原一騎の遺族に返還されています。

あしたのジョー
(原作)高森朝雄

「そ……そうかい。ふふふっ、そういうことなのかい」
 と、やがて丈はショックを、のみくだすように笑い、
「力石がねえ~~。考えたもんだが、むこうがそうしゃらくさい手でくるなら、こちとらむしろ気楽みたいなもんだ」
「き……気楽う?」
 段平は片目ひんむき、
「こいつ、どこを押したら、そんなタワゴトがでてくるんだっ。おめえ流儀のやりかたを根底からでんぐりかえす作戦だぞ!」
 丈の胸倉つかまんばかり──
「ジョー! こんどこそは、きちんとガードをかためた試合をやるだろうなっ? 男の本命の勝負とか、ぬかしたてまえも」

 ジョー対力石の大一番を前にして、ジョーと段平が作戦を練ってるシーンです。

 梶原一騎の原作は、このように小説形式で書かれています。セリフが中心で情景描写は必要最小限、というかこの部分では情景描写もなし。「胸倉をつかんで」じゃなくて「胸倉つかまんばかり」という描写がおもしろいですね。こう書かれたらマンガ家としては、胸ぐらをつかませるのかつかませないのか。原作者がマンガ家にゲタをあずけています。

 「愛と誠」でもセリフの末尾とか擬音とか、原作原稿と完成したマンガではいろいろと違いが見られました。梶原一騎伝説で語られるほど、一言一句変えちゃダメ、というわけでもなかったようです。

 ましてちばてつやの場合、かなり自由に脚色してたと言われてます。このシーン、完成したマンガではどうなっているのでしょうか。

 これが驚くべきことに、まったくの別物なのですよ。できあがったマンガは梶原原作の形をほとんどとどめていないくらい。いやー、これはすごいわ。

 マンガ「あしたのジョー」では、力石がバンタム級に転向した第一戦、アッパーを中心とした組み立てで相手の選手をノックアウトしてしまう。それを観戦しているジョーと段平。

 その戦法がジョーのクロスカウンター封じであることに段平が気づき、試合場でジョーに伝える。慄然とするジョー。というところで次回へ。

 連載次週のシーンはこのように始まります。夜の工場街、川っぺり。力石の試合からの帰り、歩きながらジョーと段平が今見た試合の感想を静かに話しています。このシーンが6ページにわたって続きます。

 最初のセリフが、このシーンの3コマめ。段平が「めっきり寒くなりおったなあ」とつぶやく。

 しぶいっ。これはすでに梶原一騎じゃないっ。ちばてつやのセリフであります。

 以下、ジョーと段平の会話は少年院時代の昔話になったり、ウルフ金串の話題になったりしながら、これからの力石戦に話が移っていく。

 梶原一騎の書いたセリフは、段平のこういうセリフの一部として残っているだけです。

「いつぞやおめえ男の命と意地を書けた世紀の決戦とか大みえをきっとったが」「どうなんだ勝算はあるのかい」

「おめえもこんどというこんどはきちっとガードをかためた正攻法でいくんだろうな」

 どちらも、静かに語られています。

 ジョーによる「ふっふっふ」もなければ、「しゃらくさい手」も「気楽」も、さらに段平の「胸倉つかまんばかり」もありません。

 ただし会話がなされるうち、段平がしだいに激昂し最後に爆発するのをジョーが軽く受け流し、という展開になります。いやー、ちばてつやうまいわ。

 こういう比較をしてみるとすごくおもしろいです。ここまで原作を改変してるとはびっくり。ちばてつやの脚色力というか演出力というか構成力というか、じつにおみごとな仕事ぶりです。

 現存する「あしたのジョー」原作原稿をもっと公開してくれないかなあ。ジョーのなりたちと、ちばてつやがいかに偉大だったか、さらに梶原一騎のどこがすぐれていたかの再評価にもつながると思うのですが。

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February 25, 2009

吉田戦車特集本

 『文藝別冊KAWADE夢ムック 総特集吉田戦車』(2009年河出書房新社、1143円+税、amazonbk1)読みました。

吉田戦車 (文藝別冊 KAWADE夢ムック)

 いやこれほどまで多数の作家が参加しているのはちょっとないぞ、というくらいの本。書きうつすのが面倒なので、裏表紙の画像を載せておきます。

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 このうち1~2ページのマンガを寄稿してるのが25人。版画/イラストで参加してるのが4人。それぞれの作家のファンは、それだけでもおさえておくように。

 文章では、祖父江慎のがおもしろかった。あれほどの装幀にして、「戦車さんとの仕事は、うまくいかない」というのがびっくり。

 この本では、すべてのひとが吉田戦車リスペクト。作品と人柄を誉めまくってます。

 かつての吉田戦車は、まちがいなく最前衛でした。今は後衛にまわってるけど頼りがいのあるフルバック、という感じでしょうか。まさにリコーのスティーブン・ラーカム。

 わかりにくい比喩ですみませんねえ。これからも読み続けさせていただきます。

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February 22, 2009

ウチの本棚

 http://xbrand.yahoo.co.jp/magazine/esquire/2244/1.htmlの記事によりますと

本棚というものは、所蔵する本のラインナップもさることながら、棚そのものの素材や形、収納方法、ディスプレイの仕方にも持ち主の人となりが表れる。

のだそうです。

 で、ウチの本棚をご紹介。

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 これが書庫のドアを開けてまっすぐ見た風景。上の方を写してるからまだ見られますが、足もとを見るとこんな感じ。このあたりには最近買った本をゆかに積み上げてます。

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 視線を右に向けるとこうなります。

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 これも足もとを見るとこうなってます。ここから奥へは進めません。

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 窓のない部屋だとお思いでしょうが、この部屋は特殊なつくりでして10畳の部屋に窓はこの小さなものだけ。ですからホントはたいへんに暗い部屋です。

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 建築基準法では居室面積に対応した窓面積が決められてます。この部屋は「物置」であって「居室」ではありませんので窓が小さくてもOKですが、ここにヒトは住めません。

 窓に突き当たって右を向くとこうなってます。本棚の隙間にたてに積み上げてある一列はときどき倒れてきます。

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 さらにここに突き当たって右を向くとこうなります。

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 ここで行き止まりです。

 マンガばっかりかい、と思われるかもしれませんが、そのとおりです。文章の本も少しあります。

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February 18, 2009

葦原の国のオタ『がらくたストリート』

 気になるマンガ、山田穣『がらくたストリート』1巻(2008年幻冬舎、amazonbk1)について。

 舞台は自然にかこまれた地方都市、芦原市。登場するのは、大学生(♂)、中学生(♀)、小学生(♂)の三兄弟と、それぞれのともだちグループ。

 お話の中心になるのは小学生グループです。彼らが街のあちこちで出会うのが、宇宙人やら謎の生物やら神様のようなもの。さあタイヘン、と思っても、じつは大騒動はおこりません。

 街に宇宙人とか未来人がやってきたとき、お話にはふたつの方向性がありまして、ひとつは政府や自衛隊までもが登場してくる場合。代表例は映画「E.T.」でしょうか。もひとつはご近所まわりでお話が完結してしまう場合で、これはもちろん「ドラえもん」。

 この作品も後者のタイプで、さまざまな事件が起こっても、お話はご町内だけで進行します。ひとりだけ街の外からやってくるのは、諸星大二郎「妖怪ハンター」そっくりの外見をした民俗学者「稲羽信一郎」氏です。

 妖怪ハンターが出てきて神様が出てきて街の名前が「芦原市」ですから、ここは葦原の瑞穂の国であるところの日本であります。主人公一家の名字は「御名方(みなかた)」ですが、これは熊楠か。

 芦原市はドラえもん世界と同じように、外の世界から閉じた少年たちの楽園であるのですが、そこは現代のマンガ。美少女宇宙人とかパワードスーツとか巨乳のメガネ少女とかスクール水着とか自転車とかバイクとかヘラブナ釣りとかアニメとか、そっち方面のオタ趣味が全開で、「がらくた」のごとくほうりこまれているマンガなのであります。

 とくにわたしが好きなのはダイアログ。女子中学生がアニメオタの男子大学生に質問をするところ。

男A「大体わかったろ あと何か訊きたいことは?」
女B「あ ちょっと思ったんですけどー」
  「たまにテレビとかで見るじゃないですか」
男A「何を」
女B「部屋ですよ」
男A「あ?」
女B「やっぱりほら」
  「御名方さんや入谷さんの部屋もアニメやゲームのキャラクターの人形やポスター 山ほどあるんですか?」
(間)
女B「なんですか?」
男C「そういやそういうのって全然持ってないっすよね」
男D「ないことはないんだけどまあほとんどないな」
女B「えーっ そうなんですか」
男A「別にオタがみんなそうだってわけじゃねー つうか方向が違う別ジャンルだ」

 このあとこの話題がまだ続きます。だらだらとページとコマを費やしていかにもありそうなリアルな会話がなされてて、このだらだら感がたまらんっ。

 逆にちょっとアレなのが絵でして、人物やメカはずいぶん達者ですばらしいのですが、風景の描き込みにムラがあって。とくに連載5回目などは背景真っ白けで手抜き過ぎ。

 とまあ、不満もありますが好きなマンガで、今後の展開がすごく気になります。一部が「YAHOO! コミック」で無料で読めますので、いかがでしょうか。

 本書のオビには「謎の新人(笑)の初単行本!!」とか書いてありますが、著者は山田Xやzerry藤尾の名で知られているかた。わたしも後者名義のエロマンガを数冊持ってたりします。カバー下のオマケマンガに登場する謎の少女は、ネット上での著者の別人格、ウロンちゃんですね。

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February 16, 2009

ガンバの冒険

 録画したアニメ「ガンバの冒険」シリーズ全26回を毎日見ていたのですが、いやー、白イタチのノロイが凶悪かつ極悪で。

ガンバの冒険 DVDBOX 

 知力体力にすぐれ、統率力もあり、催眠術まで使う。しかも大量殺戮者。カカカカカと鳴いて子分たちに命じ、ネズミを殺しまくってます。声は大塚周夫(ねずみ男とかチャールズ・ブロンソンとか)。

 ノロイの他の画像も。ビジュアル面も含め、怖いっす。アニメ史に残る悪役じゃないか。

 「ガンバの冒険」では、ネコもイヌもキツネもイタチも、ネズミをねらっているおそろしい存在。実際にネズミたち、いっぱい死にます。

 血は流れまくるし、イタチのツメでネズミたちがつらぬかれる描写は多いし。ずいぶん死の匂いが濃厚なアニメです。子ども向けアニメでありながら、ここまで徹底して死とその恐怖が描かれているとは。当時の子どもたちはずいぶん泣いたのじゃないか(わたしは1975年の本放映のとき、すでにいい歳でしたけど)。

 チーフディレクターは出崎統なんで止め絵が多いのですが、止め絵で描かれていてもアニメは音がはいるぶん、マンガより感情につよく訴えますねえ。

 今、イタチのキャラクターといえば、どーもくんのガールフレンドのたーちゃんがいますね。だもんで、ノロイが出てくるたびにわが家では、たーちゃんコワイ~、とか言ってました。

●オマケ:キューピーのガンバの冒険コスプレストラップ(キュージョンというらしい)。

キュージョン根付ストラップ(ガンバの大冒険/ガンバ)

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February 12, 2009

アニメ「鉄腕アトム」最終回

 2月9日から本日2月12日までの四日間、NHKBS2で「手塚治虫・現代への問いかけ」という番組がありました。

 2月9日には、アニメ「鉄腕アトム」(モノクロ版)の最終回「地球最大の冒険」を放送してくれてましたが、いやー、これ1966年の大晦日に放映されたものなんですよ。わたしじつに42年ぶりに再見しました。

 太陽の熱暴走を抑えるため太陽につっこむアトム。アニメオリジナルの「アトムの死」というラストシーンには泣いたなあ。手塚お得意の、「自己犠牲による主人公の死」の典型例です。

 でね、Wikipediaを見ていたら、

最終回は1966年の大晦日に最終回になるという予告なしで放送された。内容はアトムが地球を救う為に爆弾を抱え太陽に突入するという内容で、当時の子供達に与えた影響は大きかった。

てな記述がありまして。

 ちょっと待ったらんかーいっ。

 アトムが抱えていたのは「爆弾」じゃなくて、「核爆発を抑える物質」「太陽の熱冷ましみたいなもの」である、という点はともかく、アトムのようなビッグな作品が予告なしに最終回になるわけないでしょうが。常識で考えてくれよー。

 アトムの放送枠だったフジテレビ土曜日19時といえばゴールデン枠。しかもあと番組は、同じ虫プロ製作、同じ明治製菓提供の「悟空の大冒険」です。アトム終了の翌週、1967年1月7日から放映開始されました。

 新年から新番組が鳴り物入りで始まろうとしてるのに、その宣伝がされずに始まるはずがありません。もちろんアトムの終了と悟空の開始は大きく告知されました。

 わたしの記憶では、アトムが太陽につっこんで死ぬらしい、という情報も放映前に流れてたような気がします。

 アトムが最終回をむかえることが明らかになってから、番組を終わらせないで、という嘆願があったことは確かです。

 虫プロ「COM」1967年2月号の記事より。

「鉄腕アトム」をやめないで! 八十九名の児童から連判状とどく

 四年もの長い間、多くの人たちの人気者だった「鉄腕アトム」が、昨年十二月三十一日を最後にTV放映を終了した。
 ところが、このところ、アトムファンから、アトムをつづけてほしいという手紙が、虫プロにどんどん送られてくる。
 その中でも十二月はじめに送られてきた“アトムをやめないで!”と戸田優子さんはじめ、八十九名の名前をかいた連判状はすごい。
 それには、
「アトムはほんとうに終わってしまうのですか、もしそうなら、お願いです。やめないでください。アトムの後に“悟空の大冒険”をやるそうですが、なんとか別の時間でやれませんか。(後略)

という具合です。すでに11月ごろにはアトム終了が予告されていたことがわかるでしょ。

 さて、アトム最終回に泣いたはずのわたしですが、「悟空の大冒険」が始まると、これに夢中になってしまいました。カラーだしポップだしギャグは多いし歌は名作。妖怪連合との闘いにもわくわくしました。アニメとしては今でも、アトムより悟空のほうが好きなんですよ。

 子供は移り気ですねえ。

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February 10, 2009

ちょっと告知

 老舗同人誌「漫画の手帖」、そこの別冊あつかいなのかな、「漫画の手帖 TOKUMARU 」3号に寄稿させていただきました。

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 今回は「COM」の投稿欄について書いてみました。

 1966年末に創刊した虫プロ「COM」という雑誌は、新人の育成を理念に掲げていました。巻末の読者ページ「ぐら・こん」に「まんが予備校」というのがあって、新人の投稿マンガを募集して毎月選評を載せていました。

 当時は「まんがブーム」と言われてましたし、新人育成は業界としての急務。別冊マーガレットが「別マ少女まんがスクール」を開始したのも1966年ですし、「りぼん漫画スクール」もそのころ始まったはずです。

 「COM」出身の二大スターは宮谷一彦と岡田史子ですが、「COM」にはじつにいろんなひとが投稿してまして、その中からちょっと意外に思われるひとたちを選んで紹介したのが今回わたしが寄稿した小文。字数は6000程度になりました。

 古い雑誌からの図版のスキャンと修正がちょっと難しくて、ちゃんと印刷できたでしょうか。「漫画の手帖」の藤本さま、ご迷惑をおかけしました。

 2月15日に開催されるコミティア87(東京ビッグサイト東1ホール)で販売されるそうです(ふ17b「ヲトメBOOK」)。どうぞよろしく。

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February 07, 2009

昭和の風景

 昭和という時代、少女たちはどういう生活を送っておったのか、というサンプルふたつ。

●曽根富美子『ブンむくれ!!』1巻(2009年講談社、619円+税、amazonbk1

 時代は昭和41年。場所は北海道の空知炭坑。主人公、ブンむくれのブンコ(♀)は小学三年生で、家族といっしょに炭住の長屋に住んでいます。

 著者の体験をもとにしたフィクションで、ブンコ一家を中心とした人間模様が描かれます。なかでもブンコの父ちゃんは炭坑一の飲んだくれ=ほとんど酒乱なのですが、このマンガが暗くない。

 というか、思いっきり明るく、元気いっぱいのマンガなのです。絵も『親なるもの断崖』と同じ著者とは思えないほどはっちゃけており、今はもうなくなった炭住(炭坑住宅)の生活が活写されてます。

 昭和41年にはすでに炭坑不況が始まっていたはず。しかしこの時代の空気は、子供であった著者に元気を感じさせたのでしょう。子供の目からみた時代の証言。
 
 で、その約10年後の少女の姿がこれ。

●松田奈緒子『スラム団地』(2009年メディアファクトリー、880円+税、amazonbk1

 こちらは九州。時代は昭和50年代はじめ=1970年代後半です。巨大団地で暮らした著者の思い出をつづったエッセイマンガ。

 「スラム団地」とありますが、別に団地がスラムであったという意味じゃなくて、単に「スラムダンク」のダジャレ(?)。ウルトラマンモス小学校に通う生徒の八割が団地住まい、というからこれはでかい。

 団地に子供が多かった時代、そこには共同社会があり、子供会があり、ひみつ基地がありました。ここに描かれた思い出も、ひたすら元気。

 主人公や家族が元気なひとたちというせいもありますが、この二冊の昭和はともに、子供が元気な時代だったとして描かれてます。

 ノスタルジーもあるでしょうし、思い出は美化されるものです。それでも、子ども時代を楽しく回顧できるのは幸せなことです。それを読むこちらもニコニコしてしまいます。

 かく言うわたしは、昭和30年代、幼年時代を阿蘇山系の山村ですごしました。そこが自分の原風景です。そのころの思い出といえば虫取りと洞窟探検とサトウキビとどんど焼きと三本で10円のヤキイモであったりするのです。あー田舎だったなあ。

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February 05, 2009

『愛人 AI-REN』新装刊

 ウチのご近所の書店は、発売直後のマンガ新刊だけはシュリンクせずに平積みしてたのですが、最近これをやめてマンガ単行本はすべてシュリンクする方針になってしまいました。おかげで、これまで立ち読み客で押すな押すなだった新刊コーナーが、がらーんとしちゃいました。

 こうなると、マンガはますますジャケ買いせざるをえなくなります。田中ユタカ『愛人(アイレン)』が上下巻で新装刊されてますが、今日女子高生がこれを手にとってじっくりながめておりました。

●田中ユタカ『愛人 AI-REN』上下巻(2009年白泉社、各1500円+税、amazonbk1

 

 今回は表紙がお上品ですからねー。旧版のロリロリの表紙なら彼女は手に取らなかったでしょう。帯のオススメ文は、なんとアマゾンのカスタマーレビューからの引用です。最近はああいうのも販促に利用するんだなあ。

 そのマンガはきっとキミの思ってるようなマンガじゃないと思うぞ。でも読んだらおもしろいんだからジャケ買いしなさい。とか考えながら、横から「買えー」念波を送ってましたが、残念ながら売れませんでした。

 『愛人』について、かつてわたしが書いた記事がコレ。人類滅亡が迫る世界での、少年少女の純愛とエッチを描いたマンガです。

 純愛エロマンガの巨匠、田中ユタカの入門編としては、こっち↓のほうがいいかもしんない。
 
●田中ユタカ『もと子先生の恋人』(2009年白泉社、724円+税、amazonbk1

 マンガ家(♀)と編集者(♂)の純愛モノです。Hシーンは気持ち程度。何の事件が起こるというわけではないのですが、心が黒いあなたもほのぼのしてしまうようなマンガ。

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February 02, 2009

楽園から追放されたキャラクター『中春こまわり君』

 山上たつひこ『中春こまわり君』(2009年小学館、1333円+税、amazonbk1)が発売されてます。

 超ヒット作品『がきデカ』(1974年~1980年)では小学生だったこまわり君。『がきデカファイナル』(1991年秋田書店)で再開されたときもまだ小学生でしたが、そのラストで彼は「うしろすがたのしぐれてゆくか」の句とともに山頭火の姿となり、読者の前から姿を消しました。そのこまわり君が成長して再登場。

 2004年から2008年にかけて「ビッグコミック」に断続的に掲載されたものが一冊にまとまりました。本書の最初の部分では、マンガ家としての筆を折っていた山上たつひこのアシスタントとして、江口寿史、田村信、泉晴紀が参加したことも話題になりましたね。

 日本のギャグマンガは『がきデカ』前と『がきデカ』後にはっきりと別れます。

 こまわり君が自身の肉体を変身させてしかける悪ふざけに対し、被害者の西城君やモモちゃんは殴る蹴るで対抗します。狂騒的なボケとそれに対する攻撃的なツッコミの連続は、まるで戦いのようなハイテンション。『がきデカ』は、牧歌的な「ぎゃふん」を駆逐してしまいました。

 そのこまわり君が成長してどうなったかというと。

 これが普通に電器会社のサラリーマンをしているのでありました。「中春」とありますから、中年だけど青春、という意味なのでしょうが、その生活はあまり楽しいものではなさそうです。

 妻はこまわり君の超人的能力に興味がないし、ひとり息子に教える猫式算数も気に入らない。さらに嫁姑のおりあいも良くない。イヌの栃の嵐は寝たきりになってますし、ジュンちゃんはダメ男とくっついて苦労している。あべ先生は男と別れ、すでに老境の域に。

 たしかにこまわり君は今回も、昔と変わらない超人的な肉体変化と能力でトラブルを解決します。しかし爽快感はありません。こまわり君の周囲の環境や事件が、中年夫婦の別居、老人介護、離婚、ダメ男との腐れ縁、不倫、母娘の不仲、リストラ、成人病と、読者にとってもどよーんと感じられるリアルであるからです。ここはキャラクターがキャタピラにひかれてぺしゃんこになってもすぐ復活するような、ギャグマンガの楽園ではすでにないのです。

 この世界でのこまわり君は、酒席で「アフリカ象が好きっ!」「八丈島のきょん!」「死刑っ!」をやってみせるのですが、彼の思いはこう。「おれは全身の血液が沈んでゆくのを感じた」 読者の気持ちとしても、なんともダウナーです。

 本書のこまわり君は、最初のエピソードでは38歳でしたが、最後に収録されているエピソードでは42歳になっています。成長、というよりもむしろ老化です。山上たつひこは、こまわり君およびその仲間を利用して、マンガで老いを描く試みをしています。

 こまわり君がかつてと同じギャグをやってみせても、彼らはギャグマンガの楽園、エデンの園をすでに放逐されています。彼らはもともと永劫回帰の時間の中、永遠の生命を持ったマンガのキャラクターのはずでした。しかし神である作者の手によって、止まった時間は流れだし、キャラクターは年齢を重ね、老いに向かっています。その先に待っているのは死、のはずです。

 読者にとってあんなに大好きだったキャラクターたちも、すでに永遠の生命は保証されていません。もはやマンガとして笑えるかどうかは二の次。読者は彼らの運命に涙し、その場に立ちつくすだけです。これほど読者に挑戦的なマンガもちょっとありません。

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