プランゲ文庫のマンガ
「プランゲ文庫」をご存じでしょうか。
第二次世界大戦後、日本が連合国に占領されていた時期のうち1945年9月から1949年11月まで、GHQ連合国軍最高司令官総司令部は日本の雑誌・新聞・図書のほぼすべてを検閲していました。
GHQは占領終了までに、7万点以上の書籍、8万点以上のタイトルの雑誌・定期刊行物を保管していましたが、GHQ参謀第二部の戦史室主任歴史課長であったゴードン・W・プランゲ博士は、その多くをメリーランド大学に送りました。占領下の日本で出版された、あるいは出版されようとした資料が散逸することなくひとところにまとめられたわけです。これをプランゲ文庫と呼びます。
日本の国会図書館が所蔵している同時期の雑誌タイトル数は、プランゲ文庫の20パーセントにすぎないといいますから、プランゲ文庫こそ、占領期の日本出版文化の第一級史料です。
1960年代から資料の整理が始まりマイクロフィルム化され、現在ではそのマイクロフィルムを日本の国会図書館で閲覧できるようになっています。
さらにすばらしいところは、このプランゲ文庫、ネット上でキーワードや執筆者から記事が検索できるのです。
●「20世紀メディア研究所」→「占領期新聞・雑誌データベース」
あらかじめネット上で記事を検索しておいて、国会図書館でマイクロフィルムの形で閲覧するという形ですね。
使ってみるとこのデータベースがおもしろくておもしろくて。
たとえば「空飛ぶ円盤」で検索しますと30の記事がヒットします。いちばん古いのが日本経済新聞社が発行する「世界資料」という雑誌。この1947年8月1日号に「“空飛ぶ円盤”出現」という記事があります。
ケネス・アーノルドによるフライング・ソーサー目撃がその年の6月24日のこと。小見出しには、「米国民まずビックリ」「カナダにも出現」「国民的反響」「正体判明?」「結局いたずらか」とあります。
「九州タイムズ」1947年7月23日号には「空飛ぶ円盤 北九州に現る」という記事があって、「“空飛ぶ円盤"は日本でも東京、鹿児島に目撃者があらわれ新しい話題を投げている矢先、北九州の空にもそれらしき姿が現われさる十二日夜十時ごろ若松市から三里……」という本文が続く。
「空飛ぶ円盤」があっという間に世界じゅうで話題になったのがよくわかりますねー。
あと最近は、「巨人軍」という呼び方はしても「阪神軍」とはいいませんが、昔は「阪神軍」も「南海軍」も普通に使ってたんだなあ、なんてどうでもいい知識も得られたりします。
このプランゲ文庫のうち、児童文学・絵本・マンガが「占領下の子ども文化<1945~1949>展」として展示されたこともあったそうですし、またプランゲ文庫 から手塚治虫の新資料が発見されたことは、かつて報道されました(PDF)。
さて、このプランゲ文庫の一部が、日本でも出版されてます。
●『占領期雑誌資料大系 大衆文化編 1巻 虚脱からの目覚め』(2008年岩波書店、5700円+税、amazon、bk1)
●『占領期雑誌資料大系 大衆文化編 2巻 デモクラシー旋風』(2008年岩波書店、5700円+税、amazon、bk1)
今刊行中なのは「大衆文化編」。取りあげられているのは「映画・漫画・写真・演劇・音楽・スポーツ・ラジオ放送など」です。全五巻の予定で、現在二巻まで刊行。
膨大なプランゲ文庫所蔵の図書から、大衆文化に関係ある文献をごく一部ですが選択し、(1)誌面を写真にとってそのまま掲載したり、(2)文章だけ活字化というかテキスト化して収録したりしたものです。本の企画としては(2)がメインなのですが、マンガの部分はもちろん(1)が多いです。
第一巻のマンガ部分は「民主主義革命と漫画」という章タイトル、これに登場するのは酒井七馬、田河水泡、横井福次郎らです。酒井七馬が描いた「まんがマン」創刊号の表紙が検閲されてしまい、差し替えられてます。GIと日本女性を描いた部分を黒く塗りつぶして何とかOKをもらおうとしてますが、結局ダメだったそうです。
第二巻は「風刺とユーモア」。「VAN」「漫画」「婦人画報」などの雑誌がとりあげられています。登場するのは加藤悦郎、近藤日出造、西川辰美、杉浦幸雄ら。
「飢餓新年」というプラカードを掲げてデモ行進をしてるマンガはダメ。マッカーサーが日本という龍をデモクラシーの鞍で手なづけてるマンガはダメ。「パンパンの名称を撤廃せよ!!」と主張してる「夜間有楽町支部女子勤労者」のおねえちゃんのマンガはダメ。うーむなるほど。マンガ部分の解説を担当してるのは、小野耕世です。
実は全体量から見てマンガの部分はあまり多くありませんが、マンガ以外の部分で、女子野球や映画や演劇や進駐軍の風俗をマンガ家がレポートしてる記事とかもありまして、こっちのほうが楽しかったりするのです。
マンガ関連では今後、第三巻で「子供漫画新聞と漫画集団」、四巻で「探訪漫画家小野佐世男」(小野耕世の父君)、五巻で「赤本漫画と手塚治虫」という予定です。
個人で所有するよりも、図書館にリクエストするタイプの本かな。
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