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January 30, 2009

世界の中でのマンガ

 話題になったのかどうかよく知らないのですが、読売新聞に掲載された記事。今はYOMIURI ONLINEの「本よみうり堂」で読めます。

●【マンガ50年】新しい種
(1)ロシアで描く日本の情景
(2)留学生、母国で産業化志向
(3)米国版「ジャンプ」がクール
(4)「外国産」モノマネ超えた

 世界で日本マンガがどのように受容されつつあるかのレポートです。

 こういう記事を読みますと、日本のマンガとアニメが商業的に世界に進出するにつれて、今現在、世界のあちこちで変容というか変革というか進歩というか、そういうものが起こっているのかなと感じます。

 もともと日本マンガスタイルで描かれていた韓国や台湾のマンガだけじゃなくて、アメコミもバンド・デシネもどんどん日本マンガスタイルを積極的に取り入れているようです。その結果、それぞれの国のコミックがこれまでとは違う新しいものに変化しつつある、のかもしれません。

 マンガ表現の次の変革は、日本人以外の手でなされるような気がします。

 そういうなかで、現在の日本マンガは制作も消費も国内に目が向いているだけ。まあ縮小しつつあるとはいえ、日本の市場がまだまだ大きいからしょうがないのですが。

 今は国内向けに描かれたものが輸出され、世界である程度受容されていますが、いずれそれぞれの国ですぐれた作品が描かれるようになると、日本マンガの出番はなくなるでしょう。

 何を書いてるのかといいますと、あいかわらず日本じゃ海外作品が読まれないなあ、って話なんですけどね。ドメスティックに完結しているように見える日本マンガも、かつてはアメコミやバンド・デシネの画風を積極的に取り入れていた時代もあったのですけどねえ。

 よその国にも傑作いっぱいあるんですから、みんなもっと海外作品読もうよ。

     ◆

 というわけで、オールタイム・ベストワンクラスのアメコミ『ウォッチメン』が、映画化にあわせて再刊されます。読んでないひとは人生損してます、というくらいの作品ですので、買いのがしてるかたはぜひどうぞ。

●アラン・ムーア/デイヴ・ギボンズ『ウォッチメン』(2009年小学館集英社プロダクション、3400円+税、amazon

WATCHMEN ウォッチメン

 あとひとつ。

 昨年、マンガの祖、ロドルフ・テプフェールの代表作『M.ヴィユ・ボワ』が本邦初訳されました(わたしの書いた記事がコチラ)が、アマゾンでの取り扱いが始まりました。

●ロドルフ・テプフェール『M.ヴィユ・ボワ』(2008年オフィスヘリア、1800円+税、amazon

M.ヴィユ・ボワ

 といっても、アマゾン扱いじゃなくて、出版元から直販の形です。

 ゲーテが絶賛したというこの作品、19世紀に書かれた原初のマンガだというのに、今読んでもおもしろいんだこれが。こちらもぜひどうぞ。

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January 27, 2009

ブログ書評の広告使用について

 書評を広告に使用する手法は、新聞広告を中心にいろいろなされています。わたしも北上次郎や大森望推薦! と書かれちゃうと反応してしまいますし、宮部みゆき絶賛! とかになるとこれはもう気になりまくりです。

 世間的には「王様のブランチ」で優香が誉めた、とかが売れ行きを左右するらしいですね。

 有名人の書評を広告に掲載する場合、読売新聞で誰それがこう誉めたとか、週刊朝日であのひとがこう誉めたとかいうあれですが、すでに発表された書評を広告に利用するのには許諾が必要なのでしょうか。それともことわりなしにやってるのかしら。慣習ではどうなってるんだろ。

 いやなぜこんなことが気になるかといいますと、最近わたしのブログの文章を広告に利用しようとされるところが複数ありまして。こういうことに慣れてないのでおどろきました。最近はネット上の評判を書籍広告に利用するのがはやってるのかな。
 
 「漫棚通信」の場合でいいますと、わたしの文章を広告に利用しようとされるとき、許諾を求めてくるかたと連絡なしに使用するかたに別れます。

 許諾を求められた場合、わたしとしてはすでにネット上に公表している文章ですし、ご自由にと連絡しています。

 連絡なしに広告利用される会社のかたからいいますと、もちろんそれは「引用」の範囲内であると考えておられるわけですね。

 「引用」は日本の著作権法32条の1によりますと、

公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

 ということになります。ブログ書評を広告に使用する場合、「広告」が「引用の目的上正当な範囲内」かどうかという点については、きっと判例や商慣習があるのでしょう。じつはこのあたりわたしよく知りません。

 基本的には、こちらも勝手に引用したり誉めたり(あるいは逆にケナしたり)してるんだから、それを逆に出版社が利用してもかまわない、というのがわたしの立場です。なかには自分の文章を広告に利用されてしまうのをいやがるかたもいらっしゃるでしょうが、ブログに書くということは、天下の往来で大声で叫んでるようなものですしねえ。

 かつてこんな例もあったそうです(梅田望夫氏のブログ2006年3月2日の記述より)。

いま筑摩書房で製作中の「ウェブ進化論」新聞広告で、多くの方々がブログ上で書いてくださった書評・感想から印象的な言葉・フレーズを抽出し、まとめて一覧掲載させていただきたいと考えています。(略)

言葉・フレーズはできるだけ短く切り取りますが、筆者の意図に反する恣意的な切り取り方はしないとお約束します。また広告スペースの関係で、言葉・フレーズにURLや筆者名の付記はしません。ブログ筆者一人ひとりに承諾を取るのが筋かもしれないのですが、ご連絡のしようもない場合もあり、この場でのこの報告でご諒解いただければと思います。もし何か不都合がある方は、コメントなりトラックバックをください。

 梅田望夫『ウェブ進化論』(2006年ちくま新書)の広告についてのお知らせです。

 「もし何か不都合がある方は、コメントなりトラックバックをください」とありますが、ブログ作者全員がこの記述を見てる保証はまったくないので、基本的には許諾を求めていません。つまり「引用」だよと。

 実際に載った広告がこれです。「URLや筆者名の付記はしません」とはしてありますが、さすがに各ブログの名称はちゃんと記載されてました。

 さらに筑摩書房、ネット上にこういうページをつくって、引用元をこまかく明示しました。まあここまでやれば必要十分なのじゃないかな。

 これからこういうケースは増えてくるだろうと思います。ウチにある文章について、もし広告利用を希望されるかたがいらっしゃいましたら、「引用」であれば基本的に連絡不要ですので、どうぞご自由に。

 ただあと気になるのは、この手法だと、出版社みずから自社の本を誉めるブログを書いちゃう、というインチキが可能である点ですが、これはまあ別の倫理上の問題ではあります。

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January 23, 2009

文学をめざしたマンガ『ビッグコミック創刊物語』

 滝田誠一郎『ビッグコミック創刊物語 ナマズの意地』(2008年プレジテント社、1524円+税、amazonbk1)読みました。

 これまでマンガとあまり接点のなかった出版社と著者なので、ちょっと心配しながら読んだのですが、これがよくできたいい本でした。

 主人公は小学館の編集者・小西湧之助。学習誌に配属されたのち1963年に「ボーイズライフ」を創刊。その後「少年サンデー」編集長を経て1968年「ビッグコミック」の創刊編集長。以後小学館は「ビッグコミックオリジナル」「ビッグコミックスピリッツ」「ビッグコミックスペリオール」「ビッグコミックフォアレディ」などからなるビッグコミック・ファミリーを形成。小西はさらに「FMレコパル」「サウンドレコパル」「ビーパル」「テレパル」「ダイム」「サライ」などの創刊を指導した……という小学館のスター編集者です。

 本書は小西湧之助の仕事、とくに「ビッグコミック」が創刊されたころを中心にレポートしたもの。

 小学館「ビッグコミック」は1968年創刊。創刊時に、手塚治虫、白土三平、さいとう・たかを、石森章太郎、水木しげるという「ビッグ」な五人をそろえた雑誌でした。他誌と比べても巨艦大砲主義はあきらかですが、これが老舗の小学館、そして小西湧之助の手法でした。

 わたしも70年代のほぼ10年間、「ビッグコミック」の購読を続けていましたのでずいぶん懐かしく読みました。ビッグは70年代、すでにマンネリ雑誌になってましたが、でもやっぱり青年誌の中心にあったよなあ。

 小学館というのは講談社に比べて回顧とかあまりしません。たとえば現在、マガジンとサンデーが協力して創刊五十周年記念事業をしてますが、講談社がマガジンの回顧本を複数出版してるのに対して、小学館はひっそりとおとなしい。また「少年マガジン」の書誌データはこれまでいろいろ出版されて充実してるのに、「少年サンデー」のそれは公式なものがほとんどありません。マンガ編集者の回顧録も小学館はあまりないんだよなあ。これって小学館の社風?

 というわけで小学館関係のマンガ資料は少なくて、本書でも小学館側の参考文献として挙げられてるのは「小学館八十年史」くらいしかありません。

 だもんで、本書のもととなってるのは、編集者やマンガ家に対するインタビューです。これがじつに多くのひとに取材されていて、本書の中では小学館だけじゃなくて他社の編集者もいっぱい発言してます。多数の視点から当時のマンガ状況が再現されていて、小学館と「ビッグコミック」の物語になってるだけじゃなく、当時勃興しつつあった青年マンガ全体を俯瞰する記述。マンガ史に対する視点も的確です。

 「ビッグコミック」以外にも「週刊漫画アクション」「ヤングコミック」「カラーコミックス」「プレイコミック」などの創刊号目次を掲載してくれてて、これだけでも資料性高し。

 各社がつぎつぎと青年マンガ誌を創刊していたのに、講談社だけが青年誌を出していませんでした。遅れて出した1973年「劇画ゲンダイ」がすぐ失敗。その後「ヤングマガジン」が1980年、「コミックモーニング」が1982年に創刊され、やっと講談社の青年マンガ態勢が整うのですが、なぜこんなことになったのかも本書に書かれています。

 おもしろいのは、小西湧之助が「ビッグコミック」を創刊したとき、マンガ誌でありながら「中間小説雑誌を目指」していたという話。

 小西によると、「オレは一度も漫画家のことを漫画家といったことがない。作家と呼んだ」 彼は直木賞の社内推薦に、複数回、楳図かずおの短編マンガを推薦したとのことです。

 当時のインテリであるマンガ編集者の多くは、マンガに対して愛情とコンプレックスがないまぜになった複雑な感情を持っていました。「少年マガジン」の宮原照夫も「漫画の文学化」をめざして、『巨人の星』や『あしたのジョー』を送り出したといいますし、「週刊漫画アクション」創刊編集長の清水文人も「漫画で文学をやる」と考えていたそうです。

 マンガの読者年齢が上昇していく過程で、編集者たちがマンガを文学化しようと主導し、マンガ家がそれに答えてさらにマンガ表現が進歩していった、という図式です。

 ただしその後、70年代後半から80年代にかけて、マンガはマンガとして成熟していくことになりますが、それはまた別の話。

 さて、サブタイトルの「ナマズの意地」ですが、

『ビッグコミック』を創刊した小学館の第二編集部は、かつては行き場のない編集者が集まる“吹き溜まり”と社内で揶揄されていた。小西湧之助は吹き溜まりを水の澱んだ沼になぞらえ、自分たちを泥底に棲む夜行性の小ナマズにたとえ、“でも、いつか世の中を揺り動かす大ナマズになってやる”と誓った。

 これが今も続く「ビッグコミック」のナマズのマークの由来だそうです。そうかアレはそういう意味があったのか。

 基本的に「ビッグコミック」をヨイショする本で、最近のマンガ産業の問題点とか「ヤングサンデー」(これも以前の名称は「少年ビッグコミック」)の休刊の話とかは出てきませんが、貴重な証言と裏話満載。たいへんおもしろく読みました。

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January 21, 2009

手塚治虫いろいろ

 生誕80周年の記念企画が続いてますが。

 その一。三月発売予定。

●『手塚治虫 予告編マンガ大全集』(2009年ジェネオンエンタテインメント、6500円+税、amazon

手塚治虫 予告編マンガ大全集【2000部完全限定】

 アマゾンやジェネオンのe-shopで予約受付中です。本の詳細はコチラ

 予告編マンガというのは、来週号からこんなマンガが連載開始されますよー、という予告ページのことだと思います。きっと実際に始まったマンガとは細部がいろいろと違ってるでしょうから、これは楽しそうで読んでみたくなります。

 でも2000部限定ですし、お値段や内容からいっても完全にファンアイテム。いやもうどんどん出版がマニアックな方向へ行ってます。マンガでも古書の復刻なら高価な限定版とかありますけどねー。


 その二。こちらはすでに発売中。

●『完全復刻版 リボンの騎士(少女クラブ版)』(全三巻、2009年講談社、各1752円+税、amazonbk1

  

 えー説明が複雑になるのですが、手塚治虫『リボンの騎士』はまず講談社「少女クラブ」に1958年1953年から連載され、その直後にはサファイヤの子どもたちが活躍する続編『双子の騎士』も連載されました。ただし連載中にはこっちのタイトルも『リボンの騎士』でして、ああややこしい。

 その後、1963年から講談社「なかよし」で、手塚自身が『リボンの騎士』をリメイクし、現在一般的に読まれてるのはこの「なかよし版」ですね。

 で、古いほうの『少女クラブ版リボンの騎士』、雑誌連載中には美しいカラーで描かれてたので有名。この雑誌連載版をカラーで復刻したのが、2004年にジェネオンエンタテインメントから発行された『リボンの騎士 少女クラブ カラー完全版』(2004年ジェネオンエンタテインメント、5000円+税)であります。

 今回講談社から出版されたものはそれとも違ってて、『少女クラブ版リボンの騎士』がかつて講談社から最初に単行本化されたときのもの、全三巻の復刻。

 原著の発行は、1954年、1955年、1958年。「講談社の漫画文庫」というシリーズ名ですが、いわゆる文庫ではなくてA5判のハードカバー。一巻には四色口絵が四枚ついてて、二巻と三巻は巻頭の16ページが四色になってるそうです。

 この版のラストは、雑誌連載のものや講談社全集版とも違ってるそうで、そこが売り。三冊バラ売りもしてますが、スペシャルボックス(5600円+税、amazon)を買うと、ストーリーの違いや雑誌連載中の扉絵を掲載した小冊子が付いてきます。三冊バラで買うよりボックスのほうが、360円だけお高くなってるのが微妙ですが、この小冊子のお値段ですな。

 しかし希望を言わせていただければ手塚プロダクションさん、『リボンの騎士』はもういいですから、『ジャングル大帝』のほうをなんとか。<(_ _)>


 その三。三月発売予定。

●『完全復刻版 新寶島』(2009年小学館クリエイティブ、税込2000円、amazon
●『完全復刻版 新寶島 豪華限定版』(2009年小学館クリエイティブ、税込7980円、amazon

 詳細はコチラ

 戦後マンガ最大の封印作品、ついに復刻。ということで本年最大の話題がこれであります。

 でもって、バージョンが二冊あって、どこが違うかというとお値段が違う。これがもう購入者が迷って泣くほど違う。

 限定版のほうには、手塚治虫の習作『オヤヂの宝島』と昭和22年発行の『タカラジマ』、あと複製原画三枚が付録につきます。

 でもなー、『オヤヂの宝島』はかつて「手塚治虫漫画大全集DVD-ROM」が発売されたとき付録についてたものですし、『タカラジマ』は本文が14ページしかない小品だしなあ。よほどの研究者かマニアでもないと。

 ここはとりあえず2000円の通常版ということでご勘弁。

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January 19, 2009

マンガについて語ること

 子ども時代からマンガは読んでいたのですが、マンガをきちんと読もうと意識したのは1966年末に創刊された虫プロ「COM」を買い始めてからです。

 「COM」という雑誌は、こむずかしいマンガが載ってるいわゆるマニア誌でしたが、のちに日本のマンガ全般に影響を与えるような功績もいろいろありました。

 「ガロ」の白土三平『カムイ伝』に対抗して、「COM」のほうは手塚治虫『火の鳥』を掲載するために創刊されたという経緯があります。手塚自身が「創刊のことば」で、商業主義に毒されないマンガを、と語っていましたから、「COM」に掲載されるマンガは自然とオルタナ系のトンがったものが中心となります。

 とくに「COM」出身作家である宮谷一彦と岡田史子。このふたりが「COM」のカラーを決めました。

 宮谷一彦は「マンガのリアル」のレベルを変えたひと。そして岡田史子の心理描写はのちの24年組に大きな影響を与えました。

 さらに「COM」は、かつての雑誌「漫画少年」をお手本にして新人の育成を理念に掲げました。

 実際に「COM」出身作家は多士済々。宮谷一彦、岡田史子をはじめとして、青柳裕介、竹宮惠子、長谷川法世、やまだ紫、さらに、あだち充とか日野日出志とか松森正とか神江里美とか能條純一とか諸星大二郎とか大友克洋とか、もう書ききれないくらいのひとたちが「COM」に投稿してました。

 そして「COM」はちょっと変わった野望を持ってまして、全国のアマチュアファンサークルを統合するような全国組織を作ろうとしてました。「ぐら・こん」という名前で(GRAND COMPANIONの略です)、地方ごとに支部長を置き、ファン活動の拠点にしようと。

 ただしこれはいち出版社、いち雑誌の手にあまる事業でした。「COM」は五年という短期間で終了してしまい、「ぐら・こん」も頓挫します。しかし「COM」で目覚めたひとびとが中心になり、ファン活動はその後「コミックマーケット」として結実することになります。この経緯については、霜月たかなか『コミックマーケット創世記』(2008年朝日新書)をお読みください。

 また「COM」は、「ガロ」よりも文字ページが多かった。各界のいろんなひとに「まんが」についてのエッセイを書かせたり、作家や読者をまじえた座談会を誌上に載せたり。つまり評論・批評の場を提供していました。

 これらの記事は、今読み直してみますと洗練されたものとはいえないのですが、「ガロ」系の石子順造や権藤晋の文章よりも、幼いアマチュアとしてはとっつきやすかった。そして、そうか、マンガに対するアプローチとして、文章を書くのもありなのか、と気づかせてくれたのが「COM」でした。

 おそらくわたしが初めて買ったマンガに関する文章の本は、尾崎秀樹『現代漫画の原点 笑い言語へのアタック』(1972年講談社)です。

 尾崎秀樹はもちろん大衆文学方面のひとですが、マンガについても積極的に発言していました。この本の半分は「COM」に連載されたもので、あとの半分は戦前からその当時までのマンガ紹介。これで古いマンガをずいぶん勉強しましたね。

 ただし、この時代のマンガを「笑い言語」と見るのは、残念ながらすでにズレてます。マンガの進歩はすさまじく、読者のほうも変化を迫られていたのです。

 「COM」の終了後、24年組を中心に少女マンガが勃興します。これに反応したファン雑誌が1970年代後半からの「だっくす」「ぱふ」「ふゅーじょんぷろだくと」「COMIC BOX」などでした。

 これらの雑誌はインタビューや書誌データも積極的に掲載し、プロ、アマ問わず、マンガ評がいっぱい。

 そしてこのころ主流になったのが、「ぼくら」「ぼくたち」を主語にして書かれるマンガ評。自分語りと言われるタイプのものです。作品を自分および自分周辺に引きつけて語る。これはねー、新鮮だったのですよ。おお、その手があったか、てなもんです。人間、自分のことなら話しやすい。

 代表的なのが村上知彦『黄昏通信(トワイライト・タイムス) 同時代まんがのために』(1979年ブロンズ新社、文庫化されたときのタイトルは『イッツ・オンリー・コミックス』)。実はわたしの「漫棚通信」というネーミングは、「黄昏通信」のマネであったりもするのです。

 ファン雑誌の出現と自分語りの流行。これでやっとアマチュアがマンガについて「自由に」語ることができるようになったわけです。

 そしてマンガ批評、第三の波が、夏目房之介の登場です。1980年代になり、夏目房之介はマンガ表現とは何かを正面から論ずることを始めました。それまでストーリー中心に語られることが多かったマンガ批評が、ここで大転換します。

 これ以後、マンガ批評はマンガ表現を無視しては成り立たなくなりました。マンガはマンガとして語られるようになります。

 そしてマンガ表現論の基礎研究となる『別冊宝島EX マンガの読み方』の発行が1995年。1996年から始まったTVの「BSマンガ夜話」も、夏目房之介といしかわじゅんが参加することで、マンガ表現を積極的に語るつくりになっていました。

 マンガ表現の進歩に対応して、批評のほうもやっとマンガ表現を語るすべを手に入れたことになります。さらにマンガを語るひとにとっては、何がマンガをマンガたらしめているのか、この根源的な問いをつねに意識させられることになりました。

 でもって、第四がインターネットの普及。だれもが不特定多数に向けて手軽に発言できるようになります。と同時に、検索エンジンの進歩で超巨大百科事典が登場しました。

 とくに書誌データはたくさんのひとがアップしてくれていて、ネット上で調べれば何とかならないこともない。

 とまあアマチュアの書き手にとって、敷居はどんどん低くなってきました。そこでわたしもちょっと文章を書いてみようと思ったのが2003年です。

 テーマはマンガ。文章のスタイルはあくまで娯楽の提供(のつもり)。文章を書き出してみて、レビューや作品評を書くのがいかに難しいかを思い知りました。ですから話題はウンチク系が多くなってます。

 というわけで現在にいたるのですね。

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January 15, 2009

ボンバー?

 もうすぐアメリカ大統領就任式ですが、「スパイダーマン」のマンガにバラク・オバマが登場したことがちょっとした話題になってます。

●Spider-Man and Barack Obama team up(マーヴル・ニュース
●オバマ次期米大統領がスパイダーマンと共演(ヴァラエティ・ジャパン

 マンガ内では、就任式に大統領とそのニセモノが登場してさあタイヘン。スパイダーマンが「大統領が得意なバスケットボールを利用してどちらが偽物かをあぶり出す」ストーリーだそうです。

 オバマがバスケットボール選手だったのは本当で、高校生だったころはバスケットボール・チームで「Barry O'bomber」というニックネームだったとか(ABCニュース)。ここでの「bomber」は爆弾魔の意味じゃなくて、爆撃機のことだと思います。

 でね、この話題を日本のテレビ局が取りあげてたのですが、「O'bomber」を「オ・ボンバー」と読んでたのにあきれた。「bomber」を「バマー」と読まなきゃ、「オ・バマー」のダジャレにならないじゃないか。

 そりゃま、ドイツ語なら「Bomber」は「ボンバー」ですけどね。

 でも「bomber」が「ボマー」や「バマー」じゃなくて「ボンバー」として日本に定着したのはいつかといいますと、「東京ボンバーズ」からじゃないかと。

 1970年前後にローラーゲームという、プロレスのように殴り合いながらローラースケートで競走する、奇妙なゲームがTVで放映されました。ローラーゲームは暴力とスピードがうけて、かなりの人気となりました。その番組内で男女混合の日本人チームとして結成されたのが「東京ボンバーズ」でした。

 アメリカ生まれのゲームですから、ここは絶対「東京ボマーズ」のはずなのですが、「ボンバーズ」。

 これはもう発音のマチガイというようなものではなく、「ボンバーズのほうがカッコええやないかい」と誰かが言い出して、わざとこういうネーミングをしたに違いない。

 というわけで、どこかのオッサンのひとことが、「bomber」の日本語発音を決めてしまったのじゃないかという妄想。

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世界で百万人ぐらいが泣いている

 パイオニアからのお知らせ

平素は当社商品をご愛用いただき、誠にありがとうございます。

当社はレーザーディスクプレーヤーを1981年10月に発売して以来、日本国内で累計約360万台の販売をさせていただき、多くのお客様にご愛用いただいて参りました。厚く御礼申し上げます。

昨今のDVDやBD(ブルーレイディスク)などの新たなメディアが市場に定着する中、生産に必要な専用部品の調達が困難となり、やむなく今後約3000台(DVL-919、CLD-R5、DVK-900、DVL-K88の4機種合計)の生産をもってレーザーディスクプレーヤーの生産を終了いたします。

 どぅわっ。

 ウチにあるレーザーディスクプレーヤーは二代目のCLD-110。わたしが買った初代はレーザーディスク専用でした。わりとあっさり壊れてしまい、買い直した二代目はCDも聞くことができるスグレモノ、のはずでしたが、とっくにCDには反応しなくなってます。

 最近はレーザーディスクを入れても、ちゃんと最初から再生することはなく、しばらくきゅるきゅると何かを探してる音がしてから、突然お話の途中から始まります。

 この正月にウチの子どもたち(高校生と中学生)が、「ルパン三世 カリオストロの城」は話には聞いても見たことがない、とかいうのでレーザーディスクを見せようとしたところ、これがなかなかちゃんと再生しなくて苦労したのでありました。

 パイオニアが販売するのが、あと3000台? これはプレミア付きの争奪戦が始まると見た。さすがにわたしは手を出しませんが。今持ってる機械が壊れたらおしまいですね。

 ひとつの時代の終わりであります。栄枯盛衰。でも、いずれもう少ししたら、VHSレコーダーやDVDプレーヤーの販売も終わることになるのでしょうけど。

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January 14, 2009

川崎のぼるの一週間

 昨年末に古い雑誌を調べていて、これはスゴイと思ったもの。

 虫プロ「COM」1967年8月号、「この人の一週間 川崎のぼる」という記事です。

 同じ号の「COM」でベストテンが発表されてますが、「COM」によるアンケート(その対象は編集者・マンガ家・アニメーター・読者、計305名)でトップになったマンガが『巨人の星』でありますので、まさに川崎のぼるこそ、この年ナンバーワンの人気マンガ家でした。

 ちなみに二位以下は、ハリスの旋風(ちばてつや)、おそ松くん(赤塚不二夫)、カムイ伝(白土三平)、墓場の鬼太郎(水木しげる)、鉄腕アトム(手塚治虫)、アニマル1(川崎のぼる)、みそっかす(ちばてつや)、天才バカボン(赤塚不二夫)、と続きます。

 このとき、川崎のぼるは26歳。すでに結婚されてて子供がふたり。連載中のマンガは、週刊誌が『巨人の星』(少年マガジン)と『アニマル1』(少年サンデー)。月刊誌が『スカイヤーズ5』(少年ブック)、『いなかっぺ大将』(小学五年生)、『あばれ五郎』(中二コース)の五本。

 この年の秋には『スカイヤーズ5』がアニメ化され、翌1968年春には『巨人の星』と『アニマル1』が同時にアニメ化され放映が始まるという時期でした。

 川崎のぼるのコメントがこんなふう。

今月は、別冊や増刊号がはいったため、二百七十ページという生まれてはじめての強行軍。ものすごいスケジュールになってしまい子供の顔を見ることもできない!! アイデアがつまり、気分転換に散歩をしようと外出しても、編集者がつきっきりでせわしない。

 さて、一週間のスケジュールは。

6月19日(月):『少年ブック』58ページのうち32ページ
6月20日(火):『少年サンデー』オフセット5ページ(←二色か四色ページのことだと思われます)
6月21日(水):『中二コース』16ページ、『中二時代』10ページ(最終回)
6月22日(木):『小学五年生』21ページ
6月23日(金):『少年マガジン』16ページ
6月24日(土):『少年ブック』残りの26ページ:夜から『少年サンデー』の仕事のため、旅館にかんずめになる。
6月25日(日):『少年サンデー』15ページ

 川崎のぼるの、あの筆圧の強そうな絵で、これは壮絶なスケジュール。驚くべきは、人気絶頂の『巨人の星』の作画が、たった一日でなされてることです。

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January 12, 2009

ブルーレイレコーダー

 ほっほっほ。パナソニックが新型ブルーレイレコーダー発売を発表したのに合わせ、前機種がそろそろ底値だろうと思って買ってしまいました、パナソニックのブルーレイ旧機種BW830。

 これでラグビートップリーグの多くの試合をカバーできるようになって、毎日ラグビーばっかり見てるので家族から嫌われてます。神鋼、サントリー相手にあの大負けはなかろうよ。そのサントリーが東芝相手のあの試合はなんだっ。

 ブルーレイレコーダーを買っても、ブルーレイディスクに記録したり売ってるブルーレイの映画を見たりしたことは一度もなくて、HDD記録したものをAVCRECで圧縮しDVD-Rに焼いたりしてみてるだけですが、おお、ケッコウいけるじゃないの。

 それはそれとして、今キッズステーションでやってるアニメ「ガンバの冒険」を撮り続けてるのですが、いやー今さらながら名作ですなあ。ネズミたちが走るスピード感がすばらしい。

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January 10, 2009

プランゲ文庫のマンガ

 「プランゲ文庫」をご存じでしょうか。

 第二次世界大戦後、日本が連合国に占領されていた時期のうち1945年9月から1949年11月まで、GHQ連合国軍最高司令官総司令部は日本の雑誌・新聞・図書のほぼすべてを検閲していました。

 GHQは占領終了までに、7万点以上の書籍、8万点以上のタイトルの雑誌・定期刊行物を保管していましたが、GHQ参謀第二部の戦史室主任歴史課長であったゴードン・W・プランゲ博士は、その多くをメリーランド大学に送りました。占領下の日本で出版された、あるいは出版されようとした資料が散逸することなくひとところにまとめられたわけです。これをプランゲ文庫と呼びます。

 日本の国会図書館が所蔵している同時期の雑誌タイトル数は、プランゲ文庫の20パーセントにすぎないといいますから、プランゲ文庫こそ、占領期の日本出版文化の第一級史料です。

 1960年代から資料の整理が始まりマイクロフィルム化され、現在ではそのマイクロフィルムを日本の国会図書館で閲覧できるようになっています。

 さらにすばらしいところは、このプランゲ文庫、ネット上でキーワードや執筆者から記事が検索できるのです。

●「20世紀メディア研究所」→「占領期新聞・雑誌データベース

 あらかじめネット上で記事を検索しておいて、国会図書館でマイクロフィルムの形で閲覧するという形ですね。

 使ってみるとこのデータベースがおもしろくておもしろくて。

 たとえば「空飛ぶ円盤」で検索しますと30の記事がヒットします。いちばん古いのが日本経済新聞社が発行する「世界資料」という雑誌。この1947年8月1日号に「“空飛ぶ円盤”出現」という記事があります。

 ケネス・アーノルドによるフライング・ソーサー目撃がその年の6月24日のこと。小見出しには、「米国民まずビックリ」「カナダにも出現」「国民的反響」「正体判明?」「結局いたずらか」とあります。

 「九州タイムズ」1947年7月23日号には「空飛ぶ円盤 北九州に現る」という記事があって、「“空飛ぶ円盤"は日本でも東京、鹿児島に目撃者があらわれ新しい話題を投げている矢先、北九州の空にもそれらしき姿が現われさる十二日夜十時ごろ若松市から三里……」という本文が続く。

 「空飛ぶ円盤」があっという間に世界じゅうで話題になったのがよくわかりますねー。

 あと最近は、「巨人軍」という呼び方はしても「阪神軍」とはいいませんが、昔は「阪神軍」も「南海軍」も普通に使ってたんだなあ、なんてどうでもいい知識も得られたりします。

 このプランゲ文庫のうち、児童文学・絵本・マンガが「占領下の子ども文化<1945~1949>展」として展示されたこともあったそうですし、またプランゲ文庫 から手塚治虫の新資料が発見されたことは、かつて報道されました(PDF)。

 さて、このプランゲ文庫の一部が、日本でも出版されてます。

●『占領期雑誌資料大系 大衆文化編 1巻 虚脱からの目覚め』(2008年岩波書店、5700円+税、amazonbk1
●『占領期雑誌資料大系 大衆文化編 2巻 デモクラシー旋風』(2008年岩波書店、5700円+税、amazonbk1

 

 今刊行中なのは「大衆文化編」。取りあげられているのは「映画・漫画・写真・演劇・音楽・スポーツ・ラジオ放送など」です。全五巻の予定で、現在二巻まで刊行。

 膨大なプランゲ文庫所蔵の図書から、大衆文化に関係ある文献をごく一部ですが選択し、(1)誌面を写真にとってそのまま掲載したり、(2)文章だけ活字化というかテキスト化して収録したりしたものです。本の企画としては(2)がメインなのですが、マンガの部分はもちろん(1)が多いです。

 第一巻のマンガ部分は「民主主義革命と漫画」という章タイトル、これに登場するのは酒井七馬、田河水泡、横井福次郎らです。酒井七馬が描いた「まんがマン」創刊号の表紙が検閲されてしまい、差し替えられてます。GIと日本女性を描いた部分を黒く塗りつぶして何とかOKをもらおうとしてますが、結局ダメだったそうです。

 第二巻は「風刺とユーモア」。「VAN」「漫画」「婦人画報」などの雑誌がとりあげられています。登場するのは加藤悦郎、近藤日出造、西川辰美、杉浦幸雄ら。

 「飢餓新年」というプラカードを掲げてデモ行進をしてるマンガはダメ。マッカーサーが日本という龍をデモクラシーの鞍で手なづけてるマンガはダメ。「パンパンの名称を撤廃せよ!!」と主張してる「夜間有楽町支部女子勤労者」のおねえちゃんのマンガはダメ。うーむなるほど。マンガ部分の解説を担当してるのは、小野耕世です。

 実は全体量から見てマンガの部分はあまり多くありませんが、マンガ以外の部分で、女子野球や映画や演劇や進駐軍の風俗をマンガ家がレポートしてる記事とかもありまして、こっちのほうが楽しかったりするのです。

 マンガ関連では今後、第三巻で「子供漫画新聞と漫画集団」、四巻で「探訪漫画家小野佐世男」(小野耕世の父君)、五巻で「赤本漫画と手塚治虫」という予定です。

 個人で所有するよりも、図書館にリクエストするタイプの本かな。

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January 07, 2009

本がなくなる未来『ダイホンヤ』『ラスト・ブックマン』

 前エントリで、「本」がなくなる時代がもうそこまできてる、かもしれないと書きましたが、これを予言した傑作マンガ。旧作ですが。

●とり・みき/田北鑑生『ダイホンヤ DAI-HONYA 』(2002年早川書房、1500円+税、amazonbk1
●とり・みき/田北鑑生『ラスト・ブックマン THE LAST BOOK MAN 』(2002年早川書房、1400円+税、amazonbk1

 

 えー、まず書誌的なことを書きますと、『ダイホンヤ』は、「月刊アスキーコミック」(月刊コミックビームの前身ですな)1992年8月号から1993年9月号に連載、1993年にアスキーから単行本化されました。

 『ラスト・ブックマン』はその続編。「月刊コミックトムプラス」(あーこれも今はない)2000年7月号から2001年4月号に連載。2002年に早川書房から単行本化。そのとき『ダイホンヤ』も早川書房から新装刊されました。

 さて『ダイホンヤ』、書影で気づくひともいるかもしれませんが、タイトルは映画「ダイハード」のもじりであります。そしてマンガの最初に登場するのが「幕張」のコミケ会場。前世紀のマンガですねー。でもこの本が今も現役で買えるのはすばらしいことです。

 199X年のコミケ会場がテロで爆破されるのがプロローグ。そして、20XX年、ひとつの超巨大ビルがまるごと本屋という超巨大書店文鳥堂。年末クリスマス商戦のさなか、そこを訪れたのは文部省直属第一級書店管理官・紙魚図青春(しみずせいしゅん)でありました。

 この時代、書店内の犯罪を防ぐため、書店管理官は武器の携行を許されています。深夜、書店をねらうテロリストグループがビルに侵入。閉ざされた空間内で、紙魚図と彼らとの戦いが始まる!

 とまあ、ダイハード第一作のごときアクションマンガなのですが、同時に一ページにどれだけたくさんのギャグを詰め込めるかという実験をおこなった、超絶的なギャグマンガでもあるのです。

 そしてこのマンガの世界観。21世紀初め、コンピューター・ネットワークの発達と地球的な森林資源の不足のため、活字文化は衰退してしまうおそれがありました。このため国は「書店法」を制定し、弱体化した出版社や書店を保護することになります。しかしこのため大資本が介入し、町の小さな本屋はつぶれ、巨大書店だけが生き残る。

 マルチメディア時代となり、「本」には「読む」こと以外の価値があたえられるようになります。「いまや本はステイタスであり信仰であり美術品でありインテリアであり、マニアックな読書家にはドラッグでありそうでない者には投機の対象であり…」 いっぽうで本を買わずに立ち読みで情報だけ盗んで、それをネットに流したり売ったりする犯罪者もいる。さらに悪書追放運動はあいかわらずだし、本を自然破壊としてエコロジー関係からは敵視される。

 マンガが描かれた16年前より、著者が予言した未来はますます現実化してるじゃないですか。

 小さな書店は減少して大資本の巨大書店が登場。消費者は書棚に本をコレクションして悦に入る。平積みの上から三番目の本を抜く。読書用と保存用に二冊買う。読まずに売ったり買ったり。アマゾンにはとんでもない古書値段をつけた本が出品される。同人誌は先鋭化。いっぽうで本は読まずにネットですませるだけの連中もいっぱい。

 さらにネット上には違法なブツ(小説もマンガもアニメも)があふれています。先日、ネット上でマンガ4万冊のデジタルデータをコレクションしたというかたからメールをいただき、その話にぶっとびました。

 とまあ『ダイホンヤ』は、近未来SFアクションギャグマンガの傑作であり、予言の書でもあったわけです。

*****

 『ラスト・ブックマン』になりますと、時代はもっと進んでいます。

 今度は西部劇。紙魚図青春は、かつて自分が働いていた荒野にたつ小さな書店を訪れます。そこへあらゆる書物の情報を独占しようとする、情報ネットワーク企業が襲ってきます。主人公は映画「シェーン」のごとく彼らに立ち向かう。

 すでに全世界の書店はつぎつぎと消えていってる。すでにヨーロッパに残った書店は三軒だけです。「本」はすでに好事家向けの工芸品か、いくつかのパターンをコンピュータで組み合わせるだけの自販機本(おお、ハーレクインかケータイ小説か)となっている。

 「本」文化は絶滅寸前です。主人公・紙魚図の言葉。

「確かに俺がジタバタしたところで結局は本というものは消えていく運命にあるのかもしれない」「そういう意味では俺は風車に挑むドン・キホーテみたいなもんさ」「たぶん俺は人よりちょっとだけ本が好きなんだよ」

 すべての本好きは読め。そして泣け。

 『ダイホンヤ』も『ラスト・ブックマン』も、発売された当時より、今読んだほうが身にしみる作品になってしまいました。

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January 03, 2009

まんがは読みたいけど本はいらない『まんが王国の興亡』

 中野晴行『まんが王国の興亡 なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか』(2008年イーブックイニシアティブジャパン、500円+税)読みました。えー、新書みたいなタイトルですが、紙の書籍じゃなくて、電子ブックです。こちらで買えます。

http://www.ebookjapan.jp/shop/special/page.asp?special_id=itv003

 いろいろと評判になった『マンガ産業論』(2004年筑摩書房)の続編です。

 前作からたった四年経過しただけですが、マンガを取り巻く環境はますますきびしくなっています。その一方で、ケータイマンガがずいぶん売り上げを伸ばしている。

 前著から四年後の「今」のマンガビジネスはどのようになっているか、さらに今後はどうなるのか、どうすればいいのか、を論じた本。

 内容は三部に別れてまして、第一部「まんが史クロニクル」は、『マンガ産業論』のおさらい。

 しかし以下のような指摘をあらためて読むと、マンガというくくりでも文化とビジネスは切り離せないんだなあと。

●1973年第一次オイルショック→紙の価格の高騰→雑誌の減ページ→雑誌の広告収入の減収→単行本の重視→自社の雑誌で連載したマンガは自社で単行本化するようになる。

 というわけで、雑誌は赤字でもよりも単行本で稼ぐ、というその後、現在まで続くマンガビジネスモデルは、オイルショック以来のものだったのですね。

 たしかに、小学館が「少年サンデーコミックス」をスタートさせ、少年サンデーのマンガを単行本化し始めたのは1974年6月でした。そうか、あれはオイルショックのせいだったのか。そういえば、初期の少年サンデーコミックスのカバーの紙質は悪かったよなあ。

 第二部「現代まんが市場のしくみ」は、まさに「今」のマンガビジネスのレポート。で、第三部「まんが産業の未来予想図」、これが本書の最大の読ませどころです。

 まず、今後のマンガビジネスの具体的な打開策として提言がふたつ。シンクタンクを作ろう、エージェントを作ろう、という提案は新鮮。著者のいうシンクタンクとは、(1)マンガ産業の調査・研究とその公開、(2)企業と契約しての調査・分析・提言、(3)さらに政策への関与を目的とするものですが、これ、もしできたらほんとに魅力的だなあ。

 エージェントについては竹熊健太郎氏のブログ「たけくまメモ」でも提案されていました。

●マンガ界崩壊を止めるためには()()()()(補足

 ただし本書での「エージェント」は、竹熊氏の理想とするマンガ・プロデューサーよりもっと限定的な仕事が考えられており、創作にはタッチしません。創作内容にまで踏み込む日本型エージェントではなく、アメリカの作家と契約するリテラリ・エージェントのような存在の提案です。

 こちらには交渉、渉外に特化した役割を持たせています。著者は竹熊氏よりもマンガのコンテンツビジネス展開を重要視しているので、このような考えかたになるのでしょう。わたしにはどちらが現実的かわかりませんが、日本でもたとえば、石森プロとして仕事を受け、石森プロ作品としてスタッフが作品をつくる、というこれらに近い例もありますから、可能性があるのじゃないでしょうか。

 そして本書に最後に書かれているのが、デジタルマンガの可能性についてです。これが本エントリのタイトルにあげた、「まんがは読みたいけど本はいらない」という言葉。こう考えてるひとがどんどん増えていると。

 ここまではっきり書かれると、本好きとしては衝撃的でした。

 たしかに読んだ雑誌は捨てられます。全盛期も今も、何百万部という少年ジャンプがほとんど全部、いっせいに捨てられているのです。これは地球にもやさしくない。わたしは一応「漫棚」を名のっていますが、基本的に雑誌は捨てます。単行本にしても、本好きのひとであるならあるほど、置く場所に困ることになります。

 著者はいずれデジタルマンガが普及し、紙の雑誌はなくなりウェブに移行し、本としては豪華な書籍が残るであろうと予測しています。安価なウェブ、高価な本、という二極化ですね。まさに、とり・みき/田北鑑生のマンガ『DAI-HONYA』の世界ですなあ。

 先行する音楽の世界では、CDやレコードというパッケージを買うのではなく、デジタルの曲を買う、というスタイルが定着しつつあります。マンガもいずれそうなるのか。

 そして著者は、デジタルマンガには新しいデジタルマンガの文法が出現するだろうと、文化的側面についても希望を持っています。

 ううーん、ここまでドラスチックな変化が、もうそこまで来てるのか。いろいろと考えさせられる本(というか、電子ブック)でした。

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January 01, 2009

あけましておめでとうございます

 世間には大晦日に働いてるひともいるわけですが、わたしも昨日は一応仕事してました。その後紅白見て、朝起きてから録画してあったダイナマイト見て、アニマックスのガンダム一挙放送をTVつけっぱなしにして横目で見ながらだらだらするという正月を送っております。

 これからも気張らず、のんびりとやっていこうと思います。よろしくおつきあいください。

 本年がみなさまにとって良い年でありますように。

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