« November 2008 | Main | January 2009 »

December 29, 2008

先生、落ち着いて

 二階堂黎人『僕らが愛した手塚治虫2』(2008年小学館、2200円+税、amazonbk1)読みました。

 2006年に出版されたものの続編。著者は現役ミステリ作家にして元・手塚治虫ファンクラブ会長という経歴ですから、本書は評論じゃなくてファンブック兼研究書、という感じかな。

 この「2」でも、レア本の書影とか雑誌連載時の原稿とかの図版が多く掲載されてて、楽しい本になってます。

 ただし二階堂先生、今回は(今回も、かな)ずいぶんトバしてる部分がありまして。

 虫プロ「COM」に掲載された手塚治虫と石子順造の誌上論争に触れてる部分。石子順造を「姑息な意図」「下劣な評論家」「程度の低い評論家」「未熟な評論家のこうした醜態」と切って捨ててます。

 まあ、このあたりは手塚ファンならしょうがないかな、とも思うのですが、返す刀で評論家批判が一般論としてえんえんと書かれてるのですね。

 マンガ界に限らないが、評論家の中には、独善的で、流行迎合傾向が強く、いたずらに作品や作家をこき下ろすことを好む者がいる。(略)

 それに、評論家の中には、作家が評論家の評価を得たいために作品を創作していると勘違いしている者がいる。(略)評論家が何故、そんな妄想に陥るかと言えば、自分の評論が作家や読者から評価されないことに対するコンプレックスのせいだ。それの裏返しが、ああした言動になる。(略)

 えー、「ああした言動」の部分が意味不明でして、この文章の前を読んでみても、「ああした」とは具体的に「誰が」「どうした」ものかがわからない。もしかして石子順造による手塚批判のことじゃなくて、「容疑者X」騒動のもろもろのことでしょうか(といってもミステリ・ファン以外には意味不明でしょうが、かつて「容疑者Xの献身」をめぐって二階堂先生とミステリ評論家の間にいろいろあったらしい)。

 呆れることに、評論家の中には、自分の書いたものについて批評されると、「言論弾圧だ」とか「じゃあ、お前が評論を書いてみろ」などと騒ぎだす者がいる。これなどは、明らかに、自分の評論が創作物であることに無自覚な例だ。それが正当化されるならば、評論家に論評されたすべての作家は、「じゃあ、お前が小説を書いて(マンガを描いて)みろ」と、評論家に言い返さねばならなくなる。しかも、評論自体が作家の著作物に対する「言論弾圧」ということになってしまう。

 うーん、「それが正当化されるならば」以降の部分が、レトリックとしてはもひとつという気が。

 さらに評論家批判は続き、手塚/石子論争について書かれた部分の、なんと量的に半分以上がこの調子。マンガについての本と思ってた読者、置いてけぼりですから。先生、落ち着いて。

 いや、全体としてはいい本なんですけどね。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

December 26, 2008

ルドルフの物語

 ここ十年近く風邪をひいたことがなかったのですが、ついに寝込んでしまいました。38度5分。というわけでクリスマスはうんうんうなっていたので、出しおくれたネタです。

 「赤鼻のトナカイ」という歌をご存じでしょう。クリスマス・ソングの定番。日本語では「真っ赤なお鼻の トナカイさんは」というやつね。フルバージョンはこちら

 で、この曲の原題は「Rudolph the Red-Nosed Reindeer」です。モトウタの初めのほうはこういう歌詞。

Rudolph, the red-nosed reindeer
had a very shiny nose.

 もととなる詩を書いたのはロバート・メイというアメリカ人で、じつはこのかた、広告屋さんです。かれはデパートからの依頼で、クリスマス・シーズンの販促のため、ルドルフの物語と詩をつくりました。これが大ヒット。ルドルフの人形がたいへん売れた、かどうかは知りませんが。これが1939年のことです。

 ルドルフのお話は北欧のおとぎ話なんかじゃなくて、コマーシャリズムの産物でありました。ちょっとがっかりするひともいるかな。

 時は流れて、これに曲をつけて歌にしたのがクリスマス・ソングをいっぱい作ってるジョニー・マークス。いろんなひとが歌ったみたいですが、とくに1949年、「歌うカウボーイ」ことジーン・オートリーが歌ったレコードは大ヒットしました(ちなみにこのジーン・オートリーさん、「Here Comes Santa Claus(サンタクロースがやってくる)」の作者かつ歌手でもあります)。

 さらに時は流れて1964年、「赤鼻のトナカイ ルドルフ」の物語を、アメリカのランキン/バス・プロダクションがTV向けの人形アニメーションとして製作、アメリカNBCで放映されました。

Rudolph the Red-Nosed Reindeer (Full Amar) [DVD] [Import] ルドルフ 赤鼻のトナカイ【通常盤】 [DVD]
↑左の英語版DVDはリージョン1ですからまちがえて買わないように。右の日本語版は今ならアマゾン以外のショップで扱ってます。

 この作品はかつて日本のテレビでも放映されたことがあります。最初はNHKだったそうですが、わたしが見たのは30年ほど前でしょうか、当時大阪の朝日放送がクリスマスになると毎年、ランキン/バス・プロダクションの人形アニメを放映してたのですね。「赤鼻のトナカイ」を含めた数本をローテーションでくり返しやってた記憶があります。


★注:ランキン/バスにくわしい方からメールをいただきました。上記のわたしの記述はマチガイ。朝日放送では以下のように放映されたそうです。ありがとうございました。

1978年 『町一番のけちんぼう』(1978) The Stingiest Man in Town セルアニメ
1979年 『赤鼻のトナカイ ルドルフ物語』(1976) Rudolph's Shiny New Year人形アニメ
1980年 『ピノキオのクリスマス』(1980) Pinocchio's Christmas 人形アニメ
1981年 『サンタのいないクリスマス』(1974) The Year Without a Santa Claus 人形アニメ
1982年 『サンタが町にやってくる』(1970) Santa Claus Is Comin' To Town 人形アニメ
1983年 “はじめてのクリスマス”という番組タイトルで2作品放送。 第一話『長い耳のロバのネスター』(1977) Nestor, The Long-Eared Christmas Donkey 、第二話『クリスマスの贈り物』(1975)The First Christmas: The Story of the First Christmas Snow 人形アニメ
1984年 『動物ランドのクリスマス~かわうそエメットのガラクタバンド~』(1977) Emmet Otter's Jug Band Christmas 人形劇(ランキン/バスじゃなくて、ジム・ヘンソン)
1985年 『サンタとこぐまのクリスマス』
1986年 『サンタの秘密と大冒険』(1985) The Life and Adventures of Santa Claus 人形アニメ
1987年 『不思議の森の大冒険!たのしい川べの愉快な仲間』(1983) The Wind In The Willows 人形アニメ 


 この作品を英語のwikipediaで調べてみますと。

http://en.wikipedia.org/wiki/Rudolph_the_Red-Nosed_Reindeer_(TV_special)

 なにがどうしたんだというくらい、書いてある量が多いっ、記述がこまかいっ。

 えーじつはこの人形アニメ、アメリカではクリスマスごとにくりかえしTVで放映される、まさに定番中の定番。誰でも知ってるミュージカル・アニメだそうです。だからでしょう、思い入れのある人間が多くて、みんな書きこむ書きこむ。

 YouTubeでどうぞ。

http://jp.youtube.com/watch?v=0ePeDa8GZiA

 日本語の字幕がはいってて画質がいいのは、日本語版DVDを発売してるショップがYouTubeにアップしてるからです。

 さて、アメリカ人が大好きなこの「赤鼻のトナカイ」という人形アニメ、英語版wikipediaには書いてありませんが、日本人が大きくかかわっていました。
 
 「the BIG CARTOON DataBase」で調べてみますと、「Animated by Tadahito Mochinaga (Animation Supervisor)」と記載されています。

 持永只仁。彼の名を検索してトップに出てくるのが、comic boxのサイトに書いてある略歴です。持永只仁は「桃太郎の海鷲」などに参加したあと中国へ。中国在住中に人形アニメを始め、日本のこの分野の開拓者となりました。

 ランキン/バス・プロダクションが製作した人形アニメーション作品はたくさんありますが、彼らの最初のテレビシリーズ「ピノキオの新しい冒険」(1960年)のときから、下請けとして実際に人形をアニメートしていたのが日本で持永只仁が創立したMOMプロダクション(1967年に持永がMOMを離れたのちはビデオ東京)でした。脚本や絵コンテ、音楽、人形や美術デザインがアメリカ、実際の演技や踊りの振り付けなどのアニメートが日本、という分担だったようです。この下請けは1972年まで続きます。

 ただし持永只仁自身はこの時代のものは誇れる仕事とは思っておらず、語りたがっていなかったそうです。このあたりのことは小野耕世『バットマンになりたい』(1974年晶文社)や森卓也『アニメーションのギャグ世界』(1978年奇想天外社)にくわしいです。

 1964年の人形アニメ「ルドルフ 赤鼻のトナカイ」の成功以来、ランキン/バス・プロダクションは、「ホリデイ」に「アニメ・TV・スペシャル」を放映するプロダクションとして有名になります。

 当然、ルドルフもスター・キャラですから、1976年「Rudolph's Shiny New Year」、1979年「Rudolph and Frosty's Christmas in July」などに再登場して活躍することになるのです。

 アメリカのデパート売り上げのために作られた詩のキャラクターが、歌になり、人形アニメになり、日本人の手で命を吹き込まれ動きを獲得し、世界じゅうで知られるようになるまでの物語でした。

*****

(オマケ)

 しかしあれですな、YouTubeで探すとランキン/バスの人形アニメが断片ですがいろいろ見つかるという、けっこうな時代になったものです。なかでもシニカルなギャグが満載と名高い「Mad Monster Party」(1967年。これも日本が人形アニメートを担当してます。脚本に「MAD」のハーヴェイ・カーツマンが参加)は、予告編だけじゃなくて全編(90分以上あるのを10パートに分けてる)をアップしてるやつがいて驚きました。

Mad Monster Party [DVD] [Import]
↑これもリージョン1ですからね。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 23, 2008

盗作事件もいろいろ

 今回刊行された『パクリ・盗作スキャンダル事件史』(2008年宝島SUGOI文庫、533円+税、、amazonbk1)、文庫化にあたり「唐沢俊一・漫棚通信ケース」についても記述が追加されております。

 えー、書かれてる当事者の口からいうのもなんですが、この本、なかなかココロザシの高い、いい本でした。

 本書では、文芸、マンガ、音楽についてのもろもろの盗作事件例を紹介してますが、盗作を非難するばかりでなく、創作においては模倣やリミックスをすべて否定することはできないという立場で書かれてます。

 パクリ・盗作と著作権侵害は別のもの、ですね。あとは各人の心にある倫理観の問題です。

 本書を読むと、それぞれの事件はほんとにケースバイケースで、じつにバリエーションが多彩だなあと感じますが、そのひとつひとつにわたしたち自身がこりゃ白だろ黒だろと判定をくだしていくことになります。いろいろと考えさせられる本でした。

 おそらく盗作と呼ばれるもののうちでもっともいやしいものは、本書の守備範囲外ですが、学術論文系の盗作でしょう。で、その次あたりにくるのが、ネット上の文章をコピペして文末をいじるだけの自称作家の所業ね。

| | Comments (6) | TrackBack (2)

December 19, 2008

購入したりしなかったり日記

●某月某日
 茨木保『がんばれ!猫山先生』がおもしろかったので、同じ著者の旧作『患者さんゴメンナサイ  医者ってどーなってるの!?日誌 』(2005年PHP研究所、1100円+税、amazonbk1)を古書でゲット。うーん、こっちはぶっちゃけすぎかなあ。

●某月某日
 『このマンガを読め!2009』(2008年フリースタイル、840円+税、amazonbk1)購入。『このマンガがすごい!』とのベストテンの違いはともかく、雑誌としてはコチラのほうがおもしろい。一年を回顧する座談会は、これだけでも価値があります。ベストテンのそれぞれ一話だけ立ち読みできるという企画もグッド。

●某月某日
 安藤健二「封印作品」シリーズは大好きで、加筆された文庫も買ったりしてます。シリーズ第三作『封印作品の憂鬱』(2008年洋泉社、1500円+税、amazonbk1)読了。今回は現在進行形」の封印作品が対象。「日本テレビ版ドラえもん」、「ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団」、「みずのまこと版ハルヒ」の三本ですが、あいかわらず精力的な調査です。おもしろいなあ。すべて雑誌掲載時に読んでましたが、単行本も買ってしまったのであります。

●某月某日
 12月初めに発売されたはずなのに探しても探してもみつからない、とり・みき『ロボ道楽の逆襲』(2008年イースト・プレス、1000円+税、amazonbk1)。現在ビーケーワンでは取り扱いなし、アマゾンでも4~6日待ち。すっごく売れてるのかそれとも刷ってないのか。本日、紀伊國屋でこっそり残ってた一冊をやっとゲットしました。講談社の『冷食捜査官』1巻(2008年講談社、619円+税、amazonbk1)は平積みされてるのにねえ。

 

●某月某日
 辻惟雄『岩佐又兵衛 浮世絵をつくった男の謎』(2008年文春新書、1200円+税、amazonbk1)購入。ずっと立ち読みですましてましたけど、やっぱり手もとに持っとかなあかんやろと。

●某月某日
 団鬼六『地獄花』(2008年祥伝社、1800円+税、amazonbk1、)立ち読み。団鬼六によるひさしぶりの新作エロ小説。迷いに迷って、結局購入せず。過去に書いた自作の縮小再生産とはいいながら、著者今いくつだっけ、すごいなあ。生涯いちエロ。

●某月某日
 『パクリ・盗作スキャンダル事件史』(2008年宝島SUGOI文庫、533円+税、amazonbk1)、町山智浩『キャプテン・アメリカはなぜ死んだか 超大国の悪夢と夢』(2008年太田出版、1140円+税、amazonbk1)をネットで注文。

 

●某月某日
 百円ショップのダイソーで、ベティ・ブープのアニメDVDを200円+税で購入。このころのフライシャーはネット上でほとんど見られるのですが、やっぱり大きな画面で見てみようと。200円だし。でも画質はムチャ悪かったです。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

December 17, 2008

「COM」と「コミケ」をつなぐもの

 霜月たかなか『コミックマーケット創世記』(2008年朝日新書、700円+税、amazonbk1)読みました。

 著者は第1回から第12回までのコミックマーケット代表。いかにしてコミックマーケットが始まったか、その前史と、初期のコミケットはどのようなものだったかが、自身の個人史とともに書かれています。

 著者の世代的なものもあるのでしょうが、マンガ同人活動にはまず「COM」ありき、だったのが再確認できましたね。本書にはCOMという雑誌名がくりかえし登場してきます。

 虫プロのマンガ雑誌「COM」は1966年末に創刊されました。1971年末に実質的に終了するまでの五年間、COMは全国のマンガ同人を組織化しようという野望(?)を抱いて活動していました。

 いち雑誌の手に余る事業であり、実際それは挫折することになるのですが、その後のマンガ同人活動に大きな影響を与えました。マンガの読者であって、マンガを読む以外のなんらかの活動をしたいという人間はさらに増え、彼らはどこへ行ったらよいのか。

 その受け皿となったのが1975年に始まるコミックマーケットでした。本書は「COM」と「コミケ」をつなぐミッシングリンクを明らかにしたものです。いや勉強になりました。

 COMという上からの同人統合組織がなくなったかわりに、アマチュア同人たちが自分たちの手で同人活動の場をつくった、という形でしょうか。そしてこのあとにやって来るのが、「ネット」ということになるのかな。

 コミケットはその後どんどん巨大化していくことになります。本書の歴史的証言は、コミックマーケット準備会がつくったこの本、『コミックマーケット30'sファイル』(2005年有限会社コミケット/青林工藝舎、2000円+税、amazonbk1)と互いに補完しあう関係になります。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 15, 2008

悲しき落丁本

 わたしはいわゆるコレクターではありませんので、古書を定価以上で買ったことはほんの数回あるだけです。「今」のマンガも気になるし、古書まで集めてたらお金とスペースがいくらあっても足りなくなっちゃいますしね。

 そういうわたしが、かつてそれなりのお値段で手に入れた本。

●寺田ヒロオ編著『「漫画少年」史』(1981年湘南出版社、2400円)

Mangasyonensi_4

 寺田ヒロオがまさに命を削って編集発行した、雑誌「漫画少年」の資料集です。「漫画少年」はもちろん新人マンガ家を多く輩出した伝説のマンガ誌ですが、寺田ヒロオによるこの『「漫画少年」史』の出版を含めて、歴史の一部になってますね。

 内容は、代表作品の復刻、投稿作品の復刻、多くのひとから寄稿された「漫画少年」の思い出の文集、そして全巻の作品目録と入選投稿マンガの作者名。

 うしおそうじ『チョウチョウ交響曲』とか手塚治虫『ジャングル大帝』とか藤子不二雄の4ページマンガとか、あるいは当時の投稿マンガは見てるだけでも楽しい。文章を寄稿したヒトは多士済々、スゴイ人数になってて、これも資料性高し。

 でね、この本、ケッコウな美本でしてわたし喜んで読んでたら、あっと驚いた。なーんと、落丁本だったのですよ。

 マンガ復刻のページが、8ページにわたって真っ白け。ふにゃー、泣いた泣いた。


 いやなんでこんなことを思い出したかと言いますと、この本↓を読んでましたらね。

●辰巳ヨシヒロ『劇画漂流』上巻(2008年青林工藝舎、1600円+税、amazonbk1

 劇画の草創期を描いた自伝マンガです。「まんだらけ」の目録に連載されてましたが、ついに単行本化されました。下巻は年末に発行予定。海外での出版も決定してるそうです。

 上巻には少年時代の辰巳ヨシヒロと、兄の辰巳義興(=桜井昌一)が、「漫画少年」にマンガを投稿して入選する、というシーンが出てきます(マンガ内では勝見ヒロシと勝見興昌という名になってます)。

 で、『「漫画少年」史』では辰巳兄弟の投稿マンガが復刻されているはずなのですが、わたしの持ってる本では、その部分は見事に白紙ページなのでありました。ああ、くやしいったら。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

December 13, 2008

自虐ネタ爆裂『がんばれ!猫山先生』

 医療マンガはすでにジャンルとして確立されてますが、やはり元祖は、手塚治虫の『きりひと賛歌』と『ブラック・ジャック』でしょう。これに続く医療マンガのほとんどは、もちろん熱血でヒューマンなものばかり。

 で、そういうのとはちょっと違うのがこれ。

●茨木保『がんばれ!猫山先生』1巻(2008年医事新報社、952円+税、amazonbk1

 主人公は民間病院に勤める内科の猫山先生と、産婦人科の奈良野シカオ先生。「日本医事新報」という医療従事者向けの情報誌に連載された四コママンガです。

 読者は内輪ばっかりのはずなので、ヒューマンな医療ドラマでもなく、医療崩壊を大上段に憂えるのでもなく、あるあるネタを中心に、医師の日常をゆるい笑いをまじえて描いたマンガ。

 のはずだったのでしょうが、これが日本の医療環境の悪化とともに、自虐ネタばかりが爆裂していきます。

 産婦人科医の奈良野先生は、勤務先の病院が産科を閉めてしまうのをきっかけに、開業。ところが悪徳業者にだまされるわ、患者は集まらないわ、ライバル医院は開院するわで、経営は火の車。開業医なのに他の病院の夜間当直アルバイトをしなきゃ、やっていけない。

 奈良野先生の顔がどんどん暗くなっていくのが、ブキミです。医院の経営に協力しようとする子どもたちがケナゲ。

 いっぽう内科の猫山先生、こちらも病院の経営改善のためリストラされそうになったりして、煮つまってきます。というわけで開業を決心するのですが、ここにも悪徳業者の魔の手が。

 というところで以下続刊。たしかにムチャおもしろいのですが、ここまで自虐的なマンガもめずらしいぞ。

 どういう感じのマンガか、医療系有名ブログ、NATROM先生のところで紹介されてますので、どうぞ。

 著者は現役の婦人科開業医です。マンガ家としては1989年にヤングジャンプ増刊でデビュー。『Dr.コトー診療所』の医学監修・作画資料も担当されてるそうです。現在、医療系雑誌にマンガ連載をなんと三本も持ってる、その筋ではかなり売れっ子のセンセですね。

 著者自身が二年前に勤務医をやめて開業してますから、奈良野先生の話は実話に近いのかしら? ちょっと心配になるなあ。

 著者は医学史に関する学習マンガも描いてます。こっちもそうとうにいいデキでして、読みやすいうえにおもしろくてためになる。興味のあるかたは手にとって損はないです。

●茨木保『まんが医学の歴史』(2008年医学書院、2200円+税、amazonbk1

| | Comments (6) | TrackBack (0)

December 10, 2008

ちょっとは調べましょう

 文章を書くひとは、どうしても間違いを書いてしまうものです。かんちがい、記憶ちがい、いろいろです。ですからなんとかそれを減らそうと努力する。現代はネットが百科事典のかわりになるというたいへんありがたい時代ですから、みなさんそれを利用することが多いようです。、

 しかし世間には自分の書く文章にまったく責任を感じていないプロの「もの書き」というかたが存在します。

 唐沢俊一氏が自身の日記でこう書いています。

飛騨忍者という呼称は横山光輝が考案したものだろうか。 最初は『伊賀の影丸』の、『半蔵暗殺帳』に登場した名称であったと 思う。実際には美濃忍者、美濃流忍術使いという名称であの地域の 忍者は知られているが、美濃忍者でなく飛騨忍者という“響き”を とって採用したあたりが横山光輝のセンスかもしれない。

 えっとね、たしかに「半蔵暗殺帳」には飛騨忍者が登場しますけどね。モトネタはどう考えても山田風太郎『飛騨忍法帖』(雑誌連載は1959年)でしょう。

 こういうのはネットで調べれば一瞬でわかるはずなのですが。調べてから書くということをしないひとなのだなあ。唐沢氏がネットを検索するのは、文章をコピペするときだけのようです。

 『飛騨忍法帖』は他の忍法帖とちがい、1970年代じゃなくて1980年代になってから角川文庫化された作品で(そのときは『軍艦忍法帖』というタイトルでした)、比較的マイナー。とはいえ、唐沢俊一氏は山田風太郎ファンを自称してるのですから、読んでないほうがおかしいぞっと。

 しかし唐沢氏に限ったことではありますが、自分の文章を一瞬にして校正してくれるひとびとがネット上に多数存在するという、ケッコウな環境にいらっしゃる。いくらでもマチガイが書けてうらやましいことです。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

December 09, 2008

マンガのベストテンというのは

 『このマンガがすごい!2009』(2008年宝島社、552円+税、amazonbk1)をやっと手に入れました。

 ベストテン以外にも読ませる記事がいろいろとあって、楽しい仕上がりの本になってますね。本家の『このミステリーがすごい!』のつくりが年々ジミになってる印象なのと対照的。

 ただしマンガ周辺の状況(雑誌の創廃刊とか、売り上げとか、いろんなスキャンダルとか)をまったくスルーしてるのが、年末にでる本=ある種の年鑑としてはちょっとものたりないかな。ま、そういうことは扱わないブックガイド、というポリシーでつくられてるのでしょうけど。

 今年の個人的な興味は、すっごい売れたらしい中村光『聖☆おにいさん』と、最近評価が上昇しつつあるツジトモ/綱本将也『GIANT KILLING』が、どのあたりに食い込んでくるか、というところだったのですが、『聖☆おにいさん』がぶっちぎりの第一位とはこりゃおどろいた。昨年の『ハチワンダイバー』にもおどろきましたが、いや最近はわたしの予想外ばかりです。

*****

 しかしあれですな、毎年この季節になりますと、自分が参加してるわけじゃないけどこういうマンガの人気投票はムズカシイものだと思いますね。

 あたりまえですが、『このミステリーがすごい!』なら、対象となる作品は一年間に刊行された単行本で、すべて完結してます。ミステリーをお話の途中で評価することはありえない。そしてそれぞれの作品は翌年には投票の対象外となります。

 映画賞ならその年に公開された作品が対象。ですから年末ベストテン=その年の最も優れた作品を選ぶことになります。数年にわたる三部作、なんてのもありますが、それぞれを別作品と考えるのが慣習です。

 ところがマンガのベストテンは、連載中の作品が対象にされることがほとんど。多くの作品が数年間にわたって連載されてます。去年はおもしろかったけど今年はもうひとつで、さらに来年は盛り返した、なんてことがあるかもしれないけど、それは長編作品としての山や谷でしょう。

 ですから『ハチクロ』や『よつばと!』が、毎年ベストテンに顔を出すことになります。

*****

 だったら完結した作品だけを対象に、というわけにもいかないのですね。花咲アキラ/雁屋哲『美味しんぼ』は今年暫定的に完結しましたが、こういう大長編マンガになると、とっくに旬は過ぎている。

 たしかに名作だし大ヒットしましたが、年末のベストテン本で今、積極的には推しにくいでしょ。これは「今」を象徴するマンガではなくなってますし。

 望月峯太郎『万祝』が美しい大団円を迎えたのも今年ですが、このウェルメイドな傑作も、完結してからは票を集めないのですねえ。森恒二『ホーリーランド』も、花沢健吾『ボーイズ・オン・ザ・ラン』も、今年終わったんだよう。みんな完結後の作品には冷たい。

 さらにみなもと太郎『風雲児たち幕末編』みたいな傑作でも、いつ終わるともしれない作品となるとどの年に投票すればいいのやら。

*****

 どうもマンガのベストテンの場合、先物買いしておこうという意識がはたらいてるみたいです。

 象徴的なのが、今年のオンナ編のトップスリー。小玉ユキ『坂道のアポロン』、くらもちふさこ『駅から5分』、末次由紀『ちはやふる』、どれもぜんぶ発売されてるのが2巻まで。みんな早いよー。

 わたし自身としては、『坂道のアポロン』は期待作ではありますが、現段階なら同じ作者の『光の海』の完成度を買います。アポロンの物語は、まだ序盤なのじゃないのか。

 対して『駅から5分』はその実験的な構成がキモみたいなところがありますから、2巻までで評価してもいいかな、なんて思ったり。

 『ちはやふる』も傑作の予感がしますが、まだ高校でメンバーを集めてる段階じゃないですか。

 またこうの史代『この世界の片隅に』は、全三巻の予定で二巻までしか刊行されてません。もう少しで完結するはずなんだから、今年この作品に投票するのは、紙屋さーん、フライングだぞー。

 でも『聖☆おにいさん』はどこから読んでもいいはずのギャグマンガ。1巻だけで評価しても問題なし、みたいな。

 どの段階で推すのかは、作品にもよりますね。

******

 結局マンガの年末ベストテンは、その年の最も優れた作品を選んでるというより、選者たちによる、これをオススメしたいっ、という主張の表明なんですね。

 「賞」じゃなくてお祭りの人気投票なんだから、楽しんでいろんなマンガを教えてもらいましょう。

 ちなみのわたしの今年のベストは、これだっ。

●丸尾末広/江戸川乱歩『パノラマ島綺譚』(2008年エンターブレイン、980円+税、amazonbk1

| | Comments (5) | TrackBack (0)

December 07, 2008

ペイリン、ポルノになる

 アメリカン・ポルノ・ビデオのサイトをのぞいていたら、こんなのがベストセラー・トップになってて笑った。

Who's Nailin' Paylin?

Nailinpaylin_5

 もちろん共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリンをパロったポルノです。

 タイトルは「ペイリンとヤろうとしてるのは誰だ」ぐらいの意味でしょうか(下品でゴメン)。発売前に予告されてたタイトルは「Obama is Nailin' Palin」でした。これは「オバマがペイリンを狙ってる」という感じかな。さすがに発売されたものはオバマの名を削り、ペイリンのつづりを変えてますが、いやアメリカじゃこういうのOKなんだよなあ。

 あらすじ紹介によりますと、雪深いアラスカに住んでるペイリンの家の前で、ロシアの戦車がエンスト。家にやってきたロシア兵ふたりとペイリンがセックス。そのあといろいろあって最後には、ペイリン、ヒラリー・クリントン、ライス国務長官という女性三人がくんずほぐれつ、というもの(らしい)。

 ハスラー・ビデオの社長、ラリー・フリントがオバマを応援するために作った、なんて話が流布してますがホントかなあ。

 このビデオ、今年の10月末、まさにアメリカ大統領選挙直前に発売されたのですが、選挙が終わった最近になってもずいぶん売れてて、アメリカ人、どれだけペイリンが好きなんだ。

 もともとペイリンは副大統領候補になったときから、MILF としてその手のひとにはずいぶん人気があったそうです。MILF というのは「Mother I'd Like to Fuck」の略で、日本でいうなら熟女モノでしょうか。

 しかも彼女、メガネっ子ですから、このビデオの中のセックス・シーンでも、ずっとメガネをかけたままなのでした(らしい)。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

December 04, 2008

普通じゃない『神戸在住』

 いろいろな意味で「普通」じゃないマンガ、『神戸在住』について。

●木村紺『神戸在住』全10巻(1999年~2008年講談社、457円~514円+税、amazonbk1

 

 講談社「月刊アフタヌーン」に、1998年から2006年まで9年間にわたり長期連載されました。主人公は辰木桂(♀)、神戸にある大学に通う二年生。彼女の日常をたんたんとつづったマンガです。と思わせておいて、このマンガ、じつにたくらみにみちた、一筋縄ではいかない複雑な構造をもっています。

 真の一人称マンガというのは、主人公の視野=コマ内の場面、という表現をするものだと思います。『神戸在住』はそこまでではありませんが、準一人称マンガといえるものです。

 ほぼすべてのシーンは主人公が見聞したもの。主人公が知らないものは読者も知りません。ただし主人公の回想や伝聞の内容は、マンガ化されて読者に提示されます。

 コマ内やコマ外に主人公のモノローグが記され、主人公=一人称の語り手であり、主人公の感情や意思がマンガを支配します。ここまではそれほど珍しくないとしても、『神戸在住』ではさらに、主人公=マンガの描き手=作者、ということになっています。

 3巻20話に、サークルの部室を上から描いた絵が出てきます。ここのキャプションに、「その部室をもし上から見るとすればこんな感じだろうか」「まあなんとか雰囲気だけでも伝わればいいなと思って描いてみた」とあります。すなわち、このマンガを描いている作者=主人公であるという宣言ですね。

 主人公=語り手=作者、しかも題材が日常生活、ということになりますと、当然読者は作品内容をエッセイ、事実であるとして読もうとしてしまいますが、ここがまず罠。もちろん作品はフィクションです。

 通常のエッセイマンガなら、描かれた内容が過去のものだとしても、それを描いている作者の時間は現在のはず。ところがフィクションである『神戸在住』ではこのあたり自由自在。さらに雑誌連載が進むにつれ、現実とマンガ内を流れる時間がどんどんずれて、複雑なことになってきます。

 マンガに描かれているのは大学二年生である彼女が卒業するまでの三年間です。マンガ内の時間経過は1998年から2001年春まで。

 連載当初は、雑誌が発売される現実世界が1998年、マンガ内も1998年で、同じ時間が流れていました。ところが1巻で過去の回想部分などが描かれた結果、2巻の最初ですでに現実時間は1999年の夏、マンガ内では1998年の夏と、一年のずれができてしまいました。

 この傾向はさらに進み、10巻の最終話が描かれたのが2006年春。マンガ内では2001年春ですから、ここで五年のずれ。

 本来意図されていなかったであろうこのずれは、作品に思わぬ効果を与えることになりました。

*****

 『神戸在住』のテーマのひとつに、震災があります。物語は1998年の神戸が舞台です。阪神淡路大震災は1995年のことですから、まだ三年しかたっていません。しかも主人公が住んでいるのが被害の大きかった長田区。

 連載一回目から、登場人物が震災の体験を語るシーンが登場します。

 第1巻後半では、多くのページをさいて本格的に震災と避難所の生活が描かれました。さらにこの避難所での同じエピソードが、第3巻で別の登場人物の視点から語り直されるというおもしろい構成をとっています。

 すでに過去のものとなった事件をくりかえし回想するというこの手法は、当事者たちの心の動きだけでなく、語り手の感想やそれを聞く人間(主人公)の思いまでもが含まれ、登場人物の感情を重層的に表現することが可能となりました。

 この回想手法を別のやり方で展開したのが、『神戸在住』の後半で描かれる、主人公の友人、日向氏の死のエピソードです。

 6巻52話にこういうキャプションが書かれました。「日向さんの訃報が届いたのはまだ冬もおだやかな頃だった。これはその一月ほど前の出来事」 1999年の冬に日向氏が亡くなったことが読者に示されます。

 穏やかな文章の調子から、作者は友人の死の衝撃からすでに立ち直っていることが推測できます。作者がこの回を書いたのは日向氏の死からかなり時間がたっていることがわかります。実際にマンガが描かれた現実時間は2003年です。

 しかし、このあとに描かれるべきはずの日向氏が亡くなるエピソードそのものは、いつまでたっても描かれません。

 その時期と話題をさけて、大学祭や進級など、前後のお話が続くばかりです。そして連載では10か月後になってやっと、連載三回を費やして、日向氏の死と主人公の悲しみ、そしてその克服が描かれることになります。

 このエピソードの描写でも、現在の主人公=作者が日向氏の死を回想する形がとられています。主人公は食事も食べられないくらい落ち込みますが、彼の死を乗り越えて生きることができるようになります。

 ここにいたって、読者は10か月の空白の意味を考えてしまいます。つまり、作者がこのエピソードを描けるようになるまで、これだけの時間がかかったのだ。主人公=作者自身なのだから、作者は日向氏の死を克服するのに10か月を要したのだ、と。

 しかし、そんなはずはありません。これはフィクションです。作者は主人公でもないはずです。マンガ内で日向氏が亡くなったのは1999年で、マンガが描かれた現実時間はそれからずいぶん経過した2004年なのです。

 マンガ内で日向氏が初めて登場したのは1998年。現実にこれが描かれたのも1998年。すべてが完結した今から見ると、初めから彼には不幸なラストが用意されていたように思えるのです。

 すべては作者が最初から周到に計画した仕掛けです。

*****

 『神戸在住』は、現実時間とマンガ内時間が同じ、という設定で連載が始まったマンガですが、しだいにその時間はずれていきました。そのため、エピソードを時系列に語るエッセイ型マンガから脱することにできました。作者はエピソードを語る順を変更することで、読者の感情を自在にあやつることが可能になりました。

 これ以外にも『神戸在住』には、伏線はりまくって、さらにそれを回収しまくる、といったテクニックが縦横に使われています。その破綻のなさは、まさに驚くべきもの(林浩くんの学年設定がちょっと気になりますが)。

 抒情マンガと読むのも可、神戸観光案内と読むのも可、震災マンガと読むのも可。ただしそれだけではない、仕掛けをいっぱいはりめぐらせたちょっと腹黒い(←誉めてます)マンガなのであります。


(注:わたしが考える作中の年代推定は、Wikipedia『神戸在住』の項のそれとは違ってます)

| | Comments (3) | TrackBack (0)

December 01, 2008

わたしもけっこういい歳ですが

 ちょっと話題になった記事↓

いい歳して漫画読んでるなんて、恥ずかしくない?

 わたしは少女マンガもエロマンガもふつうに書店で買ってますから、書店員さんとか知り合いじゃない世間のヒトに対してはこういう感覚はないっす。もちろん家族や友人はわたしの正体を知ってますので、これも別に。

 微妙なのが職場や取引関係のもろもろのかたがたでして、マンガの内容よりも、いろんな新刊単行本を10冊ぐらいイッキ買いしてるところはちょと見られたくないかもしれない。3冊ぐらいならOKかな。

 まあ誰かも言ってましたが、今から三十年ぐらいたちますと、老人になってもマンガ、アニメ、ゲームから離れられないのがアタリマエになってしまい、老人ホームで「今度のドラクエのできはもうひとつ」とか「今秋始まったあのアニメ、早くも作画崩壊」なんて話題に花が咲いたりしてるはずです。

 「鈴木さんところのおじいちゃん、あのお歳でまだマンガお読みになってるんですって。お若いこと」なんてね。

 もしそういう将来が来ないとしても、あなたが今の趣味をひたすら続けて、70歳になっても80歳になってもマンガを買い続けていれば、それはそれで勇者か仙人のごとくあがめられる日がくる、かもしれませんので、その日をひたすら待ちましょう。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

« November 2008 | Main | January 2009 »