« 脚気衝心のはなし | Main | 身近な自然『トーキョー博物誌』 »

October 22, 2008

マンガ創作の教科書『マンガの創り方』

 マンガの描き方についての本はいっぱいありますが、多くは「絵」について書かれたものです。じゃあお話のほうはどう作ればいいんだ、演出はどうすればいいんだ、といってもこれが難しいところ。創作系の専門学校や大学に行かず、あるいは師匠にもつかずに独学するには、今回出版されたこの本こそベストの教科書でしょう。

●山本おさむ『マンガの創り方 誰も教えなかったプロのストーリーづくり』(2008年双葉社、3800円+税、amazonbk1

 著者はもちろん『遙かなる甲子園』などで有名な現役マンガ家。本書が想定する読者は、新人賞で大賞や佳作を取り、担当編集者がついて、さあネームを見せて、と言われるデビュー前後のひとたちです。

 ところがここでたいていのひとがつまづくそうです。ネームを練るという行為が、どういうことかよくわからない。

 しかも、そのネームを見せる編集者はプロの読者ではあっても、

打ち合わせのとき、担当編集者が言うのは、第一読者としての感想、印象批評などであり、具体的なところまで指摘して、それが正しいということはまずありません。

そもそも編集者はマンガ作りのプロではありません。具体的に、ここが悪いからこうしたら良くなる。このコマがだめだからこのコマを削って、そのかわりこのコマをこう描いてとかいったことは絶対言えません。言ってきたとしても、大体は的外れです。

ネーム直しをきちんとしないまま欠点や穴の多いネームを編集者に持って行くと、そこを見つけられ、指摘されて、話し合っているうちに空中分解して、創作の迷路に入り込んでしまうことになります。

 たよりになるのは自分だけ。そのための道筋を示してくれるのが本書です。

 構成は以下のとおり。

●第一部『ストーリー作りを始める』-「動機」(モチーフ)・「発想」(アイデア)から筋(プロット)へ
●第二部『ストーリーを組み立てる』-プロットを「箱書き」にして全体の構成を見る
●第三部『ネーム(シナリオ)を作る』-「箱書き」を具体的な場面に仕立てあげていく
●第四部『ネームを推敲する』-第一稿を練り上げて完成稿を作る

 第一部から第三部までは、サンプルとして高橋留美子『Pの悲劇』と著者の自作『UFOを見た日』というふたつの短編が取りあげられ、あれこれこまかく分析されます。

 この選択がいいです。高橋留美子は誰もが認める短編の名手ですから、その作品がよくできているのはアタリマエ。もうひとつの著者による「UFOを見た日」は、30年前に描かれた、まあ若描きの作品です。

 はっきり言いましてこちらはあまりおもしろくないし、とりたててデキがいい作品でもありません。しかしその作品が、どれだけ頭を絞っていろんな選択肢の中から作られているか。この制作過程を知ることは、それだけでも興味深いところです。

 本書では、大きなところでは「箱書き」という映画・演劇シナリオで使用される方法を採用/推奨しています。またストーリーラインでは起承転結の「承」こそもっとも大切であるとされ、こまかくは上昇には下降、フリにはオチ、秘密は必ずばれなければいけない、などの指摘もあります。一部整理されていないところもありますが、とりあげれられる内容はきわめて多岐にわたっていて、どれもこれも有用。

 本書でもっともおもしろいのは第四部です。ここで著者は自作のネーム第一稿をいかに推敲したかを見せてくれます。セリフや動作を削ってページ数を圧縮し、演出を変更していかに効果的な場面にするか。

 たとえば、主人公(♂)が恋人の父親に結婚の許しを請いに行き、追い返されるシーン。ふたりとも立ったままの会話では間が持たない。ネーム第一稿では、資材置き場で父親がガラクタをかたづけながらの会話となりました。しかしやっぱり地味なので、決定稿では、ガラクタを燃やしながらの会話に変更されました。これはお見事。炎が父親の怒りをあらわす内面描写にもなっているのです。

 このようにすべてに具体例を挙げ、その理由もこんこんと解説してくれる実用書です。著者が後進のために全力で書いた本。読むひとによっては宝物になるのではないでしょうか。

 価格はちょっと高いのですが、じつにすばらしい本でした。

|

« 脚気衝心のはなし | Main | 身近な自然『トーキョー博物誌』 »

Comments

セリフをけずり描写をけずり動作を変更して、しかも定められたページ数にぴったりおさめるというネームの推敲は、文章の推敲よりかなり高度なことをしてるんだなあと、本書であらためて感じました。

Posted by: 漫棚通信 | October 23, 2008 11:17 PM

大変、スタンダードで、素晴らしい本なんですが、
現実の問題として、いま、専門学校に来ている
若者に、これを見せても、関心を持たない!!

ここが、一番の問題かな~~~って、ぼくの
場合は思っちゃうんですよ。

ですから、講義では、これを読みつつ
アレンジして、こうやるといいよ!って
「説得」してます。

講義が説得じゃダメなのは分かるが
そう、なってしまう。
彼らは(体験も無い)ので、
ここまで書いてあっても、実感が
湧かないのです。

ネームを厳しく、編集さんから
直せなおせ~と、やられてこないと…。

Posted by: 長谷邦夫 | October 23, 2008 09:23 PM

×実験的作品は覗いて
○実験的作品を除いて

いかんなあ・・・・

Posted by: トロ~ロ | October 23, 2008 10:31 AM

絵心なき私が漫画を読むとき、いつも感心してしまうのが、コマ割りとネーム。
これはちょっとできないよな~と感じております。

普通の文章は上から下+右から左ですが、印象的には1次元、いわゆるリニア(直線)の世界ですね(実験的作品は覗いて)。
けれども漫画は2次元+頁をめくるという時系列効果の3次元。
小説などでは頁をめくることを意識して書かれることはほとんど無く挿絵の効果くらい。これはむしろ編集の作業です。

吾妻ひでお氏「失踪日記」後半で、若い頃の執筆の日々が描かれていますが、喫茶店でのネーム切りのとき、スケッチブックに一気に描いて指定ページにぴったり収まる。というのに驚嘆しました。

頭脳の使い方を覗いてみたくなります。

Posted by: トロ~ロ | October 23, 2008 10:30 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference マンガ創作の教科書『マンガの創り方』:

« 脚気衝心のはなし | Main | 身近な自然『トーキョー博物誌』 »