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October 19, 2008

脚気衝心のはなし

 マンガとはまったく関係ない話ですが。

 江戸時代、将軍や上流階級のひとが若くして死ぬと、たいてい「脚気衝心(かっけしょうしん)」だと言われました。本日NHKで放映された「篤姫」でも徳川家茂が若年で死んでましたが、彼も脚気衝心だった、ということになってますね。

 脚気はかつて日本の国民病と呼ばれました。明治時代の日本軍で陸軍や海軍を巻き込んで、白米やら麦飯やらの論争があったのはご存じのかたもいるでしょう。その後、脚気の原因はビタミンB1欠乏症であることが明らかとなりました。江戸時代の将軍は麦飯や玄米も食べませんから、ビタミンB1欠乏で脚気になったと考えられてます。

 戦後まもなく以後、日本でも脚気が発症するのは単発例のみとなりました。一時期、カップラーメンが脚気の原因と非難された時代もありましたが、現在ではカップラーメンにはビタミンB1が添加されています。

 今では脚気そのものは血中のビタミンB1を測定すれば簡単に診断できます。それ以前に普通の食生活を送っていれば、脚気にはなりません。

 脚気の撲滅はたいへんけっこうなことではあるのですが、困ったことに脚気という病気が現代的医学診断が進歩する前にほとんど根絶してしまったので、現代では「脚気衝心」がかえって診断しづらい病気となってしまいました。

 「脚気衝心」とは、脚気によってひきおこされる心不全のことをいいます。現代では心不全がおこると、心エコー検査や冠動脈造影検査がなされますが、脚気が流行していた時代、そんな検査は存在しませんでした。

 そして検査が発達した現在、脚気は逆にめったにない病気です。だもんで、現代の医師のほとんどは、脚気衝心がどんなものかを知りません。

 脚気はかつて、いーーっぱい存在した病気なのに、むしろ現代ではどのような病気なのか、よくわからなくなってしまいました。現代的な検査がおこなわれるようになってからの脚気の少ない知見を総合しますと、心不全発症以前の脚気衝心では、左心室の壁が厚くなっているそうです。

 左心室の壁肥大は、一般的には高血圧性心臓病や大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症によっておこりますが、脚気というのは検査するひとの頭にはあまりないのでしょうねえ。ですから他の病気として見過ごされることが多くなってるのかもしれません。

 そして脚気衝心では、心拍出量が低下しない高拍出性の心不全をおこすと言われてますが、そういう例もあるというだけで脚気衝心そのものの病態はよくわかっていないのが本当です。だって単発例を診断したひとがいるだけで、専門家がいないのですから。

 というわけで医学の進んだ現在でも、古い病気にもかかわらずエアポケットのようによくわからない病気というのが存在するのだ、というお話であります。文献で語られている過去の病気を現代の眼から診断しようとすると、いっぱいマチガイが出てきそうです。

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Comments

コメントありがとうございます。おっしゃるとおり、現代でも脚気やビタミン不足によるいろんな病気が生き残ってます。これは新しい「貧困」、アルコール依存、老齢者介護など、現代の社会問題と強く関連していると思われます。たださすがに「衝心」までいたるような例は少なくなってるでしょうし、もしあったとしても医療現場で見過ごされてはいないと信じたいところです。

Posted by: 漫棚通信 | October 24, 2008 01:29 PM

いつも大変面白く読ませていただいています。少し気になった点がありましたので、漫画読みではなく医師の視点からコメントします。
脚気は根絶されてしまった過去の病気ではなく、現代でもしばしば見かける病気です。過去のような食糧難の時代ではありませんが、原因はビタミンB1欠乏による栄養障害性の多発神経炎(手足のしびれを生じる末梢神経障害)ですので、アルコール中毒の方などには今でもよく見かけます。また胃の切除手術後何年も経てから発症する方もいます。脚気衝心も頻度は少ないのですが、現代でも存在する病気です。神経内科や循環器内科の専門家であっても、思いつかないと診断しづらいかもしれません。ちなみにビタミンB1欠乏は、脳障害(ウェルニッケ脳症、コルサコフ症候群)も引き起こすことが知られています。
「古い病気にもかかわらずエアポケットのようによくわからない病気」ではなくて、昔に脚気や脚気衝心と診断されたものの中には、よく似た症状の病気は現代医学の眼から見ると数多くあるため、様々な病気が混在しているため過去の文献には注意が必要です。

Posted by: けろ | October 24, 2008 01:38 AM

いつも楽しみに拝見しています。『20世紀少年』映画化では漫棚さんご指摘の矛盾点はスケッチブックをちぎることで解決してありましたね。
ちょうど『-JIN-仁』の11巻と12巻をまとめ読みしておりました。川越藩主の奥方様が脚気衝心でなくてよかったです。
南方先生が大川に投げ込んだものの中にポケットベルがありましたが、連載始まったときはまだ前世紀だったんだ、
南方先生、現代に戻ってきても結構浦島太郎かも。

Posted by: ありのみ | October 21, 2008 08:21 PM

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