トキワ荘を妄想する『ビアティチュード』
「マンガを描く」ことを題材にしたマンガ、これがずいぶん増えてきて、ちょっとしたブームみたいな感があります。純フィクション、自伝風フィクション、日常エッセイなど、形態はさまざま。描き方もまさに熱血剛速球だったり、さらっと変化球で逃げてみたり、いろいろです。
でもって、これは頭部を狙って投げたビーンボールみたいな作品。
●やまだないと『ビアティチュード』1巻(2008年講談社、619円+税、amazon、
bk1)
最初に雑誌で読んだときは、びっくりしました。うわぁ、トキワ荘ネタでBLするつもりなのか? こんな手があったか。
1955年、東京。かつてテヅカ先生が住んだこともあるというアパート、トキオ荘に、新進マンガ家、アフロヘアで18歳の花森ショータローが引っ越してきます。それを手伝うのが親友の美少年、クボヅカフジヲ。
トキオ荘には新人マンガ家たちが多く集まり、「漫画梁山泊」を名のっています。もちろん現実のトキワ荘グループと対応した人物がいろいろと登場します。藤子A先生の『まんが道』は基本ですから読んでおいたほうがいいです。
というわけで、トキワ荘をモデルにした、妄想爆裂の作品。BL風味もちょっとだけあり。やまだないとの、あのぬめっとした絵柄で描かれると、なんともこれ、いろっぽいトキワ荘だなあ。
藤竜也似のテラさんは、近所のラーメン屋ならぬ居酒屋の「青葉」に通い、そこの篠ひろ子似のママと何やらいい感じ(TVドラマ「時間ですよ」ですな)。そこには流しの歌手がいて、「夜空ノムコウ」や遠藤賢司の「カレーライス」なんかを歌っている。著者による妄想は時間も超越します。
グループ内紅一点の水島ユミ子は短髪、パンツルックで自分のことを「ボク」と呼ぶ美少女。本作のヒロイン(?)でショーターローは彼女のことを意識せざるをえません。うーん甘酸っぱい。
いちばん謎めいているのがフジヲ。ショータローに献身的につくしていて、二人の間にはアヤシゲな雰囲気もただよっています。彼は一時、ショータローの部屋の押し入れで寝起きしていたのですが、そこには、ヘンリー・ダーガーのごとき幼女イラストが多数残されています。
やまだないとが描くところのショータローのマンガ(もちろん石森タッチ)がいい感じ。初期石森はなまめかしいなあ。
ただ個人的にもっともウケたのは、このマンガ内でのテヅカ先生が描いた自画像でありました。
題材が歴史上の事実とはいえすでに当事者たちによって多数の作品が描かれてますから、二次創作みたいなマンガではあります。でも妄想力と料理のしかたでもって、ここまで作品として昇華させてくれればオッケーでしょう。
「ビアティチュード beatitude」とは「至福」。宗教的匂いのある言葉ですから、マンガの神話時代を描くのには、ふさわしいタイトルではないかと。
Comments
関係者の方は複雑な感想を持たれるマンガでしょうね。ただ鴎外や漱石が主人公のフィクションもあるわけですし、トキワ荘も歴史の一部になってきたんだろうと理解してます。
Posted by: 漫棚通信 | November 01, 2008 09:09 AM
やっとまとまったんですね。
事実をかなり知るぼくとしても
面白いです。
でも、久し振りに先週買った
雑誌でみたら、これはもう
分からなかった~というか
お役目は済んだのかな~~
と、感じたんですが。
お若い読者は、また別の感じを
抱くんでしょうね。当然ですが…
Posted by: 長谷邦夫 | October 31, 2008 08:54 PM