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October 31, 2008

トキワ荘を妄想する『ビアティチュード』

 「マンガを描く」ことを題材にしたマンガ、これがずいぶん増えてきて、ちょっとしたブームみたいな感があります。純フィクション、自伝風フィクション、日常エッセイなど、形態はさまざま。描き方もまさに熱血剛速球だったり、さらっと変化球で逃げてみたり、いろいろです。

 でもって、これは頭部を狙って投げたビーンボールみたいな作品。

●やまだないと『ビアティチュード』1巻(2008年講談社、619円+税、amazonbk1

 最初に雑誌で読んだときは、びっくりしました。うわぁ、トキワ荘ネタでBLするつもりなのか? こんな手があったか。

 1955年、東京。かつてテヅカ先生が住んだこともあるというアパート、トキオ荘に、新進マンガ家、アフロヘアで18歳の花森ショータローが引っ越してきます。それを手伝うのが親友の美少年、クボヅカフジヲ。

 トキオ荘には新人マンガ家たちが多く集まり、「漫画梁山泊」を名のっています。もちろん現実のトキワ荘グループと対応した人物がいろいろと登場します。藤子A先生の『まんが道』は基本ですから読んでおいたほうがいいです。

 というわけで、トキワ荘をモデルにした、妄想爆裂の作品。BL風味もちょっとだけあり。やまだないとの、あのぬめっとした絵柄で描かれると、なんともこれ、いろっぽいトキワ荘だなあ。

 藤竜也似のテラさんは、近所のラーメン屋ならぬ居酒屋の「青葉」に通い、そこの篠ひろ子似のママと何やらいい感じ(TVドラマ「時間ですよ」ですな)。そこには流しの歌手がいて、「夜空ノムコウ」や遠藤賢司の「カレーライス」なんかを歌っている。著者による妄想は時間も超越します。

 グループ内紅一点の水島ユミ子は短髪、パンツルックで自分のことを「ボク」と呼ぶ美少女。本作のヒロイン(?)でショーターローは彼女のことを意識せざるをえません。うーん甘酸っぱい。

 いちばん謎めいているのがフジヲ。ショータローに献身的につくしていて、二人の間にはアヤシゲな雰囲気もただよっています。彼は一時、ショータローの部屋の押し入れで寝起きしていたのですが、そこには、ヘンリー・ダーガーのごとき幼女イラストが多数残されています。

 やまだないとが描くところのショータローのマンガ(もちろん石森タッチ)がいい感じ。初期石森はなまめかしいなあ。

 ただ個人的にもっともウケたのは、このマンガ内でのテヅカ先生が描いた自画像でありました。

 題材が歴史上の事実とはいえすでに当事者たちによって多数の作品が描かれてますから、二次創作みたいなマンガではあります。でも妄想力と料理のしかたでもって、ここまで作品として昇華させてくれればオッケーでしょう。

 「ビアティチュード beatitude」とは「至福」。宗教的匂いのある言葉ですから、マンガの神話時代を描くのには、ふさわしいタイトルではないかと。

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October 28, 2008

『新宝島』復刻!

 日本マンガ史上、最大の封印作品、手塚治虫/酒井七馬『新宝島』が復刻されることになりました。

手塚治虫の「新宝島」62年ぶり復刻へ(読売新聞)

手塚治虫の「新宝島」オリジナル版、62年ぶり復刻へ(朝日新聞)

手塚治虫さんの出世漫画復刻へ 「新宝島」62年ぶり(47NEWS)

 長らく封印されていた原因のひとつは、もちろん生前の手塚自身が刊行を望んでいなかったから。もひとつは、酒井七馬が没したのち、その権利関係がはっきりしなかったからです。

 しかし、日本戦後マンガの出発点といわれるこの作品がいつまでも読めないことは、日本、もっといえば世界にとっても不幸なことでした。

 そこへ、中野晴行著『謎のマンガ家・酒井七馬伝』(2007年筑摩書房)刊行のおかげで復刊に向けての道が整い、今回の手塚プロダクションの英断になったのでしょう。関係者みなさんの努力のたまものだと思います。

 これでイレギュラーなブツをこっそり持ってるひとたちも、きちんとした形のものを入手できることになりました。いやどうも、ありがとうございます。

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October 25, 2008

身近な自然『トーキョー博物誌』

 でもって、前項のようなフィクションマンガの推敲とは別の作業を必要とするであろう、学習マンガ系。

 知識を伝えるという意味では、『美味しんぼ』や『ドラゴン桜』も作品内で先生役が生徒役にものを教えますから広義の学習マンガなんでしょうが、さらにストーリー性を排除しますと、作品内キャラクターが読者に話しかけるタイプになります。

●日高トモキチ『トーキョー博物誌 東京動物観察帳』1巻(2008年産経新聞出版、900円+税、amazonbk1

 今はなき「コミックガンボ」に連載された作品。ガンボコミックス版『トーキョー博物誌』1巻は2007年11月に発売されましたが、2007年12月には発行元のデジマが倒産しましたから、あっというまに書店から消えちゃいました。今回は産経新聞出版から発売。産経コミックではガンボ連載の『ステージガールズ』も新装刊する予定になってます。

 ガンボといえば、すがや先生の『サラリーマントレーダーあらし』もありましたね。こっちは今もネットで読めます。

 さて『トーキョー博物誌』ですが、これがたいへん楽しい。ほんとは「動物」観察帳じゃなくて「動植物」が対象です。東京周辺で見られる、いろんな動植物の生態を紹介するマンガ。

 作者とおぼしき男性と、助手(?)のかわいいおねーちゃんが読者のほうを向いて、いろいろと解説してくれます。彼らが存在する時空は、過去だったり現在だったり場所も含めて自由自在。

 このマンガのどこがいいかといいますと、まず何つっても題材がいい。動植物といっても身近な自然であります。

 トンボやセミ、カナブンやカブトムシだけじゃなくて、クラゲ、カマキリ、ドブネズミまで。アサガオ、ヒガンバナ、イチョウなんかもあります。

 著者がこういう動植物の観察が好きでたまらない、というのが強く伝わってきて、こちらもそのあたりをよく見てみようか、という気分になっちゃいますね。意外というか、エコロ風味をあまり感じさせないところもいい感じ。

 あとはプレゼンテーションの芸。男女が漫才のようなやりとり(夫婦漫才のたいていがそうであるように女性がツッコミ役)をしながら解説してくれます。これがけっこう笑えて、こういうのはセンスがあるとしかいいようがありませんな。

 ウンチクもいっぱいあって、実用性も十分。

 連載一回分が6ページの作品にもかかわらず、それぞれの内容は濃くておなかいっぱい堪能できます。

 今回発売された『トーキョー博物誌』収録作品は、ガンボコミックス版の作品とはダブってません。著者のサイトによりますと、2巻はガンボコミックス収録作品+描き下ろしを加えて発売予定だそうです。楽しみに待ちましょう。

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October 22, 2008

マンガ創作の教科書『マンガの創り方』

 マンガの描き方についての本はいっぱいありますが、多くは「絵」について書かれたものです。じゃあお話のほうはどう作ればいいんだ、演出はどうすればいいんだ、といってもこれが難しいところ。創作系の専門学校や大学に行かず、あるいは師匠にもつかずに独学するには、今回出版されたこの本こそベストの教科書でしょう。

●山本おさむ『マンガの創り方 誰も教えなかったプロのストーリーづくり』(2008年双葉社、3800円+税、amazonbk1

 著者はもちろん『遙かなる甲子園』などで有名な現役マンガ家。本書が想定する読者は、新人賞で大賞や佳作を取り、担当編集者がついて、さあネームを見せて、と言われるデビュー前後のひとたちです。

 ところがここでたいていのひとがつまづくそうです。ネームを練るという行為が、どういうことかよくわからない。

 しかも、そのネームを見せる編集者はプロの読者ではあっても、

打ち合わせのとき、担当編集者が言うのは、第一読者としての感想、印象批評などであり、具体的なところまで指摘して、それが正しいということはまずありません。

そもそも編集者はマンガ作りのプロではありません。具体的に、ここが悪いからこうしたら良くなる。このコマがだめだからこのコマを削って、そのかわりこのコマをこう描いてとかいったことは絶対言えません。言ってきたとしても、大体は的外れです。

ネーム直しをきちんとしないまま欠点や穴の多いネームを編集者に持って行くと、そこを見つけられ、指摘されて、話し合っているうちに空中分解して、創作の迷路に入り込んでしまうことになります。

 たよりになるのは自分だけ。そのための道筋を示してくれるのが本書です。

 構成は以下のとおり。

●第一部『ストーリー作りを始める』-「動機」(モチーフ)・「発想」(アイデア)から筋(プロット)へ
●第二部『ストーリーを組み立てる』-プロットを「箱書き」にして全体の構成を見る
●第三部『ネーム(シナリオ)を作る』-「箱書き」を具体的な場面に仕立てあげていく
●第四部『ネームを推敲する』-第一稿を練り上げて完成稿を作る

 第一部から第三部までは、サンプルとして高橋留美子『Pの悲劇』と著者の自作『UFOを見た日』というふたつの短編が取りあげられ、あれこれこまかく分析されます。

 この選択がいいです。高橋留美子は誰もが認める短編の名手ですから、その作品がよくできているのはアタリマエ。もうひとつの著者による「UFOを見た日」は、30年前に描かれた、まあ若描きの作品です。

 はっきり言いましてこちらはあまりおもしろくないし、とりたててデキがいい作品でもありません。しかしその作品が、どれだけ頭を絞っていろんな選択肢の中から作られているか。この制作過程を知ることは、それだけでも興味深いところです。

 本書では、大きなところでは「箱書き」という映画・演劇シナリオで使用される方法を採用/推奨しています。またストーリーラインでは起承転結の「承」こそもっとも大切であるとされ、こまかくは上昇には下降、フリにはオチ、秘密は必ずばれなければいけない、などの指摘もあります。一部整理されていないところもありますが、とりあげれられる内容はきわめて多岐にわたっていて、どれもこれも有用。

 本書でもっともおもしろいのは第四部です。ここで著者は自作のネーム第一稿をいかに推敲したかを見せてくれます。セリフや動作を削ってページ数を圧縮し、演出を変更していかに効果的な場面にするか。

 たとえば、主人公(♂)が恋人の父親に結婚の許しを請いに行き、追い返されるシーン。ふたりとも立ったままの会話では間が持たない。ネーム第一稿では、資材置き場で父親がガラクタをかたづけながらの会話となりました。しかしやっぱり地味なので、決定稿では、ガラクタを燃やしながらの会話に変更されました。これはお見事。炎が父親の怒りをあらわす内面描写にもなっているのです。

 このようにすべてに具体例を挙げ、その理由もこんこんと解説してくれる実用書です。著者が後進のために全力で書いた本。読むひとによっては宝物になるのではないでしょうか。

 価格はちょっと高いのですが、じつにすばらしい本でした。

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October 19, 2008

脚気衝心のはなし

 マンガとはまったく関係ない話ですが。

 江戸時代、将軍や上流階級のひとが若くして死ぬと、たいてい「脚気衝心(かっけしょうしん)」だと言われました。本日NHKで放映された「篤姫」でも徳川家茂が若年で死んでましたが、彼も脚気衝心だった、ということになってますね。

 脚気はかつて日本の国民病と呼ばれました。明治時代の日本軍で陸軍や海軍を巻き込んで、白米やら麦飯やらの論争があったのはご存じのかたもいるでしょう。その後、脚気の原因はビタミンB1欠乏症であることが明らかとなりました。江戸時代の将軍は麦飯や玄米も食べませんから、ビタミンB1欠乏で脚気になったと考えられてます。

 戦後まもなく以後、日本でも脚気が発症するのは単発例のみとなりました。一時期、カップラーメンが脚気の原因と非難された時代もありましたが、現在ではカップラーメンにはビタミンB1が添加されています。

 今では脚気そのものは血中のビタミンB1を測定すれば簡単に診断できます。それ以前に普通の食生活を送っていれば、脚気にはなりません。

 脚気の撲滅はたいへんけっこうなことではあるのですが、困ったことに脚気という病気が現代的医学診断が進歩する前にほとんど根絶してしまったので、現代では「脚気衝心」がかえって診断しづらい病気となってしまいました。

 「脚気衝心」とは、脚気によってひきおこされる心不全のことをいいます。現代では心不全がおこると、心エコー検査や冠動脈造影検査がなされますが、脚気が流行していた時代、そんな検査は存在しませんでした。

 そして検査が発達した現在、脚気は逆にめったにない病気です。だもんで、現代の医師のほとんどは、脚気衝心がどんなものかを知りません。

 脚気はかつて、いーーっぱい存在した病気なのに、むしろ現代ではどのような病気なのか、よくわからなくなってしまいました。現代的な検査がおこなわれるようになってからの脚気の少ない知見を総合しますと、心不全発症以前の脚気衝心では、左心室の壁が厚くなっているそうです。

 左心室の壁肥大は、一般的には高血圧性心臓病や大動脈弁狭窄症、肥大型心筋症によっておこりますが、脚気というのは検査するひとの頭にはあまりないのでしょうねえ。ですから他の病気として見過ごされることが多くなってるのかもしれません。

 そして脚気衝心では、心拍出量が低下しない高拍出性の心不全をおこすと言われてますが、そういう例もあるというだけで脚気衝心そのものの病態はよくわかっていないのが本当です。だって単発例を診断したひとがいるだけで、専門家がいないのですから。

 というわけで医学の進んだ現在でも、古い病気にもかかわらずエアポケットのようによくわからない病気というのが存在するのだ、というお話であります。文献で語られている過去の病気を現代の眼から診断しようとすると、いっぱいマチガイが出てきそうです。

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October 17, 2008

ピアノの上

 ウチには書庫なんてものが一応あるのですが、最近は、読んだマンガ、今読んでるマンガ、これから読むマンガをとりあえず、居間のピアノの上に積み上げてる状態です。ずいぶん見苦しいのでさっさとかたづけろといつも怒られてますが、なんせ書庫のほうも足の踏み場というものが。しかも書庫は台所の隣にあるものですから、いつのまにやら一部パントリー化しつつあって、非常用ミネラルウォーターの貯蔵はしょうがないとしても、先日はずいぶん味噌くさかった。味噌くさい書庫というのは、どうよ。

 で今、ピアノの上にある本とか雑誌はこんな感じ。おっさんはどういうマンガを読んでおるのか。新旧とりまぜて。

●吉田秋生『海街diary 2 真昼の月』(2008年小学館、505円+税、amazonbk1):傑作。

●谷川史子『おひとり様物語』1巻(2008年講談社、667円+税、amazonbk1

●谷川史子『くらしのいずみ』(2008年少年画報社、543円+税、amazonbk1):買ったまま積ん読だったので、この際。

●羽柴麻央『イロドリミドリ』(2008年集英社、400円+税、amazonbk1):紙屋研究所さんが誉めてたので。

●内田春菊『ON-DAN-BATAKE 』1巻(2008年双葉社、1143円+税、amazonbk1

●施川ユウキ『12月生まれの少年』1巻(2008年竹書房、648円+税、amazonbk1):これはずいぶん詩的な。施川ユウキはわが家では一番人気。

●吉田戦車『スポーツポン』2巻(2008年小学館、667円+税、amazonbk1):吉田戦車は読み続けるよなあ。

●くらもちふさこ『駅から5分』1巻と2巻(2007年と2008年集英社、400円+税と419円+税、amazonbk1):技巧的なお話ですから、2巻読む前に1巻を読み直し。あれ、2巻が値上げされてる。

●柏原麻実『宙のまにまに』5巻(2008年講談社、533円+税、amazonbk1

●山本おさむ『マンガの創り方 誰も教えなかったプロのストーリーづくり』(2008年双葉社、3800円+税、amazonbk1):半分まで読みました。

●ディエリ・グルンステン『線が顔になるとき バンドデシネとグラフィックアート』(2008年人文書院、古永真一訳、3200円+税、amazonbk1):まだ読んでません。

●「ビッグコミック」2008年10月25日号:「中春こまわり君」が掲載されるときだけ買ってます。あちゃー、あべ先生、こんなになっちゃってるよ。

●「Fellows! 」創刊号(2008年エンターブレイン、680円+税、amazonbk1

●町山智浩『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(2008年文藝春秋、1000円+税、amazonbk1):マンガじゃないけど。

●清水玲子『秘密 トップ・シークレット』1巻(2001年白泉社、676円+税、amazonbk1):これから読みます。

●『コミック星新一 ショートショート招待席』(2008年秋田文庫、562円+税、amazonbk1):全二巻から作品がセレクトされ文庫化されました。あの、志村貴子「生活維持省」も収録。

●「ユリイカ 総特集杉浦日向子」(2008年青土社、1238円+税、amazonbk1):ファンです。「ガロ」でのデビューから読んでました。

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October 15, 2008

少年探偵のこと

 「少年探偵」。うーん、かっこいい響きです。

 金田一やコナンは少年探偵ヒーローですし、『デスノート』のL は年齢的に迷うところですが、ニアになるとまちがいなく「少年」探偵でしょう。

 さかのぼって横山光輝『鉄人28号』の金田正太郎くんも、手塚治虫『ケン一探偵長』や桑田次郎『まぼろし探偵』も、みんな少年探偵でした。

 時代劇になると石森章太郎『佐武と市捕物控』の佐武とか、うしおそうじ『朱房の小天狗』とか、捕物帖ヒーローもいました。彼らも少年探偵。

 少年探偵は子どもたちにとってまちがいなく理想像です。「探偵」という響きだけでも知恵と力をかねそなえてる、というイメージがあるのに加え、しかも少年。自分たちとあまり変わらない年齢のくせに、オトナの警官と対等に話せるだけじゃなく、たよられたり賞賛されたりするのです。子どもの夢じゃないですか。

 さらにかつては、ピストルを撃ちまくったり免許証なしにクルマを運転できるのも、少年探偵に許された特権でした。

 子ども時代のわたし、オトナになったら何になりたい、という質問にいつも、「マンガ家」とともに「探偵」をあげていました。バカです。

 もちろん、明智探偵やホームズや祝十郎にもあこがれていたのでしょうが、もしかすると、わたしがなりたかったのは「探偵」じゃなくて「少年探偵」だったのかもしれません。

 少年探偵は、マンガよりむしろ小説のほうに多く存在するでしょう。現在の子ども向け小説にも、きっとたくさんの少年探偵が登場しているのだと思います。

 かつてはどうだったかなあ、と考えてみると、まずはルルー「黄色い部屋の謎」のルールタビーユ(わたしの読んだバージョンではルー「レ」タビーユだったような記憶が)がもっとも古い少年探偵なのかな。

 これに続くのがルブランのルパン・シリーズ「奇巌城」の少年探偵イジドール・ボートルレ。彼もかっこよかったですねえ。

 日本ではもちろん江戸川乱歩「少年探偵団」の小林少年。でも彼は基本的に「助手」ですからちょっと微妙。

 しかし小林少年よりもっと古い、日本の少年探偵もいました。明治末には、すでに小説内に少年探偵が登場していたそうですが、小林少年以前、もっとも有名な少年探偵は、小酒井不木が創造した「少年科学探偵」こと塚原俊夫くんでしょう。

 塚原俊夫くんは、6歳のとき三角形の内角の和が180度になることを発見し、小学一年で俳句をたしなみ、遊星の運動を説明する模型で特許をとるという天才ぶり。あまりにかしこいので、小学校を中退して独学で勉強しているという12歳。

 彼が科学知識を生かして、暗号を解いたり、盗難事件や殺人事件を解決するのです。

 「紅色ダイヤ」「暗夜の格闘」「髭の謎」「頭蓋骨の秘密」「白痴の知恵」「紫外線」「塵埃は語る」「玉振時計の秘密」「墓地の殺人」などの短編があります。大正末から昭和はじめに書かれた作品です。

 じつはわたし、子ども時代に塚原俊夫くんの活躍をくり返し読んでまして、なぜかというと、ウチに1964年から1968年にかけて発行された「小学館版少年少女世界の名作文学」全50巻という子ども向けの文学全集がありまして、この日本編4に「少年科学探偵」シリーズのうち四作が収録されていたのですね。

 塚原くんの推理は子どものくせに快刀乱麻を断つがごとし。ただしあまりにキレすぎて、子どもらしさには欠けます。乱歩の小林少年が、子どもらしい弱点を持っていたのとはずいぶん違いますね。でもそのぶん塚原くんはずいぶんかっこよかった。

 というわけで少年探偵といいますと、どうしても彼のことを忘れることができません。「紅色ダイヤ」と「暗夜の格闘」は、青空文庫でも読めます。

 ちなみに「小学館版少年少女世界の名作文学」の挿絵には伊藤彦造が多く採用されてまして、わたしが彼の名を知ったのはこのシリーズによってでありました。

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October 12, 2008

愛すべき縄文人『ニタイとキナナ』『縄文物語』

 最近もっとも楽しく読んだマンガ。

●高室弓生『ニタイとキナナ』(2006年青林工藝舎、1600円+税、amazonbk1
●高室弓生『縄文物語 わのきなとあぐね』(2008年青林工藝舎、1300円+税、amazonbk1

 

 ちょっと前の作品になります。前者は「コミックトムプラス」に1998年から2000年にかけて連載されたもの。連載終了して6年後に初単行本化されました。

 後者はもっと前、1989年~1990年に「モーニングパーティ増刊」に連載されたもの。1990年講談社から単行本化され、今年の春に青林工藝舎から新装刊。

 えー、どういう作品かといいますと、時代は縄文時代中期、今の東北地方岩手県、湖のほとりにあるデランヌの村を舞台にした縄文ホームドラマであります。

 『ニタイとキナナ』の主人公は、縄文時代の若夫婦。集落にはリーダーとして巫女の長老がいて、各人はその構成員として仕事をわりふられています。夫のニタイは夏には湖の魚を捕り冬には狩をする。妻のキナナも機織りや山菜採りに忙しい。そして冬至から春までは貯えた食べ物と酒で、食っちゃ寝のくり返し。

 『縄文物語』のほうは、同じデランヌ村が舞台ですが、時代がさかのぼって『ニタイとキナナ』の150年前という設定。ただしこの時代、時間の流れがゆっくりしていますから、150年程度では時代の変化はほとんどありません。

 わたしの縄文イメージといいますと、星野之宣が描く感じのあれ、半裸であらあらしいひとたちがまず頭に浮かびます。ところがこのマンガの縄文人は、高度な文明を持った知的な人々。服だって、ちゃんとしたデザインのものを着てます。

 著者は子ども時代からの縄文好き。高校時代には発掘のバイトもしていたそうです。ですからマンガとはいえ縄文時代の考証は、すみずみまでじつにこまかい。

 縄文時代の政治、経済、宗教、風俗、さらに建物、服装、小物にいたるまで、あやふやなところは、まったくない(ように見えます)。もしかすると、このマンガ、すごいことをやってるのじゃなかろうか。

 もちろん娯楽作品ですし、想像の羽根を思い切りのばして描かれていますから、これまで考証についての批判もあったそうです。

 しかしそれをはね返すほど、細部まできっちりと描き込まれた縄文の暮らし。誰も知らない世界を見てきたかのごとく再現、あるいは創造しています。

 『縄文物語』のほうは、どちらかというと季節の区切りの儀式が中心に描かれてますが、『ニタイとキナナ』は当時の日常が描かれているだけ。ニタイが後輩に魚罠のかけ方を教え、狩の仕方を教え、神への祈り方を教える。キナナの妊娠と出産がもっとも大きな事件ですが、これもホームドラマの王道。

 こういう日常を描いただけのマンガなのにこの楽しさはなんでしょう。登場するキャラクターがみんな生き生きとしているのですね。きちんと描かれた文化・風俗のなかを、愛すべきキャラクターたちが自由に動きまわり「生活」している。こんな単純なことが、どれだけすばらしい作品を作り上げているか。

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October 10, 2008

『百鬼夜行抄』のオビ

 えー、小ネタですが。

 今市子『百鬼夜行抄』の最新17巻(2008年朝日新聞社/朝日新聞出版、760円+税、amazonbk1)が発売されております。

 あいかわらずおもしろくて、わが家ではいつも、アレは正しくは「ひゃっきやぎょう」と読むのだ、いや「やこう」で良いのだ、と論争になってますが、それはさておき。

 17巻のオビがこれ。

「百鬼夜行抄」の主人公・飯嶋律。彼がさまざまな妖魔と出会うことで物語は展開していく。恐怖とユーモアを絶妙にブレンドしながら……。

 あれ、どっかで見たような文章だなあ、と、16巻のオビを見るとこれ。

「百鬼夜行抄」の主人公・飯嶋律。彼がさまざまな妖魔と出会うことで物語は展開していく。恐怖とユーモアを絶妙にブレンドしながら……。

 同じじゃん。実は14巻・15巻もまるきり同じコピーでありました。ここ四巻、同じコピーのつかいまわし。

 その前、13巻はこういう文章をつかってました。

四季折々に妖魔あり!! 妖魔と共存する飯島家の愉快で、怖い日々を恐怖とユーモアを絶妙にブレンドして描いた人気シリーズ!!

 さらにその前の12巻はこれ。

四季折々に妖魔あり!! 妖魔と共存する飯島家の愉快で、怖い日々を恐怖とユーモアを絶妙にブレンドしながら描いた人気シリーズ!!

 13巻での修正部分が、ほんとにビミョー。

 「百鬼夜行抄」、これ以前の巻でも、オビのコピーは似たような文章がくり返されてまして、担当者のかた、苦労してますねえ。ただ14巻以降は、もう考えるのを放棄しちゃったようです。

 まあファンはオビなんか読まずに買うから、新規読者を開拓するには、これでいいのかもしれません。たしかに巻を重ねるたび、何度も同じような文章を考えるのは大変だと思います。でももうちょっと、頭、つかいましょうよ。

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October 08, 2008

唐沢俊一氏は反省しないのだなあ

 ブログ更新をちょっとさぼっておりました。

 何をしていたかといいますと、王欣太/李學仁『蒼天航路』をえんえんと再読してまして、もちろんBSマンガ夜話に刺激されてのことです。このマンガ、ともかくイッキ読みはたいへん。赤壁の戦い以後はちょときつい。

 あと関西ローカルなのかもしれませんが、「安楽椅子探偵と忘却の岬」というミステリTV番組がありまして、犯人あて視聴者参加ドラマの第七回。

 わたしこのシリーズ、1999年の第一回から見続けているのですが、最近の二回は、犯人も当てられていません。だもんで、ここ数日、ひたすら録画したビデオをリピートして脳みそを絞ってました。ちなみに今回わたしが選んだ犯人は看護婦のおねえちゃんです。今回むずかしいなあ、自信はありません。

 とかやってるあいだに、唐沢俊一氏が再度話題になっているじゃないですか。

 (1)『新・UFO入門』における当ブログからの盗用。は、以前からわたしが主張していたところですが、最近たてつづけに二件の盗用事件が明らかになりました。あきれるのは、ともにわたしの事件が一段落(?)してから書かれた文章であるということです。

 (2)「ラジオライフ」2008年11月号「古今東西トンデモ事件簿」第38回「作家と食人」における盗用事件

 (3)時間的にはさかのぼりますが、『唐沢俊一のトンデモ事件簿』(2008年三才ブックス)「ゴールドラッシュとカニバル(人肉食い)」における盗用事件

 ともに「唐沢俊一検証blog」さんの突撃取材です。

 今回、(2)に関するJ-CAST NEWS の取材に対して唐沢俊一氏もコメントを出しています。

 唐沢俊一氏は相変わらず何の反省もなく、ネットからのコピペを正当化するイイワケをくり返されているようです。ネットの進歩は、大学生のコピペレポートだけでなく、唐沢俊一のような珍奇なライターを跋扈させてしまうことになってしまいました。

 世間では評判になっていませんが、最近ではプロのライターがコンサートの感想をブログから盗用し、商業誌に発表するような事例も出現しています。唐沢氏だけのことではありません。

 実際に文章を書いているかたたちにはおわかりでしょうが、ゼロから文書をつくるのと、すでにある文章を修正するのでは、その労力はまったく違います。唐沢俊一氏のように、コピペ+文章の順番を変更したり文末を修正するだけ、という行為は、すごくいやしいものにしか思えません。

 結局、唐沢俊一氏にとって、わたしのケースは氷山の一角にすぎなかったということなのですね。困ったことです。

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October 05, 2008

先は長そう『宇宙兄弟』

 既刊三巻まで発売中。

●小山宙哉『宇宙兄弟』1~3巻(2008年講談社、各552円+税、amazonbk1

  

 単行本1巻は今年の春から発売開始。さすが週刊連載は巻を重ねるのが速いですねえ。

 2025年、弟はNASAの宇宙飛行士。もうすぐ月に長期滞在するミッションを迎えようとしています。いっぽう、日本在住の兄、31歳はいま失業したところ。兄は子ども時代の夢を思い出し、日本でJAXAの宇宙飛行士選抜試験に挑みます。

 これまでもうひとつと感じていたのは、その絵です。先日ウチの家族がヒューストン/NASAに遊びに行ってたのですが、聞く話によると、テキサスてのはすっごい田舎でまたやたらと広い。でかいビルがあるのですが、そのビルとビルの間がずーんとあいてて、日本の景色とずいぶん違う、らしい。

 最近はグーグルのストリートビューを使えば、居ながらにいろんな都市を見ることができるようになりましたが、それに比べても、本作のヒューストンは、なあ。町のニオイというか、それが希薄。

 まだ宇宙が舞台じゃないですから、宇宙空間の壮大さも望めません。だもんで、題材は気になってたものの、もうひとつノリきれませんでした。

 しかし3巻になって、やっとおもしろくなってきた。選抜試験も佳境にはいってきて、複数の人間が閉鎖空間内に閉じこめられる試験。となると、どういう試験が出されるのかと、キャラクターの描きわけが勝負。絵はあまり関係なくなってきます。

 本作でもやっとクセのあるアクの強いキャラクターが登場してきて、丁丁発止が起こるかも、と期待させてくれるようになりました。

 宇宙飛行士選抜試験モノという、すっごく狭い範囲のジャンルが存在するかどうかわかりませんが、山田芳裕の名作『度胸星』があって、さらに萩尾望都『11人いる!』もあるわけです。これらをこえるくらいの展開を期待したいです。『宇宙兄弟』で主人公が宇宙に行くまで描くとすると、先はすごく長そう。そこまでたどりついてほしいなあ。リアルな宇宙モノは応援するぞ。

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October 02, 2008

短編はマンガの基本

 マンガ雑誌単位で編集された短編アンソロジー。

●『ビーム短編傑作選 奥村編集長セレクション マンゴー編』(2008年エンターブレイン、780円+税、amazonbk1
●『ビーム短編傑作選 奥村編集長セレクション いちぢく編』(2008年エンターブレイン、780円+税、amazonbk1

 

 ビームとはもちろん「月刊コミックビーム」。奥村編集長とはもちろん桜玉吉作品などで有名なアレな編集長ですが、このかた、秋田書店の伝説の編集者、壁村耐三ゆずりの熱い心の持ち主としても知られてます。

 雑誌の中で読み切り短編の占める割合はけっして多くはありません。しかも、その作家の作品集でもないかぎり収録されないから一期一会でもあります。そこで埋もれた短編にもういちど光を、という企画。各作品にそえられた、編集長からのひとこともいい味出してます。

 こういう企画の書籍、ほかの雑誌からも出してくれないかな。

 今回の二冊では、いちぢく編の福耳ノアル作品と、仲能健児作品にシビレました。ともにぶっとんだ内容です。

 しかし書影の桜玉吉による編集長似顔絵がすごいですねー。書店ではオビで半分隠れてるからいいようなものの、これをジャケ買いするやつは、まあおるまい。

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