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September 21, 2008

『血で描く』感想

 こわごわ、という感じで、唐沢俊一/河井克夫『血で描く』(2008年メディアファクトリー)を読んでみました。

 うーん、マンガを扱った小説で、作品内に実際のマンガが登場するというアイデアは良かったのですが、小説としては文章がちょっとひどすぎましたね。

携帯電話のベルが鳴った。

 いや、「携帯」だったら「ベル」じゃないでしょう。読んでいてこういうつまづくような表現が多すぎる。

 たとえば、ヒロインが拉致監禁される場所がありまして、そこが犯人のアジトらしいのですが、描写というものがまったくありません。畳のアパートなのか、事務所なのか、倉庫なのか。

 出てくるのが、椅子と木製の小さなテーブル、だけ。あとで警官が踏み込んでくると、部屋の中には古本と段ボール。いったいここはどこなのか、最低限の描写はしてほしいものです。

 クライマックスの舞台となる鎌倉の古書店。書庫兼事務所は本でいっぱいで、「人間の立ち居するスペースは、ほんのわずかしか残っていない」ので応接スペースもなく、訪問者は、本をくずさないかと心配しながら、小さな丸椅子に座らされていました。

 ところがラストシーンでは、この部屋で怪物との「必死の追跡劇」はあるわ、テーブルと旧式パソコンはあるわ、男が女をソファに放り投げるわ。そんなに広い事務所だったのなら、最初の訪問のときに来客はちゃんとソファに座らせてくださいよ。

 ちょっとどうかと思うのが昭和35年=1960年の考証です。高卒初任給が一万円前後の時代です。貸本マンガ編集者の仕事ぶりがこんな感じ。

オオエ・サブロー氏に原稿催促の電話掛ける。

すぐ沼波のところに電話をかけ直したが、電話も止められているようだった。

 記憶しているかたもあるでしょうが、以前は電話加入権が高価(1960年なら10000円、1976年には80000円)だったうえ、さらにもっと高額の電話債券というものを(一時的にでも)購入しなければ、固定電話に加入できませんでした。

 ですから1950年代までは、緊急連絡は電報が主でしたし(藤子不二雄『まんが道』などに出てきますね)、もっと後年になっても、他家の電話を借りる「呼び出し電話」というものが存在したのです。

 極貧の生活をしていたはずの貸本マンガ家が、固定電話を設置しているという不思議。しかも編集者がそれを不思議と思っていない。

 マンガ家は「松下電器のトランジスタラジオ」(今でいうならiPod やウォークマンと同様に音楽を持ち歩くための最新機器でした)も持ってます。1955年に発売された日本初のソニー製トランジスタラジオは18900円でしたが、1960年ごろは他社製でもまだ6000円から16000円ぐらい。

 卓上の真空管ラジオじゃなくてわざわざトランジスタラジオを選ぶとはなかなかのこだわりですが、家計は圧迫されるなあ。

 いちばん奇妙なのは登場人物の行動です。

 ヒロインは尾行されているような気がして、「わざと人通りの少ない通りを抜けようと」して、誘拐されてしまう。

 探偵役の大学教員は、自分ではスーパーナチュラルな体験を何もしていないのに、「呪いの本」の存在をまったく疑っておらず、一瞬で真相にたどりつき、警察にも連絡する。

 だいたい主人公の大学生は、せっかく手に入れた古書マンガ、しかも秘密がありそうなそれを、盗まれてしまうまでまったく読もうとしてないんだよ。なぜなんだよー。

 もっと調べて考えて推敲して、きちんと書いたほうがいいと思いました。

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Comments

 唐沢さんは日記のそこかしこで、速成を自慢していらっしゃいますね。なにかじっくり腰を据えてやることが出来ない性格のようです。この本もシノプスをあっと言う間にでっち上げたと自慢していたような。でもそれを作品にするのは大変だと言いながら、根を詰めて書いていたとは思えません。夜は毎晩呑んだくれていたようですし。もう50歳なので改めることは出来ないでしょう。まあ、それ以前に才能がないのだから、なまじ小説など書かないほうがいいのでしょうが。

Posted by: 藤岡真 | September 21, 2008 at 06:22 PM

ぼくは、曙出版からの催促は「電報」でした。
昭和33~5年くらいか、いやもっと続いていたかも。

緊急の場合は、ご近所の大地主さんの電話へ。
呼び出してもらっていたんです。
ほんと、金持ちしか電話は持てていませんでしたね。

Posted by: 長谷邦夫 | September 21, 2008 at 08:13 PM

「血で・・・」はミステリーですかそれともホラー?矛盾点を指摘する漫棚通信さんの分析のほうがよっぽど名探偵らしいですね。

昔のことを書くときには、その時代の人にいちど目を通してもらったほうが、まちがいがないでしょう。

漫画批評も、若い人が昔の漫画の批評をすると、リアルタイムで読んだ者からすると、「?」と思うことがあります。まったくピントはずれというか、全く異なった見方、受け取り方をしている。どっちが正しいというわけではありませんが。いちおう古い読者の意見を聞いてから出版したほうがいいと思います。

大岡昇平は「事件」を書き直すとき、弁護士2人の意見を聞いたそうです。調べ魔なので。

時代小説も時代考証する専門家からすれば、まちがいだらけらしいですね。吉川英治の「宮本武蔵」に、関が原の落ち武者の武具をかっぱらって生計を立てている母娘がでてくるんですが、そんな職業があるか、と三田村なんとかさんが言っています。彼女らはいかがわしい商売もやっているらしく、その説明に「飯盛り女」という言葉が出てくるんですが、これは江戸時代も大分くだったころの言葉で関が原の合戦のころとは時代が違う。

しかし普通の読者は吉川英治の文章にだまされて、まったく不自然に思わない。それならいいのでは、と思います。

東宝の「宇宙大戦争」だったか、宇宙船の中で計算尺で航路計算をしています。いまから思うとへんなんですが、封切り当時は、リアルだと喜んだものです。パソコンはおろか、電卓もなかったんです。

白菜は日清戦争のときに兵隊が中国から持って帰ったそうです。だから銭形平次親分が、茶漬けをかっこみながら「うん、この白菜の漬物はよく漬かっている」というのはマチガイです。でも感じが出ておればそれもいい。

「家政婦が見た」と言うテレビドラマがある。あるいは中村玉緒さんのおばさん刑事が活躍する番組もあった。私の知り合いに言わせると、家政婦には捜査権がないので聞き取り調査をしたりしてはイカンのだそうです。玉緒おばさんは三角形の内角の和が180度であることもしらない役者馬鹿なのでそれが活躍するようでは他の警察官はよっぽど無能ということになる。しかし作者が話しを面白くするためにそういう設定をしてあればそれもよいと思います。座頭市や机龍之介が目明きよりも剣の腕が立つみたいに。

Posted by: しんご | September 21, 2008 at 10:08 PM

小林信彦著「ミート・ザ・ビートルズ」に関する松村雄策との論争を思い出してしまいました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%BA%E8%AB%96%E4%BA%89

私は松村氏支持ですが(笑)。

漫棚さんご指摘の部分をみますと、唐沢氏は最低限の時代考証もしていないように思われますね。

Posted by: かくた | September 21, 2008 at 10:24 PM

>宇宙船の中で計算尺で航路計算をしています

これ、まんざら間違いでもない。
映画の『アポロ13』で、管制塔の連中が
いっせいに計算尺で軌道計算して
答え合わせしてる場面があります。

あとクラークの短編で
電子計算機が故障したので
即製のそろばんで計算してなんとかする話があります。
たまたま日系の乗組員がいた、という設定でした。

Posted by: CD | September 23, 2008 at 04:31 PM

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