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September 14, 2008

『イキガミ』と『生活維持省』について

 これまで間瀬元朗『イキガミ』については2回書いてきました。

目覚めないネオの物語「イキガミ」
『イキガミ』再考

 どちらかというと、批判的に言及してますね。

 最近『イキガミ』と星新一『生活維持省』の類似について話題になっていますが、先日、あるかたからわたしに、この件に関する意見を求めるメールがありました。

 それに対する返答メールをアップしておきます。

*****

○○○○○様


はじめまして。
ネット上では漫棚通信と名のっております。

下記のメールをいただきました。

「イキガミ」と「生活維持省」に関して
わたしの意見を書かせていただきます。


(1)「イキガミ」と「生活維持省」の設定の類似について

よく似ています。

ただし、もちろん異なるところもあり、
国家による殺人の目的が違いますし、
殺人の方法も違います。

また、作品から受ける印象が違います。
「生活維持省」社会はじつに静かな感触ですが、
「イキガミ」社会はいかにも暑苦しい。


(2)「イキガミ」は「生活維持省」を参考にしたか

これについては不明です。

真実がどうかは別として、
アイデアが偶然に似てしまったという主張をされれば、
有効な反論はできないでしょう。


(3)著作権侵害が成立するか

残念ながら、成立しないと考えます。

作品の設定は似ていますが、
「生活維持省」が設定そのものをオチにしているのに対して、
「イキガミ」は死亡する人間についてのお話を、
複数展開させています。

この段階で、
すでにストーリーラインやプロットは別のものとなっています。

また著作権法ではアイデアは保護されませんので、
法律的な意味での著作権侵害にはなりません。


(4)倫理的に非難されるべきか

上記三点につきましては、
どなたからも同意をいただけると思います。
問題はここから先です。

「盗作」や「剽窃」については、
法律的な定義が存在するわけではありません。
この言葉を発するとき、
ひとは非難の意味をこめて使います。
倫理的な意味をこめて使用される言葉ですから、
言葉を発するひとそれぞれの倫理観が反映されていることになります。

同じ作品を、
あるひとは「盗作」と呼び、
あるひとは「無断引用」と呼ぶ。
さらにあるひとは「焼き直し」「参考」
「換骨奪胎」「古い革袋に新しい酒」
というかもしれません。
ひとによって意見は異なってくるのです。

「イキガミ」が「生活維持省」を下敷きにした作品であると仮定して、
「イキガミ」は非難されるべきでしょうか。

わたしは、
非難されるべきものではないと考えます。

「生活維持省」が設定そのものを扱ったショートショートであるのに対し、
「イキガミ」は設定を読者にも既知のものとして扱い、
さらにそこに登場する人物に焦点をあててストーリーを展開し、
一歩踏み込んだ別作品を作ったと考えます。

SF分野でも、
H・G・ウェルズが小説で「タイムマシン」を発明し、
それをパクった作家が複数存在したからこそ、
「タイムマシンもの」というジャンルが成立した、
と言われています。

初期にパクリがあったからこそ、
後世の作家はそのジャンルの作品を自由に書けるようになりました。

「イキガミ」も、
大きなくくりで言えば「ディストピアもの」のひとつですから、
「生活維持省」以外にも、
オーウェル「1984年」や映画「未来世紀ブラジル」の影響を受けているはずです。
もしかすると「生活維持省」を書いたときの星新一の頭の中にも、
先行する「ディストピアもの」の作品が存在したかもしれません。
先行作品や参考にした作品というのは、
フィクションの場合、
網の目のように入り組んでいて当然です。

いわゆる「パクリ」について、
これを完全に否定してしまえば、
フィクションの進歩を縛ってしまうことになるでしょう。
これは誰にとっても良いこととは思いません。

実は「イキガミ」は、
わたしとしてはあまり好きな作品ではありません。
(連載途中の現在までの感想ですが)
その内容に関しては、
むしろ批判的に読んでいます。

ただし作品成立の経過については、
非難しようとは考えておりません。


一読者の意見としてご参考になれば幸いです。


漫棚通信

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Comments

 わたしの感想をサイトにアップしました。
http://www.fujiokashin.com/criticism.html

 アイデアの盗用は盗作ではない。これに関しては異論はありません。またショートショートではオチであった設定を、長編に敷衍させているわけですから、これは別物と考えていいでしょう。
 しかし、首を捻らざるを得ない所もあります。
 「イキガミ」の主人公は、なんで「逝紙配達人」の藤本賢吾なんでしょうか。一読して、なんでこの人物が主人公なのか不思議に思いました。存在感がないというより、存在意義がないのです。単に紙切れを配るだけの役で、ストーリーへ加担するのにも無理があり、なにより、自分の役割に悩む理由が全然分からない。
『生活維持省』の主人公が“死神”のわたしだから、機械的にそうしてしまったとしか思えません。しかし、死神と配達人では全然重みが違います。
 わたしが問題にしたいのは志です。間瀬元郎が、『生活維持省』を読んでいたとしたら、あの作品以上のものを目指さない限りアイデアを借りてはいけないと思います。残念ながら、破綻だらけの設定で、ただの「早世=難病」ネタに出しているように見えるのですが。

Posted by: SHIN | September 14, 2008 at 11:46 AM

個人的には、「イキガミ」の主人公が「未来世紀ブラジル」のジョナサン・プライスになってくれればこの作品は化けるのに、と思っています。ただそこまでの深謀遠慮を期待するのはちょと無理かもしれませんが。

Posted by: 漫棚通信 | September 14, 2008 at 02:02 PM

全く個人的な見解なのですが
「イキガミ」という作品は「東京爆弾」(原作矢島正雄 作画はやせ淳)から影響を受けているのではないか?と思っております
ただ現在の時代的風潮で「東京爆弾」に比べて、ナカセに大きく傾斜した内容になっているのでは?と思っているのですが・・・

Posted by: 流転 | September 14, 2008 at 10:28 PM

> 「イキガミ」の主人公は、なんで「逝紙配達人」の藤本賢吾なんでしょうか。

今んとこはTV「世にも不思議な物語」のタモさん的なポジションでしょうね。
いずれは彼を軸にした物語の展開が始まると思いますよ。何しろまだ『エピソード1』ですから。個人的には今現在は、物語の舞台となる世界設定や主人公の思想・バックボーンを読者に刷り込ませる導入部分の域を脱していないと思います。

文章自体はしっかり書かれてますが、この時点で『破綻だらけの設定』なんて感想をおっしゃる考え方は、かなり短絡的・懐の狭い思考をされてる方のようにうつりますね…。

まぁ、特にこの漫画のファンというわけではありませんが、いずれスケールの大きな展開になる事を期待しつつ、たまにマンガ喫茶で読んでますw

Posted by: とおりすがり | September 19, 2008 at 11:47 AM

私としては、「イキガミ」の作者側は誰も「生活維持省」を読んでないと主張していますし、無理やり歪んだ目線で非難する必要もないと思います。設定も似ているというだけで、それだけですし。
まあ盗作だとか盗用だとかという考え方は、作者のためにあまり疑いたくないってだけですけどね。オリジナリティを否定されること以上に傷つくことはないでしょうから。

ぶっちゃけると、主人公が配達人以外なら誰ならストーリーに絡めるんでしょうかね?誰がベストなんでしょうか?
小説を読んでいない人からしたら、わざわざ曲げて考えてるとしか思えません。

Posted by: Neuro | September 19, 2008 at 01:18 PM

作者が盗作の意志があったかどうかは問題ではなく。
ここまで酷似していると盗作という印象を多くの人に与えてしまうと思います。

これが問題ないのであれば、ハリウッド映画「荒野の七人」やイタリア映画「夕日のガンマン」は黒澤明に1円もたりとも原作料を払う必要は無くなってしまいます。西部劇と時代劇、全然違うじゃないかということもまかりとおることになります。

自分でもシナリオを書いたりしますが、途中で過去に似た作品があることに気づいた場合、悔しくて泣きたいけどボツにしてしまいます。

本当に「生活維持省」を知らなかった場合、過去に類似した作品があったことを知ったら、衝撃にうちひしがれて言葉を失うと思いますが、反論しているところを見ると、小学館を含め確信犯だったんじゃないかと悪い方に考えてしまいます。

Posted by: コロスケ | September 19, 2008 at 01:21 PM

星新一家の次女から小学館あて講義があったそうですね。「生活維持省」以前にも、同様の発想の小説があったような気がしますが……

Posted by: misao | September 19, 2008 at 02:19 PM

たまたまネットを覗いていたら、このニュースに興味をもち投稿した次第です。
最初に申し上げておきますが、私はこの2つの作品を全く知りませんので、単に「盗作」の観点から。
現在ではあらゆる情報がネットで検索すればわかる時代です。
そこから得た情報は意識して覚えるものもあれば、深層心理の中で無意識に覚えているものもあると思います。
今回の場合が前者であれば、これは明らかに盗作でしょう。
しかし後者であれば、作者を含め出版社も「盗作」という認識はないと思います。
いずれにしても情報が氾濫している時代なのですから、2つの作品にどこかしら似通ったところが出てくるのは当たり前と思います。
同じ人間なのですから・・・・。
では、どのように「盗作」を認定するかといえば、類似点の個数でしょうか。
判定基準を明確にすることが必要かと思います。

Posted by: toshi | September 19, 2008 at 02:29 PM

作為的か無作為は盗作かどうかの判断にはならないのです。
争点は実際に類似している箇所が多いかどうか。

あくまでも当事者の主観です。
スポーツと違い客観的な判断、判断基準を明確にするのは
残念ながら不可能なのです。

星新一のご遺族も、その辺は了解しているのでしょう。
これ以上追求しても無駄だと判断し、一応抗議して終了という非常に大人な態度で臨まれたと思います。

小学館側がどう出るか良識にまかせたといったところ。

映画「荒野の7人」「夕日のガンマン」を例にあげたのは、今回の「イキガミ」「生活維持省」問題と比べると、この2本の映画と黒澤作品(七人の侍、用心棒)の類似点は少ないほうだと思います。
なのに黒澤側が勝って、原作料を払わなければならなかったことを考えると、日本の著作権意識は世界に比べて、まだまだ緩いのだなという印象を受けます。

Posted by: コロスケ | September 19, 2008 at 03:06 PM

通りがかりですみませんが、コメントさせていただきます。
「イキガミ」→「生活維持省」の順で読みました。
コンセプトは似ていると感じましたが、やはり別物と感じました。「イキガミ」は作者が言うように、戦時中の赤紙をベースに発展しており、ランダムなカプセルで死亡する対象が決まるというのも漫画にはよくある設定で、これらを結びつければ特にひねることもなくストーリーが出来上がると思います。
二作品が決定的に違うのは、「イキガミ」が人間に主眼を置いているのに対し、「生活維持省」は社会に主眼を置いている点です。これにより、表現したい肝の部分が大きく変わってくると考えます。表現したい部分が違う以上、私は盗作だとは思いません。
また、もし仮にアイディアを借用したとしても、人々に大きな影響を与えることができるのは、それなりの力を持った作品だと思いますので、私は気にしません。
盗作というと悪い印象を受けますが、人類の発展そのものが、模倣と改良、進歩の繰り返しだと思いますし。そういう意味では、「イキガミ」は「生活維持省」プラスアルファの部分がありますので、超えているとも思います。「イキガミ」の今後に期待します。よろしくお願いします。

Posted by: きよすけ | September 19, 2008 at 08:04 PM

う~~ん。
やっぱり「イキガミ」は「生活維持省」の本歌取りだと思うね。でも、そんなによい出来ではないと思うけどね。
「バガボンド」が吉川栄治の「宮本武蔵」の本歌取りなのは周知されていると思うけど、あのレベルで本歌取りしてくれるのならばともかく、お涙頂戴ストーリーばかりでフィクションの核となるアイデアへの本質的な切り込み方がまったくもって甘いと思うね。
星新一の削ぎ落とせるまで削ぎ落とした短い文章からテーマやメッセージを読み取れないのは哀しいよ。たとえば、U.K.ル=グィンの傑作中篇「オメラスから歩み去る人々」と「生活維持省」を読み比べて欲しいな。

Posted by: トロ~ロ | September 20, 2008 at 02:36 AM


 サイトにも書きましたが、「維持」という言葉の不自然な使われ方一つとっても、剽窃である確率は高いと思います。両者は全然別の話だと言うのはその通りで『生活維持省』は優れたショートショート、『イキガミ』は拙いマンガですからね。

>ぶっちゃけると、主人公が配達人以外なら誰ならストーリーに絡めるんでしょうかね?誰がベストなんでしょうか?

 なにをぶっちゃけているのかよく分かりませんが、そんなことはわたしの知ったことではありません。一日数通の配達、当事者の死には100%関与していない、不在なら不在票を置いて立ち去る。単なる郵便配達の手抜きバージョンが主人公とは。狂言回しにすらなっていないと思います。

http://www.fujiokashin.com/criticism.html

Posted by: SHIN | September 20, 2008 at 09:29 AM

はじめまして。
世の中のことに疎いので、今更ながら2ちゃんねるでこのことを知ってネットをうろついててここに辿り着きました。

星新一公式サイトを見た限りでは、ひょっとしたら「イキガミ」の間瀬さんは、星氏の原作そのものは読んでないかも知れませんが、2003年にコミック化されたのを読んでいる可能性はあるかもという印象を受けました。星氏の原作では光線銃だったのが、このコミック化された「生活維持省」では錠剤になっているらしいので。

「アイディアに著作権はない」という部分、興味深く読ませてもらいました。しかし、自分はシナリオ学校に通ったり映画の企画を立てたりしていたこともあるのですけど、映画会社とか出版社というのは過去に似たアイディアがあったかどうかについてはとことん神経質になるということをその時何度も経験しましたから、小学館の「アイディアは一緒でも主眼を置いてる部分は違うから問題にならない」という態度には物凄いルーズさを感じてしまいます。クリエイティブでご飯を食べている出版社としては、ちょっと致命的な態度なんじゃないかと思いますが。

まあ、これだけ沢山の創作物が世に溢れると、どうしても似てしまうところもあるかも知れませんが、もう少し出版社はプロなんだから、プロのアンテナと厳しさを張り巡らせてはどうかと。大好きな「樹の海」の監督さんが映画化を担当されるので期待していたけど、ちょっとがっかりです。

Posted by: ふにゃにゃ | September 22, 2008 at 08:09 AM

実際に「生活維持省」から着想を得て作品を書いていても見逃してやれよってのが個人的な意見です。
フォロワーも増えれば新しいジャンルになるんじゃないですかね。小説でも音楽でも漫画でも。
全体に批判的な意見の方は星作品が好きっていうのはよく伝わってきます。

本文でH・G・ウェルズの「タイムマシン」がパクられまくったおかげでその後のタイムトラベル物の定着に至る事例を挙げておりますが、私も同じような考えかたです。
ミステリー小説にしても極論すればエドガー・アラン・ポーのアイデアの影響大きいし。何らかの犯罪を論理的な手段で解決していく物語って、すでに大勢が書いているからパクリという意識も無いんだろうけど。

今回の「イキガミ」も「生活維持省」もディストピア物のバリエーションに見えるという意見にも賛同です。SF映画じゃ有名どころなら「マトリックス」なども、その仲間です。人間が極度に管理されている社会という設定が共通です。

全般に私の考え方はもっと緩くて、別作品の一部のアイデアいただいて違う切り口の作品を作りました。などと気楽に言えるほうが便利だと思うんですけどね。アイデアじゃなくても雰囲気を真似してみたってのもアリかと思います。
漫画の「東京爆弾」って「笑ゥせぇるすまん」の影響受けてるよなあ。だとしても別にいいじゃん。てなもんです。

こういうアイデア拝借って、最近の作品だけじゃなくて江戸時代の作品、「南総里見八犬伝」も英傑誕生のエピソードは「水滸伝」のアイデアそのままですし。
仮にアイデアだけじゃなく、表現手法もそのままで、主題も雰囲気も同じというならさすがにまずいだろと思います。そうでなけりゃ、目くじらたてなさんな。というのが私の意見です。

Posted by: かぼす | September 22, 2008 at 11:04 AM

こんにちは。よく拝見させていただいておりますが、コメントを残すのは初めてです。

「イキガミ」と「生活維持省」の本件に関しては、単純に「似ていると思わない人はいないだろうし、実際にアイデアを拝借してもいるのだろう」とは、確かに思います。「イキガミ」作者の間瀬氏が未読だったとしても、担当編集者あるいはブレーン的立場の人物が、「生活維持省」を念頭に置いていた可能性は高いでしょう。

とはいえ、これを即「パクリ」と断罪できるかといえば、それもどうかと思います。「占星術殺人事件」を剽窃した「金田一少年の事件簿」ほどあからさまであれば別ですが、今回のように「世界観」の類似では、せいぜい「お前、あれを絶対読んでるだろ?」と苦笑するのが精一杯ではないでしょうか。勿論、これだけの問題になって(著作権者から指摘を重ねられて)「参考にしていない」と完全否定するのも「大人げない」ですけどね。(「偶然にも似てしまったが、大作家と比べられて光栄です」くらいあってもよかったかな、と)

それより、「全く読んでいないにも関わらず、似通った部分が偶然多くなった」可能性がゼロではない限り、「状況証拠は揃っているから断罪」とするのも、同様に大人げない行為ですので、あまり騒ぎすぎるのもどうかと思います。

特に、個人的恨みでもあるかの如く「志が問題」だの「破綻だらけ」だの「拙い」だのと書き連ねる一部の方は、もう少し冷静になられた方がよろしいのではないでしょうか。連載最新号を含むここ最近の展開は、それまでの「イキガミの世界観、問題点」を周知させつつ主人公を中心に話が動き始めているように思えますし、完結していない段階でそこまで言い切れるとは、一体どれほどの根拠をお持ちなのかと疑問でなりません。

勿論好き好きは人それぞれで、つまらないと感じるのも否定的に感じるのも自由ですが、だからといって誹謗中傷と取られかねない悪態を浴びせているのは、読んでいて少々見苦しいですし、漫棚通信さんにも迷惑となりかねないとは思いませんか?批判する方が感情的になってしまっては、正当な主張も色眼鏡で見られてしまいますよ。

どうやら相応の地位と評価を得ていらっしゃる方のようですが、とてもそうは思えないのが正直な感想です。

Posted by: だんきち | September 22, 2008 at 07:22 PM

>「志が問題」だの「破綻だらけ」だの「拙い」だのと書き連ねる一部の方

 一部も何もそんなことを書いているのはわたしだけですから、堂々と名指しされればいい。ここは漫棚さんのblogだから、抑えて書きますが、連載中の作品を評して「完結していない段階でそこまで言い切れるとは、一体どれほどの根拠をお持ちなのかと疑問でなりません」とは、随分また卑怯な言説ですね。優れたものをかっぱらってきて、自分の作品をでっち上げた。その一点を追求しているのですから、この先話がどう変わっていこうが、なんの関係もないことです。いや、故意に変えていかなければ、剽窃の謗りは免れませんからね。その程度のオリジナリティもないとは申しません。完結した時点で「全然違う話だからOK」とはならないのです。このくらいの理屈はお分かりでしょう? 他人の資質を云々する前に、自分の論旨の「破綻」をもう一度考えた方がいいと思いますよ。

Posted by: SHIN | September 22, 2008 at 08:20 PM

ロバート・シルヴァーバーグ 「生と死の支配者」 (文庫)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150103321
> 2232年、地球人口が70億人に達したのを受け、国連組織『人口平均化施行局』が開設。
> そして弱者に対する安楽死の執行を開始する

(1957) Master of Life and Death, by Robert Silverberg
「Department of Population Equalization」 =「人口平均化省」「人口維持省」
→ (1960) 星新一「生活維持省」

主人公 Walton は省の職員。 省の指令に従い(弱者などをランダムに選び)安楽死を忠実に実行する。
→ 星新一「生活維持省」も同じ。

Walton is confronted by a great poet who begs for the life of his young son.
主人公(省の職員)に「自分の息子は見逃してくれ」と子供の親が懇願する。
→ 星新一「生活維持省」も同じ。

Posted by: (1957) Master of Life and Death | September 23, 2008 at 07:23 AM

 「維持」という言葉を考えてみてください。さりげなく、
>「Department of Population Equalization」 =「人口平均化省」「人口維持省」
 と書いていますが、当然ながら「平均化」とそれを「維持」することは、全く違います。わたしが、「イキガミ」に不信感を抱いたのは、「国家繁栄維持法」なる名称の「維持」という言葉の無意味な使われ方が気になったからです。『生と死の支配者』の「支配者」は、70億の人口の間引きをする組織ですが、「生活維持省」はすでに人口調整が終了し(多分、十分の一くらいまで激減している)それを「維持」していく組織なのです。つまり「維持」と言う言葉には意味がある、いや「維持」そのものがテーマである。しかるに「イキガミ」では――ということは何度も書きました。
 あなた流に分析するなら、「イキガミ」は、ストーリーを『生と死の支配者』からパクリ、冒頭部分は『生活維持省』かた持ってきたと言えるのではないでしょうか。

Posted by: SHIN | September 23, 2008 at 08:50 AM

> 「Department of Population Equalization」 =「人口平均化省」「人口維持省」

で問題ありません。

Equalization は、「維持」(現状維持)(正常化)の意味も含みます。
人口爆発(異常)を回避するという意味ですから。

(1960) 星新一「生活維持省」 で、「人口を維持する省」 を、わざわざ「生活」維持省に変えたのが少しアヤシイようにも思える。

____________

(1957) Master of Life and Death, by Robert Silverberg http://www.sff.net/people/richard.horton/aced21.htm(英文のストーリー要約と書評)

http://www.wowio.com/users/product.asp?BookId=4840
お願い: ↑のサイト(Read Online Freeのリンク)で無料で全文が読めるので、
Walton is confronted by a great poet who begs for the life of his young son.
の部分が 何ページ に出てくるか、判ったら教えてください。

Silverberg「人口維持省」職員に「自分の子供は見逃してくれ」と親が懇願する場面と、
  星新一「生活維持省」職員に「自分の子供は見逃してくれ」と親が懇願する場面が
似ているか確かめてみたい。

____________

(1957) 「Master of Life and Death」の題名について、こういう連想が浮かんだ:

「Master of Death」は、「死に神」の意味になる。
→ (1960) 星新一「生活維持省」 のセリフ: 「ああ、死神・・・」

「Master of Life」は、「生き神」(イキガミ)の意味になる。

____________

私の意見を参考にして「探偵ファイル」が記事にしたようだが、肝心の
【「自分の子供は見逃してくれ」と親が懇願する場面】
の件を省略しているので、ピンボケの記事になっていて残念だった。

Posted by: (1957) Master of Life and Death | September 23, 2008 at 09:19 AM

 ちゃんと読んでください。単語の意味を云々しているのではないでしょう。なにを「維持」しているのかです。「Master of Life and Death」は「今の人口」を「維持」しようとする話ではありません。減らそうとする話でしょう。「現状維持」と「異常回避」が同じ意味にとれる方には説明しても無駄かとも思いますが。
>「人口を維持する省」 を、わざわざ「生活」維持省に変えたのが少しアヤシイようにも思える。

 「少しアヤシイ」という腰の引けた恣意的な言葉はみっともないですね。星新一の原作を読んでそんな戯言を吐いているのだとしたら、失礼ながら読解力皆無と言わざるを得ません。「人口を維持」するのは、そこに書かれている「美しく、平和な生活を維持」するためではありませんか。冒頭の風景の描写、登場人物の会話、しつこいほど、その「理想的な生活」を語っているのですから、それが理解できないのはかなり危うい。

>「Master of Life」は、「生き神」(イキガミ)の意味になる。

 「生き神」は「死神」の反対語ではありません。こんなことまで」説明させないで下さい。

>私の意見を参考にして「探偵ファイル」が記事にしたようだ

 なんだ誇大妄想か。
 

Posted by: SHIN | September 23, 2008 at 10:25 AM

お二人の論争を読んで横から失礼します。
「生活維持省」というネーミングは藤岡さんがご指摘のように原作を読めばすぐに分かることで、豊かで理想的な”生活環境を維持する官庁”という設定ですし、そもそもタイトルが「人口維持省」だったらタイトルでネタバレしてしまうじゃないですか(笑)。

ショートショートの命であるどんでん返しの結末を台無しにする間違いを星新一が犯すはず無いです。


また、「生活維持省」というタイトルで作者はミスリードを狙っているはずですよ。
しつこいくらいに描かれる美しく健康的な情景は、その中を進む主人公と相棒の二人の公務員が<穏当かつ人道的な手段>を行使して守っていると読者に誤解させる重要な要素がこのタイトルなんです。

だからパクリ発覚を恐れてタイトルを変えたという指摘はあたらないと思います。それにパクリとの認識があれば、いくら海外作品からの盗作まがいの行為が横行していた時代とはいえ、そんなに似た名称を選ばないでしょう。

Posted by: emuemu | September 23, 2008 at 11:34 AM

emuemuさんのコメントは少し参考になる点があったのですが、本題からそれるので、ブログ主さんが「知りたい」とおっしゃるまでそれについては書きません。


本題は、上の3点
【 → (1960) 星新一「生活維持省」 】
【 → 星新一「生活維持省」も同じ。 】
【 → 星新一「生活維持省」も同じ。 】
で要約したように、星新一「生活維持省」の設定・ストーリ展開が全て Silverberg 作品に見出される点にあります。

(最後の数行のオチだけ星新一オリジナル?)

Silverberg「人口維持省」職員に「自分の子供は見逃してくれ」と親が懇願する場面と、
  星新一「生活維持省」職員に「自分の子供は見逃してくれ」と親が懇願する場面も非常に似ています。

(星新一短編では、この場面(および、そこに至る準備)が作品の大半を占めている)

コンピュータが、毎日はじき出すターゲットの名前を、忠実に処理する「人口維持省」職員 Walton に親が懇願する。

焦燥しきったその親が言うには、子供が Happysleep該当者に選ばれたという。

(p.13) "The boy's perfectly sound, Mr. Walton. Couldn't you ---"
「元気に育っているんです。 どうにか見逃して…」

(p.13) "I can't make exceptions, [...] you understand our program."
「例外は認められません。 この方針については、よくご存知のはずではありませんか。」

Posted by: (1957) Master of Life and Death | September 24, 2008 at 02:43 AM

失礼します。

「シルヴァーバーグの原作に似たようなものがあった」のは、別に星新一氏がそれをパクッたということを意味しません。アイデアそのものは「誰でも思いつく」類のものだということを意味しているにすぎません。

つまり、「イキガミ」と「生活維持省」を形成するアイデアや詞の使い方の間に如何に類似点が多くあろうとも、それはパクリを証明することにはならない、ということを示しているだけです。

シルヴァーバーグの該当作を見つけてこられた努力と慧眼には敬意を表します。大したものだと思いますが、しかし、似たような作品はさらに遡ってもたくさん見つかると思います。SF短編集のアンソロジーを覗けば、大同異曲のアイデアに基づくものはたくさん見つかることでしょう(といっても、ここまで類似点が多いものはそうそうあるものではないので、発見者の慧眼は賞賛されるべきなのですが)。著者名や作品名は思い出せなくとも、「ああ、似たようなものならいくつも読んだことがある」と思った人は少なくありますまい。

つまるところこれは、「国家(権力)の、個人に対する理不尽な暴力」というテーマのバリエーションの一つでしょう。何ら特別にオリジナリティのあるアイデアではなく、アイデアだけを言うのなら(ここだけ取り出せば、ですよ)陳腐とさえいえると思います。

これは、星新一の「生活維持省」の評価を貶めるものでもなく、逆に「イキガミ」の評価を高めるものでもありません。作品の評価は、アイデアを超えたところ、そのアイデアをどのように料理するかにあるのではないでしょうか。

Posted by: Shin-ichiro | September 24, 2008 at 02:39 PM

シルヴァーバーグの原作 → シルヴァーバーグの作品

Posted by: Shin-ichiro | September 24, 2008 at 02:44 PM

>Shin-ichiroさん

 理性的で抑制の効いた文章。書かれた内容も理路整然としています。しかし、誠に申し訳ありませんが、この際はっきり言わせていただきます。
 凡庸な中立意見をわざわざ開陳しないでいただけますか。読書感想文の宿題ではないのです。再三に亘って、

>つまり、「イキガミ」と「生活維持省」を形成するアイデアや詞の使い方の間に如何に類似点が多くあろうとも、それはパクリを証明することにはならない、ということを示しているだけです。

 ではないことを検証して述べているのですから、それに対する反論でもない常識論を提示しないで下さい。問題の論点がどんどんぼけてしまいますので。

 あなたが賢い常識人だということは充分分かりました。しかし、そのレベルでは語れない問題だと言うことを理解してください。ここの読者のほとんどは、あなたが主張していることなどとっくに承知していると思います。

Posted by: SHIN | September 24, 2008 at 08:01 PM

アメリカの大ソースから日本人がパクって成功する
 ↓
その日本人(の関係者)が、偉そうに別の日本人のパクリを糾弾する (「お前が言うな!」)

…という展開が「NBA画像からの盗用疑惑」の時と同じ。

NBAトレース疑惑 http://www.geocities.jp/slamdunk_trace/
の時は、時間的に、この辺りで竹熊さんがコメントしたように記憶している。(今回もどうぞ)

私自身は、星新一「生活維持省」を中学生の時から
数え切れないほど読み返して、内容をほぼ暗記してしまってるから、上の Silverberg からの抄訳で十分なんだが、念のために並置しておきますね。


(星新一「生活維持省」の設定・ストーリ展開が全て Silverberg 作品に見出される。)

セリフもそっくり:

(コンピュータが、毎日はじき出すターゲットの名前を、忠実に処理する「人口維持省」職員 Walton に親が懇願する。
焦燥しきったその親が言うには、子供が Happysleep該当者に選ばれたという。)

● (p.13) "The boy's perfectly sound, Mr. Walton. Couldn't you ---" 「元気に育っているんです。 お願いですから…」

星新一(翻案)短編: 「あれまで育ってきた、かわいいアリサを」 「せめて、あたしをかわりに。お願いです」


● (p.13) "I can't make exceptions, [...] you understand our program." 「例外は認められません。 この方針については、よくご存知のはずではありませんか。」

星新一(翻案)短編: 「それを聞きいれていたら、きりがありません。」 (「方針」について)「よくご存知のはずではありませんか。」

Posted by: (1957) Master of Life and Death | September 25, 2008 at 01:26 AM


常識人と言われるのはやや面映いものですね。

| あなたが賢い常識人だということは充分分かりま
|した。しかし、そのレベルでは語れない問題だと言
|うことを理解してください。ここの読者のほとん
|どは、あなたが主張していることなどとっくに承知
|していると思います。


承知していらっしゃるなら、なぜSHINさんは延々と

☆「イキガミ」と「生活維持省」の一部のdetailの共通性 
 ・両作品における「維持」というコトバの牽強付会的な類似性の議論など

☆「イキガミ」という作品が如何に下らないか

と2点のみを繰り返して語っていらっしゃるのでしょうか。もちろん論そのものは価値あるものですし、特に後者に関しては拝聴すべき点がたくさんありその結論に対して特に強い異論があるわけではありませんが、「常識」に従えばそれらは@パクリか否か@に関してはなんの関係もないわけですが。

---------

というか、私の上に書いたことは、そもそもこのblog主さんのエントリで書かれていたこととほとんど同じ。別の書き方で書いただけです。

せいぜい、もしかしたら私のコメントで新しいことは、この作品のアイデアが「国家(権力)の個人に対する理不尽な暴力」であるという具合に一般化したことだけ(極端に言えば、それこそカフカなり国家を神に読み替えれば旧約聖書まで同様のアイデアは遡ることができます。ここまでの一般化は私も適当だとは思いませんが)。

私のコメントが「常識」であり、議論以前に認めるべきことをSHINさんも承知の上であるならば、まずはその「常識」にこの件が当てはまらないことを立証しなくてはならない責はSHINさんの側にあるのではないでしょうか。


Posted by: Shin-ichiro | September 25, 2008 at 08:59 AM

上で、

・両作品における「維持」というコトバの牽強付会的な類似性の議論など

における「牽強付会的な」という部分は私の主観に過ぎませんし不必要ですので削除の上訂正させてください。

申し訳ありませんでした。

Posted by: Shin-ichiro | September 25, 2008 at 09:12 AM

>(1957) Master of Life and Death 様
生と死の支配者をきちんと全部読まれての書き込みでしょうか?

生と死の~は「ある目的のために政府が人口を調整する」
というテーマは同じであるものの、
前任者が暗殺された為に人口維持省の長官となった男が主人公で、
「生活維持省」とは違い、ミステリ要素の強い作品であったと記憶しているのですが。
引用部分も随分と恣意的なものに感じられます。

横レス失礼いたしました。

Posted by: sur | September 25, 2008 at 09:35 AM

>Shin-ichiroさん

 星新一の遺族が「イキガミ」に対して、知的財産権侵害で訴えたとしても、そもそも訴状が受け入られないだろうとわたしは考えています。二つの作品は実によく“似ていません”。にもかかわらず、時として、似たような設定が目に付き、それは「生活維持省」に関しては必然的なものなのに、「イキガミ」ではとってつけたようなものになっている。それがおかしいと思ったから、わたしは再三それを指摘しています。
 その端的なものが「維持」という文言だったのです。そして、国家が国民の間引きをするという設定です。
 これまでの「イキガミ」の進行を見る限り、間瀬元朗は「余命24時間と告げられた若者が、死と向き合って生きる様」を描きたかったのだと思います。ストーリー作法としては「難病ものパターン」という実にイージーな手法ですが。
 だったら、本当に難病にしてしまえばよかった。若者だけが罹患する原因不明の難病。発症すれば死亡率は100%で即死、しかし、24時間前にその発症を予測するシステムは完成している。車や電車の運転中、飛行機の操縦中の発症を恐れて国家はその予測を罹患者に届ける(その死亡予告通知書が“逝紙”なんてふざけた名称にならないことは理解いただけるでしょう)。
 これなら、間瀬元朗が描きたかった世界はなんの破綻もなく展開できるでしょう。国家的な殺人、それを告げに行く人、死亡予告通知書を見てうろたえる家族、なんて余計な要素は全く必要ないのです。
 なんで、余計なものが混ざっているのか、それはよく考えもせずに借りてきたからなのではないのか、というのが私の主張です。
 両者を比べてみたが、それほど似ていないなんてことは、百も承知で指摘しているのです。
 

Posted by: SHIN | September 25, 2008 at 02:01 PM

>SHIN様

>間瀬元朗は「余命24時間と告げられた若者が、死と向き合って生きる様」を描きたかったのだと思います。
>国家的な殺人、それを告げに行く人、死亡予告通知書を見てうろたえる家族、なんて余計な要素は全く必要ないのです。
作者の描きたいものが「余命24時間と告げられた若者が、死と向き合って生きる様」だけと決めつけるのはいささか早計ではないでしょうか?

>だったら、本当に難病にしてしまえばよかった。
それは結果論かと思いますが。。。

だんきち様も上でおっしゃっていますが、
>腰の引けた恣意的な言葉はみっともない
>という実にイージーな手法ですが。
>“逝紙”なんてふざけた名称
など感情的・攻撃的な文で無駄が多く、
読みごこちが極めて悪いですね。
もう少し冷静に話されたほうが実のある論議になると思いますが...

という私は通りすがりでイキガミも読んだことないんですけどね。

Posted by: ho | September 25, 2008 at 07:37 PM

>SHINさん

お相手ありがとうございます。

知的財産権侵害は成立しないだろう、という認識は一致しているようですね。すなわち、客観的に「パクリ」が証明されることはないだろう、という認識では一致しているわけですね。

いえ、誤解しないでいただきたいのですが、別に言質をとって勝ち誇ろう、なんていうつもりではありません。客観的な「パクリ」の証明はできない、ということは、必ずしも「パクリがなかった」ことの証明が可能であることを担保しているわけではないからです。「パクリなし」立場の人も述べていることは「パクリがあったとは限らない」であり、誰も「パクリがなかった」ことの証明はできていません(というか不可能でしょう)。

私の立場は、

*アイデアそのものは一般的なものであり、パクってようがパクってなかろうがどうでもいい。今までも似たような作品はあったしこれからもあるだろう。作品の出来不出来はそれとは関係がない。

であり、さらに(上のコメントでは述べておりませんが)

*これが「パクリ」とされた場合には、今後の多くの人の創作芸術に無用な縛りがかかる危険性が高い。よほどの悪質でパクリが明白なケースでもなければ、とやかく言うほどのこともない。

というある意味しごく「常識」的なものです。

-------------------

この件に関しての「証明」は(パクリありの証明もパクリなしの証明も)おそらく今後とも不可能であり、したがってイギガミの作者および編集者に対する懲罰を求めるようなアクションは実質的には起こせないだろうし起こすべきではない、という立場は堅持しつつ、しかし、「パクリが本当にあったろうか」と考えたときに「有り得たかもしれない」ということは思います。

証明は出来ない以上、我々単なる読者とは違う、SHINさんの作家としての「直感」は尊重されるべきだとは思います。

そこで伺いたいのですが、SHINさんが上で述べておられることは、こういうことだと理解してよろしいのでしょうか。

1)「イキガミ」で作者が作品のテーマとして述べたいことは、「国家が個人を無作為に選んで殺す」という外枠とほとんど関係ない。それは、「イキガミ」における様々な無理や矛盾が示している。

2)このようなテーマと枠組みの乖離は、枠組みが作家の内在的な、すなわち作品としての本質から出てきたものではなく、単純に他所からそのまま借りてきたきた(すなわち「パクった」)ことによると考えられる。

3)「生活維持省」と「イキガミ」には、無意味な(「似ていない」)一致点が多く、パクリ元が星新一であることを示唆している。

如何でしょうか。

Posted by: Shin-ichiro | September 26, 2008 at 10:52 AM

>Shin-ichiroさん

 はい。わたくしが主張したかったことは、その3点です。
 おかしなことには必ず理由があります。そのおかしさは「召集令状=アカガミ」なんてことでは説明がつかないおかしさです。似ている、似ていない、知的財産権の侵害だ、という議論ではありません。しかし、『生活維持省』という小説を最近まで読んでいなかったという言訳は(議論が剽窃云々になってしまったので、しょうがないんでしょうが)ちょっと見苦しいかなと。

 ここで書くべきか迷いましたが、Shin-ichiroさんはひょっとして理学博士号をお持ちに科学者なのでは?

Posted by: SHIN | September 26, 2008 at 01:23 PM

>SHINさん

サイトを拝見させて頂きました

>『生活維持省』という名称
>物語の内容とは裏腹に、なんともほのぼのした響きの言葉だが、実はこれほど的確な言葉はない。


「生活維持省」と言う言葉には、ほのぼのどころか、明らかに不穏な印象を受けます。

作品を読めば分かりますが、生活維持省は人工的な平和を無理矢理実現させている機関であり、
この言葉からは不自然な印象や違和感を覚えなければならないと思いますが、
この程度の事も理解されていないのですね。

まあ、ここは日本ですし、ご自身の読解力に従って解釈すればよろしいと思いますが
「ほのぼの」と言う感想は、普通の読解力を持っている人は抱かないでしょうね

Posted by: 花林糖 | September 27, 2008 at 01:07 AM

>>花林糖さま

あのですね、上でemuemuさんが見事に洞察しているように、

|ショートショートの命であるどんでん返しの結末を台無しにする間違いを星新一が犯すはず無いです。


|また、「生活維持省」というタイトルで作者はミスリードを狙っているはずですよ。

ですので、タイトルおよび出だしは「ほのぼの」しておいて、後でゾッとするのが(星新一が意図したであろうという意味で)正しい読み方なのです。もしこのタイトルだけで「明らかに不穏な印象」を受けたと主張されるなら、それは星新一の作品に対するけっこう強い非難をしていることになります。もちろんそれはご自由なんですが。

いやまあでも、生活維持省という言葉で「ほのぼの」するか、と言われると、個人的にはあんまりしません。生活維持、っていうと語感は割と貧乏くさいですし。とはいえ、これだけで不穏な印象は普通受けないと思いますし、後で気がついてゾッとする、という効果も狙っているんでしょうか。

タイトルを使ったどんでん返しというと、デーモン・ナイトのHow to serve man というのが原題でしたっけ、「人類供応法」という邦題で読んだ記憶がありますが、あれが見事でしたね。

ん?それを言うなら「注文の多い料理店」もそれか。

でもそういうカテゴリーには「生活維持省」は入りませんかね。

Posted by: Shin-ichiro | September 27, 2008 at 12:03 PM

作者の姿勢次第だと思います。
自分は素直に星新一の話をオマージュしたとか参考にしたと作者が認めればそういう作品なんだなと思いますし、逆に認めず否定し嘘を付くのならクズだなと思います。

Posted by: 名無し | January 25, 2011 at 04:37 PM

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