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August 14, 2008

巨大眼と「かわいい」

 日本マンガの特徴のひとつに「大きな眼」がある、ということは、おそらく世界じゅうで認識されているでしょう。海外の日本マンガスタイルのマンガ(ややこしい表現ですみません、要はアメリカンマンガなど)でもけっこう眼が大きく描かれますが、日本マンガはそれよりさらに大きい。

 「モーニングツー」に連載中のフェリーぺ・スミスなども、日本進出にあたり、女性の眼をさらに大きく描くようになってます。また「ちゃお」「りぼん」「なかよし」などの低学年向け少女誌では顔の三分の一をしめるほどの、史上最大の巨大眼が流行しています。

 かつて劇画系のマンガが存在していたときには、大きな眼は少女マンガの特徴のように語られていました。しかしそのころでも、手塚系のマンガは巨大眼を持っていましたし、今はもう、日本マンガの全ジャンルで、眼は大きくてあたりまえになっちゃいましたねえ。

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 石子順造『戦後マンガ史ノート』(1975年紀伊國屋新書)では、戦後少女マンガにおける大きな眼の典型を、「少女フレンド」「マーガレット」創刊当時(1963年)におけるわたなべまさこに見ています。

 「フレンド」も「マーガレット」も、表紙をかざるのは金髪碧眼の白人少女モデル。わたなべまさこの描く登場人物も「瞳が輝やく西洋人形のような主人公」。

 この時期のマンガの大きな眼は、西洋への、もっというならアメリカへのあこがれとペアで存在していた、と考えることも可能です。

 しかし、わたなべまさこは貸本マンガ出身で、少女向け貸本マンガの表紙や登場人物はすでに大きな眼を持っていました。石子順造はさらにそのルーツを、以下のように考えました。

貸本マンガにおけるそのような少女の図像は、おそらく、戦前の『少女倶楽部』や戦後の『少女クラブ』に必ずといえるほどついていた蕗谷虹児の色刷りの折込みをはじめ、江川みさお、糸賀君子、佐藤漾子、山本サダといった多くの挿絵画家の絵を稚拙に真似し、誇張することによって生まれてきたものと推定できる。

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 この石子順造『戦後マンガ史ノート』を引用する形で、佐藤忠男が「少女マンガの大きな目」という文章を書いています(『漫画と表現』1984年評論社)。

 佐藤忠男は、明治44年「少女世界」から昭和25年「ひまわり」まで、少女雑誌の表紙37枚を集めた雑誌特集を参考にして、大きな眼のルーツを探っています。

これで見ると、広島新太郎という画家の描いた大正八年の「少女」の表紙の絵が、すでにずいぶん目が大きい。もっとも、同じ年の「女学世界」の竹久夢二の絵、大正十四年の「少女画報」の高畠華宵の絵、昭和四年の「令女界」の岩田専太郎の絵などは、とくに目が大きいとは言えない。しかし蕗谷虹児などは大正十年の「少女画報」あたりからすでにかなり大きな目を描いている。昭和十年代には「少女の友」の中原淳一の表紙がとくに少女に人気があったようであるが、大きな目をしたモダーンな美少女のパターンはここで完成したと言っていいのではなかろうか。

 やっとビッグネーム、中原淳一の名前が出てきました。

 佐藤忠男は、蕗谷虹児や中原淳一の描く少女の大きな眼は、西洋的なものを求めたわけではないとします。

では、大きな目とはなにか。ひとつ考えられることは幼児性ということかもしれない。幼児は頭だけ大きくてその割に体や手足は小さい。つまり体全体のプロポーションからすれば目は大きい。だから目が大きいのは十代であっても幼児的に見え、かわいらしい。

 佐藤忠男も、巨大眼=幼児性=かわいいと、前項に書いた手塚治虫と同じようなことを考えているようです。

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 少女マンガに登場する眼の大きな少女を「BEG 」=「Bug-Eyed Girl 」と呼んだのは、米沢嘉博『戦後少女マンガ史』(1980年新評社)でした。SF用語で「ベム」とは、昆虫のような眼をもった宇宙怪物=「Bug-Eyed Monster 」を指しますが、それをもじった言葉です。

 米沢嘉博は、戦後少女マンガの創始者/変革者を、手塚治虫と高橋真琴に求めました。

 少女誌におけるストーリーマンガの祖が手塚治虫『リボンの騎士』。そしてマンガに、ストーリーとは異質のスタイル画を導入した高橋真琴でした。

 そして本書で米沢が、戦後少女マンガの大きな眼に影響を与えた画家として挙げていたのが、まず中原淳一。あと、松本かつぢの名が少しだけ登場します。

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 高橋真琴はインタビューで、中学二年のころ雑誌「ひまわり」の抒情画を見て挿絵画家をめざした、と語っています。「ひまわり」は1947年中原淳一が創刊した少女雑誌ですから、高橋真琴は中原淳一の直系と考えていいでしょう。

 それでは手塚治虫はどうか。手塚治虫/石子順『手塚治虫漫画の奥義』(1992年講談社)より。

戦前の中原淳一は知らないですね。戦後ですね。戦前というとね、蕗谷虹児とかね、岡本帰一。岡本帰一は好きだったですよ。

 岡本帰一はデザイン的な処理をした童画を描くひとですから、大きな眼とはあまり関係ありません。

それから、ぼくが好きだったのは、子どもの頃というより、ちょっと大きくなってからですが、松本かつぢですね。かつぢさんは、これは宝塚のおもかげがあったんですね。非常に清楚で、スタイルが良かったんですよ。いわゆる、かっこいいって感じね。

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 というわけで、これまでの知見を総合しますと、日本マンガの大きな眼の祖は、中原淳一松本かつぢであると言えるでしょう。

 現在から見ても、このふたりの巨大眼少女の完成度はすばらしい。

 しかし、彼らに先行する蕗谷虹児もいます。また初期の中原淳一は、明らかに竹久夢二を真似た絵を描いてますから、彼も忘れるわけにはいきません。

 彼らまでさかのぼって考えますと、やはり巨大眼少女たちは西洋人のコピーとして登場したのではなさそうです。

 ここは佐藤忠男の言うとおり、かわいい=幼児性を追求することでしだいに眼が巨大になり、それが結果として「西洋的な感触と結びついて印象づけられた」というところなのでしょう。

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Comments

 いま、東京の弥生美術館で、「乙女のイコン展~大正・昭和の雑誌に見る少女画のイコノグラフィー」という企画展をやっているそうです。
 http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/

Posted by: すがやみつる | August 15, 2008 at 03:26 AM

後もう1つ、認知における心理学的要素として
人間の「目」が、対象に対する精神的な認識において
非常に重要な要素を占める部位である事も考えられるのではないでしょうか。

客観性の未発達な幼児が描く人物画は、写実性よりも心理的認識の
度合いに従った図像として「目が大きい」ものになりがちです。
(実距離ではなく、通信頻度や経済状況の尺度で描かれた
『歪んだ地球儀の図』のようなものですね)
自分は件の“BEG”の真髄を「小さな女の子が描く
“お姫様”の絵」と称していますが、客観的な実体の描写ではなく
『主観的な心理上の印象画像』として人物の絵を造形する時
「大きな目」は描き手にも、そして見る者にとってもある種の
「主観的画像」として比較的自然に受け止められる部分があった為に
ここまで普及したように思います。

客観性よりも主観性や感情・情緒性を重視する少女系の作品で
この「BEG」が生まれ、発達してきた事にも関係が深いと思います。
客観的写実性よりも主観的印象性を優先した「世界観」という
意味では“幼児性”のもうひとつの側面でもあると言えますが。

Posted by: ひふみー | August 15, 2008 at 01:47 PM

>弥生美術館
一度行ってみたいのですが、地方在住者にはなかなかチャンスがありません。「らんぷの本」として出版されるといいのですが。

>小さな女の子が描く“お姫様”の絵
うーんこれはお見事。ありがとうございます。巨大眼少女をコドモの描く絵と考えると、腑に落ちることがいっぱいありそうです。

Posted by: 漫棚通信 | August 15, 2008 at 05:27 PM

中原淳一は人形も作っていた、創作のひとつのジャンルとして。自分の楽しみでもあったのかもしれない。人形の目は大きい。人形浄瑠璃の目をみよ。中原淳一は人形づくりから学んで、彼の挿絵に「大きな目」を導入したのである、という説を読んだことがあります。

高橋真琴という人の作品は読んだことがないのですが、昭和30年代の漫画に、コマ割りを無視してページの端に大きな主人公の絵がかいてあったりする。そのような装飾的な技法をあみだしたのが高橋氏らしい。

Posted by: しんご | August 25, 2008 at 08:29 PM

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