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August 28, 2008

世界なんか滅んでしまえ『世界制服』

 榎本ナリコである、野火ノビタである。彼女の新作短編集がこれ。

●榎本ナリコ『世界制服』1巻(2008年小学館、533円+税、amazonbk1

 読み始めておどろいた。これって榎本ナリコ? 互いに傷つけあう孤独な人物しか登場しない、すばらしく辛気くさい作品ばっかり描いてる著者の新作がこれ?

 コメディでパロディで、登場人物の言動がはじけてること。パンツ見せ率高し。これまでの作品と比べて眼の大きさが二倍となっております。いやこんな作品も描くんですねー。

 タイトルは『世界制服』と書いてユニ・フォームと読ませ、実はユニヴァーサル・リフォームの略、ってことになってるようですが、ダジャレをさらにひねくりまわしてますね。

 下敷きにされている作品や設定はおなじみのものばかり。巻頭の「高卒エスパー光」では、超能力者を自称する引きこもり少年のアパートに、突然美少女が訪ねてくる。「やっと出会えた仲間なのに!」 このすでにありふれた設定で、エロにせずコメディとしてどうオチをつけるか。

 第二作「創世記」は、世界はリアルかヴァーチャルか、というディック的世界にオタク風味をまぶしたもの。

 四作目の「最終兵器彼氏」では、タイトルがアレで、主人公が明と了というアレで、しかもオチが「銀河ヒッチハイクガイド」です。
 
 しかし根が榎本ナリコでありますから。登場人物は痛い人物ばっかりだわ、世界は滅亡してばっかだわで、皮肉に満ちています。

 基本的にオチのあるアイデアストーリーなので、心の黒さがにじみでているのはたいへんけっこう。フレドリック・ブラウンや星新一や藤子F先生に連なる系譜として読むのも可であります。

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August 26, 2008

円山応挙のカワイイ

 みなもと太郎先生からのコメントをいただきまして、円山応挙(應挙)の描いた「カワイイ犬」の絵をネット上から拾ってきました。どれも子犬がごろんごろんしてます。

 かわいいようかわいいよう。応挙がなんと18世紀のひとであることを忘れないでね。

狗子図

狗子図

雪中狗子図

柳下狗子図

狗子図

朝顔狗子図(拡大できます)

 で、下記は長澤芦雪(盧雪)という絵師の絵。円山応挙の弟子だそうです。これもカワイイ系。
http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/images/784.jpg

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夏休み

 遅い夏休みをとって、二泊三日の国内旅行に出かけておりました。お好み焼きとかアナゴめしとか焼きガキとか、ばかばか食べてましたら、体重が三日で2.1kg増えてしまいました。きゃー。

 持って行った文庫本は、サラ・ウォーターズ『半身』だったりして。マンガやネットとはまったく離れた数日でした。

 ただこれではこのブログの趣旨とずれてしまいますので、旅行最終日の本日、旅行先で買ってきたマンガその他。

●山田芳裕『へうげもの』7巻
●東村アキコ『ひまわりっ』8巻
●吉永龍太『チノミ』3巻……これで完結。
●青木幸子『ZOO KEEPER 』6巻
●福島聡『機動旅団八福神』8巻
●比嘉慂『美童物語』2巻……絵については開き直ったのか、どんどんプリミティブになっていってます。
●黒田硫黄『あたらしい朝』1巻……おお、おひさしぶりのクロダイオー。
●永島慎二『太陽をぶちおとせ!』……この系統のアクション劇画があったからこそ、永島慎二は梶原一騎と組むことができたのですねー。
●山田敏太郎『都市伝説学者 山田敏太郎』……珍本がお好きなかたに。表紙カバーは丸尾末広ですが内容とは無関係。
●オノ・ナツメ『I've a rich understanding of my finest defenses 』……モーニングツー連載『COPPRES 』の原型マンガ。
●内藤ルネ『内藤ルネ自伝 すべてを失くして』……立ち読みしただけですが、うーんこの本はスゴイ。

 重かったぞっ。なぜ地元に帰ってから買わないのかと問われれば、これはもうはずみで買ってしまったとか言えません。

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August 22, 2008

高校生限定オススメ『マンガ物理に強くなる』

 『あんたっちゃぶる』以来の鈴木みそファンでしたが、かつてブルーバックスから『マンガ 化学式に強くなる さようなら「モル」アレルギー』(2001年講談社ブルーバックス、940円+税、amazonbk1)が刊行されたときは驚きました。でも考えてみれば、レポートマンガをずっと描いてきたひとですから、ムズカシイことをわかりやすく伝えるのは得意なはず。

 でも、モルですよモル。そういえば、モル沸点上昇、モル凝固点降下ってあったよなー。あれなんだったっけ。記憶の彼方であります。ちょと不安に思いながら読んだのですが、これが楽しくわかりやすい本でよかった。その後モルについては再度記憶の彼方に行っちゃいましたけど。

 で、楽しみに待ってた、鈴木みそによる学習マンガ第二弾。

●鈴木みそ/関口知彦『マンガ 物理に強くなる 力学は野球よりやさしい』(2008年講談社ブルーバックス、980円+税、amazonbk1

 今度は物理、しかも力学の基礎です。質量と速度と加速度と力だっ。さすがにこっちはモルよりは覚えてるぞ。

 学年一の天然系秀才少女が、野球部のエースで四番、留年の危機にあるデンチュー君に物理の基礎を教えてくれます。彼らにからむのが、デンチュー君ラブの女の子と、顔ゴツイ系野球部捕手。というわけでラブコメ風味もあります。

 ほんとに基礎の基礎をじっくり語ってくれてます。教科書の公式まる覚えより、ずっと役に立ちますね。登場人物が野球部員なので野球のボールが例として登場。著者にしてみれば、サッカーでなくて野球にしてみたけどこれで良かったのかしら、と不安があるみたいですが。

 思えば戦前の少年倶楽部のキャッチフレーズ、「おもしろくてためになる」は、現在もレポートマンガやウンチクマンガに引き継がれています。しかし幼年向け以外の学習マンガは、おもしろさよりも、高度なことをわかりやすく、という大目標があります。

 これを成功させるのはむずかしい。このジャンルでのゴールは感動じゃなくて理解なのですから、すでに普通のマンガとは違うものです。最近は幼年向けじゃない学習マンガも増えてきましたが、多くの作品はおもしろさを犠牲にしてるし、さらにわかりやすさという意味でももうひとつ(読者であるわたしの理解力の問題もあります)。

 その点、本書は名作の部類にはいるのじゃないか。メインとなる講義部分と小ギャグやつっこみが渾然一体となり、「勉強の喜び」も描かれてて、気持ちよく読めます。

 ただしこれは、一応理系であるわたしの感想でして、高校物理をやってない妻などは、すでにこの本の最初のほうでうーんうーんとうなっておるのでありますが。

 しかしこういう本が読める今の高校生は幸せですね。わたしが若いときにこんなマンガがあったらなあ。高校生諸兄には、すっごくオススメ。

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August 20, 2008

色がない

 こういう本が出てまして。

●けらえいこ『ためしてあたしンち』(2008年メディアファクトリー、380円+税、amazonbk1

 これまで発行されてる『あたしンち』の単行本から作品をセレクトした本。これを読んでみましたところ、あらら、色がない。

 『あたしンち』はフルカラーで描かれてるんですが、この本、全ページモノクロ。この形式で読んでみると、驚いたことにおもしろさ50%減という感じです。

 色があってこそ、という表現をしてるマンガをモノクロにしてしまうと、これほど魅力がなくなるとは。でも廉価版だからしょうがない、というところではあります。

 もいっこ。

 「今日マチ子のセンネン画報」というブログがあります。

 1ページのマンガやイラストがほぼ毎日アップされており、現在では膨大な量が読めるようになってます。どんなマンガかは、リンク先をのぞいてみてください。

 長くやってるのでいろんなタイプの作品があります。オチがある短編マンガに近いものもあり、ヒトコママンガのような印象を持つものもあり、マンガで描いた俳句や短歌みないなのもあり。

 そのうち、とくに男女高校生が登場するシリーズが集められて書籍化されています。

●今日マチ子『センネン画報』(2008年太田出版、1200円+税、amazonbk1

 ハードカバーのオシャレな本で、わたし喜んで買ったのですが、これがまた色のついたページは少しだけ。ほとんどのページがモノクロでした。

 Web 連載ですから、当然モニタ上では色がついた作品が読めます。これが書籍になってモノクロなんですよ。書籍のほうが1ページ1作品で落ち着いて読めるのに、カラーじゃない不完全版。なんとも残念です。

*****

 マンガ単行本から色がなくなったのはいつごろでしょうか。

 かつてマンガ単行本がハードカバーだったころ、四色ページや二色ページが存在するのがあたりまえでした。

 その後、B5判、100ページほどの薄い雑誌型単行本(光文社のカッパコミクスや東邦図書出版社のホームランブックスなどですね)が発売されるようになっても、四色ページや二色ページがありました。

 ところが1966年新書判単行本が発売されるようになり、その後マンガ単行本からはほとんど色が消えました。

 雑誌にはカラーページがあっても、後世に残るのは単色の単行本です。新書判単行本以後、多量のマンガが流通するようになりましたが、そのかわりマンガ単行本は色を切り捨ててきました。

 だいたい、エルジェの『タンタン』やアメコミが邦訳されたときですら、カラーページは少しだけ、ほとんどモノクロで読むことになってたのですからねー。モノクロのタンタンやスーパーマン、ファンタスティック・フォーというのも、ちょっとねえ。

 青年マンガが、新書判じゃなくてそれよりひとまわり大きいB6判単行本(双葉社ACTION COMICS や小学館BIG COMICS )を出すようになったのは1972年ごろですが、当初はカラー口絵と二色ページがある仕様になってました。この習慣も最近はすたれてしまいましたね。カラー口絵も作品によって、あったりなかったり。

 ウチにある『美味しんぼ』で調べてみると、1993年発行の40巻以後は二色ページが消えて、同年発行の42巻以後はカラー口絵も消えてしまいました。

 最近は、新書判でカラーページを見かけることも多くなりました。日本マンガも薄利多売の時代でもなくなってきてるようです。Web では色があるのがあたりまえなのですし、そろそろマンガ単行本に色が復活するのを期待してもいいのじゃないかしら。

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August 16, 2008

五周年

 えーネット上で文章を書き始めてから本日でまる五年となりました。

 どなたもご存じないでしょうが、以前はこっそりとさるさる日記で書いておりました。そのころの訪問者数は一、二、一、二、という感じで、まあ読者は自分だけでしたね。その後ブログなるものの流行を見てココログに引っ越してもう四年。いろいろなこと、事件と呼べるようなこともあったりして、お騒がせしてまいりました。

 人気ブログがいつの間にか閉鎖してしまうこともよく見かけますが、ネット上の日記やブログは、作者側がどうしても更新に疲れてしまったり飽きがきたりします。これはもうしようがないのですよ、そういうものなのです。わたしも初期は毎日更新してましたが、そのうちに週三回、最近は三日に一回、ぐらいのペースになっちゃってますね。

 しかもウチは「ほぼ」マンガの話題「だけ」を扱うようにしてますので、ネタに困ることも多い。仕事が忙しいこともありますし、TVに映ってるオリンピックをぼーっと眺めてることもありますしね。

 このさきも、気張らずだらだらのんびり続けていくつもりですので、興味のあるかたがいらっしゃいまいしたら、気長におつきあいお願いします。

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August 14, 2008

巨大眼と「かわいい」

 日本マンガの特徴のひとつに「大きな眼」がある、ということは、おそらく世界じゅうで認識されているでしょう。海外の日本マンガスタイルのマンガ(ややこしい表現ですみません、要はアメリカンマンガなど)でもけっこう眼が大きく描かれますが、日本マンガはそれよりさらに大きい。

 「モーニングツー」に連載中のフェリーぺ・スミスなども、日本進出にあたり、女性の眼をさらに大きく描くようになってます。また「ちゃお」「りぼん」「なかよし」などの低学年向け少女誌では顔の三分の一をしめるほどの、史上最大の巨大眼が流行しています。

 かつて劇画系のマンガが存在していたときには、大きな眼は少女マンガの特徴のように語られていました。しかしそのころでも、手塚系のマンガは巨大眼を持っていましたし、今はもう、日本マンガの全ジャンルで、眼は大きくてあたりまえになっちゃいましたねえ。

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 石子順造『戦後マンガ史ノート』(1975年紀伊國屋新書)では、戦後少女マンガにおける大きな眼の典型を、「少女フレンド」「マーガレット」創刊当時(1963年)におけるわたなべまさこに見ています。

 「フレンド」も「マーガレット」も、表紙をかざるのは金髪碧眼の白人少女モデル。わたなべまさこの描く登場人物も「瞳が輝やく西洋人形のような主人公」。

 この時期のマンガの大きな眼は、西洋への、もっというならアメリカへのあこがれとペアで存在していた、と考えることも可能です。

 しかし、わたなべまさこは貸本マンガ出身で、少女向け貸本マンガの表紙や登場人物はすでに大きな眼を持っていました。石子順造はさらにそのルーツを、以下のように考えました。

貸本マンガにおけるそのような少女の図像は、おそらく、戦前の『少女倶楽部』や戦後の『少女クラブ』に必ずといえるほどついていた蕗谷虹児の色刷りの折込みをはじめ、江川みさお、糸賀君子、佐藤漾子、山本サダといった多くの挿絵画家の絵を稚拙に真似し、誇張することによって生まれてきたものと推定できる。

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 この石子順造『戦後マンガ史ノート』を引用する形で、佐藤忠男が「少女マンガの大きな目」という文章を書いています(『漫画と表現』1984年評論社)。

 佐藤忠男は、明治44年「少女世界」から昭和25年「ひまわり」まで、少女雑誌の表紙37枚を集めた雑誌特集を参考にして、大きな眼のルーツを探っています。

これで見ると、広島新太郎という画家の描いた大正八年の「少女」の表紙の絵が、すでにずいぶん目が大きい。もっとも、同じ年の「女学世界」の竹久夢二の絵、大正十四年の「少女画報」の高畠華宵の絵、昭和四年の「令女界」の岩田専太郎の絵などは、とくに目が大きいとは言えない。しかし蕗谷虹児などは大正十年の「少女画報」あたりからすでにかなり大きな目を描いている。昭和十年代には「少女の友」の中原淳一の表紙がとくに少女に人気があったようであるが、大きな目をしたモダーンな美少女のパターンはここで完成したと言っていいのではなかろうか。

 やっとビッグネーム、中原淳一の名前が出てきました。

 佐藤忠男は、蕗谷虹児や中原淳一の描く少女の大きな眼は、西洋的なものを求めたわけではないとします。

では、大きな目とはなにか。ひとつ考えられることは幼児性ということかもしれない。幼児は頭だけ大きくてその割に体や手足は小さい。つまり体全体のプロポーションからすれば目は大きい。だから目が大きいのは十代であっても幼児的に見え、かわいらしい。

 佐藤忠男も、巨大眼=幼児性=かわいいと、前項に書いた手塚治虫と同じようなことを考えているようです。

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 少女マンガに登場する眼の大きな少女を「BEG 」=「Bug-Eyed Girl 」と呼んだのは、米沢嘉博『戦後少女マンガ史』(1980年新評社)でした。SF用語で「ベム」とは、昆虫のような眼をもった宇宙怪物=「Bug-Eyed Monster 」を指しますが、それをもじった言葉です。

 米沢嘉博は、戦後少女マンガの創始者/変革者を、手塚治虫と高橋真琴に求めました。

 少女誌におけるストーリーマンガの祖が手塚治虫『リボンの騎士』。そしてマンガに、ストーリーとは異質のスタイル画を導入した高橋真琴でした。

 そして本書で米沢が、戦後少女マンガの大きな眼に影響を与えた画家として挙げていたのが、まず中原淳一。あと、松本かつぢの名が少しだけ登場します。

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 高橋真琴はインタビューで、中学二年のころ雑誌「ひまわり」の抒情画を見て挿絵画家をめざした、と語っています。「ひまわり」は1947年中原淳一が創刊した少女雑誌ですから、高橋真琴は中原淳一の直系と考えていいでしょう。

 それでは手塚治虫はどうか。手塚治虫/石子順『手塚治虫漫画の奥義』(1992年講談社)より。

戦前の中原淳一は知らないですね。戦後ですね。戦前というとね、蕗谷虹児とかね、岡本帰一。岡本帰一は好きだったですよ。

 岡本帰一はデザイン的な処理をした童画を描くひとですから、大きな眼とはあまり関係ありません。

それから、ぼくが好きだったのは、子どもの頃というより、ちょっと大きくなってからですが、松本かつぢですね。かつぢさんは、これは宝塚のおもかげがあったんですね。非常に清楚で、スタイルが良かったんですよ。いわゆる、かっこいいって感じね。

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 というわけで、これまでの知見を総合しますと、日本マンガの大きな眼の祖は、中原淳一松本かつぢであると言えるでしょう。

 現在から見ても、このふたりの巨大眼少女の完成度はすばらしい。

 しかし、彼らに先行する蕗谷虹児もいます。また初期の中原淳一は、明らかに竹久夢二を真似た絵を描いてますから、彼も忘れるわけにはいきません。

 彼らまでさかのぼって考えますと、やはり巨大眼少女たちは西洋人のコピーとして登場したのではなさそうです。

 ここは佐藤忠男の言うとおり、かわいい=幼児性を追求することでしだいに眼が巨大になり、それが結果として「西洋的な感触と結びついて印象づけられた」というところなのでしょう。

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August 12, 2008

手塚治虫の「かわいい」論

 今、日本は「かわいい」ものに支配されています。映画「ポニョ」がヒットしているのは、ジブリのブランド力もさるものながら、あの主題歌、ポニョという名前、そしてポニョの造形と、こちらのカワイイ心を刺激するものがそろっているから。

 奈良のマスコットキャラ「せんとくん」があれほど非難されたのも、わたしたちが考える「かわいい」の基準に合わなかったからです。

 「エロ」という何やらどろどろしてたはずのものも、すでに美少女系というかわいいものが席巻しています。一般のマンガにおいても、かわいくなければマンガじゃないと言わんばかり。

 ですから、かわいくない系のマンガ、劇画やオルタナティブやアメコミは、今はずいぶん苦戦してますね。

 さて、どういうものが「かわいい」のか、体系化、標準化することは可能でしょうか。「ひこにゃん」のどこがかわいくて、「せんとくん」のどこがかわいくないのか、これを言葉で説明するのはなかなかむずかしい。

 さて、手塚治虫が日本の「かわいい」のルーツとは言いませんが、彼は意識して「かわいい」を追求してきましたし、日本の「かわいい」をリードしてきたひとりであることはまちがいないところでしょう。

 手塚がかわいいについて書いたエッセイがあります。タイトルは「かわいらしさをどう表現するか」(「アニマ」1978年4月号掲載、講談社全集「手塚治虫エッセイ集3」に収録)。

 手塚がお手本にした「かわいい」は、ディズニーのアニメーションでした。手塚は球体に注目します。

ディズニーや、その先輩たちが創案したアニメーションの画の技法は、じつは球体を基本にしたものである。(略)ところがこの技法ははからずも、そのキャラクターをかわいらしく、愛くるしくみせる、大きな要素にもなった。

基本になっている球体の、組み合わせの数が少なければ少ないほど、できあがったキャラクターはシンプルで、それだけかわいらしさが増すということだ。
きょくたんにいえば、球体一つで構成されたキャラクターがもっともシンプルで、もっともかわいらしく感じるということになる。

 手塚は、オタマジャクシは球に近いからかわいくて、ミミズはかわいくないと書きます。そして球に近いということは、幼児に近いということでもあります。

われわれは無意識に、本能的に、初生児や幼児の愛らしさの類似点を、あらゆる生きものの子どもの中に認めて、かわいいの思いこむのではなかろうか。

 すなわち手塚によると、かわいいキャラとは以下のようになります。

(1)単純な球に近い
(2)頭が大きく手足が小さい

 次は眼です。手塚は眼を大きく描くのをすすめます。

大きな頭にこれも異様に大きな眼をつけることも多い。大頭にちいさな眼では、たんにおとなのミニアチュアにすぎないからである。

 さらに手塚は、「かわいい」=「エロ」にも自覚的でした。

かわいらしさの中には、つねに女性的なエロチシズムの要素がふくまれているのだ。

 ですから手塚キャラは、男性でもまつげが描かれています。手塚によると「幼児だけが持っているストイックなエロチシズム」を描くのには、まつげが良い小道具になるそうです。手塚が挙げている自作の例は、アトム、写楽保介、レオです。たしかにみんな男性ですが、大きな眼とまつげを持ってますね。

(3)大きな眼
(4)眼には女性的まつげ

 さらに演出上の問題としては、

(5)かわいいポーズや動き

も重要。そのためにはキャラが動物の場合、それを擬人化する必要があるのですが、ディズニーのバンピでも、眉を持っていることや、白目黒目によるデリケートな眼の表現がされていることを指摘しています。

 手塚治虫がサンリオのデザイナーなみに、「かわいい」を分析的に考えていたのがよくわかる文章です。

 もちろん手塚説からこぼれてくるかわいいもいっぱいあります。ミッフィーやキティの眼は大きいとは言えませんし、無表情だし、ポーズがかわいいわけでもないし。現代の「かわいい」の奥は、さらに深いのでありました。

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August 09, 2008

楳図かずお『赤んぼ少女』再刊

 あいかわらず楳図かずお作品が、怒濤のごとく再出版されているわけですが。

●小学館クリエイティブから初期作品復刻
●朝日新聞出版からは、かつて朝日ソノラマから出てたものの再版「楳図かずお恐怖文庫」
●小学館から「楳図パーフェクション」シリーズ

 いやもうどうすんだというくらい、いっぱい出てます。

 個人的に思い入れがあるのは、リアルタイムで読んでた『半魚人』(1965年「週刊少年マガジン」連載)と『笑い仮面』(1967年「少年画報」連載)ですね。怖い楳図作品という意味では少女マンガ系には負けるかもしれませんが、こっちは物理的に痛そうなところがなんとも。

 あと1966年「週刊少年マガジン」に載った『肉面』という短編がありまして、これはもう腰が抜けるほどコワかった。なんせ「肉」で「面」ですから、どんな作品かは想像してみてください。それぞれ今はこちら↓で読めます。

●楳図かずおこわい本7 神罰(2008年朝日新聞出版、楳図かずお恐怖文庫、485円+税、amazonbk1) 「肉面」他を収録。
●楳図かずおこわい本11 異形1(2007年朝日新聞出版、楳図かずお恐怖文庫、485円+税、amazonbk1) 「笑い仮面」前編他を収録。
●楳図かずおこわい本12 異形2(2007年朝日新聞出版、楳図かずお恐怖文庫、485円+税、amazonbk1) 「笑い仮面」完結編を収録。
●楳図かずおこわい本13 怪物(2007年朝日新聞出版、楳図かずお恐怖文庫、485円+税、amazonbk1) 「半魚人」他を収録。

   

 今はもっとも豊富に楳図本が出回っている時期かもしれません。

 さて楳図かずお「赤んぼ少女」が映画化されてますが、浅野温子は笑ってしまうくらいまるきり「楳図顔」ですねえ。映画化にあわせて出版されたのがこれ↓。

●赤んぼ少女(2008年小学館、952円+税、amazonbk1

 1967年「少女フレンド」連載。かつて秋田書店サンデーコミックスでは『のろいの館』のタイトルで単行本化されてましたから、そっちで知ってるひとも多いでしょう。その後『赤んぼう少女』に改題され、今回『赤んぼ少女』に戻されました。

 えーご存じ、あの有名な「赤んぼ」で「少女」のタマミちゃんです。

 いつまでも赤んぼのまま成長せず、顔は醜く、心は残忍かつ邪悪、神出鬼没で怪力も持ち合わせるという、ある種古典的な究極の悪役。

 その対極にはタマミの妹、能天気な天然系美少女の主人公、葉子が存在するのですが、今読むと、かつてとは印象が変わりましたね。

 葉子が何も考えず、ただきゃーきゃー言いながら怖がってるのに対し、タマミのほうは天井裏や古井戸で自分の境遇に涙し、悪らつなことを計画しているのです。このヒトとしての陰影の深さの違いを見よ。

 そしてタマミの決定的なセリフ。

「おまえはわたしにいじめられてばかりいたと思っているだろうが ほんとうはおまえがわたしをいじめていたのよ」

 この言葉が正当なものかどうかはさておき、ここで正邪は相対化されます。

 タマミに感情移入しながら読むのが、現代における『赤んぼ少女』の正しい読み方でありましょう。

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August 06, 2008

現代の鉄腕アトム『ロボット小雪』

 業田良家の新刊が三冊、ほぼ同時発売されているわけですが。

●独裁君(2008年小学館、1143円+税、amazonbk1
●川柳虎の皮 オシャレ編(2008年小学館、1143円+税、amazonbk1

 

 なんつってもいちばんのオススメはコレ↓。

●新・自虐の詩 ロボット小雪(2008年竹書房、952円+税、amazonbk1

 名作『自虐の詩』の名を冠した新作ですから、どうしても期待して読んでしまいますが、タイトルに負けない力作でした。

 近未来日本。人間とロボットが同居する世界。この世界では個人が、セックスの相手をする人間型ロボットを所有しています。高校生・拓郎が所有しているのは、すでに旧型となってしまった小雪。

 小雪はすぐに電池が切れるし、防水型でもないし、失敗ばかり。とまあゆるゆるのロボットギャグが四コママンガで展開されます。このあたりは脱力しながら読んでてください。

 ところが、物語半ば、拓郎の友人一家が破産して、川向こうの閉鎖地区に収容されてからが急展開。

 実はこの世界、現代以上の格差社会となっていて、貧富の差が極端。この矛盾に満ちた現実に直面し、ロボット小雪がついにめざめることになります。

 ここで描かれる小雪はあきらかに現代の鉄腕アトムです。現代といっても、アトムはもともと21世紀生まれですなのですが、それは1950年代から1960年代に描かれた21世紀なわけで、ってああややこしい。

 現代社会において、すでに正義の味方やヒーローはずいぶん存在しづらくなっています。『ロボット小雪』は、バラ色の未来をあきらめてしまった21世紀の現代、ここに正義の味方アトムが復活すればどういう行動をとるだろう、と考えて描かれたマンガです。

 人間に奉仕するために、人類の最大多数の最大幸福のために、現代のアトムは何をするのか。そして人間社会はそのアトムをどう受け入れるのか。本書は業田良家の描く『プルートゥ』なのです。

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August 03, 2008

今日は曙出版のおそ松くん全集を読んでました

 わたしの持ってる曙出版「おそ松くん全集」は全31巻中6冊だけです。

 医学の進歩は人間の寿命をのばしましたが、いわゆる「寝たきり」のひとも増やしてしまうことになりました。

 わたしは寝たきりのひとを多く見ているほうだと思います。脳の病気や事故で完全に意識のないひと、意識のなくなるような病気ではないのですが、全身状態がしだいに悪くなって目を開けなくなったひと、さまざまです。

 若いころはあんなになってまで生きていたくないなあと思っていました。意識がなくて寝ているのは、自分にとってはなんの意味もないし、お金はかかり続けるばかりだし。

 しかし、最近は考えが変わりました。自分が寝たきりになることはともかく、自分の妻が、子が、そうなったときのことを思うと。

 愛するひとが返事はしてくれないけど、ただうとうと眠っている。からだはなお暖かいのです。家族にとってはまったく会えなくなってしまうより、少しでも好ましい状態であるのじゃないかしら。

 きわめて日本的な考えかたかもしれません。自分のことを家族がどう考えるか、さらに経済的問題はどうか、は別の話ですが。

 赤塚不二夫先生については、どうしても最晩年の数年間を考えてしまうのです。ご冥福をお祈りします。

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August 02, 2008

ヤングサンデー終刊号

 「週刊ヤングサンデー」終刊号=2008年35号を買ってみました。

 終刊する雑誌は、みな尾羽打ち枯らしてるわけですから、きれいな終わりかたをするのはまれ。ただしヤンサンは余力をもって終わるから、最後にヤンサンの歴史をふりかえる小特集ぐらいあるかな、と思ってたのですが、まーったくそんなことはありませんでした。

 表紙はいつものようにアイドル。ふつうにグラビアがあって、ふつうに連載中のマンガが載ってて。何も変わりません。マンガ雑誌の最終号の表紙がグラビアアイドル、ってのも何かさびしいと思うのはわたしだけかしら。

 雑誌として歴史の回顧はしていませんが、作品内で触れているのが三作。島本和彦『アオイホノオ』には、ヤンサンの前身「少年ビッグコミック」が登場しています。ゆうきまさみ『鉄腕バーディー』の最後のページでは、作者が「さらば、ヤングサンデー!!」と叫んでいます。

 喜国雅彦『魔Qケン』にも作者が登場して、「ヤンサンの最後です。万感の想いを込めて、悔いのないよう女子高生の脚を描いておこうと思いまして」というコメントが。

 ただ、雑誌全体の印象としては、連載陣の行く先の振り分けにばたばたしてて、いかにも落ち着きがない最期でありました。

*****

 で、連載作品の移籍先がこちら

(1)終刊号で終了した作品は三作だけ。意外に少なかったです。

●山田玲司『絶望に効くクスリ』
●とがしやすたか『新 青春くん』
●しりあがり寿『YSバックアッパーズ』

(2)「ビッグコミックオリジナル」に行くのが一作。

●山田貴敏『Dr.コトー診療所』。

(3)「ビッグコミックスピリッツ」に行くのがずいぶん多い。

●黒丸/夏原武『クロサギ』
●間瀬元朗『イキガミ』
●ゆうきまさみ『鉄腕バーディー』
●高橋のぼる『土竜の唄』
●河合克敏『とめはねっ!』
●高田優『逃亡弁護士 成田誠』
●草場道輝『LOST MAN 』
●浅野いにお『おやすみプンプン』
●柿崎正澄『RAINBOW 二舎六房の七人』。

 オリジナルとスピリッツに移籍する作品が一軍扱いでしょうか。

(4)「IKKI 」行きが一作。これは別リーグ行きという感じ。

●喜国雅彦『魔Qケン』

(5)本年9月末より、「ビッグコミックスピリッツ増刊号 YSスペシャル」という雑誌が月刊で刊行されることになり、二軍と判断されたらしい残りの作品が移籍します。

●北崎拓『さくらんぼシンドローム クピドの悪戯Ⅱ』
●猪熊しのぶ/室積光『都立水商!』
●秋重学『GO-ON! 』
●大谷じろう『美晴♥ライジング』★
●佐藤まさき『超無気力戦隊ジャパファイブ』*
●万条大智『あんころ。 船橋若松一丁目は馬優先』*
●中井邦彦『ドライブ・ア・ライブ』*
●藤原芳秀/七月鏡一『暁のイージス』*
●落合裕介/竹原慎二『タナトス むしけらの拳』*
●石渡治『Odds 』*
●近藤隆史『花の都』*
●森尾正博『ビーチスターズ』 *
●島本和彦『アオイホノオ』*

 不定期連載の『アオイホノオ』も「YSスペシャル」行きですが、これは代打の切り札という感じかしら。

 上記のうち「*」はPCでも配信。「★」はケータイ配信。

(6)ケータイ配信のみで雑誌掲載がないのが一作。

●木根ヲサム/垣川光太郎『まつろはぬもの 鬼の渡る古道』

(7)あと、不定期連載で行き先が決まってないのがいくつかあるそうです。

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 わたしが心配してもしようがないのですが、スピリッツが重くなりましたねえ。現在の連載陣に加えて、さらにこんなに連載を増やしてどうすんだ、という感じです。競争させて作品をどんどん淘汰するか、それぞれの作品の連載間隔をかなり長くするしか手がないのじゃないか。まさかスピリッツから他誌へ転出する作品はないだろうし。

 あと「YSスペシャル」は、名前からしても明らかにポストヤンサンの月刊誌ですが、二軍ばかりをそろえて勝算はあるのか。というか、とりあえず受け皿を作ってみましたという雑誌にしか思えません。

 「YSスペシャル」が長期間継続して刊行されるとは考えにくいので、いずれは全面的にネットに移行するか、あるいは、早期につぎつぎと作品を終了させていくのか。となると終戦処理のための雑誌?

 今回小学館は、雑誌休刊→連載全部終了、とするよりもそうとう複雑なことをしてるわけですが、将来の展望はあまり楽しくなさそうです。

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