山川惣治と絵物語
「絵物語」は、わたしの子ども時代にすでになつかしのメディアとなっていました。絵物語は紙芝居の直系の子孫となるのでしょうが、どちらもほぼ同時期、1960年前後に消滅していくことになります。
紙芝居がテレビに負けたと言われるのに対し、絵物語はマンガにより淘汰されたと言われています。
「絵物語」という言葉も今では注釈が必要なのかな。でもWikipedia には「絵物語」の項目自体がありません。はてなダイアリーのキーワードではこんなふう。
戦後漫画勃興以前に人気を博した、物語と挿絵が渾然一体となった、「読む紙芝居」のようなジャンル。代表作家に、山川惣治、小松崎茂。
形式から定義するなら、絵ヒトコマに対して一連の文章が対応し、これが連続して物語を形成するもの。絵には基本的にフキダシや擬音は描き込まれません。文章は絵のコマの外に書かれたり、コマ内部に書かれたりいろいろです。
絵物語の二大巨頭を挙げるなら、これはもう山川惣治と小松崎茂なのですが、小松崎茂については多くの画集が出版されているのに対し、山川惣治のそれは、これまでふしぎなほど出版されていませんでした。
これは、小松崎茂が絵物語以外にもプラモデルのボックスアートや雑誌の口絵で活躍したことによりますが、それにしても絵物語の巨人、山川惣治の本がないのはさびしかった。
今回、山川惣治の画業をまとめた本としては、おそらく最初のものが刊行されました。
●三谷薫/中村圭子『山川惣治 「少年王者」「少年ケニヤ」の絵物語作家』(2008年河出書房新社らんぷの本、1600円+税、amazon、bk1)
山川惣治は1908年(明治41年)生まれ。本書には十代で描かれた習作や、戦前の紙芝居、戦後の代表作まで、多くの作品が紹介されています。
戦後、マンガの勃興にさきがけて絵物語ブームというのがあり、山川惣治はその中心的作家でした。というより、本書では、山川惣治が戦前「少年倶楽部」に掲載した作品こそ絵物語の始まりであると書かれています。そうだったのか。
山川作品で有名なのはもちろん和製ターザンもの「少年ケニヤ」ですが、ケニヤは新聞連載でしたから絵が小さい。ペン画の実力を十分に見せたのはその前作「少年王者」のほうです。この本でも「少年王者」がトップに紹介されています(書影のイラストは「ケニヤ」ですけど)。この「少年王者」の大ヒットこそ、子ども向け出版社としての集英社の基礎をつくったのです。
掲載されているのはカラーの絵が多いのですが、モノクロの細かいペン画もすばらしいので、こちらももっと見たかった。
惜しむらくは山川惣治の紙芝居が、「少年タイガー」と「闇の白菊」「王子ジーグフリード ニーベルンゲン物語」しか紹介されていないこと。代表作「少年王者」の紙芝居版は、戦前も戦後も描かれたはずですが、これまで一回も見たことありませんから、もう現存しないのじゃないでしょうか。
本書にはくわしい書誌や年譜もあり、これはもうすばらしい仕事と言うしかありません。
豆知識をひとつ。荒井由美の歌に「海を見ていた午後」というのがありまして、
山手のドルフィンは 静かなレストラン 晴れた午後には 遠く三浦岬もみえる ソーダ水の中を 貨物船がとおぉぉるぅ
と歌われています。この「ドルフィン」は山川惣治が経営していたレストランであった、ということもこの本を読めばわかるのでありました。
この出版を機会に、山川作品の復刻がなされないものでしょうか。「少年王者」とかすごくおもしろいんですけどねえ。
ネット上で絵物語についてのくわしいサイトは、うちのブログにもときどきコメントをいただく「しんご」氏による「山川惣治と絵物語の世界」が、ほとんど唯一のものでしょう。今回の本でも参考文献として挙げられています。
Comments
連続書き込みごめんなさい。
「サンナイン」が中日新聞に連載されたことも書かれていました。去年、愛知県立図書館でマイクロフィルムをコピーし、ホームページに追加するつもりでしたが、先を越されました。
Posted by: しんご(高橋正彦) | April 26, 2008 02:43 PM
>これは河出書房新社に抗議すべきだと思いますが。
そう言っていただいてありがとうございます。こちらにコメントさせてもらっただけで気がすみました。
私のサイトは昔(中断する前)、「エドガー・ライス・バローズのSF冒険世界」のサイトにリンクしていただいてたことがあり、一日200件のアクセスがありました。今はあまりおとなう者とてなく、自分でカウンターをあげているだけですが。
そのころ、或る人にハガキを出し、サイトの宣伝をしました。(小松崎先生もご存命のころで、情報がまわって、小松崎先生もごらんになってくださったのではと、勝手に思っているのですが。)そのとき実名をしられるのが嫌で、差出人の名に変名を使ったのかもしれません。記憶が定かでないのですが、自分の変名に自分でだまされているのかもしれません。
それから「山川惣治 少年王者・少年ケニヤの絵物語作家」には、小生のサイトで間違って書いた、次の情報が正確に(たぶん)記載されています。こっちは本のマチガイを正すような立場にはありません。
1.ユーミンと山川惣治の対談は月刊カドカワでなく、同じ角川書房の「野生時代」に載ったこと。巻号も書いてくれています。
2.山川惣治がひさしぶりに劇画に挑戦したのは週間朝日ではなく、サンデー毎日の特集号であること。
それから紙芝居「爆弾サーカス」が絵物語に作りなおされて幼年ブックに連載されていることが紹介されており、戦前の少年クラブに載った絵物語のすばらしい絵の紹介もあって、情報満載です。ファンとしては今後の楽しみが増え、まったく感謝しています。(怪人プルーシャンが面白いですねえ!)
>代表作「少年王者」の紙芝居版は、戦前も戦後も描かれたはずですが、これまで一回も見たことありませんから、もう現存しないのじゃないでしょうか。
図書館にある山川惣治の紙芝居「象のおどり」は、私も早めに参拝をすませければと思っています。
「山川惣治・・・」の文献欄はすごく小さい活字なので、自分で読んだだけでは、見逃していたかもしれません。こちらのサイトで紹介していただいで、ありがとうございました。
それから、この項にコメントされている「くもり」さまのサイトは初めて知りましたが、その徹底ぶりには、それこそ「度肝を抜かれて」います。圧倒されて、おそるおそる拝見しています。
Posted by: しんご(高橋正彦) | April 26, 2008 10:59 AM
えええっ。あの参考文献はてっきり、しんご様に問い合わせての記述と思ってたのですが。ならばホントに高橋正彦氏とは誰なのでしょうか。これは河出書房新社に抗議すべきだと思いますが。
Posted by: 漫棚通信 | April 25, 2008 08:18 PM
ここで紹介されていた『山川惣治 少年王者・少年ケニヤの絵物語作家』を古本で手にいれました。
知らない絵が沢山あって、損はなかったです。また調査がしっかりしていて、資料としても、素人のマチガイだらけのWEB記事(おはずかしい)とは全く違います。
ただ、多くの絵がトリミングされているのは、ちょっと心配になりました。山川惣治自身が少年ケニヤのコマの上下を切って再販しているのを、惜しいと思っているものですから。
ティラノサウルスとケラトサウルスを間違っているのは、編者自身は「少年ケニヤ」を読んでいないのでしょう。
わたしのWEB「山川惣治と絵物語の世界」が参考文献にあげられているのは、たいへん光栄でしたが、「高橋正彦作成」とはなんでしょう?私の見間違いでしょうか。高橋正彦氏とはいったいどなたでしょう?はっは。奇々怪々。
Posted by: しんご | April 25, 2008 06:53 PM
今は文京の弥生美術館で、来月は福島県で展覧会が開かれるみたいですね。
山川惣治生誕100年記念展示会
http://souji2008.seesaa.net/
Posted by: くもり | April 17, 2008 01:02 AM
白土版「少年王者」はくもり様のサイトで見ましたが、達者な絵ですねえ。しかしあの「ナガシマくん」のわちさんぺいが描いた「少年王者」というのは、どんなものかちょっと想像つきません。
Posted by: 漫棚通信 | April 16, 2008 06:59 AM
白土三平の父(岡本唐貴)の友人(矢部友衛)の弟子である金野新一は山川惣治と組んでいて、その紙芝居の着色をしていました。その繋がりで白土は弟と山川惣治紙芝居の複製手伝いを行っています。のちに白土はその金野の紹介で加太こうじと知り合い、自作紙芝居の世界に入っていきます。
「少年王者」の漫画化は、わちさんぺい(1926.3-1999.12)によって「おもしろブック」1955年1・4・9月号付録「ジャングル冒険まんが・まんが少年王者」として成され、白土も(未復刻ですが)「少年王者」の漫画化を「小学2年生」1961年8月号~「小学3年生」1962年10月号誌上にて行っています。これはのちに貸本化されましたが、執筆は途中までで続きは東邦プロ(小松立美?)によるものとなっています。
伊藤彦造も好きです☆
Posted by: くもり | April 16, 2008 06:37 AM