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April 28, 2008

ストーリーとプロットの違い

 ストーリー、そしてプロットという言葉はよく聞きますし、わたしも使ってるのですが、このふたつの違いは何か。みなさんは、ぱっと答えられるでしょうか。

 実はこれについてわたしが意識したのは、野田昌宏『スペース・オペラの書き方』(1988年早川書房)を読んだときでした。この本ではストーリーとプロットの違いについて、SF作家、今日泊亜蘭が自作を語る形で、このように述べられています。

 そりゃそうだよ、お前、いいかね、『光の塔』で言ゃぁ……だ。
 未来の連中が、自分たちの悲惨な現状をなんとかしようと、原子力を乱用してその原因を作った過去の歴史を改変しようと狙って未来から攻め込んできやがって……と、
 これが『光の塔のプロットよ。

 それに対して、な。
 まず、本の冒頭で主人公が木星から帰ってくる宇宙船のなかから窓外に奇妙な飛び火を見る。
 そして地球に帰って来てから渋谷で原因不明の絶電現象に出会わす。
 それから、新造の木星向け宇宙船が展示現場から消える、東海原子力研究所の壁のなかから窓外なんとも知れないシケた奴が現われる……。
 これらがすべて伏線となって……。(略)そいつらの正体はなンと未来からの侵攻軍だった……と、
 これが『光の塔のストーリーだ。

 この本には「プロットからストーリーへ」という章もありましたし、これを読んだわたしは、プロットとは設計図のようなものと理解しました。そしてストーリーとは、そのエピソードをどの順で語るかを含めた最終仕上がりなんだろうなーと。

 つまりミステリを例にあげるとわかりやすいのですが、AとBが出会い、AがBをトリックを使用して殺してしまう。探偵が登場して謎を解きAを逮捕する。これが物語の設計図であるプロット。

 この同じ設計図を使用しても、AとBの出会いから語り始める、殺人の場面から始める、探偵に依頼があるところから始める、事件後の裁判から始める、とまあ、仕上がりは無数に書くことが可能なわけで、こっちがストーリー。ストーリーのラストにクライマックスの盛り上がりが来るように作家はいろいろと工夫するものである。とこのように、20年間ずっと思っておりました。

 このつもりでひとと話してても、別に混乱しなかったしなあ。ウチの同居人もこんな感じで理解してたし。

 とーこーろーがー。
 
 Wikipedia をのぞいてみると、こんなことが書いてあるじゃないですか。

物語の中で起きている出来事が時間に沿って並べられたものがストーリーであるのに対して、その出来事を再構成したものをプロットと呼ぶ。プロットは時間軸に沿っているとは限らないが、出来事の因果関係を示している。

 あれれ? これってわたしが思ってたのとまったく逆じゃん? わたしはずっとまちがっていたようです。どうもスミマセン。上の文章はタワゴトだと思って忘れてください。

     ◆

 そこで読んでみました。『E・M・フォースター著作集 8巻 小説の諸相 Aspects of the Novel 』(1994年みすず書房、中野康司訳)。

 ご存じ『眺めのいい部屋』『ハワーズ・エンド』を書いたイギリスの作家フォースターが、1927年にケンブリッジ大学でおこなった連続講義をまとめたものです。例が多く、平易な文章でたいへん読みやすいです。

 さてフォースターによると、ストーリーはこのように定義されます。

ストーリーとは、時間の進行に従って事件や出来事を語ったものである。

 これはまあ、昔からの言葉の使い方、「ストーリー=物語」なんですからそのとおりかなと。いっぽうプロットという言葉も、もちろん昔から存在していました。

 有名なのは「アリストテレスのプロット」。アリストテレスは、劇のプロットには「葛藤、運命の転換、解決」という三段階が必要だと述べました。ただし、フォースターはこれを、あくまで演劇においての法則であり近代小説にはあてはまらない、としりぞけています。

 フォースターによると、ストーリーが「下等な段階の技法」であるのに対して、プロットは「もっと高級な技法」です。

プロットもストーリーと同じく、時間の進行に従って事件や出来事を語ったものですが、ただしプロットは、それらの事件や出来事の因果関係に重点が置かれます。

 フォースターの出す例がこれ。「王様が死に、それから王妃が死んだ」=ストーリー。「王様が死に、そして悲しみのために王妃が死んだ」=プロット。「王妃が死に、誰にもその原因がわからなかったが、やがて王様の死を悲しんで死んだのだとわかった」=もっと高度なプロット。

ストーリーなら、(読者は)「それから?」と聞きます。プロットなら「なぜ?」と聞きます。これがストーリーとプロットの根本的な違いです。

 フォースターによると、プロットは作者が作品に仕掛けたたくらみです。プロットという表現手段を使うと、謎で読者を引っ張り、ラストシーンでそれを解決して読者をあっと驚かせることも可能になるのです。

 ただし「あらかじめ小説のすべてを決定し支配するようなプロット」は、お話の害になることもありえます。あまりに厳密に作り上げられたプロットは登場人物の自由な行動を制限し、「登場人物のヴァイタリティーはプロットに吸い取られ干からびて」しまうこともあるからです。

 フォースターは、小説の主要な要素を「ストーリー=時間」「登場人物」「プロット=論理」であるとしました。

     ◆

 日本ではどうでしょうか。

 かつて自然主義小説の時代に、プロット無用論がとなえられたことがあったそうです。作者の小さな主観から作られたプロットは、作品の真実を傷つけるだけだと考えられました。

 たしかに意識の流れのまま順に記載されていくタイプの小説などには、プロットは必要ないかもしれません。

 少し古いのですが、丹羽文雄『小説作法』(1958年文藝春秋新社)に「プロット(構成)に就いて」という文章があります。

プロットとは、ふつうに筋と訳されているが、この訳は誤解されるおそれがある。脚色、結構、骨組、機構と訳すひともあるが、構成と訳しておいたほうが無難である。むしろ筋書ともちがう。私は、小説の運命はこの構成によって決定するものだと解している。

 丹羽文雄は、小説を物語性小説(ストーリー重視、時間連続重視)と構成性小説(プロット重視、因果関係重視)に分け、近代小説は後者であると述べています。

     ◆

 エンタメ、とくにミステリ要素を含んだものになりますと、プロットはもう存在してアタリマエ。というかプロットのないミステリなどは想像もできません。

 門下に多数の作家を輩出している山村正夫による小説作法も読んでみましたが、「ストーリー作りのプロットが決まったら」などという表現があります。

 ミステリのような謎と論理が主体の作品では、ストーリーとプロットを分けて考えること自体無意味なのでしょう。ストーリーとプロットは不可分の存在で、どうやら別の言葉として語られてはいません。

 ディーン・R・クーンツ『ベストセラー小説の書き方 How to Write Best Selling Fiction 』(1996年朝日文庫、大出健訳)という本がありますが、ここでクーンツはこう書いています。

世の中にプロットのない小説ほどおかしなものはない。なんといってもプロットは小説の最大必要条件のひとつである。(略)
ときたま、プロットのすべてを、登場人物たちの動くままにまかせるべきだと信じている批評家やもの書きに出くわすことがある。(略)
ばかげた話である。

 まさにプロット至上主義と言いますか、クーンツは、登場人物よりも、テーマよりも、プロットが大切と考えています。プロットこそ、ストーリー・ラインを登場人物から作家の手にとりもどすための手法であると。ここでいうプロットとは、ストーリーを論理的に組み直した全体の構成のことのようです。

もしも作家が登場人物たちに全権をゆだねてしまったら、知性という冷静で確実な案内人なしに、作品を書くことになる。その結果は、現実の世界に起こる多くのできごとと変わらぬ、形も意味もない小説ができあたり、そんな小説が多くの読者をがっかりさせるのは目に見えている。

     ◆

 ところが、プロットを重視しないエンタメ作家もいます。

 スティーヴン・キング『小説作法 A Memory of the Craft 』(2001年アーティストハウス、池央耿訳)によりますと、キングはこんなことを書いています。

私の場合、短編であれ、長編であれ、小説の要素は三つである。話をA地点からB地点、そして、大団円のZ地点へ運ぶ叙述。読者に実感を与える描写。登場人物を血の通った存在にする会話。この三つで小説は成り立っている。
構想はそのどこに位置するかと問われれば、私としては、そんなものに用はないと答えるしかない。(略)構想に重きを置かない理由は二つある。第一に、そもそも人の一生が筋書きのないドラマである。あれこれ知恵を巡らせて将来に備え、周到に計画を立てたところで、その通りにいくものではない。第二に、構想を練ることと、作品の流れを自然に任せることはとうてい両立しない。ここはよくよく念を押しておきたい。作品は自律的に成長するというのが私の基本的な考えである。

 「構想」が原語でどう表現されているのかは調べていませんが、これは「プロット」と同義で使用されていると思われます。クーンツの意見に真っ向反対しているばかりか、フォースターらの小説観にもケンカ売ってます。

 ただしキングは、むっちゃレアな例じゃないでしょうか。永井豪などと同じく、結末を決めずに書き出すひとのようですね。

 おもしろいのは、クーンツもキングも、そしてかつてのフォースターも、プロットと登場人物を対立する存在としてとらえているようです。プロットは登場人物を縛り、登場人物はプロットを破壊しようとするもの。

 よく登場人物が勝手に動き出すと言われますが、それをコントロールするのがプロット。どの程度コントロールするかは、作家の考え方で異なっています。

     ◆

 というわけでプロットとは、ストーリーを構成するエピソードを、論理的関連づけのもとで再構成したもの。登場人物の暴走を御するための作者の手段、ということになります。

     ◆

 さて、マンガではどうか。

 マンガのシナリオのお手本になるのは、映画や演劇のシナリオですが、とくに映画では「箱書き」という用語があります。箱書きとはシナリオのもとになる設計図です。これすなわちプロットを意味しています。

 映画は二時間程度で必ず終了するという制限を設けられています。さらにシーンとシーンの時間間隔や距離間隔も自在に変更でき、どんどん複雑にすることも可能ですから、観客の理解を助けるためにも、プロットのないストーリーは存在し得ません。

 それぞれのエピソードは時間配分も計算され、これがつながれて映画を形成します。映画では、ストーリーはプロットとほとんど同義でしょう。

 むしろ完成した映画から、もとの時系列ストーリーを思い浮かべるのに苦労したりして。クリストファー・ノーラン監督の「メメント」なんかねえ、あそこまでストーリーが分解されちゃうとねえ、もうタイヘン。

 映画シナリオをお手本にするマンガでも、ほぼ同様です。ストーリーを考えることはプロットを考えることです。

 ですから少なくともマンガを語るときには、ストーリーと言ってもプロットと言ってもどっちでもいいのじゃないかと。適当ですけど、これでオッケーのような気がします。

 でも、ひとが使ってる「ストーリー」「プロット」は、どんな意味なのか、やっぱ知っておかなきゃなりません。わたしはクーンツの本、昔から持ってましたけど、今回あらためて理解できたような気がしたのでした。

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Comments

大変に面白い考察ですね。
ところで、小生、この26日に短篇小説連作集
『マンガ編集者狂笑録』(水声社・2800円+税)を
刊行致しました!

アマゾンは予約受付から販売に移行したとたん
「完売」しまして、次回入荷日が表示されて
いない状態です。
そして、本日、ナント8000円以上の定価で
マーケットプレイスに売りに出ています。
冗談みたいですよ。

それはさておき、この本の小説は一種もモデル小説ですが
全て、違った書き方で書いてみました。
すした<趣向>連作でもあります。
事実とフィクションの入り混じった状態。

「評伝」でも「伝記」でも「ノンフィクション」でも
ないような作品になっております。
ぜひ、お買い求めいただき、ご感想などを、コメント
していただけたら幸甚と思っております。
宣伝ばかりで、ごめんなさい。

Posted by: 長谷邦夫 | April 28, 2008 08:20 PM

変な誤字があり、さらにお詫びします。
校正~一冊分は、すごく大変でした。
それでも今日ミスが1カ所発見(泣)

Posted by: 長谷邦夫 | April 28, 2008 08:23 PM

長いからちゃんと読んでませんが、ここだけ。
wikipediaをしんじてどうすんですか。
>プロットは時間軸に沿っているとは限らないが、出来事の因果関係を示している。
因果律が時間軸に沿ってないって、それどんな世界?

Posted by: a.sue | April 28, 2008 08:59 PM

>長谷先生
著書の刊行おめでとうございます。わたしはbk1で注文しました。今日か明日にはウチに到着すると思います。

>因果律が時間軸に
えーと、浅野内匠頭が接待役を命じられる。吉良上野介が浅野をいじめる。浅野が吉良に斬りつける。これがストーリーです。
これに対して、吉良が浅野をいじめるシーンをすっとばして、突然、浅野が吉良に斬りつける。読者に「なぜ?」と思わせておいて、その後浅野が、実は……と動機を明かす。これがプロット。ということでいかがですか。

Posted by: 漫棚通信 | April 29, 2008 08:43 AM

ありがとう御座います!
このサイトでのカキコやコメントも
参考にさせて頂きました。
クレジットにURLがあるのは、ここのみです。

Posted by: 長谷邦夫 | April 29, 2008 10:50 AM

フォースターのストーリーとプロットの違いの解説は有名でよく引用されますね。「小説の諸要素」は私もよみましたが、年とってから読んだので、全体として感銘もうすく、よくわかりませんでした。

映画監督のマキノ雅弘は、映画の大事な要素として、「1スジ、2ヌケ、3ドウサ」と言っていたと思います。スジはシナリオ、ヌケは写真の現像の具合、ドウサは俳優の演技ですね。いちばん大事なのは、シナリオで、映画監督が付ける俳優の演技なんかはやっと三番目にくる。

最近読みました手塚治虫の研究書(最近出版された、名前は失念)で、手塚はしろうと劇団の脚本を書いていたことがあり、そのため、ドラマの構成がひじょうにキッチリしていると指摘があり、なるほど(スルドイ指摘だ!)と思いました。手塚まんがのオープニングは天下一品ですし、人物が次々登場するエピソード、最後の感動的なクライマックスまで1コマの無駄もなく計算された結構の美が、ゲイジュツ的感動を与えるのでしょう。

うしおそうじの「手塚治虫とボク」を読みますと、手塚青年は原稿にスミイレするのに、どのコマからでも描け、こっちのコマのこの部分からあっちのコマの人物へと、「ここと思えばまたあちら」、ふんふんふんふん飛びまわっているうちに1ページできあがり、仕上がりを見ると、文句のつけようがないできばえだったそうです。まさに天才ですが・・・そんなことができるのは、全体のコマの構成がゆるぎなく決まっているからかもしれません。

Posted by: 高橋しんご正彦 | April 29, 2008 11:51 AM

 マンガや映画の業界では、プロットとストーリーの違いのほかに、シノプシスという言葉もあるのですが、こちらは、ほぼ死語になっていますね。

 マンガの場合は、いきなり「ネームができたら見せてください」と言われることが多いのですが、娯楽小説の編集者からは「プロットができたら見せてください」と言われます。この場合、「プロット≒ストーリー」で「粗筋」くらいの意味だと思われます。

「マンガでわかる小説入門」なんて本を書いたときにも、このあたりの用語の違いをケンブリッジやオックスフォードの英英辞典なども参照して調べましたが、plotには「狙い」「企み」といった意味があり、「ストーリーの構成要素」というような印象を受けていました。日本の小説業界で、以前よく使われていた「結構」という言葉が、このplotの意味に近かったような印象があります。

 アリストテレスの例は百科事典で見つけましたが、最近になって、フライブルク大学(ドイツ)の英文学ゼミのページで、storyとplotの違いについての解説を発見し、その区別のつけかたを「へえ……」と感心しながら読みました。

 http://www.anglistik.uni-freiburg.de/intranet/englishbasics/Discourse01.htm

「散文」の構成要素として最初にstoryとdiscourseの違いが説明されています。「story=何が語られているか」「discourse=どのように語られているか」だそうですが、plotはdiscourseの要素に組み入れられており、次のページでstoryとplotの違いが詳細に説明されています(ここでもアリストテレスのことが)。

 こちらの説明では、「story=出来事の羅列」であるのに対し、「plot=storyに感情や思想を付加したもの」とも読めます。テーマやモチーフまで含んだものがplotであるというような感じでしょうか。

 英和辞典と首っ引き状態で読んでいるので、勘違いがあるかもしれません。よろしければリンク先をご覧になってみてください。

Posted by: すがやみつる | April 29, 2008 02:08 PM

少女マンガなんかの場合、
基本のカンタンなプロットがあれば、
あとは「エピソード」の数で、指定の
ページ数に合わせてネーム「構成」すれば
良い~って感じでの指導もある。

竹宮先生流に近いかな。
単純な物語の場合ですね。

「エピソード」の魅力が
人物性格の表現につながる
からだと思いますが。

Posted by: 長谷邦夫 | April 29, 2008 05:24 PM

>すがや先生
なるほどー。というほど理解できてませんが、フォースターのストーリー/プロット論はもう古くて、今はチャトマンのストーリー/ディスコース論のほうが新しいのですね。

この本がモトネタらしいです。

http://www.amazon.co.jp/Story-Discourse-Narrative-Structure-Fiction/dp/080149186X/ref=sr_1_4?ie=UTF8&s=english-books&qid=1209460380&sr=1-4

こっちがその訳本のようです。(シーモア・チャトマン『小説と映画の修辞学』1998年水声社)

http://www.amazon.co.jp/%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E3%81%A8%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%81%AE%E4%BF%AE%E8%BE%9E%E5%AD%A6-%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E8%A8%98%E5%8F%B7%E5%AD%A6%E7%9A%84%E5%AE%9F%E8%B7%B5-%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%82%A2-%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/4891763620/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1209460588&sr=1-1

地元の図書館にはいってるので、こんど借りてきてみます。

Posted by: 漫棚通信 | April 29, 2008 06:25 PM

>マンガや映画の業界では、プロットとストーリーの違いのほかに、シノプシスという言葉もあるのですが、こちらは、ほぼ死語になっていますね。

すがや先生はじめまして。工業製品の開発や、催し物などでは、コンセプト(概念)というのもあるようです。(私はべつにそんな仕事についているわけではありませんが)たとえば、「老眼の人間でも操作がしやすく、表示の見やすいデジカメ」というようなものです。

また「手塚治虫とボク」の話になりますが、「アトム大使」がもうひとつ人気がでなかったので、「少年」の編集者が会議を開いて、なぜヒットしないか、知恵をしぼった。その結果、手塚先生はSFの素養がありすぎ、ややハイブラウな作品になって、子供には親しみがないんだろうということになった。だからもっとアトムの日常生活を描いて、子供が親近感を抱くような主人公にしてみたらというんで「鉄腕アトム」として再出発したら、手塚先生の生涯の大ヒットになりました。

「ドラえもん」は生みの親は亡くなっているんですが、コンセプトだけで、書き手が変わっても続いています。スパイダーマンなんかも。

バローズは「ターザン」のストーリーは映画会社に売らなかった。ターザンのキャラクターの使用権を売った。ストーリーはいくらでもつくれますから。

プロットの話に戻りますが、野村芳太郎監督の「砂の器」という映画があります。このシナリオには「寅さん」の山田洋次もはいっています。山田洋次が言っているのですが、この映画の最後はつぎの三つの場面が同時進行する構成になっている。それを思いついたので一気に仕上がったそうです。すなわち(1)主人公の天才的な作曲家が自らの曲「宿命」を指揮するコンサート、(2)捜査の経緯を説明する捜査会議、(3)主人公が難病の父親と悲惨な旅をする過去のフラッシュ・バック。

したがって、親子が美しい風景とは裏腹なさびしく苦しい旅をする場面に刑事の「彼は業病の父親と山野を放浪しました」(会議での発言)とナレーションがかぶさったり、「宿命」の音楽が流れたりします。音楽の進行にあわせるように、刑事たちは会場へ向かい、コンサートの会場に乗り込んで主人公との対決の場面がちかづきます。また曲がクライマックスにちかづくにつれて、過去の旅の情景は美しさ、すごさ、哀切さを増してきます。過去の旅の場面に現在の主人公の指揮する音楽がかぶさる。三つの場面がめまぐるしく切り替わるにもかかわらず、少しも混線せずに理解できます。これが映画のプロットではないでしょうか。

ところでこの映画のあらすじを文字で紹介するとしましたら、これはやっぱり、この三つの場面を順番に言いませんと、なにがなんやらさっぱりわからんようになるでしょう。順番にスジがわかりやすく書いたもの、これが映画の「ストーリー」と思います。

Posted by: 高橋しんご正彦 | April 29, 2008 11:16 PM

>漫棚通信さん

 その本、大学の図書館に(4冊も)ありましたので、こちらも借りてみます。

>高橋さん

 複数の場所で同時進行で起きていることを文章で表現するのはむずかしいのですが、そのカットバック的、フラッシュバック的な表現に筒井康隆氏がチャレンジしていたことがあります。『富豪刑事』という短編集のなかの1作に、そんな表現が出てきます。改行なしに複数のできごとをカットバックさせるので、読んでいる途中で頭が混乱しそうになりましたが。

 マンガですと石ノ森章太郎先生が、ときどき手がけていましたね。『そして誰もいなくなった』あたりも、広義のカットバックマンガかなと思います。

Posted by: すがやみつる | April 30, 2008 12:02 PM

>すがやさん
>複数の場所で同時進行で起きていることを文章で表現する

文体実験はともかくプロットレベルでいえば、これはいわゆるモジュラー型の警察小説ではよくやられている手法だと思います。マクベインの87分署やウィングフィールドのフロストものなど。
アメリカのスーパーヒーローもののクロスオーバーももともとの発想はコレですね。
以前小野耕世さんが40年代黄金期の『All Star Comics』の作劇の特徴として
*ヒーローたちが個別に違った面から事件にかかわりを持つ
*それぞれが別々に追っていた事件がひとつにつながり、協力して解決に当る
これをコミックブック一冊単位でやっていたことをあげられていました。

Posted by: boxman | May 01, 2008 03:51 AM

プロットと一言で言ってもいろんな段階があるのですよね(特にマンガ)。現状単語数が少ないというか、時代に合わせた新たな造語の必要性を感じます。研究において言葉数が増えれば、それだけ的確に伝えられる情報も増えるですし、整理と新たな発展にも繋がりますから。基準および標準がほしいところです。そういうところに特化した啓蒙サイトとか出てこないかなぁ。

「○○の部分まで→第一段階プロット」とかね。

Posted by: くもり | May 01, 2008 04:05 PM

さっそくシーモア・チャトマン「小説と映画の修辞学」を図書館より借りてきております。この本、「Story and Dicourse」の訳本ではなく、その続編というべき「Coming to Terms: The Rhetoric of Narrative in Fiction and Film」の邦訳でした。「Story and Dicourse」のほうは、「物語内容と物語言質」のタイトルで邦訳近刊、とされてますが、10年たった今も刊行されてないようです。
すでに用語のところでひっかかってまして、ナラティヴ=物語、ストーリー=物語内容、ディスコース=物語言質だそうです。

Posted by: 漫棚通信 | May 01, 2008 08:20 PM

はじめまして。ここでお話されていることは、いろいろと興味深い内容でした。
ただ本文のほうで「箱書き」をプロットと同じものとして扱われているのは、ちょっと違うのではと思いました。

「箱書き」は、主要な場面(箱)に区切って書かれたシナリオの準備段階にあたるものです。プロットが比較的散文形式に近いのに対し、箱書きは脚本に近い形式で書かれています。映画やアニメ、ドラマの多くはプロット→箱書き→初稿という流れで執筆されているようですので、ストレートに箱書き=プロットとしてしまうと、かえって混乱してしまうように思いました。

もちろん脚本には「正しい書き方」などないので、プロットを飛ばして箱書き、箱書きを飛ばしてプロットから脚本という方もいると思います(そういう話も聞いたことがあります)。

余談ですが――
雑誌「シナリオ」を読んでいておもしろいと思った記事がありまして、2時間ドラマは昔プロットをほとんど書かなかったそうです。内容をPD等と打合せした後は、いきなり箱書きを始めたとか。今は、キャストを押さえるために使う梗概として「プロット」が求められるようになったそうです。
なお、この記事であっても、「箱書き」と「プロット」ははっきり区別して使われていました。

長文失礼しました。


Posted by: fujitsu | May 02, 2008 12:00 AM

>boxmanさん、コメントをありがとうございました。

『87分署』なんて懐かしいですね。アイソラ市警ですね(^_^;)。ちょうど別のところで『推理作家の発想工房』(南川三治郎/文藝春秋/1985年9月刊/3,500円)という欧米のミステリー作家の仕事場を撮影した写真集のことが話題になっていました。ちょうど書棚から出して眺めていたところでしたが、この写真集にもエド・マクベインが出ています。

 同時多発的なプロットという意味では、「グランドホテル形式」と呼ばれる映画や小説が代表かもしれませんね。小説の場合だとアーサー・ヘイリーとか。もっと長いスパンの同時並行物語ですと、ジェフリー・アーチャーが『ケインとアベル』や『メディア買収の野望』などで得意にしています(なんだか話題が飛躍しているかも……(^_^;))。

>漫棚通信さん

「ナラティブ」という言葉は、いま心理学の方で人気を集めています。とりわけ認知心理学や教育心理学の方で。何かを学習するとき、物語を伴っていると理解が早く、記憶にも残りやすい……というようなことが、いろいろ実験によって実証されています。当然、マンガも、その研究の対象になっています。

>「箱書き」と「プロット」

 かつての日本映画の場合、ペラ(200字詰め)の原稿用紙1枚につき1シーンの簡単な内容が書かれたものが「箱書き」でした。脚本家がカンヅメになった旅館の部屋で、プロデューサーや監督も集まって、畳の上に並べた箱書きを見ながら、シーンの前後関係や配分を検討するといったことに使われていました。

「プロット→箱書き→初稿」という順序であると、ぼくも理解しています。

Posted by: すがやみつる | May 02, 2008 01:04 AM

>物語を伴っていると理解が早く、記憶にも残りやすい……というようなことが、いろいろ実験によって実証されています。当然、マンガも、その研究の対象になっています。

4月27日の朝日新聞の書評欄に松岡正剛著「物語編集力」の書評が載っています。企画書やプレゼンなどにストーリーがあれば、説得力が増し、理解されやすいというようなことが書かれているそうです。(図書館ですぐには借れないでしょうが)

王妃の死と王の死は実はまったく偶然に重なったのであって、因果関係はないのかもしれない。しかし一方の死を連れ合いが悲しんであとを追ったとすると、ドラマがうまれる。

ホテルの泊り客たちは、実際にはほとんど接触せず、おたがいに影響をあたえることなく、去っていく人が大方でしょう。それは考えようによってはたいへんさびしいことです。しかしある日アーサー・ヘイリー・グランド・ホテルに泊まり合わせた客として、ひとつの共通点のある人々として括ると、そこになにがしかの連帯感がうまれる。一期一会ですね。

ストーリーというものをわたしたちが好むのは、私たちが因果関係で結ばれているという考えが私たちを孤独から救うからではないでしょうか。

個々のエピソードの間のつながりがゆるやかなストーリーもあれば、緊密なストーリーもある。

女のおしゃべりのようにとりとめもなく自由に脱線したりして、どこへいくのかわからない随筆的ストーリー(脱線がたのしい)もあれば、ポーの短編小説、探偵小説のように、効果が最大になるよう、最初から計算され、言葉を選んで、読者を壁に塗りこまれた死体に対面させるまで、ひきずっていくものもある。

何ヶ月も何年も執筆にかかる長編、複雑な構成を持つもの、現実の世界のように複数のストーリーの交錯する感じをリアルに表現しょうとする作品などでは、プロットというものが必要になる。それを設計図というか、ラフ・スケッチというか、アイデア・スケッチというか、箱書きというかは、業界によってきちんとしたきまりがあるのでしょうが。

鶴瓶師匠とざこば親方が観客から三つ題をもらって、その三つが含まれる落語を即席でやってみせる番組がありました。鶴瓶師匠のほうがだいたいまじめに作っていた。ざこば親方は型破りな、メチャクチャな面白さがあった。話に弟子がでてきて、それを機関銃で撃って殺したりしていました。「ダダダーッ、やってもた。」弟子は人格がないのか。

このようにストーリーやギャグを作れるのは人間だけで、コンピュータにはできまへん。

Posted by: 高橋しんご正彦 | May 02, 2008 06:33 PM

>高橋さん

 書評の紹介をありがとうございました。朝日新聞の書評欄は木曜日くらいにネットでも読めるはずなので、確認してみたら、やはりありました。

 http://book.asahi.com/business/TKY200804290165.html

「王が死に、王妃が死んだ」の例は、まさに、ここで話題になっていることですね。Amazonでは品切れ状態ですが、少し待って注文してみたいと思います。

Posted by: すがやみつる | May 02, 2008 09:36 PM

(「物語編集力」の著者(構成)は「イシス編集学校」でした。セイゴオ先生は監修でした。訂正させていただきます。)

Posted by: 高橋しんご正彦 | May 03, 2008 07:44 AM

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Tracked on May 05, 2009 12:54 AM

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