ムシは怖いよ『エンブリヲ』
わたしが子どものころ、けっこう大きなクモが道をよたよた歩いておりまして、子どもは残酷ですな、何を考えたか、わたし、これを運動靴を履いた足で踏んづけた。
すると、クツの下から、大量の子グモがぞわわわーと四方八方にわいて出まして、クモの子を散らすとはこのことか、一瞬でわたしの顔は青くなり、ぎゃっと叫んで逃げ出しました。ありゃいったいどういう種類のクモだったんでしょ。
このようにムシはコワイものでありますが、これを愛するひとがいる。「虫愛ずる姫君」をネタにした作品といえばまずはナウシカですが、これもそう。
●小川幸辰『エンブリヲ』全三巻(2008年エンターブレイン、各640円+税、amazon、bk1)
10年前に「アフタヌーン」に連載されたものの復刊。エンターブレインはいい復刊をしてくれました。
ムシの出てくるホラーです。このムシというのが、イモムシそっくりのくせに、尖った触手を持ってるわ、シリに針を持ってるわ。しかも空からふってくるし、トイレに潜むし。こいつらが無数に発生して、ざわざわと、ヒトをカラダの外から、中から、食い破ります。
うわあ、紹介文書いてても気持ち悪い。これをコワイと言わずに何がコワイか。やっぱ数がコワイ。
で、主人公(書影の女子高生)は、このムシに刺され、体内に卵を産みつけられてしまいます。さあタイヘンどうしよう、なのですが、この主人公、何を思ったか母性を発揮してしまい、この自分の体内で育つムシが、かわいくなってしまう。
エイリアンに卵を産みつけられた被害者が、虫愛ずる姫君だったら、というとんでもないお話であります。
ムシの正体は何か、主人公の運命は、地域を巻き込むカタストロフィは起こるのか、とまあページをめくらずにはいられない、抜群のリーダビリティを持った作品です。
ムシが人体破壊をするグロ描写が多いので、万人にはおすすめしません。ウチの家族は、そこにその本を置くなっ、と怒っておりました。でも作品の隠れテーマは、エコロと母性愛なんですけどね。しかも人間にとってホントに怖いのは人間だったりしますから、ムシが正義の立場に立ったりすることもあるのです。
絵は、先日亡くなった鈴原研一郎みたいな感じで、はっきり言ってヘタ系ですが、描き込みがすごい。こういう絵のほうがコワイんだよなあ。
地方都市、というより学校を中心にした狭い地域だけの話であるのも、閉塞感が増して、コワイ。登場人物も読者も、どこにも逃げられません。こういう構成がうまいです。
著者は最近、「おがわ甘藍」名義でエロ系の仕事が中心だそうですが、ホラー系ももっと読みたい。
ひとつだけ。主人公グループが地下を歩いていたら、ゴキブリの群れに襲われてしまう。何百というゴキブリが顔に向かって飛びかかってくるのですが、彼らの会話は。
「おちつけっ ばか ゴキブリだよ ほら……な?」「ふーっ なあんだ」
いや、それはそれで、むっちゃコワイから。それだけで死ぬから。
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