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March 19, 2008

「3月17日は漫画週刊誌の日」というのは本当か

 「3月17日は漫画週刊誌の日」だそうです。1959年のこの日、「週刊少年サンデー」と「週刊少年マガジン」が同時に創刊されたから。それにしても誰がいつ決めたんだ。

 今、「漫画週刊誌の日」でググれば、それこそ山のようにヒットするのですが、実はほとんどがごく最近書かれた記事です。

 おそらく、で申し訳ないのですが、これら多くの記事のモトネタをたどれば、「知泉Wiki 」のこの記述に行き着くのではないでしょうか。

1959(昭和34)年3月17日、日本初の少年向け週刊誌『少年マガジン』『少年サンデー』が発刊されました。 当時は読み物が中心で、漫画は少ししか載っていませんでした。

 ふんふんなるほど。

 でもそのあとにある、「この創刊号から、少年漫画界の巨匠・手塚治虫がサンデーに、石森章太郎がマガジンに連載をしていたのですが」という文章は、残念ながらマチガイ。手塚はサンデー創刊号から『スリル博士』を連載していましたが、石森はマガジン創刊号には描いていません。

 となると、この3月17日同時創刊という記述もあやしいのじゃないかしら。これは本当なのか。

 とかひとを迷わせるようなことを書いてますが、3月17日の件はおそらくマチガイではないと思われます。その根拠について書いておきましょう。

 わたしが2005年にブログに書いた「週刊少年マガジン創刊号」という記事があります。

 その中でわたしは、「週刊少年マガジン1959年3月26日創刊号と、週刊少年サンデー1959年4月5日創刊号は、1959年3月17日火曜日に同時に発売された」と書きました。

 実はですねー、このマガジン、サンデーの同時創刊というのは、わたしの子ども時代には豆知識として、けっこうみんな知ってたことなのですよ。

 ところが、ときがたつうちに、これがアイマイになってきまして、複数の書籍で、マガジンのほうがサンデーより早く創刊されたという記述を見かけるようになります。

 たとえば、石子順造『戦後マンガ史ノート』(1975年紀伊國屋書店)巻末の年表でも、(昭和)34年3月『週刊少年マガジン』(講談社)創刊、4月『週刊少年サンデー』(小学館)創刊、と書かれています。

 これはマガジンの創刊号が3月26日号で、サンデーのほうが4月5日号であることからくる、誤解ですね。

 そこでわたしは先のブログ記事を書くときに、同時創刊を証明しようと、持ってる資料をひっくり返してみました。ところがこういうことはあんまり書いてないんですね。

 でもなんとか発見したのが、これ。

●内田勝『「奇」の発想』(1998年三五館、1800円+税、amazonbk1

 元少年マガジン編集長、内田勝の自伝。この本にはこういう記述がありました。

マンガ誌としては、(中略)週刊誌というのはもちろん出版界初登場で、講談社の動きを察知した小学館も、急遽『少年サンデー』の発刊を決め、“日本初(じつのところ“世界初”でもあったわけだが)の週刊マンガ誌”を狙う先陣争いも熾烈なものがあったが、宿命のライバルとなる『マガジン』『サンデー』は、共に猛ダッシュを試み、結局創刊号が仲良く同日発売となってケリがついたのだった。

 ほら同時創刊でしょ。

 ただし内田の記述では、マンガ週刊誌の企画はマガジンのほうがサンデーより先、ということになってますが、わたし、このあたり逆じゃないかと思ってます。これについてのサンデー側の証言があまりないんだよなあ。

 内田本では創刊号の発売日がわかりませんが、もひとつの資料がこれ。

●『復刻版少年マガジン大全集』第3巻(1991年講談社、2524円+税、amazon

 この巻では、少年マガジン創刊号の全ページ完全復刻という豪華なことがされてますが、その部分を読んでも、創刊号の発売が何月何日だったのかはわかりません。

 でも巻末に、「解題・杉田健一」として、このような記述があります。

昭和34年3月17日に「週刊少年サンデー」(小学館)と同時に創刊された。

 やったね。これで日付まで特定できました。

 というわけで、わたしとしましてはこのふたつを根拠として、ひとまずは安心して先のブログ記事を書いたのです。

 ただし根拠がふたつだけというのは、絶対の確信が持てないところでもあります。わたしがブログ記事を書いた後、このような本が刊行されました。

●宮原照夫『実録!少年マガジン名作漫画編集奮闘記』(2005年講談社、3000円+税、amazonbk1

 これには以下の記述があります。

『マガジン』『サンデー』は、一九五九年(昭和三四年)三月にほぼ同時に創刊された。

 「ほぼ」なのかよー。ぼかしてあって、はっきり書いてくれてないんですよね。今もちょっとだけ不安が残ってます。

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Comments

現物が手元になくて確認が取れないのですが
ビッグコミック1連載の「神様の伴走者」の何回目かで
少年サンデー創刊時の編集長(小西さんだったと思うのですがそのへん記憶アイマイ)
のインタビューがその辺り事情に触れていた記憶があるのですが・・・

Posted by: 流転 | March 19, 2008 at 02:17 PM

 日本雑誌協会のWebサイトに「デジタル版出版年表」と「日本雑誌協会 日本書籍出版協会50年史」というコンテンツがあります。前者では「マガジン」が1959年3月、「サンデー」が同年4月になっています。で、後者では、どちらも「1959年3月17日創刊」になっています(^_^;)。

 http://www.j-magazine.or.jp/

 この下の方に2つのコンテンツにリンクするバナーがあります。

Posted by: すがやみつる | March 19, 2008 at 03:55 PM

企画はマガジンの方が早かったような気がします。
石ノ森から、今度講談社から週刊誌が出るから
おまえも投稿しとけよ~と言われ、実際に描いて
送った経験があります。

でもこういった「極秘企画」も、印刷屋や
紙屋から、自然に漏れる。
一ツ橋・音羽の大御所の<頂上会談>で、
一緒にスタートさせてほしい~といった
調整があったんじゃないでしょうか?

強引にやれば、マガジンが先に出せたはずです。

Posted by: 長谷邦夫 | March 19, 2008 at 05:28 PM

>流転さま
ビッグコミックワンは買いのがしが多くて、それ読んでません。あの連載、いつかまとめられるといいですねえ。

>すがや先生
日本雑誌協会、見てきました。「デジタル版日本出版百年史年表」の「出版物」「1959/3」を見ると、「創刊:《週刊・少年マガジン》」とあって「出版物」「1959/4」には「創刊:《週刊・少年サンデー》」とありました。ところが同じ年表の「出版関係」「1959/3」のほうを見ると、「3.17 講談社創刊《週刊少年マガジン》(3月26日号)と小学館創刊《週刊少年サンデー》(4月5日号),発売日を競い,この日,同時に発売」と書いてあるじゃないですか。これ書籍版が1968年につくられたそうですが、そのころからすでに混乱してたのですね。

>長谷先生
マガジンのほうが早かったのですか。内田勝氏によると、マガジンは野間省一社長による週刊誌企画開始が1月30日と書いてありましたので、これで3月17日創刊はいくらなんでも突貫工事すぎるだろうと感じていたのです。

Posted by: 漫棚通信 | March 19, 2008 at 06:29 PM

疑問としては、1959年の3/17って火曜日なんですよね。
サンデー・マガジンのどちらも、創刊当初~70年代初頭において発売日は金曜日だったはずなので、特別に長く売るために早く発売日を設定したのでなければ、曜日的におかしいんですよ。
1,2,3号目くらいの次号予告を見れば、逆算して創刊号の発売日が解るんじゃないかと思いますが・・・。

Posted by: soorce | March 19, 2008 at 11:41 PM

創刊号発売は火曜日。二号は、サンデーが水曜日、マガジンは次の木曜日の3月26日です。しばらくするとマガジンも水曜発売に変更され、両誌とも水曜日発売が続いたそうです。やっぱり限られたパイのなかでは一日の遅れは売り上げにひびいたのでしょう。

Posted by: 漫棚通信 | March 20, 2008 at 10:01 AM

マサキが出てくるのはなつかしいですね。

おっと、マサキとは
少年マガジン、少年サンデー、少年キングの略です。創刊号から毎週買って楽しんでいたころが一番いい時期だったかもしれません。

少年キングについてもなにか触れていただくとありがたいです。

Posted by: コウスケ | March 20, 2008 at 10:34 PM

こんにちは。遠藤汐です。3年前に節著をこのブログで、紹介して、頂きありがとうございました。

少年マガジンと少年サンデーが、昭和34年3月17日に同時発売されたと記述している書物として
「漫画大博物館」(小学館)のP370に内田勝氏のインタビューがあり、その冒頭で

インタビュラ-「漫画週刊誌の企画そのものは「少年サンデー」が早く、「少年マガジン」が後を追い、昭和34年3月17日に同時発売されています・・・・・」

その後、インタビューが続き

内田「・・・・確かに創刊号は「マガジン」「サンデー」と共に3月17日に本屋に並びました」

とあります。本書は手元にありませんが、図書館で見かけ、この部分はコピーをしてきました。

インタビュラ-は氏名不詳。最後に記されていたのかもしれませんが、不明です。

少年マガジンの方が先に発売されたというのは、米沢嘉博氏構成の「少年マンガの世界Ⅱ」(別冊太陽)にもあります。

P10「週刊誌時代の幕開けⅠ」で
「昭和34年3月17日、日本初の週刊少年雑誌「少年マガジン」が発売された」

次項P12には「・・・幕開けⅡ」として
「「少年マガジン」に遅れること10日、「週刊少年サンデー」が創刊されている。が、記憶ではほぼ同じくして、店頭に並んだ覚えがある」

って、記憶が正しいのでは?(笑)
ちなみに私は昭和31年生まれで、創刊時のことは記憶にありません(苦笑)

Posted by: 遠藤汐 | April 16, 2008 at 01:37 AM

情報ありがとうございます。「漫画大博物館」の内田勝インタビュー確認しました。最近ではマガジンの記事やTV報道で同日発売だったと紹介されたりしてますね。

Posted by: 漫棚通信 | April 16, 2008 at 06:53 AM

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