横井福次郎というビッグネーム
京都の臨川書店が出している、マンガ・アニメ関連の「ビジュアル文化シリーズ」も順調に刊行が続き、これで六作目。すべてを読んでるわけではありませんが。
●清水勲/鈴木理夫『戦後漫画のトップランナー 横井福次郎 手塚治虫もひれ伏した天才漫画家の軌跡』(2007年臨川書店、2700円+税、amazon、bk1)
横井福次郎の名をなつかしいと思うかたは、すでにそうとうな年齢のはず。なんせ1948年に36歳の若さで早世してしまい、戦後の活躍はわずか三年間だけです。
多くのひとは、横井が手塚治虫と出会ったとき手塚作品を批判したとか、横井の代表作『ふしぎな国のプッチャー』に登場する少年ロボット「人造人間ペリー」が、『メトロポリス』のミッチィや『鉄腕アトム』に影響を与えたとか、そういうエピソードで知ってるだけでしょう。
実はわたしも『ふしぎな国のプッチャー』は、1972年の筑摩書房「少年漫画劇場」シリーズに収録されたとき読みましたが、ま、単純な線でさらっと描いた絵物語ですからねえ。ふうんそうかー、程度の感想で、一度読んだだけで読み返さなかったんじゃないかしら。当時1970年代の読者であるわたしにとって、この作品は刺激に乏しくあっさりしすぎてました。
当時復刻されたものの中では、同時代の『黄金バット』や『少年王者』のほうがキッチュかつエキゾチックでした。もうちょっと時代が下った、『イガグリくん』『赤胴鈴之助』『月光仮面』あたりになると、ふつうの活劇マンガとして読めるのですけどね。
わたしがプッチャーを読み直して、なかなかおもしろいじゃないかと認識を改めたのは、ごく最近のことです。ハデさには欠けるのですが、そのSF的な発想はずいぶん先進的です。
で、本書はその忘れられている(?)ビッグネーム、横井福次郎の軌跡を追ったもの。
多くのページが作品紹介にさかれています。書影だけは見たことがある『冒険ターザン』の中身とか、おとな向けマンガ『エミコの時計は何故進む』とか、映画化された『オオ! 市民諸君』とか、初めて見るものばかりです。
とくに横井福次郎のおとな向けマンガは、この路線が発展したらおとなマンガでもなく劇画でもない、新しいマンガのジャンルが開けたのじゃないか、と夢想してしまうような感じのものです。戦後の活躍があまりにも短かすぎました。
いっぽうで戦時中の翼賛会的マンガや、横井の書いた文章も収録されていて、この本、たいへん資料性が高い。ただし評伝としては文章量が少なくて、もひとつ。清水勲の名も、「著者」じゃなくて「編著者」になってます。
しかしこんなふうに、かつての作家作品が再評価されるのはいいことですねえ。
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Comments
図書館でこの本を借りて読みました。
副題に「手塚治虫もひれ伏した天才漫画家の軌跡 」とあるので、「ひれ伏した」なんて言っていいの、と思っていましたが、読んでビックリ、手塚治虫がまとまって影響を受けた漫画家としては、このパイプたばこのおじさん以上の人はしりません。
手塚治虫はどこから来たか?というような、手塚漫画のルーツを研究する著書がずいぶん出ておりますけれども、この一冊の本にかないません。
手塚が早くから、「黄金のトランク」や「ひょうたん駒子」などの大人まんがに進出した理由がわかりました。手塚が大人まんがを書くとき、松下伊知夫に相談したようなことを読んだ気がするのですが、なぜ?と思っていました。横井との関係なんでしょう。
左右に長いコマを半分に割って、時間経過を表わす遊びは、絵物語でも模倣されていますが、「メトロポリス」より先に実行した人があったとは。
手塚治虫は自分が影響を受けたまんがとして、「ふしぎの国のプッチャー」を昭和30年代にすでに挙げていました。桃源社から「プッチャー」の復刻がでたとき、こんなものから手塚が影響を受けたとはトテモ思えなかったんですが、本気も本気で言ってたんですね。
横井と手塚の双方の著作権者の了解がないと、このような本はできないのですが、手塚側の懐の深さには感銘を受けました。
Posted by: しんご | May 24, 2008 09:52 PM