丸尾ミーツ乱歩『パノラマ島綺譚』
江戸川乱歩は、作品の多くが戦前に書かれているにもかかわらず、今も読み継がれている作家です。日本エンタメの分野では希有なことでしょう。代表作のひとつ『パノラマ島奇談』なんか、大正15年から翌昭和2年まで雑誌「新青年」に連載されたものですよ(初出時の表記は「綺譚」)。こんなに古いのに、現代のわたしたちが読んでもおもしろいんだこれが。
『パノラマ島奇談』は、主人公が不正に手に入れた巨万の富を使い、孤島に人工の理想郷を建造する話。
そのあまりの奇想は映像化困難と思われていましたが、1982年にテレビドラマ化されたことがあります。明智小五郎役はいつもの天知茂、パノラマ島をつくる主人公が伊東四朗。
わたしこれ、リアルタイムで見てますが、そうとうにエロかったです。ただし、パノラマ島そのものはしょぼかったような記憶が。
なんせ原作のパノラマ島は、海中に「上下左右とも海底を見通すことのできる、ガラス張りのトンネル」が走り、地上に出れば、
視力の届く限り、ほとんど一直線に、ものすごいばかりの大谿谷が横たわり、両眼は空を打つかと見える絶壁が、眉を圧して打ち続き、そのあいだに微動もしない深碧の水が、約半丁ほどの幅で、目もはるかに湛えられているのです。
さらには「見渡すかぎり果て知らぬ老杉の大森林」や「見渡す限り目を遮るものもない緑の芝生」などがありまして、ともかくスケールがでかい。
そこには「嬉々としてしてアダムとイヴの鬼ごっこをやっている」「幾十人の全裸の男女」をはじめ、「数百人の召使い」がいて、「日夜をわかたぬ狂気と淫蕩、乱舞と陶酔の歓楽境、生死の遊戯の数々」をくりひろげている、というのですから、当時デビュー四年目の乱歩先生、夢想を大暴走させています。
80年前に、エロのディズニーランドが描かれていたわけです。
で、マンガがこの乱歩の奇想に挑戦しました。
●丸尾末広/江戸川乱歩『パノラマ島綺譚』(2008年エンターブレイン、980円+税、amazon)
『パノラマ島』をマンガ化するのにあたって、乱歩的な猟奇世界を描き続けてきた丸尾末広ほどふさわしい作家はいないでしょう。
マンガの導入部では、大正末期の風俗をていねいに描いて雰囲気を盛り上げます。小道具として、原作にはない大正天皇崩御を利用した遺書なども登場。墓場で主人公が自分の歯を抜くシーンもマンガオリジナルの脚色です。いつもの丸尾末広に比べて、グロ描写はこれでも抑えぎみ。
そして後半、パノラマ島の描写は圧巻。すべてのページ、すべてのコマが見せ場です。
乱歩の投げかけた奇想を、丸尾末広は真正面から受けて立ち、原作のほぼすべてのシーンをきちんとデザインしました。そして最終章にいたると丸尾オリジナルのパノラマ島描写が読者を圧倒します。巨大な崖、果てしない草原、巨大な彫刻、滝を登る竜、奇妙なデザインの機関車、裸の男女。本作でのパノラマ島は、おそらく乱歩が考えていた以上のイメージで読者の眼前に展開されています。
丸尾末広が参加することで、乱歩のパノラマ島はさらに精緻にさらにエロティックに、そしておぞましくも美しい島として完成しました。後世に残る傑作。
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Comments
うーん、みなもと先生……のような気が。
Posted by: 漫棚通信 | February 28, 2008 02:19 PM
もう8、9年前になるのかな
「ダ・ヴィンチ」でマンガ家さんたちにマンガ化したい小説を選んでもらって、描いてみたい2Pだけ描いてもらう、という特集をやりまして、唐沢なおきさんに依頼したところ、即座に「パノラマ島奇譚」と。
原稿をいただくまでには恐ろしく大変な思いをしましたが、とても素晴らしい原稿をいただきました。
あのときには、唐沢さん、みなもと太郎さん、山田章博さんが小生の担当で、なんで遅い人ばかりなんだ! と悔やんだものです。
色校の日に原稿を入れたのは誰でしょう?
Posted by: 伊藤 | February 28, 2008 11:13 AM