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February 03, 2008

マンガキャラとしてのムハンマド(その2)

前回からの続きです)

 もうひとつの学習マンガの雄、学研はどうだったでしょう。

●『学研のまるごとシリーズ まんが世界の歴史5000年』(1992年学習研究社、amazonbk1

 1992年発行のこの本には、ムハンマドの肖像画の写真は掲載されていました。しかしマンガのなかで彼の顔は薄墨で黒っぽく塗られていて、顔がありません。逆光描写の継承です。

 ただしこの本、のちの版になりますと、ムハンマドの肖像画まで消されるようになりました(わたしが確認したのは1999年6月3日発行の第19刷)。


 1990年代の学研は、迷っていたようです。ちょっと驚くのですが、このような本も発行していました。

●『学研まんが 世界の歴史 7巻 イスラム帝国と預言者マホメット』(1992年学習研究社、amazonbk1

 はっきり申しまして学習マンガのシリーズとしては、集英社版よりこの学研版のほうが、わたし好きです。全15巻すべてのマンガを描いているのは、ムロタニ・ツネ象。彼は「学研まんが日本の歴史」シリーズでも複数の作品を描いています。

 ムロタニ・ツネ象は1934年生まれ。娯楽マンガ方面では『地獄くん』などでおなじみですが、すでに1953年、毎日中学生新聞に歴史マンガを連載しています。1970年以降は山のように学習マンガを描いており、学習マンガの巨匠ですな。

 「学研まんが世界の歴史」シリーズは、白髪のタイム博士(♂)、シロくん(♂)、カコちゃん(♀)の三人がタイムマシンで地球の歴史を見て回るという設定です。ムロタニ・ツネ象のわかりやすく正確な絵が学習マンガにぴったり。ばつぐんの読みやすさがあります。

 で、この7巻、表紙イラストからして、こっちを向いてにっこり笑うムハンマドのアップでありました。

 本編のマンガにも、ムハンマドの顔を隠そうという意図はまったく見られません。この時期のムハンマドとしては、破格の表現ですが、だからこそ、ほぼ一巻みっちりと英雄ムハンマドの一生を描くことが可能となっています。おそらくこれまでに出版されたムハンマドの伝記マンガのうち、量的にも質的にもベストのものでしょう。

 しかしこの時期、「ムハンマドをマンガ・キャラクター化する」というのはやはり問題があったようです。この作品、わずか三年後に絶版となります。どこかからの抗議があったのか、それとも学研自身の考えか。

 「学研まんが世界の歴史」シリーズ全15巻のうち、第7巻だけが描き直され、差し替えられてしまいました。

●『学研まんが 世界の歴史 7巻 西ヨーロッパの成立とカール大帝』(1995年学習研究社、amazonbk1

 こちらが新しい第7巻です。扱う歴史の主題をまるきり変えてしまい、ムロタニ・ツネ象の手で新しい本が描かれました。現在はこの新しい第7巻を含めた全15巻が、全国の学校や図書館の書架にあるはずです。

 ただし、「学研まんが世界の歴史」8巻は旧7巻の続きですので、そちらにもちょっとだけムハンマドが登場してます。

●『学研まんが 世界の歴史 8巻 アジアとヨーロッパの興亡と十字軍とモンゴル帝国』(1993年学習研究社、amazonbk1

 この8巻の冒頭には正面を向いたマホメット=ムハンマドがヒトコマだけですが、アップで登場してます。この巻は後年まで流通していました(わたしが確認したのは1996年7月10日発行第5刷)。

     ◆

 21世紀になり、ムハンマド表現はどうなったでしょうか。

●『集英社版・学習漫画 世界の歴史 5巻 ムハンマドとイスラム世界の広がり [イスラム教の誕生と発展]』(2002年集英社、900円+税、amazonbk1

 今流通しているムハンマドのマンガといえば、まずこの作品が挙げられます。

 マンガを描いてるのは、芳村梨絵。これもタイトルはムハンマドですが、書影イラストのど真ん中にいるひとはムハンマドじゃなくて、サラディンです。旧版と同じですね。右側はスレイマン一世で、左は千夜一夜物語で有名なハールーン・アッラシード。

 顔はコマの外にあったり、フキダシの陰に隠れたりしてます。そればっかりじゃマンガとして成立しないので、どうしてもうしろ姿が多く描かれています。またちょっとですが逆光表現も使用。これが21世紀初頭である現在の、ムハンマド表現の標準と考えていいのでしょう。


 もうひとつ現行の集英社版。

●『集英社版・学習漫画 世界の歴史人物事典』(2002年集英社、1500円+税、amazonbk1

 この事典には、それぞれの人物のタイトル部分に、肖像画や彫刻、写真などをリアルに模写した人物画が掲載されているのですが、ムハンマドの項目は、模写した絵が黒く塗りつぶされています。

 そしてマンガ部分4ページに登場するムハンマドは、すべてうしろ姿。

 ただしこの本では、「シーア派の祖 アリー」の肖像にも紙がはられて見えないようにしています。アリーはムハンマドのいとこにして娘婿、のちの第四代カリフですが、別に預言者じゃないから、これはちょっとおかしくないかい。

     ◆

 ムロタニ・ツネ象は最近も学習マンガを描いています。今度はくもん出版。1999年の『まんが 世界を動かした人びと 世界の歴史人物伝』では、ムハンマドはパスされてますが、2005年にこういうのがありました。

●『まんが 歴史にきざまれたできごと 歴史年表大事典』(2005年くもん出版、amazonbk1

 ここでのムハンマドは、遠景の小さな黒い影で表現されるだけとなっています。

     ◆

 そしてもっとも「今」に近いものでは。

 朝日新聞社発行の子ども向けビジュアル週刊誌「しゃかぽん」2007年7月1日号に、ムハンマドのイラストが掲載されていました。

 ムハンマドの顔は黒塗り。目も鼻も口もありません。ただし、からだや手は描かれています。どうもこれが現代のとりあえずの基準のようですね。

     ◆

 学習マンガじゃなくて、娯楽マンガではどうか。

 ムハンマドが登場するマンガは、もしかすると少女マンガ方面にはいくつかあるのかもしれませんが、今思い出せるのはこれだけ。

●青池保子『イブの息子たち』5巻(1978年秋田書店プリンセスコミックス)

 この巻には亡くなった世界の偉人がたくさん出演するのですが、黒髪、黒ターバン、黒マント、美形のムハンマドも登場して、主人公たちと対決します。今でも白泉社文庫で手にはいると思います。日本マンガがまだあまり深く悩まなくてよい、ドメスティックな時代の産物でありました。

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Comments

アリーはシーア派にとって預言者に準ずる(立場によっては預言者以上の)存在だからそこに配慮したのではないでしょうか。
イランでは絵画の禁忌が比較的緩かったらしいですが

また預言者の絵の禁止についてですが「現代思想」2006年5月号の「特集 イスラームと世界」所収の
自身ムスリムである中田考氏の「幻想の自由と偶像破壊の神話 預言者風刺画問題報道をめぐって」は
伝統的イスラーム法(クルアーンなどを元にした「神意」をはかる学の蓄積で唯一確定的法典があるわけじゃないのですが)の観点からこの事件を分析したものですが
イスラーム法文献に預言者の絵を描いては行けないとする規定は存在しないそうです。
預言者像の禁止は慣習法的側面が強いそうです。

Posted by: 目にか | February 05, 2008 at 02:43 AM

私も前にイスラム教の出立について調べたことはあるのですが、重要なコーラン(クルアーン)編纂時期、マホメッド(ムハンマド)の言葉の内容の取捨選択者についての部分で確証が掴めず、半分諦め今に至っています。

それにしても、学習漫画にも色々と面白いものがありそうですね。私は幼少期にクラシック作曲家についてのものを夢中になって読んだ記憶があります。今でもけっこう影響が残っています。

Posted by: くもり | February 05, 2008 at 11:51 AM

いつも興味深く拝見しております。
今回の記事、もしかしたら(3)以降で言及があるのかもしれませんが、つのだじろう作『劇画マホメット』(実業之日本社刊)について何らかの情報が得られることを期待しております。ふと思い出すたびに色々と検索をかけたりしているのですが、なかなかその内容について詳細を知ることが出来ずにいるので…(もし、過去にそういった記述がありましたら申し訳ありません)。

Posted by: taro | February 05, 2008 at 05:22 PM

>つのだじろう作『劇画マホメット』(実業之日本社刊)
情報ありがとうございます。漫画サンデーに連載された、藤子不二雄「劇画毛沢東伝」や水木しげる「劇画ヒットラー」などと同じシリーズだったんですね。「毛沢東」と「ヒットラー」は有名ですが、このつのだじろう「マホメット」と芳谷圭児「劇画マルクス」は知りませんでした。

Posted by: 漫棚通信 | February 05, 2008 at 05:40 PM

『劇画マルクス』は、原作が滝澤解さんです。
このコンビで少年誌系に芳谷さんを<移籍>
させていったのが、赤塚不二夫とぼくです。

最初、「りぼん」の編集者的立場で、少女マンガの
名作物(古典のリライト)をやっていたのが滝澤さん。
芳谷さんとは『ハムレット』で組んでいました。
このできばえが良かった。そこに注目したんです。

Posted by: 長谷邦夫 | February 05, 2008 at 08:09 PM

調べてみましたが、単行本化されたつのだじろう「マホメット」が存在するのかどうか、よくわかりませんでした。ちなみにヤフーオークションで見られる「漫画サンデー」連載時のトビラ絵はこちら。
http://page9.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/k46274262
1972年の連載時は「劇画マホメット」じゃなくて「マホメット」のタイトルだったようです。

Posted by: 漫棚通信 | February 06, 2008 at 12:00 AM

漫棚通信さま。
お返事ありがとうございます! 連載時のトビラ絵を見ることが出来て嬉しいです! 当時の掲載誌にあたるという手がありましたね、これからは少し気にしてみることにします。ありがとうございました。今後も楽しみにしております。

Posted by: taro | February 06, 2008 at 04:24 PM

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