中国とどう向き合うか
うーん感心した、すばらしい。遠藤誉『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』(2008年日経BP、1700円+税、amazon、
bk1)読みました。
「動漫」とは、中国語の表現でアニメーションとマンガをひとくくりにした言葉。アニメーションが「動画」でマンガが「漫画」、合わせて「動漫」と呼ばれます。
2005年中国で発生した、日本の国連安保理常任理事国入りに反対した反日デモが暴徒化したのは記憶に新しいところです。本書の前半は、日本動漫が中国で大人気である現状のレポート。後半は、「日本動漫の受容」がなぜ「反日」と同居しているかを論じます。
日経ビジネスオンラインに連載されたもので、一部はそちらでも読むことができます。
著者は、1941年生まれの女性。筑波大学名誉教授、帝京大学グループ顧問で理学博士。さらに北京大学アジアアフリカ研究所特約研究員という大学人です。中国問題の研究家であり、かつて国共内戦下の悲惨な体験を書いた自伝『卡子(チャーズ)』が、山崎豊子『大地の子』に盗作されたと司法に訴えたかたでもあります。
私はすでに60歳を超えている。アニメも漫画も、30年ほど前に子育てをしたいたころ横目で見ていただけである。(略)
こうして私は、知識もなければ興味もなかった「アニメ・漫画=動漫」の世界に、何十人もの中国の若者たちを通して、どっぷりとひたっていくことになるのだった。ああ、まさか66歳にして、私が『セーラームーン』のアニメを見たり、『スラムダンク』を読破する日が来ようとは!
とまあ、アニメやマンガにあまりくわしくない著者が、中国での動漫の現状をレポートするのですが、この手法が真摯です。著者はつねに現場に身を置いています。ですからマンガやアニメも見てみるし、多数の中国人にインタビュー。しかも客観的なデータ(これをあんまりどこも持ってないんだ)を探し出して示してくれます。
中国の投資コンサルタントの報告書がなんと12万円もするけどしぶしぶ手に入れたり、、中国の海賊版のデータが日本のどこにあるかを探して探して、やっと文化庁の著作権情報センターにたどりつく。取材、研究のカガミですね。
内容は多岐にわたっていて、わたしたちが断片的にしか知らなかったことがまとめて語られています。
●中国での最初の日本アニメは、1981年放映された鉄腕アトム。
●現在中国のテレビ局のアニメ枠は年間26万分必要。そのうち中国産が8万1千分で、年間必要量の31%。残りが日本を筆頭とする外国製。
●中国国内のアニメ制作会社は2006年末で5473社。
●2007年の発表で、中国の大学や専門学校2236校のうち、動漫学科をもつところが447校、何らかの形で動漫と関わりを持つところは1230校(75%)。
●中国のコスプレ大会は政府主導による国家事業となっている。
●日本文化庁の2002年調査によると、中国市場で映像ソフトの89%が海賊版(現在はやや減少中、のはず)。
●中国産アニメは、あまり人気がない。
●2006年9月1日から、午後5時~8時のゴールデンタイムでの外国産アニメ放映禁止が通達された。
ただし、著者はアニメにくわしくないから限界もありまして、たとえば中国の海賊版アニメは、どうやって字幕をいれているのか。これには「字幕組」と呼ばれる、中国の大学の日本動漫サークルが関与しています。彼らはまるきりのボランティアで、彼らがネットにアップした字幕が海賊版に利用されているのだそうです。
ここにはアメリカのファンサブとほぼ同じ構造があるのですが、本書には「ファンサブ」という言葉自体登場しません。編集者がちゃんと教えてあげなさいよー。
本書では、2005年の反日デモの発生原因を、日本でよく言われる「天安門事件により中国共産党の維新が揺らいだので、党の基盤を強化するためにに外敵として抗日戦争を利用し愛国主義教育を強化し始めたため」とする説を俗論としてしりぞけています。このあたりの実証はたいへんおもしろいのでぜひお読みください。
全体の流れを本書のあとがきにしたがってまとめてみます。
(1)日本動漫は1980年代以降、海賊版の存在のもと中国で大衆文化の地位を得た。
(2)「たかが動漫」と中国政府から野放しにされていた日本動漫は、中国民主化への道を開いた。
(3)現在の中国青少年には、愛国的教育で強化された反日感情と、日本動漫好きというダブルスタンダードの感情が同一人物内に同居している。
その後に考察と、将来に対する提言がなされます。歴史は複雑な要素で構成されていて、誰かが考えるとおりには流れていかないことがよくわかりました。
中国にも日本にも媚びないバランス感覚に優れた著者の筆致は、変な言い方ですが、熱く、しかも冷静。わたしはもちろん「動漫」にひかれて読んだのですが、それは別にしても、最近中国について読んだ文章の中でもっとも良質なものでした。
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