高野文子の描くマンガ的なるもの
朝日新聞で長嶋有『ねたあとに』という連載小説が昨年11月より始まってます。首都圏では夕刊に掲載されてるらしいのですが、夕刊のないウチの地方では朝刊。この挿絵を描いてるのが、高野文子です。
毎朝、高野文子が読める、というか、見られる、というのは、これはなかなかにケッコウで幸せなことでありますので、わたしもひっさしぶりに新聞の切り抜きをしてます。
で、高野文子は徹底して、挿絵で「マンガ的」なものを描き続けているのですね。
連載63回目の本日は、女性が五右衛門風呂にはいってる図なのですが、水面より上に出ている彼女の顔面から頭は、真っ黒に塗られてます。眉毛や閉じた目、鼻の穴は白抜きで描かれてます。
本日の挿絵はモノクロなので(実はこの連載、ときどきカラーになります)、黒い顔面とは、ゆだって真っ赤になってる、という表現ですね。
その他にも、風呂場ですからボディソープのポンプの絵が描いてあります。文中では「ポンプ式のダヴモイスチャーボディウォッシュ」と表現されてますが、このポンプの絵にはテキトーな手書き字体で、「モイスチャーミルク」と書き加えてあります。リアルではなく、これはシャンプーですよー、ということを示す、もっともプリミティブな「マンガ的」表現であります。
さらに風呂の水面からは、温泉マークの上の方、ゆれた線が4本たちのぼってまして、もちろん、湯気です。こういう湯気の描き方も、最近見なくなりました。
さらに風呂桶のサイドにはマキがあって火があってケムリがたちのぼっていて、五右衛門風呂であることを示しているのですが、この火やケムリが風呂場の洗い場と同じ室内に存在しているっ!
いやそんなことはありえませんので、高野文子、風呂のうちそとを隔てる壁を描いていません。
とまあ、この単純な線で描かれた一枚だけでも、いろんなことがつめこまれているのであります。
これまでの連載にも「マンガ的」表現はいろいろとありまして、フキダシとセリフがあったり、擬音が描き込まれたり、動線が描かれたりはあたりまえ。
挿絵を上下の2コマに分けたりすることもありました。二日連続で同じ構図を使って、時間経過を表現したり(おそらく新聞読者のほとんどが気づいていません)。
だいたい連載第一回から右手の手首から先が二重に描かれたり、左腕だけが三本描かれたりしてて、彼女はアルタミラの壁画を再現してたようです。
なんでもないコタツの上の描写に、「日本茶です」「ミカンです」「アメです」「ハナかんだちり紙です」と書いてあって、これは誰のセリフでもありません。主人公の心の声か、あるいは神の声か、挿絵画家の声か。
登場人物が麻雀牌で競馬ゲームをするとき、挿絵のほうには文中には出てこない幻想の馬が描かれ、登場人物の会話にツッコミをいれたりもします。
平面で書かれた部屋の間取り図みたいなものの上をキャラが移動します。壁は省略されるか、壁の向こう側の床が点線で描かれます。
高野文子は「新聞連載小説挿絵」という形式で、なにやらスゴイものを描きつつあるような気がするのですが、これを享受するには、新聞連載小説を毎日追っかけなきゃなりません。それに将来単行本化されても、挿絵すべてが収録されるなんてことはないでしょうから、なーんかもったいないですねえ。
Comments
昔むかし、井上靖『氷壁』の新聞連載のとき
挿絵が生沢朗で、実に見事なものでした。
これが、挿絵だけの画集となって刊行されています。
(ぼくは購入したんですが…、どこかへ…トホホ)
ぜひ、小説と一緒にした「挿絵集」が出てほしい!
Posted by: 長谷邦夫 | February 20, 2008 07:02 PM