ムハンマド風刺画事件覚え書き
リンク
●日本語版Wikipedia:ムハンマド風刺漫画掲載問題
●英語版Wikipedia:Jyllands-Posten Muhammad cartoons controversy
●問題になった風刺画(英語版Wikipedia)
事件の概要
●2005年9月30日:デンマークの保守系日刊紙、ユランス・ポステンがムハンマドの風刺画を掲載。
●デンマーク国内ムスリムからの抗議
●イスラム諸国からの抗議
●2005年12月6日:イスラム諸国会議機構サミットで風刺画掲載を非難。
●2006年1月~2月:シリア、レバノン、イラン、アフガニスタン、パキスタン、リビア、ナイジェリアなどでデモ。とくに2月になってのデモは過激化し、全世界で死者139人以上(下記ドキュメンタリーによると150人以上)。
2007年~2008年、NHKで放映されたドキュメンタリー
●シリーズ日本語タイトル:「NHK33カ国共同制作 民主主義」
●シリーズ英語タイトル:「Why Democracy?」
●作品日本語タイトル:「欧州 デンマーク “風刺画事件を追って”」
●作品英語タイトル:「Bloody Cartoons」
●作品英語コピー:「Is God democratic?」
●プロデューサー:アラン・ヘイリング Alan Hayling
●ディレクター:カルステン・キエール Karsten Kjær(デンマーク)
●55分
●日本での放映:2007年11月28日(BShi)、2007年12月23日(BS1)、2008年1月3日(NHK総合)
●YouTube(BBC英語版) (1/6)(2/6)(3/6)(4/6)(5/6)(6/6)
デンマーク人監督がインタビューで構成。
(ニュース映像より)
●2005年12月6日、OICサミットでのイスラム教最高位指導者ジェイク・ムハンマド・サイード・タンターウィ(エジプト)の発言「宗教的な人物、特に預言者を侮辱する者は厳しく罰せられるべきです。国連に加盟する国が例外なくこの法案に署名することを求めます」
●神よデンマーク人に天罰を下したまえ!と演説する男。
●地獄で焼かれろ、と歌うエジプトの歌手。
●デモのスローガン「Freedom of expression go to hell」
「Don't they teach manners in Denmark」など。
●2006年2月4日、レバノン、ベイルートのデンマーク大使館がデモ隊に放火される映像。
●2006年2月5日、パキスタン、ペシャワルの過激なデモ。
●パキスタンのイスラム教指導者、マウラナ・ユーフス・クレシの発言「彼らには死刑がふさわしい。風刺画家を殺したものには100万ドルの賞金を出します」
●2006年2月6日、イラン、テヘランでの大規模なデモ。
(1)クルト・ヴェスタゴー:72歳。ムハンマド風刺画のうち最も有名になった、ムハンマドのターバンを爆弾に模したマンガを描いた風刺画家。
(自分の命にかけられた賞金について)恐ろしいことです。普段は勇敢な妻も非常に怖がっています。妻は幼稚園の先生をしていますが、“園は安全ですか”と保護者に聞かれたそうです。ひどい事態です。
勝者は誰なんでしょう。表現を自粛するつもりはありませんが、イスラム教に関する絵はしばらく規制されるでしょう。例えばこの爆弾を妊娠したイスラム女性の絵です。最初は受理されましたが、しばらくして不採用となりました。別の絵に替えてくれってね。それが新聞社の立場だと宣言されたようなものです。悲しいことです。
(デンマーク、オーフス)
(2)フレミング・ローズ:ユランス・ポステン紙文化部長(元)。
掲載を後悔していると言えば、彼らに敗北することになります。過激で暴力的なやり方を認めることになるのです。暴力を使えば目標が達成できると思わせたくありません。
(事件のあと今度はホロコーストの風刺画を掲載すると発表したが、上司から否定される。「イランと協力はしない。ユダヤであれ、キリストであれ、風刺画は載せない」 新聞社には世界じゅうのメディアから膨大なメールが押し寄せた)
個人的にも新聞社にとっても最悪で、編集長は地面に沈み込む気分だったそうです。私が感じていたのは……覚えてないな。
(その後ローズ氏は新聞社を解雇される)
(パリのシャルリー・エブド誌の裁判に出席して)もし負けたら思想に対する批判や意見の表明が一切不可能になります。今回は宗教ですが、政治に関しても同様です。
(3)アブダッラー・カリド・イスマイル:デンマーク、オーフスの現在のイスラム教指導者。
心臓にナイフを刺されたように感じました。我々の最も大切な人が愚ろうされたのです。預言者は我々にとって誰よりも大切な存在です。
(レバノン、ベイルート、トリポリ)
(4)ラエド・ハラヘル:最初に抗議した人物。オーフスのイスラム教指導者。現在はレバノン、トリポリに在住。
(説教)
デンマーク政府と新聞社が風刺画について謝罪することはないだろう。彼らはあれを言論の自由だと言い張っている。デンマークをはじめとする西欧諸国は我々の激しい反応がまったく理解できないのだ。(インタビュー)
我々の宗教は西洋の民主主義よりも人間に合った価値観に基づいていると思います。これはイスラムと民主主義の、言論の自由を巡る対立などではありません。問題は西洋がイスラムに対し十字軍以来抱いている嫌悪感なのです。西洋は宗教と教育を切り離していますが、イスラムへの嫌悪は残っています。
アッラーやコーラン、ムハンマドへの侮辱はたとえジョークでも許すことはできません。
(5)シェイク・ムハンマド・ラシッド・カバニ(レバノン):ラエド・ハラヘルが抗議行動を起こすときたよった、レバノンのイスラム教最高位指導者。強い政治的影響力を持ち、デモを呼びかけた。
平和的なデモが疎外されたのはデモを行った側の責任ではありません。参加者たちは暴動を引き起こすつもりなどまったくなかったのです。
(6)リチャード・トレイサーティ(レバノン):デンマーク大使館があったビルのオーナー
連中は2か所の入り口から入って来て火をつけた。火炎瓶やガスなどいろいろな道具を用意していた。軍隊は彼らが乗ってきたバスをただ見ているだけだった。暴動は黙認されたんだ。
(トルコ、イスタンブール)
(7)エクメンツティン・イフサンオウル:OIC(イスラム諸国会議機構)事務局長。風刺画が掲載された直後、デンマーク首相に手紙を送り、また風刺画事件をOICサミットで報告し、これを世界的な問題にした人物。
人類の5分の1が信じる神が侮辱されたのです。文化的な行為とは思えません。相手への敬意を欠く行為を行っても、自由の国なら許されるのでしょうか。いいでしょう。しかし同様に非文化的な人々が大使館に火をつけたから何だというのです。どちらも無責任だった。それだけです。
全イスラム社会が行動を起こすことは当然予想していました。
(8)アナス・フォー・ラスムセン:デンマーク首相
イスラム諸国が求めているのは宗教的な表現の自由を制限する法律です。我々は断固として戦わなくてはなりません。表現の自由は絶対に守られるべきものなのです。
(在コペンハーゲン11か国の大使がデンマーク首相に書状を送った。OIC事務局長と同様、風刺画を掲載した新聞の処罰を求める)
手紙は受け取りましたが、答えははっきりしています。政府は表現の自由に介入しません。
民主主義のデンマークでは表現の自由が認められています。今回の風刺画問題では、それを制限しようとする国際的な力の存在を知りました。さらに議論を重ね、重要性を認識する必要があるでしょう。この騒動のおかげで表現の自由はかえって強化されました。
(ドイツ、ベルリン)
(9)ヘンリク・ブローダー(ドイツ):風刺画を人々に見せる活動をしているジャーナリスト。
(インターネットでは議論が盛んだったが、普通の新聞は消極的だった。アメリカ、イギリスの多くの新聞が風刺画掲載を自粛し、掲載したフランスやドイツは非難をあびた)
イスラムへの侮辱を避けるなら、ユダヤ教を刺激するブタも描けなくなるでしょう。ヒンズー教が大切にする牛も描くべきではありません。私は宗教を風刺する権利を守るためこの活動を続けていくつもりです。もうこんなことを議論する時代は終わったはずです。
(事件後、ドイツ、ベルリンでは、モーツァルトのオペラ「イドメネオ」の上演を中止。キリスト、ブッダ、ムハンマドの首が並べられる作品)
キャンセルの理由は芸術的な問題かもしれません。しかし風刺画の問題が影響していた可能性は高いでしょう。イスラム教徒が何に怒りの反応を示すか、分かりませんでしたから。
(フランス、パリ)
(10)フィリップ・パル:左翼系週刊誌シャルリー・エブド誌編集長。風刺画を転載。
ユランス・ポステンへの反応には怒りを覚えました。風刺画を掲載しただけで人種差別と非難されたのです。ユランス・ポステンは人種差別などしていません。またフランス・ソワールの責任者の解雇にも驚きました。この国の法は宗教団体のものなのか民主主義のものなのかはっきりさせるべきです。
(フランスのイスラム団体が編集者を告訴)
誤解です。電車や地下鉄の中に爆弾を仕掛ける連中を挑発などしません。しかしそれをジョークにする権利はあるはずです。挑発ではありません。市民の精神が健康な証拠です。
(裁判には勝訴)
(11)ラジ・タミ・ブレゼ:フランスイスラム組織連合代表。シャルリー・エブド誌に対して裁判を起こした。
戦いはイスラム教の教義のひとつです。表現の自由は守られるべきですが、同時に責任もあるはずです。
あなた方が自分たちの理由で行動するのは自由です。でも反応を見てください。
(裁判に負けて上訴)
(カタール、ドーハ)
(12)シェイク・ユサフ・カラダウィ:イスラム教の精神的リーダー。81歳。衛星放送アルジャジーラに自分の番組を持ち、「2006年2月3日金曜日を風刺画への怒りの日にしよう」と訴える。
(放送での説教)
怒りを表明するのです。我々はロバの集団ではない。背を貸すロバではなくほえるライオンなのだ。
(翌日2月4日ダマスカスで暴動。2月5日ベイルートで大規模デモ、デンマーク大使館炎上。2月6日イランで大規模デモ)
(インタビュー)
ムハンマドを不当に扱い、全イスラムを侮辱する行為です。イスラム国家と15億の信者を冒とくしたのです。行き過ぎた行為もあったろう。だが反応は予想できたはずだ。それに少々行き過ぎたと言っても、ほんの例外にすぎない。残念なことだとは思うがね。
西洋人は我々をかつての植民地のように支配できると思っている。我々に対する偏見も強い。アメリカは我々を含めた全世界を支配し、好き勝手にしようとしている。まず偏見を捨てることだ。互いを家族と認めなくては歩み寄りなど不可能だ。
西洋人にとって民主主義は絶対的な自由の味方だが、我々は絶対的な自由など存在しないと考えている。
(ムハンマドを描くことをコーランが禁じているのか、という問いに対して)コーランには書かれていない。だがスンニ派はあらゆる絵や肖像を厳しく禁じている。アッラーやアダムの絵も同様だ。ムハンマドだけではない。イエスやモーセ、アブラハムも同じことだ。信者の心にある理想の姿を偶像によって損なわせないためだ。
(風刺画を見せられて)このムハンマドの絵だが、見た人はこの絵からどんな印象を受けるだろう。どう思うかね? ムハンマドは暴力を好む男であり危険なテロリストだと考えるに違いない。爆弾を隠し持っているのはテロリストよりさらに悪いイメージだ。人々をあざ笑い裏切る男だと言っているようだ。ターバンに爆弾を隠す行為が意味することは明らかだ。正当化することはできん。
(イラン、テヘラン)
(13)クラウス・ニールセン:前デンマーク大使
デモ隊は革命防衛隊のひとつである民兵組織バシジに所属する若者たちだと聞いています。革命防衛隊は大統領の命令で動く機関ですから、政府の関与は確実です。デモ参加者の中にはプロの活動家も混ざっていたと思います。
デンマーク本国の外務省に申請をしてイランから出国する許可を得ました。そしてデンマーク人の職員は全員出国した。その夜のうちにです。
(イランではムハンマドの肖像画も売っていて、監督はこれを手に入れる。シーア派では預言者の肖像画が存在するが、スンニ派に敬意を表するため現在は禁じられている)
(14)アリ・バクシ:70歳以上。バシジの幹部。デモの専門家。2月6日のテヘランのデモを組織した。イランイラク戦争で兄弟と息子ふたりを失っている。
ああ、参加したよ。私がデモを主導した。
私は風刺画を見ていない。バシジのメンバーから風刺画の話を聞いた。ムハンマドが侮辱されたってね。そこで彼らに行動を起こすように伝え、私自身も参加したんだ。
(風刺画を見せられて)これがムハンマドだって? これはインドのシーク教徒に見える。預言者には見えない。
(15)マスード・ショジャイ:イラン漫画センター所長
(イラン政府は世界のマンガ家に声をかけ、風刺画コンテストを始めた。テーマはホロコースト)
これは西欧では決してできない催しです。私は今17の国から入国を拒否されています。コンテストのせいです。
ユダヤ主義者たちはおとぎ話を作り上げました。600万人もの罪のないユダヤ人が殺害されたと主張しているのですから。
(コンテストに応募したポルトガル、シッド氏の作品を見て。この風刺画コンテスト審査員のイラン人(?)が、博物館となったアウシュビッツを訪れている。「みんな鳥インフルエンザで死んだのかな」)この風刺画家の言おうとしていることが私には理解できません。面白さが分からない。
※最後のテロップ:NHKはこの「事件」で傷ついた多くの人々への配慮から一部映像を加工しました
さて、全世界で放映されたこの番組、すべての国で同じバージョンではありません。
NHKは今回の放映時、風刺画のアップや風刺画を素材にしたネット上のアニメなどが映るとき、一部しか見えないように画面にマスクをかけていました。とくに元画像の左下から二番目、目隠しされたムハンマドが女性をふたり従えてナイフを持ってるマンガと、その上の、雲の上の指導者が「殉死者が多すぎる、処女が足りないよ」と叫んでるマンガは、なぜか隠されてます。
対してYouTubeにあるBBC版では、このふたつのマンガはOKなのですが、アニメの部分はまるまるカットされて別のシーンに差し替え。またデンマーク女王のアイコラもカットされてました。
他の国ではまた、別のバージョンが放映されているのでしょう。
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Comments
この番組では、ホロコーストやキリスト批判に関する刑罰が西欧諸国に存在するというダブルスタンダードに関して触れていない。
番組を見ているだけでは気づかないその点こそが
西欧における表現の自由とは何か?が明確になっている。
Posted by: rom | August 11, 2010 02:23 AM
永山薫プレゼンツ「2007-2008マンガ論争勃発」どうなる、どうするマンガ界?in新宿ロフトプラスワン - 崩壊日記(出張所)
http://d.hatena.ne.jp/azumi_s/20080122/1200932241
Posted by: イベント | January 23, 2008 04:06 AM
なにかを発言するということにリスクの覚悟は必要ですが、まさか一国の新聞掲載のそれが世界を相手にしたものに発展するとは当人も予想出来なかったと思います。
なので確かにこういった悪意ある風刺画だったといっても責める気にはなれません。
ただ悲しいのは、その後のお互いの無理解と暴力の連鎖ですね。グローバル社会の課題点。痛ましいです。
Posted by: くもり | January 17, 2008 01:17 AM