外国語表現のウソ
TVで「のだめカンタービレ in ヨーロッパ」を見たあと、ふとんの中でつらつら考えていたこと。 ほんとにどうでもいい話なんですが。
「ヨーロッパ編のだめ」の中で、フランス語がどう処理されるか楽しみにしてました。実際には、「登場人物がしゃべってるのは日本語なんだけど、視聴者のみなさん、頭の中ではフランス語ということにしてね」ということにされてました。
そのため、会話には三種類の設定が混じることになりました。
(1)登場人物が日本語をしゃべっていて、本当に日本語。
(2)登場人物が日本語をしゃべっているように見えるのだが、実は外国語をしゃべっていてそれを日本語に吹き替えたもの。
(3)登場人物が日本語をしゃべっているのだが、実は外国語をしゃべっていて日本語に吹き替えられているのだと頭の中で変換してね。
(1)はあたりまえのことですが、日本にいる峰くんとか、フランスで千秋とのだめの間で交わされる会話がそうです。あとミルヒーは「のだめちゃーん」などと奇妙な日本語を駆使する人だから、(1)に相当します。
(2)は主に西洋人の役者さん。
(3)は、ウエンツのフランクとかベッキーのタチアナ、そして彼らと話してるのだめがこれ。
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(1)(2)は、マンガや小説の中でも普通に見られる手法です。でも(3)になると、マンガではありえない。もっと言うならアニメでもありえないかな。(3)は「人間が演じる」からこうなります。
演劇で日本人が赤毛物を演じるとき、つけ鼻をつけて、ブランチとかスタンリーとか呼び合ってます。これはやっぱ(3)ですよね。
(3)を逆に書きかえて、「登場人物が英語をしゃべっているのだが、実は日本語をしゃべっていて英語に吹き替えられているのだと頭の中では変換してね」ということにしてしまいますと、ハリウッドが祇園を描いた映画「SAYURI」になります。
日本人という設定の人々がみんな英語でしゃべってる奇妙な世界でした。でもまあ、フランスだろうが中国だろうがロシアだろうが、ハリウッド映画がちょっと前の時代の外国を舞台にするとき、ほとんどがこの方式を採用してますから、しようがないか。
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問題は異なる言語を母語としたひとびとが、何語で会話しているかという点。
日本を舞台にした映画では主に、人物(1)と人物(2)の間で、日本語で会話がなされます。昔の怪獣映画とか思い浮かべてください。日本語がしゃべれない外国人役者さんも、吹き替えで日本語ぺらぺら。
ところが外国を舞台にすると、全世界で日本語が通用するわけはないので、見る方は、人物(2)と人物(3)の間で外国語で会話がなされていると理解します。
かつての高倉健主演の映画「ゴルゴ13」とか、これでしたね。映画のうえではゴルゴも中東の人もみんな日本語しゃべってるのですが、ゴルゴは普通に日本語で、アチラのひとは日本語吹き替えでしゃべる。いったいあんたたちはホントは何語しゃべってんの、という映画でしたが、あれは英語という設定だったのかなあ。
つまり、日本人と吹き替え日本語の外国人が同じように会話をしていても、日本が舞台なら、外国人のほうが日本語でしゃべってる。海外が舞台なら、日本人が外国語でしゃべってると、視聴者には認識されるわけです。
見る方も娯楽映画とはこういうものだと、慣れちゃってますからね。視聴者も訓練されて、こういう見方を身につけたのでしょう。
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人物が演じる映画やTVのほうが、マンガよりたくさんウソをついている、ということですね。でも全編フランス語ののだめも、見てみたかったなあ。
わたしが以前「マンガの中の外国語:『のだめカンタービレ』の場合」で書きましたように、マンガ版「のだめカンタービレ」は、フォントの違いで外国語を厳密に処理しようと努力してますし、そこからギャグも生まれてます。でもそのあたりTVはずぼらです。
だいたい、孫RUIは原作では英語でしゃべってるはずなんで、峰たちとあんなに会話できないはずなんですけどね。あれじゃ将来、のだめと孫が出会ったとき、言葉が通じないギャグができなくなっちゃうじゃないか。
Comments
えーと、マンガや小説の場合、登場人物が何語をしゃべってるのかは、作者が決定します。ゴルゴが口を開いて、フキダシに「オレの後ろに立つな(ロシア語)」と書いてあれば、表記が日本語であっても、これはもう誰が何と言おうとゴルゴはロシア語でしゃべってることになります。
ところが、映画の登場人物のゴルゴが日本語で「オレの後ろに立つな」と言ってたとしても、相手のロシア人との間で意思の疎通がとれている場合、観客としては、(1)ゴルゴがロシア語をしゃべってる、(2)ロシア人が日本語を解する、(3)ゴルゴとロシア人が英語か何かで意思疎通をしている、という三種のうちから選択しなければなりません。とまあ、観客の脳内でひと手間かけさせるのが映画や演劇の場合。
小説やマンガでも、どこの言語、と記載がなければ、読者の想像が必要になるのは同じではありますが。
Posted by: 漫棚通信 | January 10, 2008 03:34 PM
>(1)(2)は、マンガや小説の中でも普通に見られる手法です。でも(3)になると、マンガではありえない。もっと言うならアニメでもありえないかな。(3)は「人間が演じる」からこうなります。
(3)がマンガではありえないというのが、逆に不思議でなりません。海外を舞台にしたマンガだと吹き出しの中は日本語だけど実際には外国語を話しています(脳内でそのように解釈してね)、という内容のものがごまんとあると思うのですが。
マンガの「のだめ」もまさにそうですよね?
Posted by: 長谷川 一成 | January 10, 2008 08:00 AM
なるほど。母国語→母語に修正しました。
Posted by: 漫棚通信 | January 09, 2008 07:46 PM
エントリーの内容と関係ないですけど、「母国語」は認識を改めたほうがよろしいかと思います。
Posted by: ボゴッ! | January 09, 2008 02:12 PM
いろいろな情報、ありがとうございます。リンク先の記事も興味深いものばかりでした。
なお、コメント削除の件につきまして。基本的に、わたしに対する批判の文章はそのまま残しています。第三者に対する揶揄などの表現が含まれていて、わたしがちょっとまずいかなと判断したときに削除していますが、きちんとした基準を作っているわけではありません。削除した事実およびその理由については個々に記述していません。またすべてのコメントに返答はしていません。申し訳ありませんがご理解ください。
Posted by: 漫棚通信 | January 08, 2008 09:04 PM
長谷邦夫 さん
漫棚通信 さん
ここにこのあたりの事情が書かれてますね。
でかだんびより : Dekadenbiyori あるベテランマンガ翻訳者の実情
http://dekadenbiyori.blog40.fc2.com/blog-entry-241.html
手っ取り早くいうとするなら、漫画の翻訳はそれを仕事とみるにはあまりにも速くて、安くて、面倒くさい、の三拍子につきるのかと。
で、まあ、こんなことになるのもいろいろあるらしくて、やっぱりこんな問題も絡んでいるからかもしれませんね
What A Wonderful World CLAMPの海外進出で考える「無許可翻訳」の被害の大きさ。
http://blog.goo.ne.jp/coffee2006/e/acb47831f2eaa7c5d7e62ecd5a945d08
ULTIMO SPALPEEN: 認められてしまったスキャンレーション
http://willowick.seesaa.net/article/22029754.html
んで、翻訳の方に話しを戻せば、この手の誤訳な問題は世界的なものらしく、あのフランスにおいてもこんなざまだそうで。
仏語版『ナポレオン 獅子の時代』紹介ページ
http://www4.ocn.ne.jp/%7Edavout/NapoFrench.htm
で、やはりそれが向こうでも問題になったらしく、
こういうことには一応なったみたいだけど、最初のミスはそのままみたいです。
士道、地に堕ちっぱなし ナポレオン 獅子の時代 フランス語版 tome 4
http://koichirot.blog47.fc2.com/blog-entry-517.html#comments
ただ、むろんこういうことばかりというでもなく、
きちんとしたすばらしい翻訳を仕事としてやった人もまあいるわけで。
かざみあきらの雑記 2004年12月
http://www.geocities.jp/kazami_akira/diary/diary0412.html#1226-02
惣領冬美さん歴史漫画、チェーザレ、のイタリア版がこの間出たという話し、以前のモーニング誌で載っていたことを知っているかも知れませんが
その紙面を読む限りでは、他の漫画の二の舞は避けようとして、作者サイドでは相当の注文があったようです。
で、下手な翻訳者だとイタリアの話しなのに変な翻訳をしかねないってのは、上の記事でもありえる話しなので、特に歴史に造詣のある翻訳者をつけろ、との要求をきちんと飲んだむね、のことが書かれていました。
ようは、このようなずさんな翻訳でなく、きちんとした翻訳に持って行くために必要なものとして、翻訳側の漫画へのリスペクト及び仕事の位置づけ、時間、出版社がどれだけちゃんとした翻訳者を雇って育てる気があるのか、にかかっているようです。
実際、この手の翻訳関係の記事をネットでたびたび読む機会はありますが、本当に考え抜かれた翻訳をして、日本人側の紹介者もうならせる出来の作品(紹介しておいて何だが、やはりその手の話しはフランスとドイツで多かった)というのがやはりもう一方にあるのもまた事実のようです。
このあたりのことを時間かけて追っかけている人も一応いるので、もし気になられるようだったら、その手のサイトを覗いてみてはいかがですか。
少なくとも紹介したサイトはみんなその手の話しを追っかけていたり、アニメ漫画の世界の流れを真剣に追っかけていたり、定期的に翻訳本を紹介したりしている良質のサイトばかりですから
(あと、個人的な話しになりますが、以前書き込んだコメントが、しばらく立ってみてみたら、消えていました。当たり前な話しですが、ここをどうするかは管理人の自由であります、が、出来れば、もし消すのだとしても、誹謗中傷にあたるかも知れない、とか他の理由でも、どちらでもかまいませんので、理由あって消した旨、明記していただけませんでしょうか)
Posted by: まうまう | January 08, 2008 07:05 AM
その話を聞きましてから、のだめ英語版を買って読んでみようかどうか、ずっと迷っております。「合コン」を「aikon」と誤訳した話は有名ですが、今は修正されてるそうです。
Posted by: 漫棚通信 | January 07, 2008 10:58 PM
ちょっとズレてしまいますが
このマンガの英語翻訳版は、
専門のマンガ翻訳者からみて
「クソだ!」というくらい
レベルの低いものだそうです。
昨年の京都でのマンガ学会大会で
京都精華大のマンガ学科の米人
教授さんの発言でした。
「海外版が出たよ!」って
単純に喜んではいられませんね
マンガ家さんも…。
どうも、編集経費を抑えるため
大学生バイト的な原稿を使ったり
されているよでした。
Posted by: 長谷邦夫 | January 07, 2008 01:42 PM
>フランス版「ごろ太」
もちろんTV版の重要なシーンとなってます。
>裏軒
おお、あのシーンは孫が英語で、日本人たちが日本語であったということですか。こりゃちょっと気づかなかった。
Posted by: 漫棚通信 | January 07, 2008 08:49 AM
孫ルイが峰たちと流暢な会話をしているシーンってありましたか?
同じ場所(裏軒)にいて、雰囲気で楽しんではいるけど、細かな意思疎通は果たしていない、
というような解釈で視聴していました。
裏軒にて「楽しい!」と千秋に話している場面は(3)ですよね。
Posted by: ががが | January 07, 2008 01:19 AM
テレビの「のだめ」は見てないんですけど、
フランス版「ごろ太」を見てフランス語を学ぶシーンってあったんですか?
Posted by: てんてけ | January 07, 2008 12:10 AM