水島新司の場合
(以下の記事の続きになります)
●史上最も忙しかったマンガ家
前回のエントリのコメント欄で、1970年代の水島新司を忘れちゃいませんか、とのご指摘をいただきました。あちゃー、そうだった。というわけで調べてみました。
まずはチャンピオン。
●ドカベン:「週刊少年チャンピオン」1972年から1981年
マガジンでは。
●野球狂の詩:「週刊少年マガジン」1972年から1977年。初期は不定期掲載で、1976年以降毎週連載
サンデーでは。
●男どアホウ甲子園:「週刊少年サンデー」1970年から1975年
●一球さん:「週刊少年サンデー」1975年から1977年
水島新司の雑誌デビューは少年キングでしたが、大ヒットには恵まれませんでした。この時期のキングにはプロレスとか、野球以外の作品が連載されてます。
●へいジャンボ:1972年
●輪球王トラ:1972年
●アルプスくん:1974年
ジャンプと水島新司はあまりイメージが一致しませんが、読切以外ではこういうのがありました。太田幸司がモデルの実録モノね。
●ケッパレ!太田投手:「週刊少年ジャンプ」1970年
水島新司には隔週刊連載もあります。
●球道くん:隔週刊「マンガくん」→「少年ビッグコミック」1977年から1981年
●あぶさん:月二回刊「ビッグコミックオリジナル」1973年から現在まで
こうながめてみると、1974年ごろが最も忙しかったのじゃないかしら。週刊誌が、チャンピオン、サンデー、キング。あと不定期連載がマガジン(数えてみると、この一年間で少年マガジンには計23回掲載されてます)。ビッグコミックオリジナルが月二回。いやー、これもスゴイ。
それにしても水島新司の場合、ほとんどが野球マンガですからねえ。よくもまあアイデアが続いていたものです。
(以下の記事に続きます)
●ジョージ秋山の場合
Comments
1970年頃は、その5誌に加えて「ぼくらマガジン」がありました。
Posted by: すがやみつる | January 11, 2008 09:56 AM