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January 31, 2008

マンガ批評入門

 いしかわじゅん『漫画ノート』に刺激されてしまい、試みにマンガ批評を分類してみました。

 わたしもマンガ批評、のようなものを書いていますが、いつも分類して考えてるわけじゃなくて無意識にやってます。でもマンガ評には、小説評や映画評と違う文法があるのじゃないか。

 分類はしてみましたが、いろいろと修正が必要でしょうし、今後さらに新しい切り口が登場することになるのでしょう。でもとりあえず、書いときますね。

 以下は主に作品評についての話です。


     ◆

(1)作品を語る

(1-1)ストーリーを語る
 マンガのストーリーのどこがどうおもしろいのかを紹介します。ストーリーを要約したりうまく紹介するのもけっこうタイヘンです。

(1-2)セリフを語る
 いいセリフというのは紹介してみたくなるものです。島本和彦作品など、セリフを引用してるだけで、批評みたいなものができあがりますのでたいへんありがたい。セリフ紹介を集中してやった元祖は、みなもと太郎『お楽しみはこれもなのじゃ』。

(1-3)絵を語る
 絵を文章で語るのはほんとにむずかしい。「気品のある絵」「勢いのある線」と書いてみても、いっぱいこぼれ落ちてしまうものがあります。でもマンガを語るには、これがないと。

(1-4)キャラクターを語る
 最近の流行です。作者の創造したキャラクターを、実在の人物のごとく、どこがどのようにかっこいいか語ります。『漫画ノート』に何がなかったかと考えていたら、この手法はあまり見かけませんでした。

(1-5)表現を語る
 コマ構成、擬音、集中線などの漫符をふくめて、マンガの表現を語ります。夏目房之介以来の手法です。

(1-6)造本を語る
 本の紙質やデザインを語ります。祖父江慎デザインなら、内容とは別にそれだけで書けてしまいます。


     ◆

(2)作品の成り立ちを語る

(2-1)作者の基本情報
 作者の出身、経歴など。過去の作品紹介。さらにはゴシップまでも含まれます。

(2-2)書誌的情報
 どの雑誌にいつ連載されたか。単行本なら出版社、発行日など。その雑誌はどんな感じの雑誌か、同時期に掲載された作品などもチェックしたりします。

(2-3)編集者を語る
 今はまだレアな手法ですが、作品に大きな影響を与えているもうひとつの存在、編集者を語る方法。裏話にくわしくなければできません。

(2-4)モトネタ探し
 作品に影響を与えた思想や作品を探し出します。すごくアサッテの方向へ行ってしまう可能性もあります。

(2-5)作者の意図を読みとる
 いしかわじゅん『漫画ノート』で多く見られる手法がこれ。洞察力と思いきりが必要。

(2-6)マンガ史上での位置づけ
 マンガ史を概観し、その作品や作家を位置づけます。24年組や、ニューウェーブ、大友チルドレンといったレッテル貼りもこれに含まれるでしょう。


     ◆

(3)社会-マンガ関係を語る

(3-1)マンガの社会に対する影響
 もっとも古典的な語り方のひとつ。マンガが社会のなかでどういう位置にあるかを語ります。マンガが社会的にどのような影響を与えるのか。エッチなマンガが子どもに悪い、という論も一種のマンガ批評ではあります。

(3-2)社会のマンガに対する影響
 逆に社会的環境がそのマンガにどのような影響を与えているか。マンガも社会をうつす鏡。政治、経済や事件、風俗と離れては存在できません。マンガを通して社会を語る。紙屋研究所でよくやられてます。

(3-3)イデオロギー
 マンガが主張する、あるいは内在しているイデオロギーの方向性で、マンガを評価することも可能です。今はあまりハヤりませんが、かつて主流の語り方ではありました。このマンガ、フェミニズム的にはどうよ、というような視点も、これに含まれるかもしれません。

(3-4)問題提起
 イデオロギーとまでじゃなくとも、何らかの社会問題をとりあげるマンガが存在します。テーマはエコロだったり、福祉だったり、人権だったり。表現がつたなくてもココロザシが高いから評価する、ということはありうることでしょう。

(3-5)経済的側面
 マンガは文化財ですが、かつ商品でもあります。その作品の人気や、売れてるか、売れてないか。売れてるのなら、なぜ売れたのかを語ります。


     ◆

(4)読者が前面に登場する

(4-1)自分語り
 普遍を求めず、読者である自分を前面に出す手法。自分の性別、年齢、経歴と照らし合わせてマンガを語ります。諸刃の剣ですが、ハマればとても有効。

(4-2)ツッコミ
 これも最近流行してます。作者自身が意図した以外の、ちょっとヘンなところにツッコミを入れます。これも読者自身がおもしろさを発見しているわけです。

(4-3)パロディや二次創作
 さらに読者が前面に出ていくと、パロディとか二次創作を創造することなります。これも一種の批評と言えるでしょう。

(4-4)他の読者にたよる
 あのひとがこのように誉めていた。こんな賞を取ってこんな選評があった。世間ではこのように受けとめられた。などと紹介します。対して自分の考えは、と続けられますので、これはなかなか使える手法ですよ。

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January 29, 2008

誉めまくり『漫画ノート』

 いしかわじゅん『漫画ノート』(2008年バジリコ、2000円+税、amazonbk1)読みました。

 いや実に幸せな気分になれる本でした。この膨大な数のマンガについて書いた本書で、いしかわじゅんは基本的に誉めて誉めて、誉めまくってます。

 実際にやってみればわかりますが、けなすのはかんたん、誉めるのはムズカシイです。いしかわはそれをかるがるとやってのけている、ように見せています。そのあたりが腕ですね。

 マンガの語り方はいくつもあると思いますが、かつて夏目房之介が『マンガ学への挑戦』(2004年NTT出版)で、

マンガ批評のなかで見れば作家主義的な場所にいるいしかわじゅん

と書いたように、いしかわじゅんの読み方、語り方は、作者の位置に立脚してその意図を読み解くというもの。その立脚点が「明らかにマンガの受け手、消費者側にある」岡田斗司夫とは対極の立場です。

 本書でもいつものいしかわ節が見られます。「○○はいいものを見つけた」「ある日、どこかの時点で、彼は○に気づいたのだ」「○○は、ただ○の話を描きたかったのだ」

 これがホントにそれぞれ作者の考えているとおりかどうかはわかりませんが、いしかわは自身の体験から、こうにちがいないと言いきってます。これこそいしかわが実作者であることのアドバンテージですから、そのスタイルは一定してぶれまていせん。

 前著『漫画の時間』との違いは、図版の引用から©が消えてます。これが12年の差。

 わたしが読んでない作品がかなり多いです。ああ、あれもこれも読みのがしてる。でも絶版になってるのもけっこうあるしなあ。それがクヤシイので誤植をひとつ指摘。「赤胴鈴之介」じゃなくて「鈴之助」です。

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January 27, 2008

樹村みのりカムバック

 樹村みのりの新刊が発行されてます。

●『見送りの後で』(2008年朝日新聞社、580円+税、amazonbk1

 「眠れぬ夜の奇妙な話コミックス」というレーベルでの刊行ですが別にホラーじゃありません。でもこれを朝日ソノラマにかわって朝日新聞社が出してるというのも、なんかまだ違和感ありますねえ。

 1990年代になって樹村みのりは活動をぐっと縮小してしまい、残念に思ってました。1996年ごろに講談社の「Views」という雑誌にヤマギシズムを批判した記事が掲載されたことがあり、彼女がイラストを担当していて、こんな仕事してたんだと驚いたことがあります。

 ほかには『セクシュアル・ハラスメントのない世界へ』(2000年有斐閣)や『女性学・男性学 ジェンダー論入門』(2002年有斐閣アルマ)というフェミニズム系の本に短編マンガが掲載されているのを読みました。

 2005年には「comic 新現実」5号に、大塚英志による樹村みのりインタビューが掲載。そして『冬の蕾 ベアテ・シロタと女性の権利』(2005年労働大学出版センター、630円+税)が発行されました。日本国憲法の作成にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンの生涯を描いた意欲作。以前はネットじゃなかなか買えませんでしたが、最近bk1で取り扱ってます。amazonは扱いなし。

 さて、今回の『見送りの後で』という短編集ですが、なんつっても『星に住む人々』に驚いた。この作品、1976年に描かれた『星に住む人びと』というマンガのリメイクです。

 元版は、「別冊少女コミック」1976年11月号に掲載されました。

 当時1976年の「別冊少女コミック」という雑誌は、6月号で萩尾望都「ポーの一族」シリーズがすごく盛り上がって終了、大島弓子や竹宮恵子も定期的に意欲作を発表、翌年3月号では吉田秋生デビュー、という時期でして、樹村みのりも代表作のひとつ、菜の花畑シリーズをこの時期この雑誌に描いてます。

 だもんで、わたしもこのころは毎月「別コミ」買ってましたよ。

 『星に住む人びと』は、社会に対して意識的に目を向けて生きようとする日本人少女の半生記。ベトナム戦争の終結をマンガのラストに持ってくるという感動的な作品でした。小学館の総集編雑誌「プチコミック 樹村みのり/ささやななえの世界 PART-II 」1979年1月号に収録されたあと、単行本としては小学館じゃなくて秋田書店の『星に住む人びと』(1982年秋田書店ボニータコミックス)という短編集に収録されてます。

 で、この作品が今回『星に住む人々』のタイトルでリメイクされているのですが、同じ絵は、主人公が描いてる仏教画の壁画がワンカット出てくるだけで、その他は全面改稿されてます。でもセリフはちょっと変えられてるだけでほぼ同じ、コマのレイアウトや絵の構図も大きな変化はありません。あ、作者の他の作品にも登場する「吉岡聡子」さんのソバカスがなくなってるか。

 正直、なぜ? という気持ちになりました。作者によると「タイトルを含め、今でも好きな作品のひとつなのですが、当時は思いどおりの絵が描ききれず、ずっと心に引っ掛かっていました」ということですが、ううーん、このあたり作者自身じゃないとわかんないことですねえ。わたしなどは1976年版の完成度は十分高いと思うのですけど。

 『見送りの後で』には五作品が収録されてますが、上記リメイク『星に住む人々』以外には1980年代作品が二作、2000年代作品が二作です。

 近作は『見送りの後で』と『柿の木のある風景』というタイトルです。前者は年老いた母親の死、葬式での女性主人公の心情を書いたもの。

 後者が圧巻で、昭和30年代の初めから現在まで、女性主人公の実家と隣家の関係を、ひとの生き死にでつづった年代記。こんな空間的に狭い範囲でも時間軸を長くすれば、スケールの大きな作品になるんだなあと感心しました。ああ、樹村みのり作品がもっと読みたい。

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January 25, 2008

古くてスミマセン

 最近はあれですな、リバイバルのマンガだけ読んでても生活できるかも。

 今読んでるのは、大量に復刊されつつあるこれ。

●桑田次郎『まぼろし探偵』第一部上中下巻、第二部上中下巻(2007年~2008年マンガショップ/パンローリング、各1800円+税、amazonbk1

     

 また来月にも三冊刊行されますので、一所懸命読まなきゃ追いつきません。別に今読まなきゃいかんことはないのですが、ただでさえ積ん読が多いのですからちゃんと消化していかないと。

 まぼろし探偵の首に巻いた黄色いスカーフ、あれ初期は、毛糸かなんかでできてるごく普通のマフラーだったのですね。どうでもいい知識が増えるなあ。

 小学館クリエイティブからはこれが刊行中。

●武内つなよし『赤胴鈴之助』(現在四巻まで、2007年~2008年小学館クリエイティブ、1800円+税、amazonbk1

   

 前谷惟光も『ロボット三等兵』以外に、毎月つぎつぎと出版されてます。

●『ロボット二挺拳銃』『ロボット捕物帖+め組のロボット』『ロボット名探偵』『ロボットGメン+ロボット拳闘王』『ロボット童話』上下巻『ロボ子さん』(2007年~2008年マンガショップ/パンローリング、各1800円+税、amazonbk1

      

 以下続刊。これもちょっと気を許すとたまってしまうからタイヘン。いやこういう時代がこようとは。

 でもって、これとは別に図書館から大量に借りてきて読んでるのが、実は集英社と学研の、学習マンガのシリーズだったりします。うーん、現代から離れていってますね。

 それにしても、山田芳裕『度胸星』(現在三巻まで、2007年~2008年講談社、各1143円+税、amazonbk1)はおもしろいなあ。これが未完なのはすごく残念でもったいない。

  

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January 22, 2008

いがらしみきお新作ふたつ

 マンガの絵柄というのは、長く描いてると変わってしまうものだそうですけど、たとえば高野文子。初期から今まで、ずいぶん変化しました。これは意識的なものなのかしら。それとも自然に線が変化しちゃったのでしょうか。

 意識的に絵を変えた作家としてぱっと思いうかぶのが、森下裕美。ごく初期のひさうちみちおふうから、江口寿史ふう、レディコミふう、安西水丸ふう、高橋留美子ふう、といろいろ試したあと、『少年アシベ』のカワイイ系四コマタッチで完成。と思ったら、『大阪ハムレット』でキタナイ系に変えちゃいました。

 このひともそう、いがらしみきお。ブラックな四コマから『ぼのぼの』へ。そして『Sink』(1巻2002年、2巻2005年竹書房)でホラーマンガを描くにあたり、リアル系の絵に挑戦しました。

 で、昨年末、12月31日という微妙な日が発行日となっている、いがらしみきおの新作が二冊同時発売。わたしが手に入れたのは今年になってからです。

●『いがらしみきおモダンホラー傑作選 ガンジョリ』(2007年小学館、905円+税、amazonbk1
●『かむろば村へ』1巻(2007年小学館、819円+税、amazonbk1

 

 『ガンジョリ』はホラーマンガの短編集。四作品が収録されてますが、『Sink』と同じようにホラーマンガらしく、絵で怖がらせようとしてくれてて、いいなあ。いがらしみきおの考えるホラーは「因果はよくわからないけど、絵が怖い」というもののようですね。こういうのは好きです。

 『ぼのぼの』の絵になれてるウチの中学生などはびっくりしてました。あとがきに「ワタシも漫画家としてはそろそろ晩年なので」とありますが、いがらしみきおは、こういう絵が描きたいひとのようです。

 『かむろば村へ』は、ビッグコミックに連載中、ロハスがテーマ(?)の「大人のための、甘さ控えめファンタジー。」(←オビのコピー)だそうですが、少なくともハートウォーミングな作品ではなさそう。

 過疎の田舎で農業を始めた独身男性が、いろいろといやーな目にあっていくという、岡林信康の歌(田舎のいやらしさは蜘蛛の巣のようで、というやつね)みたいな話。五十嵐大介『リトル・フォレスト』の対極ですな。

 著者はここでまた絵を変えてて、主人公の顔などは、ホラーで描いてたリアルなタッチからちょっとマンガ調にもどしてます。

 まだ話の全貌が見えないのですが、一部スーパーナチュラルなシーンもありますので、ぬるいファンタジーじゃなくてこれから驚愕のホラーに変化していくとたいへんウレシイのですが。

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January 19, 2008

登場人物全員鈴木先生

 世評の高いマンガについて、わたし、アンチの立場に立つこともありまして、実は武富健治『鈴木先生』もそうです。

 アレおもろいか、と問われれば確かにオモロイのですが、作者の意図の外側がオモロイのであって、作者のたくらみを喜んでるわけではないような気がします。

 かつて2巻が発売された段階で、わたしはこのように書きました。

梶原一騎マンガの登場人物がすべて梶原一騎の分身であるのと同じく、『鈴木先生』の登場人物は、教師も生徒も親も、みんな作者であることがよっくわかります。

 今回、4巻(2008年双葉社、819円+税、amazonbk1)を読んで、いっそうこの思いが強くなりました。

 4巻では、鈴木先生がご近所の公園で、中学生のセックスについて指導を行います。公園に集合したのは、主人公・鈴木先生、その教え子たち、その保護者。ここで登場人物たちは中学生のセックスについて、遠慮せずに討論を開始します。

 意見があり反論があり、このシーン、ディベートマンガになってますね。

 笑ってしまうのは、登場人物が全員、「鈴木先生」になっちゃってるところ。みんな一所懸命、汗と涙をだらだら流しながら、顔を紅潮させて、真剣に怒鳴りあってます。

 「鈴木先生」のキーワードは「過剰」ですが、過剰なのは、作者だけじゃなく、鈴木先生だけでもなく、このマンガの登場人物全員がそうなんですよね。だからこのディベートのシーン、鈴木先生がいっぱい登場して会話してる感じ。

 でも、読者である自分は、この輪には入ってゆけないよなあ、とも感じてしまいます。今もそうだし、かつて中学生時代のわたしも、そうだったでしょう。ディベートをする態度においても、そこで語られる内容においても、あそこに自分はいないなあ。わたしゃそういう性格なんですよ。というか、みんな、ほんとに鈴木先生の授業、受けたいか?

 そこに参加できるかどうかで、このマンガの読みがずいぶん変わってくるような気が。

 というわけでわたしは、「鈴木先生」世界から疎外された読者となってしまっているのでした。実は多くのひとがわたしと同じように感じながら読んでるのじゃないかしら。自分の行動や考えと、鈴木先生のそれとのズレをおもしろがってるのじゃないか、と想像するのですが、どんなもんでしょ。

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January 16, 2008

ムハンマド風刺画事件覚え書き

リンク

●日本語版Wikipedia:ムハンマド風刺漫画掲載問題
●英語版Wikipedia:Jyllands-Posten Muhammad cartoons controversy
問題になった風刺画(英語版Wikipedia)


事件の概要

●2005年9月30日:デンマークの保守系日刊紙、ユランス・ポステンがムハンマドの風刺画を掲載。
●デンマーク国内ムスリムからの抗議
●イスラム諸国からの抗議
●2005年12月6日:イスラム諸国会議機構サミットで風刺画掲載を非難。
●2006年1月~2月:シリア、レバノン、イラン、アフガニスタン、パキスタン、リビア、ナイジェリアなどでデモ。とくに2月になってのデモは過激化し、全世界で死者139人以上(下記ドキュメンタリーによると150人以上)。


2007年~2008年、NHKで放映されたドキュメンタリー

●シリーズ日本語タイトル:「NHK33カ国共同制作 民主主義
●シリーズ英語タイトル:「Why Democracy?」
●作品日本語タイトル:「欧州 デンマーク “風刺画事件を追って”」
●作品英語タイトル:「Bloody Cartoons」
●作品英語コピー:「Is God democratic?」

●プロデューサー:アラン・ヘイリング Alan Hayling
●ディレクター:カルステン・キエール Karsten Kjær(デンマーク)
●55分
●日本での放映:2007年11月28日(BShi)、2007年12月23日(BS1)、2008年1月3日(NHK総合)
●YouTube(BBC英語版) (1/6)(2/6)(3/6)(4/6)(5/6)(6/6)

 デンマーク人監督がインタビューで構成。

(ニュース映像より)
●2005年12月6日、OICサミットでのイスラム教最高位指導者ジェイク・ムハンマド・サイード・タンターウィ(エジプト)の発言「宗教的な人物、特に預言者を侮辱する者は厳しく罰せられるべきです。国連に加盟する国が例外なくこの法案に署名することを求めます」
●神よデンマーク人に天罰を下したまえ!と演説する男。
●地獄で焼かれろ、と歌うエジプトの歌手。
●デモのスローガン「Freedom of expression go to hell」
「Don't they teach manners in Denmark」など。
●2006年2月4日、レバノン、ベイルートのデンマーク大使館がデモ隊に放火される映像。
●2006年2月5日、パキスタン、ペシャワルの過激なデモ。
●パキスタンのイスラム教指導者、マウラナ・ユーフス・クレシの発言「彼らには死刑がふさわしい。風刺画家を殺したものには100万ドルの賞金を出します」
●2006年2月6日、イラン、テヘランでの大規模なデモ。


(1)クルト・ヴェスタゴー:72歳。ムハンマド風刺画のうち最も有名になった、ムハンマドのターバンを爆弾に模したマンガを描いた風刺画家。

(自分の命にかけられた賞金について)恐ろしいことです。普段は勇敢な妻も非常に怖がっています。妻は幼稚園の先生をしていますが、“園は安全ですか”と保護者に聞かれたそうです。ひどい事態です。

勝者は誰なんでしょう。表現を自粛するつもりはありませんが、イスラム教に関する絵はしばらく規制されるでしょう。例えばこの爆弾を妊娠したイスラム女性の絵です。最初は受理されましたが、しばらくして不採用となりました。別の絵に替えてくれってね。それが新聞社の立場だと宣言されたようなものです。悲しいことです。


(デンマーク、オーフス)

(2)フレミング・ローズ:ユランス・ポステン紙文化部長(元)。

掲載を後悔していると言えば、彼らに敗北することになります。過激で暴力的なやり方を認めることになるのです。暴力を使えば目標が達成できると思わせたくありません。

(事件のあと今度はホロコーストの風刺画を掲載すると発表したが、上司から否定される。「イランと協力はしない。ユダヤであれ、キリストであれ、風刺画は載せない」 新聞社には世界じゅうのメディアから膨大なメールが押し寄せた)

個人的にも新聞社にとっても最悪で、編集長は地面に沈み込む気分だったそうです。私が感じていたのは……覚えてないな。

(その後ローズ氏は新聞社を解雇される)

(パリのシャルリー・エブド誌の裁判に出席して)もし負けたら思想に対する批判や意見の表明が一切不可能になります。今回は宗教ですが、政治に関しても同様です。


(3)アブダッラー・カリド・イスマイル:デンマーク、オーフスの現在のイスラム教指導者。

心臓にナイフを刺されたように感じました。我々の最も大切な人が愚ろうされたのです。預言者は我々にとって誰よりも大切な存在です。


(レバノン、ベイルート、トリポリ)

(4)ラエド・ハラヘル:最初に抗議した人物。オーフスのイスラム教指導者。現在はレバノン、トリポリに在住。

(説教)
デンマーク政府と新聞社が風刺画について謝罪することはないだろう。彼らはあれを言論の自由だと言い張っている。デンマークをはじめとする西欧諸国は我々の激しい反応がまったく理解できないのだ。

(インタビュー)
我々の宗教は西洋の民主主義よりも人間に合った価値観に基づいていると思います。

これはイスラムと民主主義の、言論の自由を巡る対立などではありません。問題は西洋がイスラムに対し十字軍以来抱いている嫌悪感なのです。西洋は宗教と教育を切り離していますが、イスラムへの嫌悪は残っています。

アッラーやコーラン、ムハンマドへの侮辱はたとえジョークでも許すことはできません。


(5)シェイク・ムハンマド・ラシッド・カバニ(レバノン):ラエド・ハラヘルが抗議行動を起こすときたよった、レバノンのイスラム教最高位指導者。強い政治的影響力を持ち、デモを呼びかけた。

平和的なデモが疎外されたのはデモを行った側の責任ではありません。参加者たちは暴動を引き起こすつもりなどまったくなかったのです。


(6)リチャード・トレイサーティ(レバノン):デンマーク大使館があったビルのオーナー

連中は2か所の入り口から入って来て火をつけた。火炎瓶やガスなどいろいろな道具を用意していた。軍隊は彼らが乗ってきたバスをただ見ているだけだった。暴動は黙認されたんだ。


(トルコ、イスタンブール)

(7)エクメンツティン・イフサンオウル:OIC(イスラム諸国会議機構)事務局長。風刺画が掲載された直後、デンマーク首相に手紙を送り、また風刺画事件をOICサミットで報告し、これを世界的な問題にした人物。

人類の5分の1が信じる神が侮辱されたのです。文化的な行為とは思えません。相手への敬意を欠く行為を行っても、自由の国なら許されるのでしょうか。いいでしょう。しかし同様に非文化的な人々が大使館に火をつけたから何だというのです。どちらも無責任だった。それだけです。

全イスラム社会が行動を起こすことは当然予想していました。


(8)アナス・フォー・ラスムセン:デンマーク首相

イスラム諸国が求めているのは宗教的な表現の自由を制限する法律です。我々は断固として戦わなくてはなりません。表現の自由は絶対に守られるべきものなのです。

(在コペンハーゲン11か国の大使がデンマーク首相に書状を送った。OIC事務局長と同様、風刺画を掲載した新聞の処罰を求める)

手紙は受け取りましたが、答えははっきりしています。政府は表現の自由に介入しません。

民主主義のデンマークでは表現の自由が認められています。今回の風刺画問題では、それを制限しようとする国際的な力の存在を知りました。さらに議論を重ね、重要性を認識する必要があるでしょう。この騒動のおかげで表現の自由はかえって強化されました。


(ドイツ、ベルリン)

(9)ヘンリク・ブローダー(ドイツ):風刺画を人々に見せる活動をしているジャーナリスト。

(インターネットでは議論が盛んだったが、普通の新聞は消極的だった。アメリカ、イギリスの多くの新聞が風刺画掲載を自粛し、掲載したフランスやドイツは非難をあびた)

イスラムへの侮辱を避けるなら、ユダヤ教を刺激するブタも描けなくなるでしょう。ヒンズー教が大切にする牛も描くべきではありません。私は宗教を風刺する権利を守るためこの活動を続けていくつもりです。もうこんなことを議論する時代は終わったはずです。

(事件後、ドイツ、ベルリンでは、モーツァルトのオペラ「イドメネオ」の上演を中止。キリスト、ブッダ、ムハンマドの首が並べられる作品)

キャンセルの理由は芸術的な問題かもしれません。しかし風刺画の問題が影響していた可能性は高いでしょう。イスラム教徒が何に怒りの反応を示すか、分かりませんでしたから。


(フランス、パリ)

(10)フィリップ・パル:左翼系週刊誌シャルリー・エブド誌編集長。風刺画を転載。

ユランス・ポステンへの反応には怒りを覚えました。風刺画を掲載しただけで人種差別と非難されたのです。ユランス・ポステンは人種差別などしていません。またフランス・ソワールの責任者の解雇にも驚きました。この国の法は宗教団体のものなのか民主主義のものなのかはっきりさせるべきです。

(フランスのイスラム団体が編集者を告訴)

誤解です。電車や地下鉄の中に爆弾を仕掛ける連中を挑発などしません。しかしそれをジョークにする権利はあるはずです。挑発ではありません。市民の精神が健康な証拠です。

(裁判には勝訴)


(11)ラジ・タミ・ブレゼ:フランスイスラム組織連合代表。シャルリー・エブド誌に対して裁判を起こした。

戦いはイスラム教の教義のひとつです。表現の自由は守られるべきですが、同時に責任もあるはずです。

あなた方が自分たちの理由で行動するのは自由です。でも反応を見てください。

(裁判に負けて上訴)


(カタール、ドーハ)

(12)シェイク・ユサフ・カラダウィ:イスラム教の精神的リーダー。81歳。衛星放送アルジャジーラに自分の番組を持ち、「2006年2月3日金曜日を風刺画への怒りの日にしよう」と訴える。

(放送での説教)
怒りを表明するのです。我々はロバの集団ではない。背を貸すロバではなくほえるライオンなのだ。

(翌日2月4日ダマスカスで暴動。2月5日ベイルートで大規模デモ、デンマーク大使館炎上。2月6日イランで大規模デモ)

(インタビュー)
ムハンマドを不当に扱い、全イスラムを侮辱する行為です。イスラム国家と15億の信者を冒とくしたのです。

行き過ぎた行為もあったろう。だが反応は予想できたはずだ。それに少々行き過ぎたと言っても、ほんの例外にすぎない。残念なことだとは思うがね。

西洋人は我々をかつての植民地のように支配できると思っている。我々に対する偏見も強い。アメリカは我々を含めた全世界を支配し、好き勝手にしようとしている。まず偏見を捨てることだ。互いを家族と認めなくては歩み寄りなど不可能だ。

西洋人にとって民主主義は絶対的な自由の味方だが、我々は絶対的な自由など存在しないと考えている。

(ムハンマドを描くことをコーランが禁じているのか、という問いに対して)コーランには書かれていない。だがスンニ派はあらゆる絵や肖像を厳しく禁じている。アッラーやアダムの絵も同様だ。ムハンマドだけではない。イエスやモーセ、アブラハムも同じことだ。信者の心にある理想の姿を偶像によって損なわせないためだ。

(風刺画を見せられて)このムハンマドの絵だが、見た人はこの絵からどんな印象を受けるだろう。どう思うかね? ムハンマドは暴力を好む男であり危険なテロリストだと考えるに違いない。爆弾を隠し持っているのはテロリストよりさらに悪いイメージだ。人々をあざ笑い裏切る男だと言っているようだ。ターバンに爆弾を隠す行為が意味することは明らかだ。正当化することはできん。


(イラン、テヘラン)

(13)クラウス・ニールセン:前デンマーク大使

デモ隊は革命防衛隊のひとつである民兵組織バシジに所属する若者たちだと聞いています。革命防衛隊は大統領の命令で動く機関ですから、政府の関与は確実です。デモ参加者の中にはプロの活動家も混ざっていたと思います。

デンマーク本国の外務省に申請をしてイランから出国する許可を得ました。そしてデンマーク人の職員は全員出国した。その夜のうちにです。


(イランではムハンマドの肖像画も売っていて、監督はこれを手に入れる。シーア派では預言者の肖像画が存在するが、スンニ派に敬意を表するため現在は禁じられている)


(14)アリ・バクシ:70歳以上。バシジの幹部。デモの専門家。2月6日のテヘランのデモを組織した。イランイラク戦争で兄弟と息子ふたりを失っている。

ああ、参加したよ。私がデモを主導した。

私は風刺画を見ていない。バシジのメンバーから風刺画の話を聞いた。ムハンマドが侮辱されたってね。そこで彼らに行動を起こすように伝え、私自身も参加したんだ。

(風刺画を見せられて)これがムハンマドだって? これはインドのシーク教徒に見える。預言者には見えない。


(15)マスード・ショジャイ:イラン漫画センター所長

(イラン政府は世界のマンガ家に声をかけ、風刺画コンテストを始めた。テーマはホロコースト)

これは西欧では決してできない催しです。私は今17の国から入国を拒否されています。コンテストのせいです。

ユダヤ主義者たちはおとぎ話を作り上げました。600万人もの罪のないユダヤ人が殺害されたと主張しているのですから。

(コンテストに応募したポルトガル、シッド氏の作品を見て。この風刺画コンテスト審査員のイラン人(?)が、博物館となったアウシュビッツを訪れている。「みんな鳥インフルエンザで死んだのかな」)この風刺画家の言おうとしていることが私には理解できません。面白さが分からない。


※最後のテロップ:NHKはこの「事件」で傷ついた多くの人々への配慮から一部映像を加工しました

 さて、全世界で放映されたこの番組、すべての国で同じバージョンではありません。

 NHKは今回の放映時、風刺画のアップや風刺画を素材にしたネット上のアニメなどが映るとき、一部しか見えないように画面にマスクをかけていました。とくに元画像の左下から二番目、目隠しされたムハンマドが女性をふたり従えてナイフを持ってるマンガと、その上の、雲の上の指導者が「殉死者が多すぎる、処女が足りないよ」と叫んでるマンガは、なぜか隠されてます。

 対してYouTubeにあるBBC版では、このふたつのマンガはOKなのですが、アニメの部分はまるまるカットされて別のシーンに差し替え。またデンマーク女王のアイコラもカットされてました。

 他の国ではまた、別のバージョンが放映されているのでしょう。

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January 14, 2008

悲しき戦い

 2001年、小学館から相原コージ著の『相原コージのなにがオモロイの?』という本が発行されました。1999年から2000年にかけてビッグコミックスピリッツに連載された短編ギャグマンガをまとめたもの。

 ところが現在、アマゾンや紀伊國屋で検索しても、『なにがオモロイの?』はヒットしません。なぜか。

 実はこの本、新作マンガ単行本でありながら、「週刊ビッグコミックスピリッツ特別編集5・20増刊号」として、雑誌扱いで刊行されたのでした。判型は青年向けマンガ単行本と同じB6判ですが、カバーもオビもありません。いわゆるコンビニ向けコミックと同じような感じ。ただし、紙質はそれよりもずいぶん良いものを使っていて、ケバだっていません。けっこう重いです。

 驚くべきはその価格でして、288ページもあるのに、本体362円、税込380円! 表紙には

新作コミックの価格破壊!! 定価380YEN(税込) 1ページ単価1.24円(通常2.2円:当社比)

とありまして、価格をギャグにするなよー。そりゃま読者にはありがたいかもしれませんが、著者は泣いているのではないか。

 この本、いろんな意味で悲しき戦いを記録したものでした。

 『なにがオモロイの?』は毎回4ページの短編ギャグ。実験的なギャグマンガを描き、読者の意見を作品にフィードバックさせる、という斬新なコンセプトで始まりました。

 原稿が描き上がると、それを即インターネットで公開し、同時にこの企画のために組織された出口調査隊が、原稿のコピーを持って街に散った。
 そうして得られたインターネットと出口調査による「笑えたか? 笑えなかったか?」のリサーチ結果はすぐに集計され、それをふまえた上で次の作品が描かれた。
 もちろんリサーチ結果自体も誌面に載せてきた。

 なんと無謀なことを、とあなたも思われるでしょうが、案の定、相原先生、連載第一回からえらく落ちこむことになりました。

 「むかつきます」「くどい、説明的」「もうやめちまいな」「ツマんないの狙ってるんですか?」「もう引退してください」などのコメントを読んで、

もう、読者の意見を読んでるうちに、体中から汗やら湯気やら涙やら吹き出して、我知らず「くきぇーっ」と奇声を発してしまったわい。

 その後も読者コメントはエスカレートして、連載六回目あたりはこうなります。

ちょっとなぁー、作品に対する評価はさておき、お前らどんどんタチ悪くなってないか。なんだ? 死ねとか自殺しろとかって?

 さらに連載七回目。

お前らいったい何様だ!? なんだお前ら!? どーゆーつもりだ!? 安全なとっからエラソーに、ムセキニンに人のことバトウして!! 人のこと見下すことで自分がエラくなったつもりか!? 言葉で人をリンチするのが、そんなにオモシレーのか? 人が傷つくのが楽しーのか!?

 ついに連載9回目から11回目にかけては。

もー誰のゆーことも聞かん。オレはオレの描きたいギャグを描く。

 早々に企画自体が破綻してしまいましたが、さすがにそれは作者もわかったらしく、この後、作者自画像は、ちょっと悟りを得た感じの表情に変化します。

 以後も実験ギャグは続き、リサーチ対象を大阪人にしてみたり、六本木の外国人にしてみたり、東大生にしてみたり。果ては香港、台湾、アメリカ、上海でリサーチしたり。最終回には、エジプトに作者本人が出かけて、描いたマンガを読んでもらう、という企画までなされてます。

 ただしその間、作品内容で編集部との関係が険悪になったらしく、作者と担当編集者の巻末対談では、担当編集者がこんなことを言ってます。

校了時に編集長が「載せられるわけないだろ!」って怒り出して。

私は上司に呼ばれて「これでいいワケねえだろ!」って怒鳴られたんですよ。人生を放り出し、会社から姿を消そうかって本気で思いましたけど、すぐに思いとどまりました。

 相原コージも。

オレも蒸発しようかと思ったことがあったな。家族には「もしかしたらいなくなるから」って言ってあった。

 こうなるともう、ひとつひとつの作品そのものがおもしろいかどうかよりも、作品、連載の成り立ちのほうがスリリング。

 作者の悲しき、そして孤高の戦いの記録がこの本に詰まっています。ただし単行本も悲しき装丁になってしまい、その後入手不能になっていました。

 さて、この『なにがオモロイの?』が、『相原コージ実験ギャグ短編集』(2008年双葉社、819円+税、amazonbk1)として、再編集のうえ発行されてます。

 元版にあった、アンケート結果や読者のコメント、作者の叫びなどがすべて省かれてるのはとても残念。ただしこれは出版社がかわっちゃったからしょうがないか。そのかわり、他の雑誌に掲載されたマンガなども収録されてます。

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January 12, 2008

ジョージ秋山の場合

(以下の記事の続きになります)
史上最も忙しかったマンガ家
水島新司の場合


 ジョージ秋山のほうがもっと忙しかったかもしれない、とのご指摘をいただきました。V林田さま、すがや先生、ありがとうございます。

 たしかに、ジョージ秋山の1970年はハンパじゃないです。既存の情報をもとに整理しなおしてみます。

 まずは1970年のマガジンから。

●ほらふきドンドン:「週刊少年マガジン」31号まで
●アシュラ:「週刊少年マガジン」32号から

 ほらふき和尚が主人公のギャグマンガから、一号の休みもなく突然、あの問題作「アシュラ」にチェンジされてるのがまたスゴイ。

 そのころジャンプでは。

●デロリンマン:「週刊少年ジャンプ」39号まで
●現約聖書:「週刊少年ジャンプ」41号から

 「デロリンマン」は、のちにマガジンにも連載されます。

 サンデーにはそれまであまり描いていませんでしたが、この年、満を持してこれを連載。

●銭ゲバ:「週刊少年サンデー」13号から

 「少年チャンピオン」は1969年の夏に創刊。最初は隔週刊として出発しましたが、一年後に週刊化されました。先行するジャンプと同じやり方ですね。1969年は1号から10号まで。1970年は1号から13号までが隔週刊、14号からが週刊になりますが、ジョージ秋山は創刊号からこれを連載。

●ざんこくベビー:隔週刊「少年チャンピオン」13号まで
●ざんこくベビー:「週刊少年チャンピオン」14号から

 そしてキングでは。

●ズッコケ仁義:「週刊少年キング」20号から46号まで

 講談社のマンガ月刊誌「ぼくら」は、1969年の秋に週刊誌化されて「週刊ぼくらマガジン」になりました。少年向けマンガ週刊誌としては六誌めです。マガジンの内田勝が編集長を兼務。残念ながら1971年23号で休刊します。

●どくとるナンダ:「週刊ぼくらマガジン」23号まで
●ギョロメンハカセ:「週刊ぼくらマガジン」36号から

 1970年、その他の連載を見ていきましょう。少年画報社の「少年画報」は、末期には月刊から月二回刊になっていました。

●コンピューたん:月二回刊「少年画報」6号まで
●ヒトモドギヒョウタンゴミムシ:月二回刊「少年画報」7号から13号まで
●サド伯爵:「月刊冒険王」:7月号まで
●ほらふきドンドン:「月刊別冊少年マガジン」連載中
●黒ひげ探偵長:「月刊別冊少年ジャンプ」1月創刊号から6月号まで
●ざんこくベビー:「月刊別冊チャンピオン」:12月創刊号から

 というわけで、ジョージ秋山は1970年の夏以降、月刊誌や月二回刊誌の連載を減らして(月刊誌連載は「別冊少年マガジン」だけ)、「マンガ週刊誌同時六誌制覇」をなしとげています。

 なんつーかもう、人間わざじゃないですね。しかもその間に描かれてたのが、あの「アシュラ」や「銭ゲバ」なんですよ。

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January 10, 2008

水島新司の場合

(以下の記事の続きになります)
史上最も忙しかったマンガ家


 前回のエントリのコメント欄で、1970年代の水島新司を忘れちゃいませんか、とのご指摘をいただきました。あちゃー、そうだった。というわけで調べてみました。

 まずはチャンピオン。

●ドカベン:「週刊少年チャンピオン」1972年から1981年

 マガジンでは。

●野球狂の詩:「週刊少年マガジン」1972年から1977年。初期は不定期掲載で、1976年以降毎週連載

 サンデーでは。

●男どアホウ甲子園:「週刊少年サンデー」1970年から1975年
●一球さん:「週刊少年サンデー」1975年から1977年

 水島新司の雑誌デビューは少年キングでしたが、大ヒットには恵まれませんでした。この時期のキングにはプロレスとか、野球以外の作品が連載されてます。

●へいジャンボ:1972年
●輪球王トラ:1972年
●アルプスくん:1974年

 ジャンプと水島新司はあまりイメージが一致しませんが、読切以外ではこういうのがありました。太田幸司がモデルの実録モノね。

●ケッパレ!太田投手:「週刊少年ジャンプ」1970年

 水島新司には隔週刊連載もあります。

●球道くん:隔週刊「マンガくん」→「少年ビッグコミック」1977年から1981年
●あぶさん:月二回刊「ビッグコミックオリジナル」1973年から現在まで

 こうながめてみると、1974年ごろが最も忙しかったのじゃないかしら。週刊誌が、チャンピオン、サンデー、キング。あと不定期連載がマガジン(数えてみると、この一年間で少年マガジンには計23回掲載されてます)。ビッグコミックオリジナルが月二回。いやー、これもスゴイ。

 それにしても水島新司の場合、ほとんどが野球マンガですからねえ。よくもまあアイデアが続いていたものです。


(以下の記事に続きます)
ジョージ秋山の場合

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January 08, 2008

史上最も忙しかったマンガ家

 日本マンガ史上(すなわちそれは世界史上、ということになりますが)、最も忙しかったマンガ家はだれでしょうか。

 手塚か石森か横山か赤塚か水木か。

 確認してませんが、同時に最もたくさんの連載をかかえていたのは、梶原一騎あるいは小池一夫じゃないかと思います。でもあのひとたちは、絵を描いていたわけじゃないからなあ。

 マンガ家というくくりにしますと、私見ですが、それは永井豪ではないかと。

 ときは1972年。永井豪は以下のマンガを連載していました。

 まずジャンプ。

●ハレンチ学園(第三部~ヒゲゴジラ伝~第四部):「週刊少年ジャンプ」41号まで
●マジンガーZ:「週刊少年ジャンプ」42号から

 一号の休みもなく、ハレンチ学園からマジンガーZに移行してます。そのころマガジンでは。

●オモライくん:「週刊少年マガジン」24号まで
●デビルマン:「週刊少年マガジン」25号から

 こちらも一号の休みもありません。そのころサンデーでは。

●ケダマン:「週刊少年サンデー」3・4号から45号まで

 さらにチャンピオンでは、これが長期連載中。

●あばしり一家:「週刊少年チャンピオン」

 そしてキングという雑誌もありました。

●スポコンくん:「週刊少年キング」2号から8号まで

 というわけで1972年の初めごろ、短期間ですが、永井豪は週刊マンガ誌五誌制覇というのを達成していたのですねー。すごいですねー。きっと寝てません。おそらく空前にして絶後でしょう。(←違いました。「ジョージ秋山の場合」をご覧ください)

 「デビルマン」という現在まで残る作品(デビュー40周年を記念して、愛蔵版としてまた復刊されてます。2008年講談社、2000円+税、amazonbk1)は、こういう環境の中で描かれてたわけです。

(今回の記事は「永井豪とBBRの世界」というサイトのデータを参考にさせていただきました。ありがとうございました)


(以下の記事に続きます)
水島新司の場合
ジョージ秋山の場合

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January 06, 2008

外国語表現のウソ

 TVで「のだめカンタービレ in ヨーロッパ」を見たあと、ふとんの中でつらつら考えていたこと。 ほんとにどうでもいい話なんですが。

 「ヨーロッパ編のだめ」の中で、フランス語がどう処理されるか楽しみにしてました。実際には、「登場人物がしゃべってるのは日本語なんだけど、視聴者のみなさん、頭の中ではフランス語ということにしてね」ということにされてました。

 そのため、会話には三種類の設定が混じることになりました。

(1)登場人物が日本語をしゃべっていて、本当に日本語。
(2)登場人物が日本語をしゃべっているように見えるのだが、実は外国語をしゃべっていてそれを日本語に吹き替えたもの。
(3)登場人物が日本語をしゃべっているのだが、実は外国語をしゃべっていて日本語に吹き替えられているのだと頭の中で変換してね。

 (1)はあたりまえのことですが、日本にいる峰くんとか、フランスで千秋とのだめの間で交わされる会話がそうです。あとミルヒーは「のだめちゃーん」などと奇妙な日本語を駆使する人だから、(1)に相当します。

 (2)は主に西洋人の役者さん。

 (3)は、ウエンツのフランクとかベッキーのタチアナ、そして彼らと話してるのだめがこれ。

     ◆

 (1)(2)は、マンガや小説の中でも普通に見られる手法です。でも(3)になると、マンガではありえない。もっと言うならアニメでもありえないかな。(3)は「人間が演じる」からこうなります。

 演劇で日本人が赤毛物を演じるとき、つけ鼻をつけて、ブランチとかスタンリーとか呼び合ってます。これはやっぱ(3)ですよね。

 (3)を逆に書きかえて、「登場人物が英語をしゃべっているのだが、実は日本語をしゃべっていて英語に吹き替えられているのだと頭の中では変換してね」ということにしてしまいますと、ハリウッドが祇園を描いた映画「SAYURI」になります。

 日本人という設定の人々がみんな英語でしゃべってる奇妙な世界でした。でもまあ、フランスだろうが中国だろうがロシアだろうが、ハリウッド映画がちょっと前の時代の外国を舞台にするとき、ほとんどがこの方式を採用してますから、しようがないか。

     ◆

 問題は異なる言語を母語としたひとびとが、何語で会話しているかという点。

 日本を舞台にした映画では主に、人物(1)と人物(2)の間で、日本語で会話がなされます。昔の怪獣映画とか思い浮かべてください。日本語がしゃべれない外国人役者さんも、吹き替えで日本語ぺらぺら。

 ところが外国を舞台にすると、全世界で日本語が通用するわけはないので、見る方は、人物(2)と人物(3)の間で外国語で会話がなされていると理解します。

 かつての高倉健主演の映画「ゴルゴ13」とか、これでしたね。映画のうえではゴルゴも中東の人もみんな日本語しゃべってるのですが、ゴルゴは普通に日本語で、アチラのひとは日本語吹き替えでしゃべる。いったいあんたたちはホントは何語しゃべってんの、という映画でしたが、あれは英語という設定だったのかなあ。

 つまり、日本人と吹き替え日本語の外国人が同じように会話をしていても、日本が舞台なら、外国人のほうが日本語でしゃべってる。海外が舞台なら、日本人が外国語でしゃべってると、視聴者には認識されるわけです。

 見る方も娯楽映画とはこういうものだと、慣れちゃってますからね。視聴者も訓練されて、こういう見方を身につけたのでしょう。

     ◆

 人物が演じる映画やTVのほうが、マンガよりたくさんウソをついている、ということですね。でも全編フランス語ののだめも、見てみたかったなあ。

 わたしが以前「マンガの中の外国語:『のだめカンタービレ』の場合」で書きましたように、マンガ版「のだめカンタービレ」は、フォントの違いで外国語を厳密に処理しようと努力してますし、そこからギャグも生まれてます。でもそのあたりTVはずぼらです。

 だいたい、孫RUIは原作では英語でしゃべってるはずなんで、峰たちとあんなに会話できないはずなんですけどね。あれじゃ将来、のだめと孫が出会ったとき、言葉が通じないギャグができなくなっちゃうじゃないか。

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January 03, 2008

マンガにおける自由と規制

 あけましておめでとうございます。本年もよろしく。

 新年一回目はこれ。

 永山薫/昼間たかし『2007-2008 マンガ論争勃発』(2007年マイクロマガジン社、1429円+税、amazonbk1)読みました。

 現在、マンガを取り巻く諸問題、とくに「論争」となる部分に焦点をあて、多くのインタビューで構成された本です。

 まえがきに「緊急出版」「最新の中間報告」という言葉があるように、ジャーナリスティックな視点で書かれてて、雑誌の特集号みたいな感じになってます。ですから、将来にも貴重な資料となるでしょうが、問題意識を共有したいかたは、今、読むのがよろしいかと。

 章立ては以下のようになってます。

第一章 マンガは世界に広がっている
第二章 日本コンテンツを支える同人文化
第三章 マンガと著作権
第四章 表現の現場から
第五章 有害とワイセツ
第六章 規制と自主規制の現状
第七章 表現の自由と規制
第八章 マスコミとマンガ文化
終章 マンガの自由

 とくにチカラがはいっているのが、第四章以降、「マンガ表現と規制」についての問題点と現状のレポートです。1990年の有害コミック問題とは何だったのか。同人誌の自主規制はどのようにおこなわれているのか。松文館裁判のてんまつ。東京都の有害図書指定の現状は。

 インタビューは、いわゆる「敵」側のひとびとにもなされてまして、有害図書指定をしている東京都青少年課課長や、「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」座長の前田雅英氏、大谷・フィギュア萌え族(仮)・昭宏氏なとが登場していて、書物としてきちんとバランスがとれています。

 しかも、そっち系のひとたちがけっこうまともな受け答えをしてるんですよね。聞いてみなきゃわからないものです。

 個人的に驚いたのが、ラディカル・フェミニズムについて語られている中里見博氏のインタビュー。マンガやアニメのポルノでも、被害者は存在するのだ、という考え方に初めて接しました。なるほどそういう考え方もあるのか。あまり同意はできませんが。

 本書は、積極的に「論争」しよう、という思想で書かれています。話せばわかる、かもしれない。少なくとも黙りこんでしまうよりは健全な態度であろうと。

 論争のためには現状を知ることが必要。本書は、多くの現場からのレポートと問題提起に満ちていて、いろいろと考えさせられるいい本でした。

 ただし惜しいのは、マンガとエロの問題に突出していて、その他の問題にあまり触れられていないところ。とくに、マンガと宗教、マンガと人種・民族の問題についての記述は完全に欠落しています。

 2005年から2006年にかけて世界的なデモを引き起こした「ムハンマド風刺画事件」。そして2007年ヨーロッパでのエルジェ「タンタンのコンゴ探検」に対する抗議。このふたつは本書ではスルーされてます。

 日本からは遠い話題と思われるかもしれませんが、おなじマンガの地平で起こった世界的事件でありましたし、本書は問題提起の本なのですから、少しだけでも取りあげてほしかったですね。

 というわけで、本日、1月3日の夜(1月4日午前0時30分より)、NHK総合で「欧州 デンマーク “風刺画事件を追って”」という番組が放映されます。昨年BSで放映したものの再々放送ですが、これは見とかなきゃいかんでしょ。

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