匂うマンガ『ガンダルヴァ』
これまで見た映画の中で、ラストでもっともあぜんとした作品は、ポール・トーマス・アンダーソン脚本監督の「マグノリア」です。同時に多数のエピソードが展開したのち、○が○って終わりになるとは。感想がどうのこうの言う以前に、びっくりして頭の中が真っ白になりました。
で、最近レンタルで借りてきた「パフューム ある人殺しの物語」という映画を見ておりましたところ、これもラストで腰が抜けた。香水調合師の主人公が殺人罪で処刑されようとしたとき、○で世界を○する話。
ドイツ人がフランスを舞台にして書いたベストセラー原作小説を、ドイツ人監督が英語で映画化した作品です。原作もホントにこんな展開なのかと、パトリック・ジュースキント『香水 ある人殺しの物語』(文春文庫、733円+税、amazon、
bk1)を読んでみると、映画とほとんど同じでした。
もちろん小説では映画より主人公の心情とかが細かく書かれてますから、そのぶん主人公の動機がわかりやすいのですが、映画ではそこは少し変更され、ぼかされてるようです。なんつっても映画のほうは、文章でさらっと書かれてたクライマックスシーンがえらい迫力で映像化されてます。いやびっくりした。
でもねー、小説や映画でも、さすがにニオイを扱うのは難しいです。パリの下町がいかに臭かったか、主人公のつくる香水がいかにすばらしい香りなのか、なかなかこちらには伝わってきません。これは人間の嗅覚が視覚や聴覚より劣っているからでもあるのでしょう。人間はニオイにすぐなれて、感じなくなってしまいますからね。犬なんか、嗅覚で世界を「見て」いるそうですよ。
で、マンガの話。五感のうち、聴覚=音楽や、味覚=料理を扱った作品は増えてきて表現も進歩してきましたが、嗅覚をテーマにしたものはあまりないのじゃないかしら。
嗅覚を扱った数少ないマンガのひとつ(というか、ほかにあるのか?)がこれ。正木秀尚『ガンダルヴァ』上下巻(2004年河出書房新社、各1000円+税、amazon、
bk1)。わたしが好きな作品です。
本作品は2000年から2002年にかけて「モーニング」「モーニング新マグナム増刊」「イブニング」に連載されましたが、講談社からは1巻が発売されただけ。この河出書房版には130ページの未発表原稿も収録され、完結してます。
ガンダルヴァとはヒンドゥー教の神、ニオイを食べて生きており、自身も強い香りを発しているそうです。
本書の主人公は、優れた嗅覚を持った男。彼はレストランのウエイターをしながら、最高の香りを探しています。でも本書で扱われてるニオイは、なんと口臭や足のニオイやワキガ。カクテルや日本酒のニオイも登場しますが、これも体臭として再生産されることになります。
つまり、ヒトのニオイにこだわってるわけですから、当然お話は、セックスへ向かいますね。主人公は別にストイックというわけじゃないので、そっち方面の描写もあり。
主人公が、金や名誉じゃなくて匂いを追い求めるおとぎばなし。ちゃんとオトナのマンガになってます。ニオイをマンガ化するのは難しいと思うのですが、ニオイを擬人化したりして健闘してます。ただし嗅覚描写をするマンガは絶対数が少ないですからねえ。もっとほかに誰か描かないかなあ。
著者はかつて上條淳士のアシスタントをされていたそうで、それ系のかっちりした色っぽい絵を描きます。現在は高知県在住、雑誌「刃 -JIN-」で『ひきずり幸之介』を連載中です。
Comments
はじめまして。
ガンダルヴァ
ここ数年、しばしば思い出して読みたくなっていたのですが
タイトルが分からなかったのです。
スッキリ!
絵がきれいで、キャラは魅力的、設定や情報も深い、と素晴らしい作品だったと思うのですが
連載分すべてが単行本には(当初)ならなかった不遇の作品なんですね。
面白いのにもったいないことです。
Posted by: tb | June 28, 2014 11:01 AM
そうか「増刊ヤングコミック」で読んだのか。
「漫画ゴラク」も読んでいたけど、そのあたりの記憶は曖昧。なんか老成した人生の達人みたいな立ち居地で語っていたような記憶もあります。
Posted by: 藤岡真 | December 15, 2007 11:42 AM
平田弘史は隠遁→復活をくり返してますが、「薩摩義士伝」は1977年から1982年にかけて、「増刊ヤングコミック」のちに「週刊漫画ゴラク」に連載されました。人生相談は、さすがにもうちょっと後の時代ですね。
Posted by: 漫棚通信 | December 14, 2007 03:05 PM
『薩摩義士伝』。リアルタイムで読んでます。
何の雑誌でしたっけ? たしか平田弘史の復活みたいな感じで、人生相談とか、近況(農業に従事)漫画も載っていた様な気がするんですが。
Posted by: 藤岡真 | December 14, 2007 01:00 PM
マンガ方面で「ひえもんとり」といいますと、これはもう平田弘史『薩摩義士伝』のオープニングであります。スゴイ迫力。
Posted by: 漫棚通信 | December 12, 2007 06:51 PM
パトリック・ジュースキントは『ゾマーさんのこと』というこれまた変てこな絵本で初めて知りました。その本の解説に『香水』という作品も翻訳されていると書かれていたので、なんの予備知識も無く読んだのですが。
あの衝撃のラスト 、なんか里見惇の『ひえもんとり』を連想しちまいました。『香水』の方がずっと優雅ですけど。
Posted by: 藤岡真 | December 12, 2007 02:59 PM
そういえば「ギャラリー・フェイク」の敵役で、サラに一服盛って身体の自由を奪い、彼女の処女を奪い去ろうと企んだのが、美男子の調香師で香道の家元という設定だった。
・・・・全巻まとめてブック・オフしたんだった。
Posted by: トロ~ロ | December 11, 2007 11:32 PM
なこさま、がんばれゴンベさま、ニオイマンガのご紹介ありがとうございます。まずは『0の奏香師』と『超香少年サトル』ですね。探してみることにします。
Posted by: 漫棚通信 | December 11, 2007 09:14 PM
DVDが出ていそうですね。
探してみようかな。
Posted by: 長谷邦夫 | December 11, 2007 08:07 PM
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1091353.html
調香師が出てくるマンガのタイトル - 教えて!goo に香りがテーマのマンガがなんか結構リストアップされてました。
私が読んでいて特に記憶に残っているのが少年チャンピオンに連載されていた「超香少年サトル」。
天才的な嗅覚と香りに対する知識を持ったサトル少年が香りで全ての問題を解決してしまうという「美味しんぼ」パターンの少年マンガでした。
Posted by: がんばれゴンベ | December 11, 2007 02:33 AM
香りの漫画というと、由貴香織里の「0の奏香師」というのがあります。
単行本の帯には「天才調香師・奏が、香りが残す微かな真実を追い殺人事件に挑む!衝撃のフレグランス・サスペンス!」とあり、そういう内容です。
香りそのものというより、香水を絡めて描いたサスペンスものという感じですが、味覚漫画などもグルメから料理バトルから種々ありますから、充分に嗅覚漫画といえると思います。
Posted by: なこ | December 10, 2007 10:33 PM
映画「パフューム」、美しくてエロティックで、わたしにはおもしろかったです。
Posted by: 漫棚通信 | December 10, 2007 10:10 PM
『香水』!
ハードカバーで最初に出た昔、読みました。
同じ団地に住む、文春の編集者さんが担当され
「面白いよ」と勧められたんでした。
グルヌイユ。
映画になる素材とはとても思えないです。
それが出来た!というので、興味を持ちましたが
見るのはやめときました。
多分、正解だったのかな。
とにかく「香り」の世界の情報も満載の
不思議な作品で、ぼく好みの小説でした。
Posted by: 長谷邦夫 | December 10, 2007 08:44 PM