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December 31, 2007

組曲とドラえもん@台湾

 林依俐(elielin )さんは、台湾にある全力出版有限公司(島本和彦みたい)代表取締役にしてマンガ誌「月刊挑戦者」(月刊チャレンジャーですな)編集長であります。

全力出版と月刊挑戦者
○出版物が日本から買える全力書店

 その彼女がニコニコ動画にこういうの↓をアップしていたそうです(ニコニコ動画に飛びます)。

組曲『ニコニコ動画』を中国語(台湾華語)で歌ってみた(2007年10月11日投稿)

 組曲『ニコニコ動画』には一時わたしもハマりまして、いくつかのバージョンをCDに焼いて通勤のクルマの中で聞いてました(というか歌ってました)。それにしても、歌詞を中国語に翻訳したうえアニメ声を駆使して自分で歌ってたのがelielin さんだったとは。

 ニコ動の動画にはアンチのコメントがつくことも多いのですが、日本語で書かれた彼女のブログ「IGT避難用出張版」に、ニコ動のコメントを分析したエントリがアップされてます。

中国語で組曲『ニコニコ動画』

 ニコ動をとおして東アジアを眺めてみよう、というもの。ニコ動はすでに台湾版がオープンしてますが、いろんなところで見られてるんですねえ。

     ◆

 さて、elielin さんのブログに書かれた記事のうち、ずっと注目してたのが、「台湾における海賊版ドラえもんの歴史」についてのエントリです。

 現在台湾で正規翻訳版の「ドラえもん」は「哆啦A夢」と書きます。しかし、かつて海賊版の時代、彼は「小叮噹」と呼ばれていたそうです。そのころの、忘れ去られつつある海賊版ドラえもんについての文章です。

 日本人読者にとっても興味深く貴重な証言ですので、完結したらいつか紹介しようと思ってたのですが、中断したままなのが残念。この機会に、紹介しておきます。

貴方が落したのはこのドラえもんですか
あの頃彼は「小叮噹」だった①
あの頃彼は「小叮噹」だった②
あの頃彼は「小叮噹」だった③
街角の野比夫婦

     ◆

 というわけで、本年はここまで。

 よいお年をお迎えください。

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December 28, 2007

これは盗作とちゃうんかいっ・喧嘩上等篇

ブログ記事盗用事件について、漫棚通信が書いた記事のもくじ
ばるぼら氏によるまとめサイト
※「唐沢俊一まとめwiki
※「ガセとパクリと朝ブドー
※「トンデモない一行知識の世界
唐沢俊一氏にパクられ続けた「知泉」氏のお怒りの言葉


 唐沢俊一/村崎百郎『社会派くんがゆく!復活編』(2007年アスペクト)を(一部分だけですが)読みました。この本には、『新・UFO入門』におけるブログ記事盗用事件についての、唐沢俊一氏の見解が記されています。

 もちろん世間一般に向けて言い訳を書いた本ですので、わたしに対しては謝罪ではなく、むしろ非難がなされています。ここは当事者のわたしとしましても、ひとこと書かせていただきます。


     ◆

#1:「無断引用」はやめた?


 今回の文章中、唐沢俊一氏は「無断引用」という言葉に代わって、「引用ミス」という言葉を使用しています。

とにかく、引用ミスとはいえ多くの方々に迷惑をかけたことは事実である。(略)

無断引用であるという苦情がメールされてすぐ、(略)

これを認めると、今後、単純な引用ミスをおかしただけの同業者が、これを前例とした相手に過大な謝罪を要求されるという事態を招きかねない。

 そしてなんと、「無断引用」という言葉は、わたしが言ったことにされてしまっています。

 わたしが「これは盗作とちゃうんかいっ・無断引用篇」で書いたように、「無断引用」とは珍妙な言葉です。引用とは本来無断でされるのがあたりまえだからです。

 引用はご自由に、無断でしていただいてかまいません。ただしルールを守っていただければね。論文を書くひとのほとんどが、他の研究者に引用してもらうために書いていると言ってもいいでしょう。

 そういう認識を持っているわたしが、「無断引用であるという苦情」をメールするわけがありません。わたしは「無断引用」ではなく、「盗作とちゃうんかいっ」と指摘したのです。

 幻冬舎のチェックがはいったであろう、ネット上の謝罪文(今はまだ読めます)には、「ほぼ同一の文章を無断で掲載」という文言はありますが「引用」という言葉は出てきません。さすがにこれが、世間で通用する言い訳にはならないことを知っているからでしょう。

 これに対して唐沢俊一氏は、週刊新潮のインタビューやこれまでの文章で、「無断引用」という言葉ををくりかえし使用しています。このことは、唐沢俊一氏が困ったことに、文章を書く人間として無知であるだけでなく、理解力が欠如していることを示していましたが、半年たってやっと理解していただけたようです。

 だからといって、わたしが「無断引用」という言葉を使ったなどというウソを、書かないでいただきたい。これまで「無断引用」を好んで使っていたのは唐沢俊一氏のほうなのですから。

 それにしても「無断引用」に代わる言葉が、「引用ミス」だとはちょっとあきれましたね。

 今回の唐沢俊一氏の行為は、(1)ネット上の文章をコピペして、(2)文末をちょちょいと変更して、(3)自分の名前で発表したものです。これを世間では「引用」とは言わず、「盗作」「盗用」と呼びます。


     ◆

#2:交渉内容の公開とは


 唐沢俊一氏の文章より。

話がややこしくなったのは、相手サイトの運営者氏が、謝罪交渉のやりとりのすべてをブログで公開することを主張し、担当編集からのメールなどもすべて公開する、と一方的に宣言してからである。

 わたしが「交渉内容の公開」を希望していたことは、確かにそのとおりですが、正確な表現ではありません。「これは盗作とちゃうんかいっ・決裂篇」に書いたように、漫棚通信は、唐沢氏サイドから提案された「交渉経緯の非公開を含めた合意書」の作成に反対していたのです。

 またわたしは、「メールなどもすべて公開する、と一方的に宣言」などはしていませんし、実際、交渉が決裂してからわたしが書いた「これは盗作とちゃうんかいっ・決裂篇」では、無制限のメール公開などはされていないはずです。

 さらに、この「交渉の公開」が問題点のすべてであったように唐沢俊一氏は書いていますが、これも奇妙なことです。

●根拠その1。「交渉内容の公開」は確かに交渉後半の大きなテーマでしたし、これについての話し合いに時間と手間がかかっていました。しかし7月12日付の幻冬舎担当者からのメールにおいて、

「本件交渉経緯の非公開を含めた合意書の作成」との提案については取り下げます。

と、一応は妥結されていた事実があります。唐沢氏サイドが前言をひるがえすのはその直後のことで、この間、何があったのかはわたしにもわかりません。

●根拠その2。唐沢俊一氏のサイトには、今ならまだ読める「『新・UFO入門』 交渉の経緯について(一部訂正)」という文章があります。

当方からの、“本件に関するやり取りの具体的内容は締結まで非公開としていただきたい”とのお願いも、拒否されました。(略)

※一部訂正
上記の文中、
「本件に関するやり取りの具体的内容は締結まで非公開としていただきたい」
という部分は
「本件に関するやり取りの具体的内容は非公開としていただきたい」
の誤りでした。

 唐沢俊一氏が、「交渉内容の公開」とは何をさすのか知らなかったことがよくわかる文章です。唐沢俊一氏の興味は「交渉内容の公開」になかったことは明らかで、「内容の公開」が交渉を打ち切るほどの大問題だったのなら、こういうまちがいは、普通しません。


     ◆

#3:過大な要求の謎


 唐沢俊一氏の文章より。

担当者から、そのような行為(引用者注:交渉内容の公開)を続けた場合は法的処置をとる可能性もある、と指摘したところ、先方は、これは恫喝である、とまたまたブログで主張。さらに通常の、このような場合の謝罪のレベルを大きく超えた範囲の要求までしてきた。

 さて、もうひとつ大きな謎なのが、わたしがしたという「謝罪のレベルを大きく超えた範囲の要求」とは何か、という点です。

 時系列的に言いますと、唐沢俊一氏サイドとわたしの間で、メールでの交渉がおこなわれたのが、2007年6月4日から7月27日まで。唐沢氏サイドから最後のメールがあったのが7月24日で、ここに以下の文章がありました。

なお、漫棚通信様において非公開に同意頂けず、本件にかかる交渉経緯等を公表された場合、公表された内容につき、事実又は弊社側の認識と相違している内容等があった場合、若しくは漫棚通信様において、弊社側より送信した通知内容をそのまま若しくは翻案してご使用した場合、弊社側としましては、これに対して反論し、又は法的措置をとることもありますので、ご了承下さい。

 これに対し、わたしはそれに対して返答した7月27日付のメールで交渉中断を宣言し、「これは盗作とちゃうんかいっ・決裂篇」を書きました。

 つまり、「法的処置をとる可能性」を告げられたあとすぐに、交渉中断がなされたのですから、わたしがさらに何かを要求をするタイミングは存在しません。

 となると、唐沢俊一氏が言うところの「さらに通常の、このような場合の謝罪のレベルを大きく超えた範囲の要求までしてきた」とは、いったいいつの、何のことを意味しているのでしょう。これがどうもさっぱり、思いうかびませんのですよ。過去にさかのぼってわたしが提案した何かをさしているのかしら。

 当事者のわたしにとってもこれが何か、意味不明なのですから、まして一般の読者にとっては何のことやらわからないでしょう。こんなことを書かれるのだったら、即時絶版回収とか一千万円の慰謝料でも要求しておけばよかったかな。

 結局上記の文章は、唐沢俊一氏には、正確に書こうという意欲や能力、さらに論理的に考える能力が欠如しているのか、あるいは虚偽を書くのが好きなようにしか思えないのですが。


     ◆

#4:引用ミスとは何か


 さて、今回の文章中、オチと言えるのがこれ。

これを認めると、今後、単純な引用ミスをおかしただけの同業者が、これを前例とした相手に過大な謝罪を要求されるという事態を招きかねない。

 「引用ミス」とは、引用文をタイプミスしてしまったり、引用もとの文献や著者名をまちがえてしまったり、あるいは原著者の意図と違って誤読してしまったりすることを言います。これらが指摘されれば修正をおこなえばすむことで、だれからも「過大な謝罪」は要求されません。

 唐沢俊一氏は、自分の行為も「単純な引用ミス」であると強弁したいようですが、それは一般に通じる理屈ではありません。

 「唐沢俊一まとめwiki 」のおかげで、唐沢俊一氏の著書の多くが、コピペでできていることを知りました。自分の行為を「無断引用」「引用ミス」であると主張する唐沢俊一氏は、これからも盗用を続けることになるのでしょう。

 唐沢俊一氏の脳内には、「単純な引用ミスをおかしただけの同業者」たちが、自分の後ろにずらっと並んでいるイメージが存在するようですが、それはすべて唐沢氏の妄想です。

 普通に引用しているひとびと、そこにはわたしも含まれているのですが、彼らをあなたと同じに扱わないように。

 唐沢俊一氏は妄想に基づいた粗雑な論理で何かを証明した気持ちでおられるようですが、このように唐沢俊一氏は空論の上に空論を重ねることをしているだけにすぎません。

 「偽」の年の年末にふさわしい、偽作家が出した偽に満ちた本でありました。

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December 26, 2007

輪郭線のモンダイ

 最近、マンガを読みながら気になってるのが、輪郭線のモンダイです。

 自分でマンガを描いたことがあるひとならわかると思いますが、遠景の人物の輪郭線は細く、近景の人物の輪郭線は太く描きます。さらに1ページ大の顔のアップになりますと、その輪郭線は極太になります。本宮ひろ志とかをイメージしてください。もちろん、彼だけじゃなくてほとんどのマンガがそうです。

 アップの輪郭線が太い、というのはマンガの常識としてそうなっているので、わたしたちはあまり気にせずに受け入れていますが、これって現実はそうじゃないですよね。

 輪郭線というものが現実に存在するわけではありません。そこにあるのは本来、色彩や明るさの架空の境目にすぎないものですから、近景で太くなるわけがない。輪郭線自体がすでにウソなのですが、近景の輪郭線を太く描くのは、マンガの、あるいは二次元絵画の大きなウソです。

 この、「近景の輪郭線を太く描く」というのが、「マンガ的」なイメージを与えているのではないでしょうか。つまり、近景の輪郭線を太く描けば描くほど、現実から離れる=「マンガ」に近づいていくのではないか。

 浮世絵や線で描かれた西洋画も、輪郭線が太くなればなるほど、それを見る者には「マンガ的」にとらえられてしまうのじゃないかしら。

 今年のマンガで具体例をいいますと、浅野いにお『おやすみプンプン』。このマンガには、リアルな絵で描かれた背景や人物に混じって、子供のラクガキのようなトリのキャラが登場します。実は彼こそ、男子小学生の主人公プンプンであります。

 このトリがアップになるとき、その輪郭線は極大まで太くなります。なめらかな線ではなく、インクもにじんでいる。おそらく、拡大コピーを使ってるはず。そのくせ、彼にはトーンで影がつけられ、立体であることを主張しています。

 この結果、このトリは、他の登場人物とは別の存在、リアルな姿ではありえないことが表現されます。

 あるいは日本橋ヨヲコ『少女ファイト』。

 この作品の登場人物はもともと比較的太い輪郭線で描かれていますが、アップになったとき、顔の中の部品、目、鼻、口、さらに髪の輪郭線がむっちゃ太くなる。しかもそれだけじゃなくて、コメカミを流れる汗の輪郭線まで非現実的に太くなるのです。

 これらを見て、わたしたちは「マンガ的」表現だなあと感じてしまいます。これは現実世界には存在しない輪郭線を、堂々とぶっとく描くというウソを、「マンガ的」と認識しているからでしょう。やっぱり「マンガ」=「非現実」=「ウソ」なのですね。

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December 24, 2007

クリスマス前のお買い物

 毎年書いてますが、年末はマンガの発行点数が多くないかい。というわけで、ここ二日間で買ったもの。

●「映画秘宝」2008年2月号
●「月刊COMIC リュウ」2008年2月号

 リュウでのお目当てはFSc のマンガ。

●沙村広明『ブラッドハーレーの馬車』
●柴田ヨクサル『ハチワンダイバー』5巻
●甲斐谷忍『ライアーゲーム』6巻
●島本和彦『新吼えろペン』9巻
●小林源文『愛蔵版 黒騎士物語』

 源文作品のすごく熱心な読者というわけではないのですが、これは1980年代「ホビージャパン」に連載されたものの復刊。おそらく著者最初のマンガでしょう。

●荒川弘『鋼の錬金術師』18巻
●オノ・ナツメ『Danza ダンツァ』
●東村アキコ『ひまわりっ 健一レジェンド』6巻
●かわぐちかいじ『ジパング』33巻
●ひぐちアサ『おおきく振りかぶって』9巻
●大和田秀樹『機動戦士ガンダムさん みっつめの巻』

 「隊長のザクさん」がいよいよ佳境にはいってます。

●石黒正数『石黒正数短編集 探偵綺譚』
●よしながふみ『大奥』3巻

 長い回想シーンがやっと1巻とつながりました。

 福満しげゆき『僕の小規模な生活』1巻は見つかりませんでしたので、また今度。たなか亜希夫『かぶく者』と、なかいま強『ライスショルダー』は共に1・2巻同時発売。ぱらっと立ち読みしたら、なかなかおもしろうそうだったのですが、重くて持てなかったので買ってません。

 小学館クリエイティブから復刻された、白土三平『忍者街道』1・2巻は迷いに迷ったすえ、財布と相談して今回はパス。

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December 21, 2007

フライシャーのスーパーマン

 1978年、ツルモトルームから旧「スターログ」誌が創刊されました。SF/ファンタジー系の映画、アニメーション、マンガ、小説、イラストなど、当時もりあがっていたSFのビジュアルを前面に押し出した雑誌。わたし、創刊から1987年の休刊までずっと愛読しておりました。日本マンガ関連では、いわゆる「ニューウェーブ」と親和性が高かったですね。

 旧「スターログ」誌では、雑誌で紹介されたグッズの多くを通販で購入することができました。ダースベイダーのマスクとか。いやそれはさすがに買おうとは思いませんでしたけど、そのなかでずいぶん欲しかったのが、フライシャー制作のアニメーション「スーパーマン」。ただし8mmフィルムでの販売です。

 マックスとデイブ・フライシャー兄弟によるアニメーション「スーパーマン」は、1941年から1942年にかけてパラマウント/フライシャー・スタジオで、9作品が制作されました。

 フライシャー兄弟が長編映画「バッタくん町へ行く」の興行不振によりコンビを解消したため、「スーパーマン」は、「ベティ・ブープ」「ポパイ」を創造したふたりが協力した最後の作品となりました。

 彼らが手を引いたあともパラマウントはスーパーマンを作り続け、1943年までにフェイマス・スタジオにより8作品が制作されています。

 フライシャーの「スーパーマン」は名のみ高い幻の作品でした。だからみんな見たがってましたね。映画「スーパーマン」の1979年日本公開に合わせて、「第1回スターログシネマテーク」と題して、「巨匠フライシャーのスーパーマンアニメ」を上映する会が、全国四か所で開催されたこともありました。

 当時は家庭用ビデオレコーダーの黎明期。1975年、ソニーがベータ方式の家庭用ビデオレコーダーを22万円で発売。翌1976年をビデオ元年であると宣言しました。1976年にはビクターがVHS方式のビデオレコーダーを発売、1977年には松下もVHSを発売しました。実際にわたしが最初のビデオレコーダーを買ったのが、1978年です。

 しかし、レンタルビデオ屋さんなんてものはまだ存在しません。当時、ビデオは「買う」ものではなく、「撮る」ためものでした。ですから映像の販売は、ビデオじゃなくて8mmフィルムね。

 スターログで売ってた8mm版「スーパーマン」は、一作品が8分から9分の200フィートのフィルムで、12000円から15700円(!)。とてもじゃないけど買えるものじゃありませんでした。

 ビデオ時代になっても、映像を記録したビデオはほとんどが一万円以上の高価なもの。1987年の旧スターログ最終号にはさすがに8mmじゃなくてビデオの広告が載ってますが、このお値段が9800円から14800円です。

 この時代、ビデオは「借りる」ものになってましたが、しだいに安価なビデオが販売されるようになります。代表的なのが大陸書房の書店売りビデオ。これが始まったのが1987年で、ピラミッド名作アニメシリーズと題して、「バッグス・バニー」「ポパイ」「ベティ・ブープ」などといっしょに全三巻の「スーパーマン」を発売したのは1989年のことです。

 一巻に三作品が収録され1980円。フライシャー・スタジオの作品だけじゃなくて、フェイマス・スタジオ作品も混じってました。でもこれはうれしかった。やっと、フライシャーの流麗な動き、重さを感じるアクション、すてきな色彩のスーパーマンを見ることができるようになったわけです。

 TVアニメ「ルパン三世」第二期、宮崎駿演出の「さらば愛しきルパンよ」の放映が1980年。劇場版アニメ「天空の城ラピュタ」の公開が1986年。これらに登場したロボットのモトネタが、フライシャー版「スーパーマン」の“The Mechanical Monsters ”のロボットである、ということはすでに知られていましたから、ほうほうなるほど、という興味もありました。

 1992年の大陸書房の倒産後は、ソフトオンデマンドが同じビデオを980円で売ってた時期もありました。

 時は流れて21世紀。100円ショップのダイソーが、フライシャー版「スーパーマン」のビデオを発売しました。一巻に二作品がはいってて、もちろん100円+税。全三巻で発売されていて、今でも手に入ります。おそらく著作権切れにともなう発売なのでしょう。いやもう安いというか何というか。

 そして先日、ダイソーの100円ショップに行って見つけたのが、DVDであります。

 「スーパーマン:弾よりもはやく」というタイトルで、フライシャー・スタジオの7作品が収録されて200円+税。DVDですから二カ国語版になってます。日本語タイトルは大陸書房版やダイソービデオ版とは違う訳になってますし、収録作も微妙にずれてます。ダイソービデオNo.15収録の「偽スーパーマン」とNo.17収録の「テロリストは誰だ」はフェイマス・スタジオ作品で、DVDには収録されてません。

 しかしまあ、ここまで安くなりましたか。興味あるかたは、どうぞダイソーの100円ショップで探してみてください。

 最後に原題と日本語タイトル一覧を。

 現在、フライシャーの「スーパーマン」全作品はネット上で見ることができますのでリンクしておきます。リンク先は「Internet Archive」ですがYouTubeにもあります。

Superman (The Mad Scientist) (1941) 恐怖の殺人光線、スーパーマン
The Mechanical Monsters (1941) 謎の現金強奪ロボット、ロボットモンスター
Billion Dollar Limited (1942) 金塊輸送車を守れ、限られた10億ドル
The Arctic Giant (1942) 氷河の古代怪獣、北極巨人
The Bulleteers (1942) 弾よりはやく
The Magnetic Telescope (1942) 磁気望遠鏡
Electric Earthquake (1942) 電気地震
Volcano (1942) 火山島危機一髪
Terror on the Midway (1942)

 上記がフライシャー・スタジオ。下記がフェイマス・スタジオ作品です。

 見ていただけばわかりますが、フライシャーのスーパーマンの敵が怪ロボットや怪獣だったのに比べ、後半のフェイマス・スタジオ作品の敵には、戦争中らしく、メガネに出っ歯の日本人スパイや日本軍が登場するのが時代ですなあ。

Japoteurs (1942) ≪タイトルはジャパニーズとサボタージュを合体させた造語です≫
Showdown (1942) 偽スーパーマン現わる!
Eleventh Hour (1942) ≪中国で日本軍と戦う横浜で破壊活動をするスーパーマン≫
Destruction Inc. (1942) テロリストは誰だ ≪軍需工場をねらうスパイのお話≫
The Mummy Strikes (1943)
Jungle Drums (1943) ジャングルの秘密 ≪アフリカ(?)のジャングルでナチと戦うスーパーマン≫
The Underground World (1943)
Secret Agent (1943) 暗黒組織をつぶせ!

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December 20, 2007

カメンライダー続報

 最近ブログの方向性が違うほうへ行っちゃってるかもしれませんが、アメリカTV版「仮面ライダー」につきまして続報。

 作ってるのは「ADNESS ENTERTAINMENT」というところで、タイトルは「カメンライダー・ドラゴンナイト Kamen Rider Dragon Knight」であります。来年放映予定。

 ADNESSのサイト(かなり重いです)を見ていただければわかりますが、日本で2002年に放映された「仮面ライダー龍騎」の特撮部分を流用して作られる番組のようです。

 YouTubeで見られる予告編↓では、“You're Kamen Rider now.”とか言ってまして、「カメン」の発音がなかなかかっこいい。

http://www.youtube.com/watch?v=JGzKWApq4To

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December 19, 2007

カメンライダー?

 「ハリウッドコメッツ」というアメリカのオーディションサイトをときどき覗くのですが、映画「ドラゴンボール」の追加キャスト募集がされ続けてますねえ。

 最近も、

●ウィーバー:18才以上、国籍不問、高校生の上級生役。悟空のクラスでのおたく的存在。
●シフ・ノリス:50代後半から70才前半の男性。上品でインテリな男性。
●アガンデス:10代後半から20代前半の男性。高校3年生でアメフトをしてる大柄なスポーツタイプの体型。国籍不問。

とかいろいろあって、ホントに映画化されるんだなあと、感慨ひとしきり。

 そういうなかで、こういう募集があってびっくり。

●TVシリーズ: 『カメンライダー(仮面ライダー)』
●カテゴリー: TV
●タイトル名: 『カメンライダー(仮面ライダー)』
●ワンポイントコメント:日本のTV番組『仮面ライダー』のアメリカ版TVシリーズ製作のキャスティングです。
●男性1:日本人男性ダニー、21才、ハンサムでタフな男性。マーシャルアーツが出来ること。
●男性2:日本人男性アルバート、18才、ハンサムでタフな男性。マーシャルアーツが出来ること。
●撮影予定日:未定
●撮影場所:未定
●英語:中級~上級

 アメリカで「仮面ライダー」TV化!? 日本人なのにダニー? アルバート? 1号と2号なのか!?

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December 18, 2007

マイがいっぱい

 ハリウッド映画版「ドラゴンボール」の主要キャストが次々と決まっています。(★)をクリックすると写真に飛びます。

●悟空(主人公):ジャスティン・チャットウィンJustin Chatwin(
●ピッコロ(悪役):ジェイムズ・マスターズJames Masters(
●チチ(悟空の恋人):ジェイミー・チャンJamie Chung(

 このあたりはすでに決まってましたが、以下の配役もアナウンスされました。

●マイ(ピッコロの部下の殺し屋):田村英里子(
●ブルマ(悟空の旅の道連れ):エミー・ロッサムEmmy Rossum(
●ヤムチャ(悟空の旅の道連れ、ブルマの恋人):ジューン・パクJoon Park(

 ブルマはメキシコ系のCamila Sodiという女優さんが演じるというウワサもありましたが、もっと有名なエミー・ロッサムになったみたい。彼女が映画でどの役をするのか、ホントはアナウンスされてないのですが、以前に紹介した登場人物とストーリーから考えるとブルマ役しか残ってないので、勝手にそういうことにしました。

     ◆

 ところで、マイの話。

 ハリウッド版ドラゴンボールには、マイ(MAI)という名前の、エロティックでセクシーな女殺し屋が登場することになっていて、田村英里子がキャスティングされました。どうしても、東映戦隊シリーズに出てくる悪の女幹部みたいなイメージが浮かんできて不安になりますが、それはさておき。

 マンガにはマイなんて登場してたっけ。そこで原作を読み直してみますと、初期にピラフっていう情けない悪役がいたでしょ。その部下で、忍者装束の犬とコンビを組んでる軍人コート着た黒髪のおねーさん、彼女がマイです(JC版10巻20ページで一回だけ名前を呼ばれてます)。

 原作では、ピラフの手下としてお笑い担当。ピッコロ大魔王を復活させたあげく、ピッコロに追い出されちゃってました。映画ではえらく出世したものですねえ。

 いっぽう、わたしがこのあいだ見た映画「ダイ・ハード 4.0」にも、ブルース・ウィリスと殴り合いをするカンフーの達人、アジア系美女にして極悪人であるマイ(MAI)が登場してました。

 ダイ・ハードのマイを演じたマギー・Qは、ベトナム人とフランス&アイルランド系アメリカ人とのハーフ。マイはベトナム人にある名前で、レンギョウというおめでたい花を意味するそうです。タイの名前にもマイがありますね。

 英語版のWikipediaで「MAI」を調べると、日本のマンガ、アニメ、ゲームの登場人物である「マイ」がいろいろ出てきます。アジア系の戦闘美女ってマイが多いのかな。

●谷山麻衣(小野不由美の悪霊シリーズ→マンガ、アニメ)
●川澄舞(ゲーム「Kanon」→マンガ、アニメ)
●不知火舞(格闘ゲーム「餓狼伝説」「ザ・キング・オブ・ファイターズ」)
●鴇羽舞衣(アニメ「舞-HiME」→マンガ、ゲーム)
●孔雀舞(マンガ「遊☆戯☆王」→アニメ、ゲーム)

 ほかにアメリカには、

●MAI(中華風世界を舞台にしたアメリカ製アニメーション「Avatar: The Last Airbender」に登場する戦闘少女、ただし「Mai」は「Mèi(袂)」の広東語発音とされてます)

というキャラもいます。基本的にみんな戦う女性ですね。

 さて、彼女たちの元祖は誰か。1987年5月、アメリカでビズコミックスから日本マンガが3点発売されました。これがアメリカでの日本マンガ商業出版の始まりといわれています。そのうちのひとつが、池上遼一/工藤かずや『舞』でした。英語タイトルが、『Mai the Psychic Girl』。画像はこれ

 おそらく彼女が、アメリカにおけるアジア系戦闘美女「マイ」のルーツでしょう。

 日本のマンガ、アニメ、ゲームの中に登場して闘うたくさんの「マイ」たち+中国美女+ベトナムやタイ美女のイメージが合体して、アジア系戦闘美女「マイ」ができあがりつつあるのではないかと、妄想してみます。

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December 17, 2007

国語力?

 通信教育の「Z会」がやってる、「2007年度第2回国語力検定」(10歳~14歳向け)より。

問十三 (次の太線部の言葉について)(1)~(4)の意味用法のうち他の三つと異なるものを一つ選び、番号をマークしなさい。

(1) そんなにあわてて廊下をかける
(2) おぬし、なかなかやる
(3) もうそろそろ桜がさくころだ
(4) アルテイシア、いい女になるんだ


 ウチの子にはウケてました。

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December 16, 2007

タンタン完結!

 2007年末、ついにエルジェの「タンタン」シリーズ日本語版、最後の二冊が刊行されました。

 『タンタンの冒険旅行23 タンタンとピカロたち』(2007年福音館書店、1600円+税、amazonbk1)と『タンタンの冒険旅行24 タンタンとアルファアート』(2007年福音館書店、1600円+税、amazonbk1)が二冊同時発売。これで日本語版は全24巻で完結しました。

 

 1983年にエルジェが亡くなり、その直後日本で福音館書店版「タンタンの冒険旅行」シリーズの刊行が開始されてから、実に24年。

 主婦の友社が「ぼうけんタンタン」というシリーズ名で、『ブラック島探検』『ふしぎな大隕石』『ユニコン号の秘密』の三冊を刊行したのは、さらに昔の1968年。当時初めてタンタンを手にしたわたしは、なんと40年も待って、やっとタンタンの全貌に接することができました。

 って、ほんとは待ちきれなくて、すでに英語版やフランス語版でそろえちゃってるんですけどね。

 福音館書店版も順調に刊行されたわけではありません。1999年から2003年まで、刊行に四年も間があいたこともあります。

 しかし2005年にはモノクロの『タンタンソビエトへ』が刊行されてびっくり。本年2007年のはじめには、最近イギリスやベルギーで植民地主義であると問題になった、あの『タンタンのコンゴ探検』日本語版も刊行されました。

 そして、ついに今回の二冊で堂々の完結。なんとかエルジェ生誕100年である今年のうちに出版しようと、福音館書店、がんばったのじゃないかしら。

 ビーケーワンのサイトには、“ニッカーボッカー・スタイルもさっそうと、「タンタンの冒険旅行」ついに完結!”と書いてありますが、なーにをねぼけてるんでしょうね。『タンタンとピカロたち』の書影をよく見ていただくとわかりますが、1976年に描かれたこの最終作で、タンタンはおなじみのニッカボッカから茶色のジーンズにはきかえているのですよ。

 このタンタンのコスチューム変更は、当時世界じゅうで大きな話題になった、というのをかつて日本の新聞記事で読んだことがあります。

 そして『タンタンとアルファアート』は描かれることのなかった構想段階の作品で、この本にまとめられているのは未完成の草稿、いわゆるネームです。これが日本語訳で読める日がくるとは。よほどのファン以外は買わないでしょうけど。

 最近日本でも出版されたステファヌ・ウエ/マルセル・プルースト『失われた時を求めて』を読んだとき、絵がまるきりタンタンであるのに驚きました。なんせ登場人物の目が「点」で表現されてましたからねー。タンタンはもっとも古い「BD」のひとつですが、今もBDのお手本として機能しているようです。

 すぐれたストーリーと美しい絵を持ち、古びることなく今も世界じゅうで読まれているタンタン。けっして「懐マン」としてとらえられているわけではありません。60年も前に描かれたカラー版『タンタンのコンゴ探検』が現代でも問題になるのはそのためですし、だからこそタンタンシリーズは、現代の日本人にとっても読む価値のある本なのです。

 ベルギーのCASTERMAN社のタンタンも、アメリカのLITTLE, BROWN社のタンタンも、裏表紙にはタンタンシリーズの表紙イラストをずらっと並べるデザインでした。

 日本の福音館書店版は、これまでそういうデザインをしてきませんでしたが、最終巻『タンタンとアルファアート』の裏表紙には誇らしげに、「ソビエト」「コンゴ」「アルファアート」を含めた24冊の日本語版表紙イラストが並んでいます。

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December 15, 2007

京都精華大生刺殺事件

 やまだ紫氏のブログ「やま猫SOMETIMES」および白取千夏雄氏のブログ「白取特急検車場」経由で、「千葉大作くん殺害犯人の逮捕にご協力ください」へ。

 2007年1月15日京都精華大学マンガ学部学生が刺殺された事件は、未解決のままもうすぐ一年が経過しようとしています。上記サイトには情報提供を求めるマンガが掲載されています。作者は明記されていませんが、同大学准教授をされているプロのマンガ家の手になるものです。

 とくに京都方面のかた、マンガをお読みのうえ、ぜひご協力をよろしくお願いします。

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December 12, 2007

和風ナウシカ世界『天顕祭』

 2007年度(第11回)文化庁メディア芸術祭の受賞作品が発表されています。

 マンガ部門の大賞は郷田マモラ『モリのアサガオ』です。今年の審査員は以下のかたがた。モンキー・パンチ、しりあがり寿、ちばてつや、藤本由香里、わたなべまさこ。本年はなかなかしぶい選択でしたねー。

 で、奨励賞は白井弓子『天顕祭』が受賞しました。わたしこのかたの名前を初めて知ったのですが、自主制作作品なので、コミティアとかネットでしか販売していません。紹介を読んでおもしろそうに思い、さっそく全四巻+番外編一冊(2006~2007年発行、セットで2200円)をネット注文してみましたところ、いやこれが大当たり。審査員はよくぞこれを選んでくれました。

 未来(あるいは異次元)の日本。「汚い戦争」により、全世界が放射能汚染されてしまった世界。世界は一度滅んだあと、再建途中にあります。ただし汚染のもとは放射能というより、ナウシカ世界の「瘴気」みたいなものらしく、マスクである程度防御できるようですし、竹が汚染物質を浄化してくれているという設定です。

 汚染物質を吸った竹は廃棄されるのですが、そのほかにもこの世界では、竹を使ってとび職の連中が建設現場の足場を組んでいます。現代日本じゃ見られない光景で、香港みたいですね。

 舞台はケッコウ田舎の地方都市と、そこに近い山村。街の建物は地下から上方に伸び、走ってるクルマはすごく少ない。周辺の山には鳥居や神社があり、神社が主催するお祭りがもうすぐ始まります。

 主人公はとびの若頭、真中と、女性とびの木島咲。咲は故郷の村を逃げ出してきたのですが、彼女を追うのは、なんと竹をつたってやってくる大蛇(!)。土俗・因習的な山村で、スサノオとクシナダヒメ、ヤマタノオロチ伝説が再度展開されることになります。

 SF/ファンタジー系の作品ですが、風景を含めた世界の造形がすばらしい。日本風なのに微妙に日本とは違う、という誰も見たことがない世界をきっちりと作り上げています。ストーリーは祭りの少し前から始まって、天顕祭当日がクライマックス、という短い時間軸ですが、その背後には描かれていない設定がいっぱいありそう。これが物語に厚みを与えています。

 そして本作品では、異世界の造形とストーリーが不可分にからみあっています。お話を語ることは世界を語ること。これはもうSF/ファンタジーとしての理想的なカタチであります。しかも古事記とナウシカ世界が出会ってますから、これは楽しい。

 絵は人物も背景もフリーハンドでさらっと描くタイプ。デッサンに破綻はありません。仕上げはCGで、トーンじゃなくて流れるような薄墨がいい感じ。

 わたしが知らないだけでその筋では有名な作品だったのかもしれませんが、この受賞を機会に、さらに広く読まれるようになるといいですね。

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December 10, 2007

匂うマンガ『ガンダルヴァ』

 これまで見た映画の中で、ラストでもっともあぜんとした作品は、ポール・トーマス・アンダーソン脚本監督の「マグノリア」です。同時に多数のエピソードが展開したのち、○が○って終わりになるとは。感想がどうのこうの言う以前に、びっくりして頭の中が真っ白になりました。

 で、最近レンタルで借りてきた「パフューム ある人殺しの物語」という映画を見ておりましたところ、これもラストで腰が抜けた。香水調合師の主人公が殺人罪で処刑されようとしたとき、○で世界を○する話。

 ドイツ人がフランスを舞台にして書いたベストセラー原作小説を、ドイツ人監督が英語で映画化した作品です。原作もホントにこんな展開なのかと、パトリック・ジュースキント『香水 ある人殺しの物語』(文春文庫、733円+税、amazonbk1)を読んでみると、映画とほとんど同じでした。

 もちろん小説では映画より主人公の心情とかが細かく書かれてますから、そのぶん主人公の動機がわかりやすいのですが、映画ではそこは少し変更され、ぼかされてるようです。なんつっても映画のほうは、文章でさらっと書かれてたクライマックスシーンがえらい迫力で映像化されてます。いやびっくりした。

 でもねー、小説や映画でも、さすがにニオイを扱うのは難しいです。パリの下町がいかに臭かったか、主人公のつくる香水がいかにすばらしい香りなのか、なかなかこちらには伝わってきません。これは人間の嗅覚が視覚や聴覚より劣っているからでもあるのでしょう。人間はニオイにすぐなれて、感じなくなってしまいますからね。犬なんか、嗅覚で世界を「見て」いるそうですよ。

 で、マンガの話。五感のうち、聴覚=音楽や、味覚=料理を扱った作品は増えてきて表現も進歩してきましたが、嗅覚をテーマにしたものはあまりないのじゃないかしら。

 嗅覚を扱った数少ないマンガのひとつ(というか、ほかにあるのか?)がこれ。正木秀尚『ガンダルヴァ』上下巻(2004年河出書房新社、各1000円+税、amazonbk1)。わたしが好きな作品です。

 

 本作品は2000年から2002年にかけて「モーニング」「モーニング新マグナム増刊」「イブニング」に連載されましたが、講談社からは1巻が発売されただけ。この河出書房版には130ページの未発表原稿も収録され、完結してます。

 ガンダルヴァとはヒンドゥー教の神、ニオイを食べて生きており、自身も強い香りを発しているそうです。

 本書の主人公は、優れた嗅覚を持った男。彼はレストランのウエイターをしながら、最高の香りを探しています。でも本書で扱われてるニオイは、なんと口臭や足のニオイやワキガ。カクテルや日本酒のニオイも登場しますが、これも体臭として再生産されることになります。

 つまり、ヒトのニオイにこだわってるわけですから、当然お話は、セックスへ向かいますね。主人公は別にストイックというわけじゃないので、そっち方面の描写もあり。

 主人公が、金や名誉じゃなくて匂いを追い求めるおとぎばなし。ちゃんとオトナのマンガになってます。ニオイをマンガ化するのは難しいと思うのですが、ニオイを擬人化したりして健闘してます。ただし嗅覚描写をするマンガは絶対数が少ないですからねえ。もっとほかに誰か描かないかなあ。

 著者はかつて上條淳士のアシスタントをされていたそうで、それ系のかっちりした色っぽい絵を描きます。現在は高知県在住、雑誌「刃 -JIN-」で『ひきずり幸之介』を連載中です。

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December 07, 2007

山岸凉子問題

 竹熊健太郎『篦棒(ベラボー)な人々 戦後サブカルチャー偉人伝』(2007年河出文庫、850円+税、amazonbk1)が発売されてます。

 サブカルチャーにおける巨人にして怪人の四人、康芳夫、石原豪人、川内康範、糸井貫二に対するインタビュー集。わたしは太田出版版で読みましたが、いやあスゴイひとたちがいるものですねえ。おもしろいですよ。

 ところが「たけくまメモ」では、このタイトルのおかげで書店での検索がえらいことになっとるというエントリが書かれてます。

 本来『篦棒な人々』というタイトルなのに、多くの書店では箆棒な人々』で登録されてしまい、検索でヒットしなくなっていると。

 ウチもATOKなので「べらぼう」は「篦棒」と変換されますが、確かに(ウィンドウズの)IMEでは「箆棒」と変換されちゃいます。これで書店の検索システムではヒットしなくなることが多く、著者にとっても読者にとっても、そして書店にとっても、困ったことですねえ。

 こういうちょっとした漢字の違いで、検索でヒットしなくなることを、わたしはひそかに「山岸凉子問題」と呼んでおります。

 山岸凉子は正しくは「凉子」と書きますが、なぜか涼子とまちがって書かれることが多い。

 たとえばGoogleで「山岸凉子」を検索すると95800件ヒットしますが、「山岸涼子」でも56100件がヒットします。

 アマゾンの詳細サーチで、マチガイの著者「山岸涼子」作品を検索しますと、旧作ばかりですが13作ヒットします。古いものは修正されてませんねえ。

 しかし簡易的なサーチ窓を利用して「山岸涼子」で検索しますと、結果として「山岸凉子」作品が表示されるようになってます。以前はこうじゃなかったはずなので、いろいろと検索精度を上げる努力がなされてるのでしょう。ただし、逆に簡易検索窓で「凉子」で検索しても、「山岸涼子」作品にはたどりつけません。

 次はビーケーワン。ここのデータはすべて「山岸凉子」と正しく書かれているうえに、しかも詳細検索でも簡易検索でも、「涼子」でも「凉子」でもオッケーであるという、たいへんケッコウな結果になります。

 紀伊國屋はどうか。ここはなんと、最新作『ヴィリ』の著者をいまだに「山岸涼子」と記載してあって、ダメじゃん。簡易検索窓で「山岸涼子」と検索すれば「凉子」作品が表示されますが、「凉子」では「涼子」作品にたどりつけないのは、アマゾンと同じ。

 ですから、紀伊國屋では「山岸凉子」で正しく検索しても、いつまでたっても『ヴィリ』のところには行けません。

 データ入力時に漢字をきちんと正しく入力したうえ、凉子でも涼子でも検索できるようにしておかなきゃならないという、漢字を使用したデータベースの難しさであります。

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December 05, 2007

このマンガがすごい!2008

 宝島社のアレ↓(2007年宝島社、552円+税、amazonbk1)が発売される時期です。今年は表紙の鈴木先生、やたらめだってます。

 いちばん驚いたのは、アノ作品がオトコ編ぶっちぎりの一位だったこと。そんなに評価高いのかー。

 毎年この本を読みながら、自分の持ってるマンガを数えるのですが、今年はどうかな。あくまで「持ってる」ぶんだけね。

 オトコ編トップ20のうち、わたしが持ってるのが17作でなかなか良い率。ただし21位以下60位までとなると20作品、計37/60で62%。昨年が65%、一昨年が57%で、まあ大きな変化はありません。毎年こんな感じ。

 オンナ編はやっぱダメダメでして、トップ20のうち持ってるのが7作だけ。21位から60位まででは、13作だけで、計20/60で33%。昨年と一昨年はともに29%。変わりませんねえ。

 わたしに、もし投票させてくれるのならば、本年オンナ版は吉田秋生『海街diary 1 蝉時雨のやむ頃』(わたしがかつて書いた感想はコチラ)。オトコ版はクリス・ウェア『JIMMY CORRIGAN 日本語版』(わたしがかつて書いた感想はコチラ)としたいところですが、とくにオンナ編は投票資格ありません。

 

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December 03, 2007

復刻せよ『新宝島』

 海外マンガを読んでいて、日本マンガとはつくづく違うものだなあと感じる部分は多いのですが、やはりその最大のものはページ数です。海外とは違い、数千ページ程度の長編は、日本ではまったくめずらしくありません。

 この原因は、ひとつのアクションやひとつのシーンを多数のコマに分割して表現する日本マンガの手法にあります。ピッチャーが球を投げてからキャッチャーに届くまで、バッターは目を光らせて打とうとしてる、観客はかたずをのんで見守ってる、アナウンサーは叫ぶ、解説者はえんえんとしゃべる、数十コマで数ページ、さらに大きなコマ使ってりゃ、長くなるのもあたりまえです。

 マンガでワンシーンを多数のコマに分割して表現する手法は、映画をまねて始まったと言われており、映画的手法と称されます。これこそ、日本マンガの表現が海外マンガのそれに対する大きなアドバンテージとなっている部分です。

 その開祖は手塚治虫=『新宝島』であるとするのが、かつての一般的な考え方でした。しかしその後、戦前の日本マンガにも映画的手法がとられていたことがしだいに明らかになってきました。

 映画的手法は、マンガ表現論とマンガ史研究の大きなテーマとなっています。竹内オサムが述べた同一化技法も、伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』も、中野晴行『謎のマンガ家・酒井七馬伝』も、さらにあのスカタンな竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』もすべて、手塚治虫と映画的手法に関する話題を扱ったもの(あるいはそれを含むもの)と考えられます。

 で、野口文雄『手塚治虫の「新宝島」 その伝説と真実』(2007年小学館クリエイティブ、1900円+税、amazonbk1)が発売されています。

 図版がいっぱいでとても楽しい。酒井七馬/手塚治虫『新宝島』が、いかに先進的で映画的手法を駆使した傑作であったかを細かく書いた本です。これが小学館クリエイティブから出版されたということは、これはもう『新宝島』復刻の露払いをしているのじゃないかしら。

 酒井七馬/手塚治虫『新宝島』は、手塚自身の手で封印されてしまい、のちに講談社全集版『新宝島』がリメイクされたこともあって、まったく読めない作品になっています。あの、戦後日本マンガの出発点と言われる作品が、ですよ。

 現在古書として流通している『新宝島』はめったに存在しないうえに100万円以上とムチャ高価。実物を目にしたことがあるひとは、ごくわずかでしょう。酒井七馬監修のマンガ研究誌「ジュンマンガ」に西上ハルオ模写の『新宝島』が掲載されたことがあり、わたしが読んだことのある『新宝島』もこれしかありません(しかも立ち読み)。

 野口文雄『手塚治虫の「新宝島」』は、前半が『新宝島』をほめたたえる部分、後半が手塚治虫の映画的手法の話となっています。

 前半では、中野晴行『謎のマンガ家・酒井七馬伝』に対する反論がかなりの部分を占めています。『酒井七馬伝』は、これまで無視されていた、酒井七馬の『新宝島』への寄与についての功績を再評価した書物ですが、野口はこれに対してことごとく反論。『新宝島』、そして映画的手法のすべては手塚のものであるという主張を展開します。

 残念ながらこの部分、手塚を称揚するために酒井をおとしめる、という文章がめだち、あまり心地よく読めないのが気になります。本書は基本的にファンブックなので、とくに手塚に対する批評精神には欠けています(ファンブックが悪いわけではありません。かつて石上三登志『手塚治虫の奇妙な世界』というすぐれた先行書もありましたし)。本書に対する中野晴行による再反論はコチラです。

 手塚、酒井ともに物故してるわけですから、わたしたちは、残された作品や日記、周辺のひとびとからの伝聞などから推測するしかありません。結論が出ないスペキュレーションとなってしまっていますので、わたしたち読者としては、それぞれが推理を「楽しむ」態度で接するべきでしょう。

 本書で魅力的なのは、実は後半です。手塚治虫が影響を受けたと述懐している海外マンガ、ミルト・グロス『突喊居士』とジョージ・マクマナス『親爺教育』。この二作について、戦前の「新青年」、「アサヒグラフ」、単行本、さらには原書の復刻版などに直接あたるという実証的なことをしています。

 さらに手塚治虫『地底国の怪人』のモトネタになったベルンハルト・ケラーマンの小説『トンネル』についての文章もおもしろい。

 中野晴行『酒井七馬伝』と本書の刊行によって、オリジナル版『新宝島』復刻か、と思わせる機運が高まってきたようです。『新宝島』を復刻することは、日本マンガ界の責務とも言えるのじゃないでしょうか。

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