ブロンディの成功と失敗
岩本茂樹『憧れのブロンディ 戦後日本のアメリカニゼーション』 (2007年新曜社、5000円+税、amazon、bk1)、読みました。
以前にこの本のことをちらっと書いたとき、boxmanさんより詳しいコメントをいただいてからずっと気になってました。お値段が少々お高いので、近くの図書館に購入リクエストを出して買ってもらうというウラワザを使ってしまいました。
『ブロンディ』は、チック・ヤングが創造したコミック・ストリップのキャラクター。なまけ者の会社員・ダグウッド、美人の妻・ブロンディ、男女の子ども、この一家の日常が描かれます。1930年から描き始められ、1973年にチック・ヤングが亡くなったあとも、息子ディーン・ヤングと協力者の手で描き続けられています。オフィシャルサイトによりますと、現在も55か国、2300紙の新聞で連載されているとのこと。
かつてアメリカでの人気がどうだったかというと、「コールトン・ウォーは、一九四七年、アメリカン・コミックの中での人気ナンバーワンはキング・フィーチャーズ配給の『ブロンディ』と言い切」っていたほどだそうです。これは1947年という同時代の証言。
そしてブロンディは、日本人にとってこそ特別な存在でした。『ブロンディ』が他の海外マンガと比べて、どこが大きく違うかと言いますと、戦後1949年から2年間、朝日新聞に連載された点です。
毎日の新聞で読むアメリカの生活は、日本人の生活とどれほど違っていたか。
日本人にとって驚きだったのは、まずダグウッドのつくる巨大なサンドイッチです。アメリカ人というのはあんなものを食っておったのか! ただしこれはアメリカ人にとってもギャグだったはずですけどね。
また家庭電化製品のかずかず。ブロンディの家庭にあるトースター、そこからトーストが飛び出てくるのを見たとき、ギャグなのかホントなのかわからなかった、と書いてた作家は誰でしたっけ。電気掃除機、電気冷蔵庫、電気洗濯機。日本では「家庭の主婦ほどみじめな存在はない」と言われていた時代のことです。電化製品の存在しない時代の主婦は、一日じゅう労働に追われていました。
そして夫ダグウッドをたてながらもうまく操縦する妻ブロンディ。このふたりの関係に、日本人は民主的なイメージを見ていました。
戦後の日本人にとって、アメリカの中流家庭生活をかいま見ることができたのは、この作品だけだったのかも。この時期、まだテレビ放送は始まっていないし、雑誌記事ではよくわかんない。映画でいつもホームドラマをやってるわけでもなかったでしょうから。
『憧れのブロンディ』は、戦後日本でアメリカ的なものはいかに受容されていったか、をブロンディを例に論じた社会学の本です。本書で論考されているのは多岐にわたっていますが、興味深かったのは「なぜ」ブロンディが朝日新聞に掲載されたか、という点。
結論だけ言いますと、本書によればブロンディの朝日新聞への掲載は、GHQの言論統制の方針変更、レッドパージ開始に対する保身、恭順のシンボルであったのではないかと。なるほど、おもしろいなあ。
朝日新聞での『ブロンディ』連載終了が1951年4月15日。この日はマッカーサーが解任され日本を離れた日でもありました。そして翌日から朝日新聞朝刊には、『ブロンディ』にかわって長谷川町子『サザエさん』が掲載されることになるのです。
本書で大きな部分を占めているのが、家庭電化製品への憧れ。敗戦→アメリカのどこに負けたのか→アメリカの科学に負けた→日本の進む道は科学立国にあり→ブロンディにも科学=電化製品があふれているではないか。また女性側から見ると、日本の民主化には婦人の地位向上が必要→家庭生活の合理化→家庭電化製品の普及を。
アメリカ、民主主義、科学、家庭電化製品、これらが一体となって『ブロンディ』のなかに存在していたのですね。
本書のもとになってるのは著者の学位論文だそうです。丸山眞男や小熊英二、さらにはグラムシに言及されたりしていてけっこうムズカシイです。でもこまかくきっちりした記述に好感を持ちました。
ただし本書に記載されてはいませんが、『ブロンディ』の新聞連載は結局失敗だったという見方があることも紹介しておきましょう。『別冊1億人の昭和史 昭和新聞漫画史』(1981年毎日新聞社)より。
電気掃除機も、電気冷蔵庫もなく、父権が、まだ地に墜ちなかった当時の日本では、そのウィットをハダで感じとることができず、“理解”というフィルターの彼方にしか受けとることができなかった。
苦しい2年間の連載で打切りを決めたとき、朝日新聞の担当者が、「登場させるのが10年早かった」と、いった言葉はまことに印象的であった。
たしかに1950年前後の日本で、生活マンガというレベルのアメリカ作品を毎日読むのは、ちょっとキツかっただろうと想像できます。
最後に書誌的なことを。日本での『ブロンディ』は、「朝日新聞」の連載が1949年から1951年まで。「週刊朝日」には「朝日新聞」より早くそして長く、1946年から1956年まで連載されていました。それからもちろん、文藝春秋「漫画讀本」に掲載されることもありました。
単行本としては朝日新聞社から1947年から1951年に全10巻。その後1971年になって、スヌーピーで当てたツル・コミック社から全6巻。ツル・コミック社からはその他に、ぺらぺらのB5判の雑誌形式で2冊、あと『ブロンディのラブラブ英会話学校』なんてのも発売されてました。1977年に朝日イブニングニュース社から全6巻。また1989年から1990年にかけて、ディーン・ヤング版がマガジンハウスから全3巻で出版されたことがあります。
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Comments
>T.Arakawaさま。残念ながら「ブロンディ」を読みたいなら、日本版の古書をさがすより、英語版「Blondie」を入手するほうが簡単だと思います。それほど難しい英語ではありませんし。
Posted by: 漫棚通信 | January 02, 2012 10:10 PM
現在76歳の男です。子供のころに親父がずっと買っていて
今になって考えてみれば、アメリカと日本の違いをまざまざと認識させらる作品だったと思います。現在もジュニアーによって書かれて居るのでしたら、昔を思い出すために何処でてにいれられるでしょうか?
出来れば教えて欲しいです。・・・・
Posted by: T.Arakawa | January 02, 2012 09:37 PM
>漫棚さん
個人的にはグーラートの本はつまんないのであまり勧めませんが(コンパクトなので私自身はロバート・ハーヴェイの『Children of the Yellow Kid: The Evolution of the American Comic Strip』をよく使います)、べつに間違ったことが書いてあるわけでもないので概説的な参考資料に使うのは特に問題ないと思います。
コミックストリップの研究というのは先駆的なものを含めるとアメリカでは40年代からやられているので、90年代以降に活発化したコミックブックの研究と違って、えらく歴史があって向こうではけっこうオーソライズされてるジャンルなんです。で、そういう研究の存在自体をちゃんと認識してない風なのは「この本の内容からいって」欠点といえるだろうということです。
Posted by: boxman | November 03, 2007 11:52 AM
>日本のアメリカ論研究においてはコミックスの分野はほぼオーソライズされていない
わたしもコミックストリップの分野ではRon Goulartの本をときどき参照しますが、適当に買ったもので、ホントにこの本でいいのか、まったく自信がありません。
Posted by: 漫棚通信 | November 02, 2007 04:27 PM
>あ~さん
私がこの本に関して「情報の参照の仕方が微妙に変というか、偏った部分」といっているのは以前したコメントで書いたモーリス・ホーンの本をなぜか『ウィーメン・イン・コミックス』しか参照していなかったりする部分のことで、ホーンの著作を引くならまずあのバカバカしく巨大な『エンサイクロペディア~』があるべきだし、もっといえばコミックス全般に関する記述で引かれているのがコールトン・ウォーの『ザ・コミックス』一冊きりで、相当な厚みと文脈が確立されている欧米におけるコミックストリップ研究の存在がほぼ無視されている点です。
漫棚さんの指摘にもあるようにこの本は日本のマンガ批評、研究に関してもあまり踏み込んで参照していませんが、研究としての性質上、欧米のコミックストリップ研究に関してきちんと見ていないのはまあ欠点といってよいだろうということです。
ただ、日本のアメリカ論研究においてはコミックスの分野はほぼオーソライズされていないといっていいものなので、この点に関してはなにを参照するかといったことを含め基準自体が存在しないため仕方がないことだろうとも思っています(だからこそきっちりやってほしかったというのも当然ありますが)。
逆に本書、二部三部における議論は戦後のアメリカナイゼーションに関してのオーソドックスな文脈を踏まえたキチンとしたもので読んでいてたいへんおもしろいし参考になります。
ですので、私の書いたもの(なんについてのどのような文章だかわかりませんが)に対して似たような不満をお持ちだということでしたら具体的にお教えいただくほうが参考になるしこのブログの読者に対しても有益な情報提供になるだろうと思いますが。
Posted by: boxman | November 02, 2007 08:02 AM
>なんか情報の参照の仕方が微妙に変というか、偏った部分はありますが
箱男さんもひとのことはいえないと思いますよ。
Posted by: あ~ | November 01, 2007 09:41 PM
『男おいどん』になぜか1ページまるごと、ででーんと登場したことがあります。正確には作者の死亡記事(のアップ)ですが。
「古本狂の松本、さめざめと泣く!」の文字が泣かせます。
Posted by: あ~ | November 01, 2007 09:40 PM
ね、良書でしょ(w
なんか情報の参照の仕方が微妙に変というか、偏った部分はありますが、これおもしろい本ですよ。
Posted by: boxman | October 31, 2007 05:01 AM
「ブロンディ」は70年代なかばに、Asahi Weeklyという中高生向き英字新聞で読んでいた記憶があります。あのころでも生活レベルは比べものになりませんでしたし、とくに腹のすく年頃だったので、ダグウッド・サンドがうらやましくてうらやましくてたまらなかったのを覚えています。
Posted by: Wimpy | October 30, 2007 11:32 PM