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October 30, 2007

ブロンディの成功と失敗

 岩本茂樹『憧れのブロンディ 戦後日本のアメリカニゼーション』 (2007年新曜社、5000円+税、amazonbk1)、読みました。

 以前にこの本のことをちらっと書いたとき、boxmanさんより詳しいコメントをいただいてからずっと気になってました。お値段が少々お高いので、近くの図書館に購入リクエストを出して買ってもらうというウラワザを使ってしまいました。

 『ブロンディ』は、チック・ヤングが創造したコミック・ストリップのキャラクター。なまけ者の会社員・ダグウッド、美人の妻・ブロンディ、男女の子ども、この一家の日常が描かれます。1930年から描き始められ、1973年にチック・ヤングが亡くなったあとも、息子ディーン・ヤングと協力者の手で描き続けられています。オフィシャルサイトによりますと、現在も55か国、2300紙の新聞で連載されているとのこと。

 かつてアメリカでの人気がどうだったかというと、「コールトン・ウォーは、一九四七年、アメリカン・コミックの中での人気ナンバーワンはキング・フィーチャーズ配給の『ブロンディ』と言い切」っていたほどだそうです。これは1947年という同時代の証言。

 そしてブロンディは、日本人にとってこそ特別な存在でした。『ブロンディ』が他の海外マンガと比べて、どこが大きく違うかと言いますと、戦後1949年から2年間、朝日新聞に連載された点です。

 毎日の新聞で読むアメリカの生活は、日本人の生活とどれほど違っていたか。

 日本人にとって驚きだったのは、まずダグウッドのつくる巨大なサンドイッチです。アメリカ人というのはあんなものを食っておったのか! ただしこれはアメリカ人にとってもギャグだったはずですけどね。

 また家庭電化製品のかずかず。ブロンディの家庭にあるトースター、そこからトーストが飛び出てくるのを見たとき、ギャグなのかホントなのかわからなかった、と書いてた作家は誰でしたっけ。電気掃除機、電気冷蔵庫、電気洗濯機。日本では「家庭の主婦ほどみじめな存在はない」と言われていた時代のことです。電化製品の存在しない時代の主婦は、一日じゅう労働に追われていました。

 そして夫ダグウッドをたてながらもうまく操縦する妻ブロンディ。このふたりの関係に、日本人は民主的なイメージを見ていました。

 戦後の日本人にとって、アメリカの中流家庭生活をかいま見ることができたのは、この作品だけだったのかも。この時期、まだテレビ放送は始まっていないし、雑誌記事ではよくわかんない。映画でいつもホームドラマをやってるわけでもなかったでしょうから。

 『憧れのブロンディ』は、戦後日本でアメリカ的なものはいかに受容されていったか、をブロンディを例に論じた社会学の本です。本書で論考されているのは多岐にわたっていますが、興味深かったのは「なぜ」ブロンディが朝日新聞に掲載されたか、という点。

 結論だけ言いますと、本書によればブロンディの朝日新聞への掲載は、GHQの言論統制の方針変更、レッドパージ開始に対する保身、恭順のシンボルであったのではないかと。なるほど、おもしろいなあ。

 朝日新聞での『ブロンディ』連載終了が1951年4月15日。この日はマッカーサーが解任され日本を離れた日でもありました。そして翌日から朝日新聞朝刊には、『ブロンディ』にかわって長谷川町子『サザエさん』が掲載されることになるのです。

 本書で大きな部分を占めているのが、家庭電化製品への憧れ。敗戦→アメリカのどこに負けたのか→アメリカの科学に負けた→日本の進む道は科学立国にあり→ブロンディにも科学=電化製品があふれているではないか。また女性側から見ると、日本の民主化には婦人の地位向上が必要→家庭生活の合理化→家庭電化製品の普及を。

 アメリカ、民主主義、科学、家庭電化製品、これらが一体となって『ブロンディ』のなかに存在していたのですね。

 本書のもとになってるのは著者の学位論文だそうです。丸山眞男や小熊英二、さらにはグラムシに言及されたりしていてけっこうムズカシイです。でもこまかくきっちりした記述に好感を持ちました。

 ただし本書に記載されてはいませんが、『ブロンディ』の新聞連載は結局失敗だったという見方があることも紹介しておきましょう。『別冊1億人の昭和史 昭和新聞漫画史』(1981年毎日新聞社)より。

電気掃除機も、電気冷蔵庫もなく、父権が、まだ地に墜ちなかった当時の日本では、そのウィットをハダで感じとることができず、“理解”というフィルターの彼方にしか受けとることができなかった。
苦しい2年間の連載で打切りを決めたとき、朝日新聞の担当者が、「登場させるのが10年早かった」と、いった言葉はまことに印象的であった。

 たしかに1950年前後の日本で、生活マンガというレベルのアメリカ作品を毎日読むのは、ちょっとキツかっただろうと想像できます。

 最後に書誌的なことを。日本での『ブロンディ』は、「朝日新聞」の連載が1949年から1951年まで。「週刊朝日」には「朝日新聞」より早くそして長く、1946年から1956年まで連載されていました。それからもちろん、文藝春秋「漫画讀本」に掲載されることもありました。

 単行本としては朝日新聞社から1947年から1951年に全10巻。その後1971年になって、スヌーピーで当てたツル・コミック社から全6巻。ツル・コミック社からはその他に、ぺらぺらのB5判の雑誌形式で2冊、あと『ブロンディのラブラブ英会話学校』なんてのも発売されてました。1977年に朝日イブニングニュース社から全6巻。また1989年から1990年にかけて、ディーン・ヤング版がマガジンハウスから全3巻で出版されたことがあります。

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October 28, 2007

日記、のようなもの

 ここ数日ちょっとどうかというくらいマンガを買ってるのですが、それも「月刊IKKI」2007年12月号を買おうと、ほぼ連日近所の複数の書店に通ってたから。行くたびに何かしら買ってきちゃうのですね。

 それなのに竹熊/相原表紙のIKKIは見つかりません。その後わたしが見のがしてるのじゃなくて、書店(しかも複数)がIKKIを入れてないということがわかりました。イナカの書店では、小学館の月刊誌にしてこういうことになってるわけです。とほほ。

     ◆

 10/22にNHKでポアンカレ予想についての「100年の難問はなぜ解けたのか 天才数学者失踪の謎」という番組を見て、イキオイがついてしまって思わず買ってきてしまったのが、数学読み物の傑作と名高いサイモン・シン『フェルマーの最終定理』(新潮文庫、青木薫訳、amazonbk1)。これをやっと読了。

 これもBBCのTV番組をもとに作られた本で、著者はインド系イギリス人で素粒子物理学博士、訳者が理学博士。わたし高校二年の時、数学で5段階評価で2の通信簿をもらいましたがそれなりに数学好きだったんですよ。でも微分積分ほとんど忘れてますね。インテグラルって何だったっけ。

 『フェルマーの最終定理』はわかりやすくわかりやすく書いててくれてて、読むのに数学的知識をほとんど必要としません。ただしどうしようもないところもありまして、以下の記述など誰がわかるというのかしら。

 残念ながら、モジュラー形式は紙の上に描くことはもちろん、頭の中に思い浮かべることすらできない。正方形のタイル張りであれば二次元平面内に収まるから、x軸とy軸によって定義することができる。モジュラー形式も二つの軸で定義されるが、その軸は二つとも複素軸なのである。つまり、それぞれの軸に実部と虚部があって、実質的には二本の軸があるのと同じことなのだ。したがって、一つ目の複素軸を表すだけでもxr軸(実)とxi軸(虚)の二つが必要になるし、二つ目の複素軸にはyr軸(実)とyi軸(虚)の二つが必要になる。厳密なことを言えば、モジュラー形式はこの複素空間の上半面に存在するのだが、ここで重要なのはこの空間が四次元(xr, xi, yr, yi)だということだ。

 ああ…… ただし、このあたりは読者のほとんどが読みとばてます(←そうでしょ、そうだと言ってくれ)。読み物としての価値はこういうところにあるわけではありません。数学に人生をかけたひとびとのドラマが実に感動的でありました。

     ◆

 TVについては、これも10/21にNHK教育で放映されてた「21世紀を夢見た日々 日本SFの50年」が永久保存版クラスでしたね。

 貴重映像がいっぱいなのですが、1970年の大阪万博で日本SFの黎明期が一段落、という史観にちょっと違和感がありました。個人的には1970年のハヤカワSF文庫創刊がSF体験の始まりだったので(同時期に新潮文庫や角川文庫でも、日本SFの初期作品が一斉に刊行され始めたのです)、1975年の神戸での日本SF大会(ここで「浸透と拡散」がテーマになりました)までをひとくくりにしたほうがわかりやすいかなと。1974年「宇宙戦艦ヤマト」放映、1978年「スター・ウォーズ」日本公開、同年「月刊スターログ」創刊となります。

     ◆

 そして今日、チャンネルNECOでやってたのが、1981年に放映されたNHK特集「わが青春のトキワ荘 現代マンガ家立志伝」。トキワ荘がもうすぐ取り壊されるということになり、トキワ荘グループが集まって同窓会をする企画がメイン。

 わたし初放映のときに見てます。すでにビデオレコーダー持ってましたから録画したはずですが、当時のビデオテープはすべて捨てちゃってましてずいぶんひさしぶりに見ました。

 今見ますとなんとも物故者が多くて、手塚治虫、寺田ヒロオ、藤子F、石森章太郎、森安なおや。昔を懐古する番組なのに、それを見てすっかり放映当時を懐古してしまいました。当時のコミケの様子(すでにコスプレあり)と、手塚賞授賞式でデビュー前の荒木飛呂彦が映ってるのには驚きました。

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October 24, 2007

これは盗作とちゃうんかいっ:とりあえず終了篇

 唐沢俊一『新・UFO入門』ブログ記事盗用事件について。

 ウチのいちばん近所の書店には、長らく『新・UFO入門』が一冊だけ置いてあったのですが、本日行ってみると二冊に増えている。もしや、と思って手に取ってみますと、やっぱそうだった。2007年10月10日発行の第二刷でした。

 こんなふうにこっそり刊行されているとはね。最近はもう唐沢氏のサイトはのぞいてないのですが、書いてありました?

 第二刷では、133ページから140ページにかけて、以下の修正がなされています。

(1)平野威馬雄『空飛ぶ円盤のすべて』に収録されていた山川惣治手記の要約部分を改稿。
(2)山川惣治『太陽の子サンナイン』のストーリー要約部分を改稿。
(3)漫棚通信への謝罪を追加。

 これでやっと、唐沢俊一氏がわたしの権利を侵害し続けている状態が終了したことになります。社会的にはオシマイ、残るはわたしの気持ちの問題だけ、なんでしょう。

 自分ちに忍びこんだドロボー、しかもそれを指摘すると話し合いの最中に主張をつぎつぎひっくりかえすわ逆ギレするわ、いわゆる円満解決したわけではありません。もろもろは終了したとしても、そういうのとにっこり笑って握手できるほど、わたしもまだ人間ができてないんですよ、心が狭くてスミマセンねえ。

 とりあえず唐沢俊一氏にはお別れのことばとして、オレが部屋に入って来るのを見たらオマエが出て行くんだ(←どこかの映画でのセリフ)、と言っておきます。さようなら。


※次回に続きます。

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October 22, 2007

「あんなの」と「単なる」

「あんなのSFじゃない」

 SFっぽいマンガ・アニメ・ラノベをさして、軽蔑的に言うことば。このフレーズをつかう人は、ジャンルとしてのSFを厳密にせまく考え、しかもSF、えらい! という気持ちを心の底に持っている。実はわたしもちょっとそう。

     ◆

「あんなのミステリじゃない」

 このことばは最近ほとんど聞いたことがないですね。かつては言ってたのかしら。ミステリというのはすでに浸透と拡散がいきわたってて、恋愛小説だろうが時代小説だろうが、ミステリ風味を持っててあたりまえになっちゃってますから。

 でも、「あんなの本格じゃない」は、今もふつうに使用されてます。

     ◆

「あんなのオタクじゃない」

 いわゆる「ウスい」オタクをさして、ちょっと軽蔑的に言うことば。「濃い」オタクから発せられることがほとんど。

     ◆

「あんなのロックじゃない」

 わたしそっち方面にはくわしくないのですが、今もこのことば、使われてますか?

     ◆

「あんなのラノベじゃない」

 今はまだ使用されていないことば。将来出現するかどうかもわかりません。

     ◆

「あんなの漫画じゃない」

 これもほとんど聞いたことないですねえ。「漫画」ということばをメディアじゃなくて、マンガ内のいちジャンルとして考えるならば(たとえば古典的おとなマンガや子どもマンガの意味で使うのなら)、ありうる言いかたかもしれません。

     ◆

「単なるSFじゃない」
「単なるミステリじゃない」
「単なるオタクじゃない」
「単なるロックじゃない」
「単なるラノベじゃない」
「単なる漫画じゃない」

 作品や作家に対する誉めことば。

 ただし、これを使ってるひとは誉めてるつもりなのに、そのジャンルやメディアのファンはこれを聞いてぷんぷん怒りだすことがあるので、使用には要注意。

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October 19, 2007

女子中学生は知っている『ハチミツとクローバー』

 東村アキコ『ひまわりっ 健一レジェンド』5巻(2007年講談社、514円+税、amazonbk1)でいちばん笑ったのはこの二か所のパロディシーン。

 ひとつは、第58回「恋のしまんちゅロック」での『NANA』のパロディ。窓から戸外をぼんやりと見つめる蛯原さん。かつて赤星たみこが『恋はいつもアマンドピンク』で紡木たくのパロディをやったとき(←20年前だよ、古いねどうも)以来の大笑いでした。

 もいっこは、第60回「この夏一番静かな海」で、コマとコマの間(間白と名づけられています)を黒く塗り、そこに白抜きでキャプションをいれる手法。これはもちろん、『ハチクロ』のパロディであります。

 さて、羽海野チカ『ハチミツとクローバー』は10巻(2006年集英社、400円+税、amazonbk1)できっちり完結しております。

 で、マンガ内にクローバーは登場するんですよ。2巻ではぐちゃんと仲間が四つ葉のクローバーを探すシーン。でもハチミツはいったいどこへ行っちゃったんだろうなあと。

 実はわたしよくわかってなかったのすが、ウチの女子中学生と話してて、初めてわかった。以下ネタバレしますのでそこんとこよろしく。

 10巻収録の最終回、はぐちゃんがつくってくれたサンドイッチを竹本くんが開いてみます。そこには四つ葉のクローバーがいっぱい。で、そのクローバーと食パンの間に塗ってあったのが、ハチミツだったのですね。

 ウチの中学生に聞いてみると、このマンガを読んだ女子中学生は、みんなこれがハチミツであったことに気づいていたらしい。

 そこで、福田里香『まんがキッチン』(2007年アスペクト、1600円+税、amazonbk1)を読み直してみると、そこにも書いてあるじゃないですか。

あっけに取られたのは最後の10ページ。読者はそこで初めて『ハチミツとクローバー』の真の意味を知ることになる。

 どわあっ。女子中学生をはじめとして、みんな気づいていたのかっ。わかってなかったのはわたしだけなのね。読解力に欠けてました。反省。

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October 18, 2007

グィド・クレパクス『O嬢の物語』

 グィド・クレパクス画の『O嬢の物語』Ⅰ・Ⅱ巻(2007年エディシオン・トレヴィル/河出書房新社、各2300円+税、amazonbk1)が復刊されています。

 

 グィド・クレパクスは1933年イタリア生まれのイラストレーター/マンガ家。2003年に亡くなりました。彼の創造した最も有名なキャラクターはヴァレンティーナです。ヴァレンティーナは写真家で(これは「O嬢」と同じ)、彼女のエロティックな冒険を描いたお話。ヴァレンティーナてのはこんな感じの絵でして、オシャレなエロでしょ。

 グィド・クレパクスとヴァレンティーナが最初に日本に紹介されたのは、1972年に発売された海外コミック専門誌「Woo」の2号と3号。小野耕世訳で「グイド・クレパックス」(←当時の表記)作の『ヴァレンティーナ』が掲載されました。

 女性の夢や現実での性的冒険がモノクロでスタイリッシュに描かれる。日本マンガとのあまりの違いにびっくりしたものです。

 『ヴァレンティーナ』は1965年イタリアのマンガ雑誌「ライナス」に連載開始され、1968年に最初の単行本が発行されました。

 当時のイタリアマンガ界は、スリラーマンガ『ダイアボリック』やそれに影響を受けて発刊されたフュメッティ・セクシー・タスカビーリ(ポケット版成人マンガ)というシリーズの全盛期で、モノクロ130ページほど、ポケットサイズのエログロマンガが大流行。当時のイタリアマンガの表紙イラストは、『Spagetti EROTICO:イタリア式エログロ漫画館』(2001年アスペクト)という本で見ることができますが、まさに絵に描いたような俗悪さ。ベッドに横たわり首から血を流す裸の美女とか、ナチに拷問される裸の美女とか、男を殴り倒す裸の美女とか、今見るとずいぶん笑えます。本編のほうも誰か訳してくんないかしら。

 クレバクスはこれが大嫌いで、洗練されたキャラクター、洗練された画面構成をめざした結果が、ヴァレンティーナであり、自分のスタイルとなりました。『ヴァレンティーナ』は1995年まで描き継がれ完結しています。

 1973年には、講談社から創刊された「劇画ゲンダイ」創刊号に、「クレパックス」の『ビアンカ』が、これも小野耕世訳で掲載されました。「劇画ゲンダイ」は最初、「週刊現代」増刊として刊行され、講談社の雑誌だけあってなかなか豪華な作家がそろってました。創刊号のメダマは、叶精作/小池一雄「からぁ怒」とか宮谷一彦/梶原一騎「プロレス地獄変」、のちには池上遼一/小池一雄「I・餓男」も連載されましたね。

 オシャレな『ビアンカ』もそこに混じってたわけです。『ビアンカ』は1974年に東都書房から単行本として刊行されてます。

 その後、『ヴァレンティーナ』も1995年、フィクション・インク/河出書房新社から単行本として刊行されました(このときは「グィド・クレパックス」の表記)。フィクション・インクからは『CREPAX 60/70』も2003年に刊行されてます。

     ◆

 さて、『O嬢の物語』。原作はご存じ、1954年に発表された覆面作家ポーリーヌ・レアージュ作の古典ポルノ小説です。主人公O嬢が館にとらわれ、陵辱、鞭打ちにより、マゾヒスティックな快感にめざめていくお話。作者の正体は編集者/翻訳家のドミニック・オリーであることがのちに明かされています。

 日本ではいろんなひとが翻訳してまして、澁澤龍彦とか鈴木豊とか長島良三とか。変わったところでは清水正二郎(=胡桃沢耕史)訳や、九十九十郎(=千草忠夫)訳の「O嬢」もあります(千草忠夫のものは翻案に近いそうです)。

 『O嬢の物語』がジュスト・ジャカン監督で映画化されたのが1975年。日本公開が1976年。ジュスト・ジャカンはソフトコア・ポルノ映画「エマニエル夫人」を大ヒットさせてましたから、この映画「O嬢」もけっこうな話題になりましたね。

     ◆

 グィド・クレパクスは、オリジナルのヴァレンティーナのほかに、エマニエルとかジュスティーヌをマンガ化していますが、『O嬢の物語』もマンガ化され1975年に発行されました。ジュスト・ジャカンによる映画化と同時期の発行ですが、クレパクスはすでに1973年から制作を開始していました。

 クレパクス画『O嬢の物語』の初邦訳はミリオン出版の雑誌「S&Mスナイパー」。1991年6月号から1年間掲載されたそうです。このときの翻訳はなんと佐川一政です。

 その後1996年、トレヴィルからⅠ・Ⅱ巻として発売されました(このときの表記は「ギド・クレパクス」)。監訳は巖谷國士。今回発売されたのはこの復刊になります。復刊に際して、「グィド・クレパクス」の表記になりました。

 作品はひたすら美しく静かに時が流れます。さすがに原作が原作だけあってエロいですが、マンガとして読むというより、日本とアチラでのエロはどこが似ていてどこが違うか、というほうに頭が行っちゃいますね。汗と粘液と擬音と動線がいっぱいの日本の美少女系エロマンガとは対極にあるような作品です。

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October 16, 2007

偉大なる永遠の中学生

 偉大な作品はエピゴーネンを生みます。学園マンガの祖、ちばてつや『ハリスの旋風(かぜ)』もそう。

 学園マンガの先行作品といえば、福井英一『イガグリくん』や関谷ひさし『ストップ!にいちゃん』などがありますが、ちばてつや『ハリスの旋風』こそ、のちの学園マンガのフォーマットをつくった作品であります。

 『ハリスの旋風』は週刊少年マガジンに1965年から1967年まで連載されました。ちばてつやとしては、少年マガジンの『紫電改のタカ』が終了後、少女フレンド『島っ子』で少女マンガに回帰したあと、再度マガジンで描いた作品。同時期に少女フレンドでは『アリンコの歌』と『みそっかす』を連載してます。そして『ハリスの旋風』の次が『あしたのジョー』になります。

 主人公・石田国松はケンカばっかりしてますが、実は正義漢でさびしがりや。彼が東京都練馬区のハリス学園中等部に転校してきます。スポーツ万能の国松が、いろんな運動部に参加して大活躍、という物語。彼が参加するクラブは、野球部、剣道部、ボクシング部、サッカー部。

 このマンガがのちの学園マンガ、そしてスポーツ・格闘技マンガに与えた影響は、はかりしれません。

     ◆

(1)主人公と主人公グループの造形

 まず、背の高さ。アトムも正太郎くんも基本的に「子ども」ですから、敵と相対しますと、どうしても小さく見えます。しかし、とくにその小ささが喧伝されていたわけではありません。同年代と比べると標準の体格だったはず。その点、石田国松は明らかにちびです。

 野球のユニフォームなどはぶかぶかで、中学三年生なのに小学生なみの体格と笑われることもありました。その小柄な主人公が、運動神経抜群でケンカも強い。背の低さは、とくにスポーツではおおむねハンディキャップです。大きくない主人公の活躍は、読者の共感を呼びました。

 そして国松は勉強がまったくできません。ここがまた新しかった。彼はかつての文武両道に秀でた主人公ではありません。バカだけど愛すべき人物、という新しいタイプです。ちびというのは、千夜一夜物語の昔から、知恵で力を制するものでしたが、彼は熱血と体力のひとで、真っ正面から闘うことが多いんだよなあ。

 そしてヒロイン。彼にはおチャラというニックネームのガールフレンドがいて、彼女がまた男まさりのおてんばだけど美人で優等生、というタイプ。彼女はなぜか国松につくしてくれます(今でいうならツンデレ? でも無私であることを考えると、むしろ母性の持ち主)。ところが国松はお調子者でオンナ好きなものですから、かわいい女の子がいるとすぐフラフラと。でもすぐフラれて、おチャラのもとへ帰ってきます。

 さらに忘れちゃいけないのが、後輩の「めがね」くんです。国松より小柄で、彼のことを「先輩」と呼ぶキャラクター。国松に献身的につくし、特訓などに協力します。

 ヒロインとめがねが存在してくれているおかげで、国松は周囲からいくら非難されても、完全に孤立することがありません。これがどれほどこのマンガの救いになっていることか。

 あと教師の存在がありました。このマンガには、主人公を導く園長と、担任の熱血教師が登場します。この時代、まだまだ先生たちには威厳がありました。教師の威厳がはぎとられるのは、『ハリスの旋風』が終了後、1968年に始まる永井豪『ハレンチ学園』からになります。

     ◆

(2)学園マンガ定型のかずかず

 学園マンガでは、スポーツの試合やケンカが連続します。主人公が勝ち続けたのでは、お話としてあまりに単調。彼はまず勝負に負けなければなりません。その後になされるのは当然、特訓です。敗北→特訓→勝利→新たな敵。この繰り返しこそ王道となりました。

 そして主人公にとって学園内の敵は、まずは旧弊なシステム。具体的にいうと先輩です。先輩と主人公は、個人ではなくグループで戦うこともあります。すなわち「第二○○部」や「新○○部」がつくられ、学内対戦がおこなわれるのです。これってのちにいろんなマンガで見られる展開になりましたねえ。

 ハリス学園では石田国松が「新拳闘部」を創設し、拳闘部と校内試合をしました。このとき「新拳闘部」に参加したのは、かつて国松と対立したライバルたちでした。野球部、剣道部の主将や部員、そして番長が国松のために協力。

 すなわち、倒した相手が主人公の味方になってチームを組む、という後年の黄金パターンがすでに見られています。

 戦いのシーンでは、巨大な番長が有名です。この番長、もともと身長2メートル超という巨大な男らしいのですが、とくに戦いのシーンではどんどん巨大化し、ついにはどう考えても5メートル超としか思えない巨人として描かれます。なんたって、番長の振り回す竹刀は、国松の胴体ぐらいの太さですし、ボクシングシーンではふとんをグローブにして、グーで選手を蚊のようにたたきつぶしてます。

 これ以来、敵は大きく描いてもよい、という先例ができました。

 そしてマンガの伝統にのっとって、石田国松も成長しません。

 長期連載マンガの登場人物は、日本でもアメリカでも基本的に成長しません。チャーリー・ブラウンも、サザエさんも、クレヨンしんちゃんもみんなそう。これは日本の大衆小説やアチラのパルプ・フィクションでも同様で、エンタメのシリーズキャラクターというのはもともとそういうものなのです。

 読者もそういうものだと受け入れているはずなのですが、学園マンガというジャンルでは必ず季節がめぐり、春が来ます。進級はどうなっとんねん、ということは、なんとなくスルーされるのがお約束。

 『ハリスの旋風』の場合も、春に国松が転校してきたクラスが3年A組。ハリス学園は中高一貫校なので、中学三年生でも先輩がいて、クラブの主将は高校生です。しかも国松は中学生のはずなのに、全日本選抜学生剣道選手権大会に出場して、「桑山高校」相手に試合してましたけどね。

 その翌年も先輩たちは卒業せずに、国松のクラスは同じ3年A組。さらにその翌年もサッカー部で「南郷中」と試合してますからやっぱり中学生。というわけで、石田国松も永遠の中学生でした。

     ◆
 
(3)始まりと終わり

 『ハリスの旋風』の物語は国松が「転校」してくることで始まります。ある程度かたまっている体制に、異分子が参加してくることで始まる騒動。これこそ学園マンガの王道です。まことに正しい。

 そして物語の結末では、主人公がまた転校で学園を去ります。その行く先は、アメリカ。これもまた王道です。

 場面は飛行場。登場人物のほとんどがやって来て、国松の乗る飛行機(パンナムです)を見送ります。クラスメイトの上方に、主人公の顔が浮かぶことはありませんでしたが。

 海外旅行が自由化されたのは、マンガが連載開始される直前の1964年。1ドルは360円の固定レート。海外旅行は庶民には夢のまた夢でした。海外に行くことで、マンガという夢の世界の主人公は、さらに上の夢の世界へ旅立ちます。

     ◆

 ちばてつやは『ハリス学園』で、学園マンガ、スポーツ/格闘マンガのひとつの典型を完成させています。これは手塚治虫のマンガとはまったく別系統のもので、手塚がなしえなかったことです。むしろ梶原一騎と同じ方向性を持っていました。

 マガジンの編集者、宮原照夫によって、ちばてつやと梶原一騎は『あしたのジョー』で組むことになりました。ちばは「アットホーム」、梶原は「熱血」、しかしけっしてふたりは水と油ではありませんでした。むしろそのめざすところや資質は、似ていたのではないでしょうか。

 最後に。『ハリスの旋風』は、最初の講談社コミックスでもあります。今も続くブランド、新書版の「KC1」と「KC2」が『ハリスの旋風』1巻と2巻でした(ちなみに「KC3」は「ゲゲゲ」に改題する前の『墓場の鬼太郎』1巻)。発行は1967年。

 これ以降、各社が雑誌連載マンガを自社で単行本化するようになり、のちのマンガビジネスを形成することになります。その意味でも、『ハリスの旋風』は先駆でした。

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October 13, 2007

内藤亀田戦は最終回だけ見ました

 亀田史郎氏のコメント

11日のタイトル戦での大毅の反則行為は、故意ではありません。大毅の若さ、精神的な未熟さが出た結果だと思います。セコンドについたトレーナーとして大毅の反則行為を止められなかった事は反省しております。ただこれも闘志の現れであって、結果として反則行為となってしまったことをご理解していただきたい。

 唐沢俊一氏のコメント(もう消えてます ←失礼、まだありました)

悪意または盗用という意はまったくありませんが、山川惣治『サンナイン』のストーリィ紹介に関し、当サイトの紹介を大いに参考にさせていただいたことは事実ですし、ある作品のストーリィを紹介するという性格上、参考にさせていただいたサイトとの記述の非常な類似のあることも事実です。当方の不注意と認識不足の結果であり、まことに申し訳ありません。

 似てる……かな?


※次回に続きます。

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October 10, 2007

図書館にて

●図書館に行って先月号の「本の雑誌」(2007年10月号ですな)を読んでおりましたら、北原尚彦「君は名探偵なんせすを知っているか!」という記事が載っておりまして、おお、あのわけわからんマンガ、沼礼一『名探偵なんせす』(2006年サニー出版、650円+税、amazonbk1)について書かれてるじゃないですかっ。

 どういうマンガかといいますと、ナンセンスミステリの短編集でして、絵が圧倒的にへなへな。書影に描かれてる女性は、別にダッチワイフじゃありません、彼女は探偵助手のワープちゃん。だれかの推理を聞くと、彼女が「ワープ」と叫んでヌードになる(←彼女の驚きのポーズなのか?)のがくり返され、読者としましては脱力するか怒り出すかのどっちか、という怪作です。

 わたしにとっても謎のマンガ、謎のマンガ家だったのですが、「本の雑誌」の記事では、ついに作家の正体が明らかに! 興味あるかた(←ほとんどいないかもしれませんが)は当該記事をお読みください。このマンガ、かつて光文社の雑誌「ポップコーン」にも掲載されてたそうです。ほー。

 この雑誌、吾妻ひでお『ななこSOS』が連載されてたので有名。右開きで日本マンガ、左開きでアメコミが掲載されてるという変わった雑誌でしたが、ごめんなさい、沼礼一の名前は覚えてなかったです。


●あと、おもしろそうだったので借りてきたのがこの本。山田正紀/恩田陸『読書会』(2007年徳間書店、1500円+税、amazonbk1)。

 山田正紀と恩田陸が中心になって、ある作品、作家についての読書会を催す、という企画の本。取り上げられてるのは半村良『石の血脈』とかアシモフ『鋼鉄都市』とかSF系なのですが、なかに一冊だけ、マンガとして萩尾望都『バルバラ異界』が混じってます。

 『バルバラ異界』の回は、山田正紀、恩田陸に牧眞司が加わり、さらに編集者もよくしゃべってるから四人の座談会ですね。で、この座談会がなかなかに楽しいんですよ。みんなマンガにくわしくてねー。マンガ夜話と同じような感じ。しかも作家ですから創作側から見た話も多くて。

 みんなが指摘してるのが、萩尾望都のストーリーテリングの見事さ。うーん、『銀の三角』や『バルバラ異界』を含めた萩尾SFは、きっちり読み直さなきゃいけないなあ。

 さらに恩田陸×萩尾望都の対談がオマケにくっついているおりますので、たいへんケッコウでお得な一冊でした。

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October 08, 2007

『真説ザ・ワールド・イズ・マイン』加筆部分

 というわけで、新井英樹『真説ザ・ワールド・イズ・マイン』の5巻(2006年エンターブレイン、1280円+税、amazonbk1)だけを買ってきました。

 資料として、『真説ザ・ワールド・イズ・マイン』での加筆修正部分を書き出しておきます(でもこづかいの問題もありますので5巻だけね)。以下、小学館ヤングサンデーコミックス版をYS版、エンターブレイン版をEB版と表記します。またページ数は『真説ザ・ワールド・イズ・マイン』5巻のものです。当然ながらネタバレしますので、気にされないかただけどうぞ。

 加筆修正は、ストーリーの根幹にかかわるような変更はなく、セリフやキャプションもほぼ同じ。YS版でキャプションだけで表現されていたところに対し、数コマの絵が追加されるかたちの修正が多いようです。


●EB版では、基本的にフキダシ内のセリフはYS版のものを流用しています。フキダシに囲まれないキャプションや各回のタイトルがEB版では打ち直されてますので、文字の位置や大きさ、行換えの位置などが変化しています。

 小学館の決まりとして、セリフやキャプションの最後に句点をつけるのが標準になっているようですが、絶対というわけではなさそうです。

 逆にエンターブレインでは句点をつけないのが標準みたい。ですから、EB版ではセリフは句点あり、キャプションは句点なし、というかたちが多くなってます。

●セリフの変更

133回5ページ目左下:YS版「失くしたトカレフ マガジンに弾丸8発やろ、プラスチック爆弾もない」→EB版「ほなら 残りはトカレフ1丁、マガジンに弾丸8発のみ。プラスチック爆弾はゼロや。」
140回、141回:菅原警部補の一人称、YS版「ジブン」をEB版「自分」に変更

●キャプションの変更

142回:“神室山、山麓”→“神室山山麓”
151回:“3週間後 彼らは富山県へ。”→“富山県藤子港”
152回:“8月富山へ−ロシア船入港”→“8月富山県高岡市藤子港 ロシア船入港”
158回:“ヨーロッパの国々までもが沈黙し始めた「…使え。」”→“ヨーロッパの国々までもが沈黙し始めた”
158回:“世界の宗教は事態好転を神に祈り、言葉を飲み込んだ「核兵器」。”→“世界の宗教は事態好転を神に祈り、言葉を飲み込んだ”

●加筆修正部分

○135回8ページ目最下段:塩見警部補の口もとアップを加筆。
○139回17ページ目より:警察庁のふたり、塩見警部補、菅原本部長、四人の会談。YS版では半ページ分を、2ページ以上の描写に延長。

 ま、このあたりまではともかく、やっぱ終盤になるにつれて加筆が多くなってきます。

○152回冒頭より:3ページ加筆。一兆万本の消化器爆弾と破壊される世界のイメージ。
○152回12ページ目より:2ページ加筆。街をさまようトシ。
○152回18ページ目より:2ページ加筆。トシに拳銃を向けるモン。見開き1コマ。
○154回9ページ目下段より:約3ページ加筆。坂本とシャンプティエ博士との会話。YS版では1ページ分を、3ページの描写に延長。
○155回17ページ目より:2ページ加筆。東京での同時多発テロから首都機能マヒまで。YS版ではヒトコマのキャプションで処理していたのを2ページちょっとの描写に延長。
○155回21ページ目より:7ページ加筆。トシが殺害されるシーン。

 ページ数で最も多い加筆が、トシの死のシーンです。描かないという選択をしたのがYS版ではありましたが、EB版ではトシの最後の言葉として「神さまっ!!」が付け加えられることになりました。

 そして、モンの少年時代も加筆が多くなってます↓。

○160回8ページ目より:2ページ加筆。少年モンがいじめられるシーン。
○160回18ページ目より:2ページとヒトコマ加筆。線路を歩く少年モンと足先のアップ。
○161回7ページ目より:2ページとヒトコマ加筆。海辺をさまよう少年モン。
○161回18ページ目より:2ページ加筆。出産シーンと少年モンのアップ。
○161回21ページ目より:YS版1ページ分を5ページに延長。

 さらに最終回は、当然ながら加筆されてます↓。

○163回(最終回)18ページ目より:加筆2ページ。雲海と爆発の閃光。
○163回22ページ目より:加筆2ページ。爆発の閃光。
○163回25ページ目より:加筆2ページ。星雲と、「未知の星」の風景。
○163回28ページ目より:ラストシーン。YS版1ページを3ページに延長。

 ラストシーンについて。「町山智浩のアメリカ映画特電」というポッドキャストで『真説ザ・ワールド・イズ・マイン』について語られています(リンク先第10回)。前回エントリのコメント欄で教えていただきました。ありがとうございます。

 町山氏は『ザ・ワールド・イズ・マイン』と映画「2001年宇宙の旅」との類似を指摘されてます。なるほど。わたしはずっと、このラスト、手塚治虫『火の鳥 未来編』だよなー、と思ってましたが、確かに赤ん坊とか猿人が出てくるんだから、火の鳥より2001年ぽいですね。

●ちょっと残念なところ。EB版はYS版に比べて印刷がうすく、細い線がトンでしまっています。とくに大きなコマやキメのコマでこれがめだってて、マリアの死のシーンなんか、EB版ではマリアの目のあたりやアゴの下の斜線がまったく消えてしまって、YS版とずいぶん印象の違った絵になってます。これはYS版の方が良かった。

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October 05, 2007

BSマンガ夜話に向けて

 2007年11月末のBSマンガ夜話再開に向けて予習は欠かせないわけです。五十嵐大介『魔女』と二ノ宮知子『のだめカンタービレ』はOKとして、問題は新井英樹『ザ・ワールド・イズ・マイン』。

 わたしの持ってるのはヤングサンデーコミックス版全14巻で、実は一昨日から読み直してるんですが、やっぱ最終14巻がとんでもない。文字/絵の比率、さらに物語内時間/ページ数の比率がはねあがってますが、おそらくはこれほどスケールの大きな展開の一冊は空前にして絶後。でも、つめこみすぎやがな。どう考えても作者が最初に計画してた終わりかたとは違うのでしょう。

 というわけで、加筆修正されたエンターブレイン版の『真説ザ・ワールド・イズ・マイン』全五巻を買うべきかどうか。でもなー、一冊1280円+税だもんなー、みんなダブって買ってんのかなー。悩みに悩んでおります。ためしに1巻だけあるいは5巻だけ買うという邪道をしてみようかしら。

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October 03, 2007

ライバルの死

 前回の記事を書きながら、ぼーっと考えていたこと。『あしたのジョー』『デスノート』『20世紀少年』は、似てるところがあるなあ。

 どこが似てるかというと、どれもライバルあるいは敵がお話の途中で死んでしまう。しかも、ライバルの存在があまりに大きかったものだから、後半のストーリーが腰くだけ気味になってしまうところも似てます。

     ◆

 たとえば『あしたのジョー』。

 そもそも力石ほどの人気キャラクターを殺してしまうという展開は、ストーリーがあまりに盛り上がりすぎちゃったものだから、作者や編集としても、もうこれ以外にはない、という選択だったのでしょう。

 力石が死んだあとのお話の展開は、まずジョーの転落→そして復活が描かれ、ここまでは事前の計画どおりだったと思います。ところが、その後は、新たなライバルの登場→試合→新たなライバルの登場→試合、のくりかえし。ある意味単調な展開になってしまいました。

 力石の死を乗りこえて復活したはずのジョーですが、試合を重ねても重ねても不完全燃焼。最終的に倒すべき力石はもう存在しないからです。

 ラストシーン、「真っ白に燃え尽きた」ジョーも、力石の死があったからこその結末のつけかたです。

     ◆

 『デスノート』では、最大の敵Lがライトに負け、途中で死んでしまいました。ところが、その後登場した探偵たちは「Lの後継者」という位置づけでしたし、ビジュアルその他も、Lのパチモンふう。

 お話のイキオイにまかせて死なせてしまった力石とちがって、Lの場合は作者の計画どおりの死なのでしょう。しかし、Lこそが最高の探偵だったはずで、ライトはすでにその最高のLを倒してしまっています。チャンピオンであるライトが、Lより劣る者に負けるはずがあるでしょうか。

 Lの後継者たちは、読者に対して、自分たちのほうがLよりすぐれているのを見せなければなりません。これはタイヘンむずかしいことで、残念ながら『デスノート』ではその点では成功していません。

 きっちり終わった『デスノート』ですが、後半は、ストーリー的にもキャラクター的にも前半より後退してしまいました。Lがいかに偉大で人気があったかは、Lを主人公にした小説や映画としてサイドストーリーが作られていることからも明らかです。

     ◆

 『20世紀少年』の場合も、悪の権化フクベエが、途中で死んでしまいます。しかも、フクベエを倒したのは、ケンヂでもカンナでもなく、そしてケンヂグループのだれかでもなく、ともだちグループのヤマネでした。

 この構図は22巻の「ともだち」の死の場面でも同様で、「ともだち」を倒すのは目の前にいるケンヂじゃなくて、サダキヨと13番なんですよね。浦沢直樹、ひとの裏をかいたりちょっとずらしたりするのが好きですねえ。

 そして、フクベエが死んだあと、ケンヂが復活します。ケンヂはそれまでに登場してきたいろんなキャラクターに出会いながら東京へ向かいます。しかし、倒すべきフクベエはその先にはもう存在しません。

 作者のたくらみによって最大の敵を死なせてしまったため、終盤もりあがるべきはずのケンヂの旅、その目的がぼやけてしまうことになりました。

     ◆

 それぞれ、マンガにとってキャラクターがいかに重要であるか、という例ですが、これは雑誌連載マンガという特殊な形式のせいなのかもしれません。物語を終末まできっちり作り上げず、読者の人気や反応をフィードバックさせながらストーリー展開を変化させていくという特殊な方法であるからこそ、こういうことも起こってくるのかな、と。

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