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September 06, 2007

忍者と巻物

 かつて忍者が巻物を口にくわえて、むにゃむにゃと呪文をとなえて印を切りますと、足もとからどろんどろんと煙がたちのぼり、巨大なガマかなんかに変身することになってました。このイメージは、講談や立川文庫、無声映画時代からの伝統。さかのぼれば、歌舞伎にもこういうシーンがあったのでしょう。

 でも実際にあんなものをくわえるとなると、口の両端からよだれはでるわ、呪文なんかとなえられないし、あんまり実用的じゃない感じですね。

 しかし、忍者と巻物はもう絶対かかせない組み合わせになってましたので、戦後でも忍者マンガに巻物は登場してきます。最近の岸本斉史『NARUTO』でも、巻物は必須アイテムですし。

 巻物を奪い合うのが忍者物語でした。横山光輝『伊賀の影丸』(1961年~)でも、「半蔵暗殺帳の巻」なんかがそうでした。

 ただし、ここでの巻物はヒッチコックが言うところの「マクガフィン」です。お話さえころがってくれれば、豊臣家の秘宝でもこけざるの壷でも、なんでもかまいません。でも忍者だから巻物。

 白土三平の忍者マンガにも、あたりまえのように巻物は登場していました。

 今回復刻された白土三平『風の石丸』(2007年マンガショップ/パンローリング、1800円+税、amazonbk1)も、龍煙の玉とその中にはいっていた龍煙の書を奪い合う物語です。

 『風の石丸』は1960年、創刊まもない週刊少年マガジンに連載された作品です。それを手に入れれば天下を取ることも可能な龍煙の書をめぐって、主人公・石丸、伊賀忍者・はやて小僧、霧島忍者・筑波剣流、真田幸村、柳生十兵衛、怪商・越後屋七兵衛、鞭の名手・かすみのおばば、謎の少年・ね太郎たちが入り乱れて争うお話。

 実は『風の石丸』は、白土三平の最初の大長編『甲賀武芸帳』(1957年~1959年)のリメイクです。わたしこの作品読んだことがないのですが、あらすじや登場人物を見てみるとまるきり同じ。ただし登場人物が奪い合う巻物の名が、“龍煙の書”じゃなくて“甲賀武芸帳”であるところが違いました。

 少年マガジン版の『風の石丸』では、『甲賀武芸帳』のラストまでたどり着けず、実質途中で打ち切りの形になっているようです。ですからお話としてはいろんな伏線を放りっぱなしにしたラストではあります。白戸三平の絵は、丸っこい古典的造形の人物から、シャープな荒々しい線に変化しつつある時期です。

 四方田犬彦『白土三平論』によりますと『甲賀武芸帳』では、「コマとコマの境界を破って、越後屋がお婆の鞭で引摺りまわされるという事態が生じている」そうです。このコマの間を破って人物が移動する表現は、手塚治虫が得意としていたもので、もちろん後年の白土作品には登場しません。

 このシーンはリメイクされた『風の石丸』にもそっくり同じ形で表現されています。マンガのコマを映画フィルムの境界のように、不可侵に扱っていたと思われる白土三平ですが、この時期のマンガではコマを越境したり、人物や物体の先端がコマの枠を超える表現が見られておもしろいです。

 さて『風の石丸』はそのタイトルから、1964年のTVアニメ『風のフジ丸』の原作のように思われるかもしれませんが、実は違います。初期の『風のフジ丸』は確かに龍煙の書を奪い合う物語でしたが、その原作は白土三平『忍者旋風・風魔忍風伝』(1959年~1960年)です。『風の石丸』からはタイトルを借りただけ。ややこしいなあ。

 なぜアニメで「石丸」じゃなくて「フジ丸」になったかというと、スポンサーが藤沢薬品だったからだそうです。
 
 『忍者旋風・風魔忍風伝』も、『甲賀武芸帳』に似た作品ではありました。主人公は風魔小太郎。悪役は彼の育ての親・風魔十法斎で、奪い合うのが龍炎の書。アニメ・風のフジ丸はこの設定をそのまま踏襲していたはず(←実は毎週見てたのによく覚えてないんですよー)。

 整理しますと以下になります。

1)甲賀武芸帳:1957年:主人公は石丸:奪い合うのは甲賀武芸帳
2)忍者旋風・風魔忍風伝:1959年:風魔小太郎:龍煙の書
3)風の石丸:1960年:石丸:龍煙の書
4)アニメ・風のフジ丸:1964年:フジ丸:龍煙の書

 白土作品ではほかにも、『忍者旋風・風魔忍風伝』の続編、『真田剣流』(1961年~1965年)も、“真田剣流・丑三の書”という巻物をめぐる物語でした。

 東映動画の劇場用アニメ『少年猿飛佐助』(1958年)が、姿が透明になったりするずいぶん古典的な忍術ファンタジーだったのに対し、その6年後の1964年、同じ東映のTVアニメ『風のフジ丸』での忍術は、体術中心のモダンなものになっていました。これは白土三平作品を原作としたから、だけじゃなくて、ちょうど忍者のイメージが変化する時期に重なっていたからです。

 立川文庫からの流れのドロンドロンと煙を出す古典的忍術とは違い、戦後になってリアルな忍者が登場し始めます。五味康祐『柳生武芸帳』(1956年~1959年、これも巻物をめぐる物語)、司馬遼太郎『梟の城』(1959年)、柴田連三郎『赤い影法師』(1960年)、村山知義『忍びの者』(1962年)などに、ドロンドロンじゃない、新しい忍者が登場するようになります。

 山田風太郎の奇想に満ちた忍法帖シリーズも、ほぼ同時期に書かれ始めています。厳密にいうと別ものでしょうが、忍者という意味では同じように受け入れられていたのかもしれません。

 『忍びの者』は市川雷蔵主演で1962年に映画化されています。テレビでは『隠密剣士』なんかがありましたね。これも1962年です。忍者ブームというのがあったのがわかっていただけるかと。

 白土三平による忍者マンガも、この現代的忍者のイメージを形成するのに貢献しました。小説よりも、ビジュアル重視のマンガや映画、テレビのほうが、新しい忍者のイメージを作り上げたはずです。こういう新しい忍者像が成立すると、マンガの世界でも杉浦茂『猿飛佐助』『ドロンちび丸』のような古典的忍者は生き残れなくなっていきます。

 このころには巻物は、かつての忍術に必要な小道具から、物語を展開させるきっかけに変化していました。しかもちょっと使用されすぎて、手あかが付いてきた感じになってきたでしょうか。

 白土三平の代表作『忍者武芸帳・影丸伝』(1959年~1962年)は、“武芸帳“というタイトルを持ちながら、結局そういう巻物は登場しませんでした。この『忍者武芸帳』というタイトルは、長井勝一の希望によるものだったそうです。

 その後の『カムイ伝』(1964年~1971年)にも一応、忍者/巻物関係が見られます。この作品では、徳川家康の出自を証明する文書が、お宝としての巻物に相当するのでしょう。しかし物語はその部分を置き去りにして、はるか彼方へ展開していきます。いつまでも物語の中心に巻物があるようでは、大きな物語は語れません。

 白土三平の忍者マンガにとっての巻物は、最初のうちは物語を動かすマクガフィン。のちには捨て去るべきものになっていったようです。

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Comments

>龍炎
あらら失礼しました。おっしゃるとおり、すべて「龍煙」の誤記です。訂正しました。

Posted by: 漫棚通信 | September 11, 2007 11:40 AM

はじめまして。
ちょっと気になったのですが巻物の名前、変換ミスではないでしょうか?
龍炎>龍煙
『風の石丸』は未読なのですが『忍者旋風・風魔忍風伝』や『真田剣流』では確か煙だったので。

Posted by: tonbori | September 11, 2007 12:22 AM

巻物やクナイ、小刀をくわえた様はカッコいいですからね。一目で達人とわかりますし。リアルなことをいえば連作「忍法十番勝負」の巻物もよだれと血と汗でベッタベタのはず。「忍者武芸帳」はあれですよ、実際にこの物語自体が史実の巻物「忍者武芸帳」としてどこかの蔵に眠っているに違いない。(笑)

ところで未復刻作品なのですが「霧の千丸」も「甲賀武芸帳」のストーリーを使っています。これは白土三平初の雑誌連載作品ですが、これも「風の石丸」と同じところまでで打ち切りとなっています(でもこっちはハッピーエンドなのは時代故?)。つまり「甲賀武芸帳」「霧の千丸」「風魔忍風伝」「風の石丸」の4つの作品が似た内容になっています。だからといってそのまま全く同じな作品(完全リメイク)ではないのですけど。。

1957年「甲賀武芸帳」:貸本。全てのもと。未復刻。
1958年「霧の千丸」:初の月刊誌連載。ストーリーの一部借用。未復刻。
1959年「風魔忍風伝」:貸本。ストーリーの一部借用。
1960年「風の石丸」:初の週刊誌連載。ストーリーの一部借用。今回復刻。

アニメ「風のフジ丸」に関しては漫棚さまのおっしゃるとおりです。どこかに全話フィルムが残ってないのかなあ。

Posted by: くもり | September 10, 2007 11:57 PM

くどいようだが。
下請けライター諸氏、
このブログから文章なり資料なりを
パクるのは止めたまえ。

恥ずかしいぞ。

Posted by: トロ~ロ | September 06, 2007 11:09 PM

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