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August 14, 2007

因果はめぐる糸車(その1)

 紙屋研究所に書かれた、三遊亭円朝『真景累ヶ淵』(しんけいかさねがふち)の感想文、これにいたく刺激されてしまいまして、累ヶ淵、おもしろそうじゃん。で、わたしも買ってきました、岩波文庫版『真景累ヶ淵』(2007年改版、岩波書店、900円+税、amazonbk1)。

 最近はコンピュータで在庫があるかどうか調べられる書店もあります。いつもの書店に行ってコンピュータでチェックすると、お、あるある。そこで岩波文庫のコーナーに行ってみたけど、これがないんですな。探し回ってますと、なんと「話題の文庫」のところに、映画『怪談』の写真付きオビが巻かれた岩波文庫が、平積みになってました。

 岩波文庫がこんな売り方されてるなんて、ふつう思わんよなあ。

 岩波文庫版以外にも中公クラシックス版があり、もちろん図書館に行けば圓朝全集がありますし、ネット上では青空文庫で公開されておりますので、お好きな形で読めます。

 さて円朝作の怪談『真景累ヶ淵』。これは幕末から明治にかけて創作された「新」怪談とも言うべきもので、わたしの考える怪談とはずいぶん違いました。

 どこが「新」かといいますと、お化け、幽霊、ほとんど出てきません。ここに出てくる怪奇な現象は、気の迷いや夢、すべては神経病のなせるわざであります。円朝の「四谷怪談」でも、伊右衛門の見る幻覚は、アルコール依存症のため、なんて解釈がされてたらしいですから、円朝、ずいぶんと新時代のひとであったようです。

 おそらく高座を聞いてこその作品、だと思います。読んでるぶんには、怪談としてはあんまり怖くないのですが、虐待したり殺したり、人間のおこないのほうはずいぶんとおぞましい。

 そしてこのお話、殺人、自殺、事故死、病死と、山のようにひとが死にますが、加害者も被害者も全員が因果に結ばれた関係者です。

 金貸し・宗悦が旗本・深見新左衛門に殺され、宗悦の娘、豊志賀(とよしが)・園(その)の姉妹と、新左衛門の息子、新五郎・新吉の兄弟、さらにその周辺のひとびとの子どもや孫が入り乱れ、お互いの出自を知らずに愛し合ったり殺し合ったり。さらに殺人や自殺の道具である鎌も呪いの鎌。同じものがあっちこっちに出没して多くの人間を殺していきます。

 美男の新吉が、主人公です。艶福家で、しかも因縁に呪われてるものですから、かかわった女性が次々と死んでゆく。年増の豊志賀、お嬢さまの久(ひさ)、名主の妹・累(るい)、もと芸者の賤(しず)。

 最もコワイのが豊志賀の様変わりでして、今回の映画化では黒木瞳が演じてます。病気でお岩さんのように顔が崩れながらも、若い恋人・新吉の行動に嫉妬の炎を燃やします。

 とこうくると、円朝、四谷怪談のマネをしたか、という話にもなるのですが、これが『真景累ヶ淵』のモトネタは、なかなかヒトスジナワではいきません。

     ◆

 おおもとは、累伝説というのがあります。時代は慶長といいますから江戸時代初期、17世紀前半ですな。場所は下総国羽生村。(1)助(すけ)という醜い娘が母親に殺される。(2)その後生まれた助の妹・累(るい)は助にそっくりの醜い娘となり、のち、累は夫・谷五郎に殺される。(3)谷五郎の後妻の子・菊に累が取り憑く。続いて助が取り憑く。(4)祐天上人が累と助を成仏させる。

 この物語が記載されたのが、17世紀末に書かれた『死霊解脱物語聞書』(しりょうげだつものがたりききがき)という仮名草紙。祐天上人や菊がまだ存命のうちに書かれてて、実話であることが強調されてます。

 醜い妻が夫に虐待されるという構造は、『四谷怪談』の原型とされる『四谷雑談集』の岩の物語もそうです。累伝説と似てますね。

 その後、累伝説をモデルに歌舞伎や文楽が多数つくられました。総称して「累もの」と呼ばれます。

 まずは享保時代、18世紀に『大角力藤戸源氏』(おおずもうふじとげんじ)という歌舞伎になりました。他にも、『伊達競阿國劇場』(だてくらべおくにかぶき)の一場面、『薫樹累物語』(めいぼくかさねものがたり、別名「身売りの累」)とか、河竹黙阿弥が幕末に書いた『新累女千種花嫁』(しんかさねちぐさのはなよめ)とか、いっぱいあるようです。

 『薫樹累物語』は今でも文楽などで上演されてます。与右衛門と累の夫婦がおりますが、実は与右衛門、累の姉の傾城高尾を殺した過去がある。で、高尾の呪いで美しい累の顔が醜く変化します。自分が醜くなったのを知った累は、夫と他の女性の関係を邪推して嫉妬に狂ったすえ、夫に殺されてしまう。

 有名なのは、19世紀の鶴屋南北。『法懸松成田利剣』(けさかけまつなりたのりけん)の一場面として『色彩間苅豆』(いろもようちょっとかりまめ)を書きました。ここでは、美人の腰元・累が、父親の敵の与右衛門と密通してしまい、実は彼が親の敵とわかったとき美しい顔が一気に醜く変化するという展開。この後、累は与右衛門に殺されます。

 さすが歌舞伎になると、怪談とはいえヒロインは美人じゃなくてはいけません。さらに、最初っから醜い女性が殺されるよりも、美人が醜く変化したうえで殺された方が、ウケるしコワイ。
 
 これを発展させたのが『阿国御前化粧鏡』(おくにごぜんけしょうのすがたみ)。この作品は牡丹灯籠が登場することで知られていますが、ここにも累が出演してます。その後、南北は名作怪談『東海道四谷怪談』を完成させます。

 累伝説の助と累は醜い顔のため殺される。四谷雑談集の岩も醜い顔のため虐待される。このような伝説をもとにして、歌舞伎の累ものでは一歩進んで、美しい女が醜くなったあと殺されるように脚色。さらに南北は、『四谷怪談』に至って美人を醜くしてから殺す、という世にも恐ろしい展開を発想しました。

 で、これがぐるりひとまわりして円朝の『真景累ヶ淵』に戻ってきますと、病気で豊志賀の顔面が、お岩さんのように崩れていく怖いシーンとして取り入れられるわけです。しかも『真景累ヶ淵』では豊志賀以外にも、久は新吉の幻覚のなかで豊志賀の顔になるし、累は顔面に大やけど。賤も乱闘で顔面に大きな傷が残ります。

 複数の美女が因縁、因果でもって醜くなり、虐待されたり殺されたり、恨みを持って死んでいく。

 累伝説→累もの→東海道四谷怪談→真景累ヶ淵、と互いに影響を与えながら、怪談も進歩、拡大再生産されていったことになります。

     ◆

 で、ここから追々マンガの話になりますが、ちょっと一息つきまして。

 以下次回。

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Comments

えー。下請けライターの諸君。

もう、ここのブログからネタをパクっちゃいけないよ。

プロはプロの仕事をしませう。

Posted by: トロ~ロ | August 14, 2007 at 09:33 PM

>どこが「新」かといいますと、お化け、幽霊、ほとんど出てきません。ここに出てくる怪奇な現象は、気の迷いや夢、すべては神経病のなせるわざであります。

えー、有名な話なんですが『真景累ヶ淵』の「真景」は「神経」とかけているそうです。(青空文庫の図書カードにもそう書いてありました。)
近代人たる円朝はお化けなんてモノはいない、アレは神経症なのだ、てなことで、『怪談累ヶ淵』ではなく『真景累ヶ淵』と名付けたそうです。

でも、映画化されるといつも『怪談』なんですね。これも因果かしら?

Posted by: がんばれゴンベ | August 15, 2007 at 04:05 AM

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