『ジロがゆく』文庫化
わたしには勝手に心の師匠として仰いでいるかたが何人かおりますが、そのうちのひとりが、真崎・守であります。
1941年生まれ。貸本劇画を経て1963年虫プロ入社。アニメの演出や絵コンテを担当しながら、「COM」創刊後は峠あかね名義で投稿マンガ指導や評論を執筆。1968年8月に虫プロを退社し、マンガ創作に専念。多くの意欲的な作品を発表し人気作家となりました。代表作は1980年に全20巻で完結したブロンズ社「真崎守選集」にまとめられています。1980年代はアニメに回帰し、「夏への扉」「浮浪雲」「はだしのゲン」「幻魔大戦」「カムイの剣」「時空の旅人」などの脚本や監督も。
マンガにおいては真崎・守はマンガ表現の可能性を広げたひとです。スタイリッシュな構図やコマ構成の実験は、当時のわたしにとって大きな衝撃でした。真崎・守のマンガや峠あかねの文章をずいぶん一所懸命読みました。
真崎・守の代表作のひとつ、『ジロがゆく』1巻(2007年宙出版、宙コミック文庫漢文庫シリーズ、680円+税、amazon、
bk1)が発売されています。2巻は5月末の発売のようです。
ブロンズ社の選集のころは「真崎守」というナカグロなしの表記になってましたが、今回の文庫で「真崎・守」というナカグロありの表記に戻ったようですね。
かつて「BSマンガ夜話」で真崎・守がとりあげられたときは『キバの紋章』でした。これは不幸な選択でした。当時発売されてた作品がこれしかなかったからしょうがありませんが、ここは『ジロがゆく』か『はみだし野郎』シリーズであってほしかった。盛り上がりがずいぶん違ってたはずです。著者はこの二作で1971年度第2回講談社出版文化賞児童まんが部門を受賞しています。
『ジロがゆく』は少年誌作品なので、他作品に比べて表現の実験はおとなしいですが、それでも当時の少年マンガに比べてずいぶん先鋭的な作品でした。
『ジロがゆく』は月刊の別冊少年マガジンに連載されました。書誌的なことは文庫にきちんと書いておいてほしいのですが、1巻では、初出/別冊少年マガジンとあっさり書かれてるだけなので、わたしが書いときます。2巻では、ちゃんとたのみますよほんとにもう。この書誌的なことが『ジロがゆく』を理解するのには欠かせないのですから。
第一部『ジロのいく道』:1969年10月号から12月号
『青葉の季節』:1970年5月号
第二部『ジロがゆく』:1970年8月号から1971年3月号
第三部『ジロ!ジロ!』:1971年5月号から9月号
このあと高二コースなど他誌に連載されたジロの話もシリーズに加えられています。今回の文庫1巻は第二部の途中まで収録。おそらく次巻で完結すると思います。第一部と第二部は、雪深い山村に転校してきた中学一年生のジロがまた転校で去るまでのお話です。ここで実質的には終了してるようなものでして、第三部以降は別の物語といってもいいです。
『ジロがゆく』は何度も出版されてます。まず三崎書房版A5判の全二巻(1971年、第二部まで)、サンコミックス版全三巻(1974-1976年)、講談社文庫版全三巻(1976-1977年)、ブロンズ社真崎守選集版全三巻(1979年)、サンワイドコミックス版全二巻(1986-1987年)。
で、今回の文庫化は「完全版」と銘打たれてますが、これは著者が決定版としたブロンズ社選集版で連載時のエピソードが間引かれてたから。とくに選集版では冒頭の三回分をなかったことにしちゃって『青葉の季節』から開始されてましたが、今回の文庫ではもとの形に戻されました。
実は連載の間隔があいていることからもわかるように、第一部と第二部ではずいぶん雰囲気が違います。第一部の三回で描かれるのは、山村に転校してきた中学一年生ジロの孤立、彼に対するいじめ、暴力、友人の死。そして『青葉の季節』では、ガールフレンドのサヨが同級生から強姦されそうになります。なんて暗いんでしょ。
ところが、第二部ではジロは同級生とそこそこの関係を築いていて、第一部ほどの閉塞感がない。むしろイライラしながらも突き抜けた明るさが見られる。しかも第一部で中学一年生、翌年の第二部でも同じ季節がくり返されますがやっぱり中学一年生。著者にとっては第二部は続編というより、仕切り直しのつもりだったようです。
しかし。掲載誌、別冊少年マガジンは、それなりの人気雑誌でした。だからみんな読んでた。第一部をなかったことにするのは、読者として許すことができません。
このころの別冊少年マガジンがどんな雑誌かといいますと、たとえば永井豪『キッカイくん』やジョージ秋山『ほらふきドンドン』の連載があったりしました。
1965年のW3事件でマガジンとはたもとをわかってたはずの手塚治虫も、1969年9月号に『大暴走』、1970年2月号には自伝マンガ『がちゃぼい一代記』を描いてます。この1970年2月号の特集は「自叙伝/裸のまんが家」と題されてまして、他にジョージ秋山『青春喜劇』、水木しげる『敗走記』。こりゃあ豪華だ。これなら買うでしょ読むでしょ。
池上遼一版『スパイダーマン』連載が1970年1月号から1971年9月号。つまり、池上遼一のもんもんとしたスパイダーマンを読んでた読者は、このもんもんとしたジロの物語も読んでいたのであります。当時の読者にとって、スパイダーマンとジロはペアでした。両方ともちょっとエッチだったし。
両作品ともに1971年9月号で終了していますが、これはこの春の「マガジン」「ぼくらマガジン」内田勝体制の終了と関係あるのかどうか。
わたしもこの時期の別冊少年マガジン、買ってました。『ジロがゆく』の第一部や『青葉の季節』は雑誌連載で読んでましたし、第二部の多くも雑誌で読んだもの。ジロとほぼ同世代のわたしとしましては、『青葉の季節』のジロとサヨのキスにどれだけドキドキしたことか。さらに次巻に収録されるはずの『雪埋れ』(かつては『雪埋れの中のジロ』のタイトル)で、雪をラッセルしたいという主人公の思いに共感していたのもかつてのわたしです。
そういう読者にとって、暗い初期三作がなかったことにされるのは、やだ。暗くても、それはわたしが共感した作品。初期三作は当時の読者としてはずせないのですよ。物語の不連続性も含めての『ジロがゆく』です。
真崎・守の作品群を現代の眼から総合的に概観しますと、表現は実験的ですが、テーマや構成はまだまだ堅苦しい。最終的にできあがった作品が若いっす。しかし彼の方法論は他の作家に模倣されます。この後、真崎・守の方法論を使って作品を描いたのは24年組の少女マンガ家たち、そしてニューウエーヴを呼ばれる作家たちです。1970年初頭の真崎・守作品は、その後のマンガ隆盛を準備しました。今回の文庫化は、現代マンガの源流のひとつである真崎・守作品に触れることができる、たいへんにめでたい復刊であります。
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Comments
別冊少年マガジンの月刊化が1969年。その後わずか3年ほどで休刊したはず(のちに復活)ですが、ずいぶんトンガってておもしろい雑誌でしたね。
Posted by: 漫棚通信 | May 11, 2007 02:49 PM
失礼しました月刊ではなく「別冊少年マガジン」でした
ほぼ同じ時期に小松左京原作の石森章太郎「くだんのはは」
なんて言う傑作も載ってましたし
他にも山上竜彦や坂口尚、川本コウなどの短編を
同誌で読んだ記憶があり
本当に充実した誌面でした
Posted by: 流転 | May 11, 2007 01:01 PM
「ジロがいく」!月刊少年マガジンで連載時に読んで
物凄く影響受けました
イャ~懐かしいです
Posted by: 流転 | May 11, 2007 12:49 PM