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May 30, 2007

楽しい生活マンガ『それでも町は廻っている』

 アマゾンやビーケーワンを利用する立場としましては、これはもう何としてでも1500円以上送料無料にしなくてはいけないわけでありますが、この調節にこないだまで利用してたのが、松森正/ひじかた憂峰『湯けむりスナイパー』と井浦秀夫『AV烈伝』。1500円に足らないとき、一冊ずつ注文するのですな。

 でも両シリーズともそろってしまったので、よく知らなかったけどアマゾンでジャケ買いしてみたのが、これ。

○石黒正数『それでも町は廻っている』1巻(amazonbk1)2巻(amazonbk1)(2006年少年画報社、各533円+税)

 

 書影を見ていただければわかるように主人公の歩鳥(ほとり)はメイドさんのかっこをしてます。女子高生がメイド喫茶でアルバイトをしているという設定で、連載第1回で彼女、すべって転んでおもいっきりガーターベルトとパンツ(←メイドさんてのはそうなのか?)をおっぴろげてます。流行にのった設定と描写で、いったいどうなることかと心配したのですが、このマンガ、このあとジミな展開でなかなか良かった。

 舞台はひなびた商店街。メイド喫茶である意味はまったくなくて、そこには商店街のオヤジたちがサボりにきてるだけ。主人公が商店街にお買い物に行ったり、学校で補習を受けたり、町内会で一泊旅行に行ったり。歩鳥の弟妹が迷子になる「だけ」のお話や、主人公が弟と夜中の町を散歩する「だけ」のお話があったりして、のーんびりした生活マンガだなあ。

 下ぶくれ顔の歩鳥は、連載が進むにつれてどんどん色気がなくなり体型が幼くなり、萌え絵から離れていってます。だから入浴シーンやパンチラがあってもどうということはなくてあんまりサービスカットになってませんが、そっちのほうがよろしいかと。

 著者の趣味のミステリ風味やSF風味の回もアクセントでいい感じ。連載誌はヤングキングアワーズ。本日発売の2007年7月号では、表紙イラストで主人公が「めいど!」(←メイドと毎度をかけてあるんだそうです)と言ってます。夏には3巻が発売される予定です。

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May 28, 2007

個人的にイタい

 唐沢なをき『まんが極道』1巻(2007年エンターブレイン、660円+税、amazonbk1)が発売されました。マンガ業界の魑魅魍魎的あれこれを、悪意と毒と愛(←そうか?)を込めて描いたギャグマンガ。『漫画家超残酷物語』(2005年小学館、714円+税、amazonbk1)と同系統の作品です。二冊まとめてどうぞ。

 

 『まんが極道』に登場する、ひと知られずエロマンガを描きためる天才少年マンガ家、鉛筆下書きを雑誌掲載する人気マンガ家、編集者に枕営業をする女流マンガ家たちの顛末は。永島慎二マンガのパロディだった『漫画家超残酷物語』よりも、いかにもありそう率と悪意が50%増となっております。

 実はわたしも親から「マンガ極道」と言われ続けてましたので、この言葉ひとごとではありません。わたしの場合は別にマンガ描いてたわけじゃなくて、単に買って読んでただけですけどねー。どこが同居する家族から見てゴクドーだったかと言いますと、スペースと時間なんでしょう。使ってた金額はこづかいの範囲内だったからまだたいしたことがなかったし。雑誌がいけません。これを捨てずにとっておくと、へたすると重量で家庭=家屋が崩壊しますし、虫がわくんだこれが。で、わたしの知らないうちに、いっぱい捨てられてしまいました。とほほ。

 てなことを書いても、あああ、うすいっ。この程度ではゴクドーではないっ。マンガ家じゃなくて読者の立場ならば、『漫画家超残酷物語』『まんが極道』に登場するような、マンガのモトネタを指摘してはマンガ家にえらそーに意見する読者、マイナーなマンガ家を愛するあまり彼が売れると怒り狂う読者、ぐらいにはならな×○◆□……(イタくなってきたので以下略)。

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May 25, 2007

マジメな本なのだけど

 八窪頼明『マンガ編集者が語るおもしろさの創り方』(2007年同友館、1800円+税、amazonbk1)について。

 著者は元編集者のかた。昭和34年に小学館に入社といいますから週刊少年サンデー創刊の年です。「週刊少年サンデー」「別冊少年サンデー」「ビッグコミック」「ビッグコミックオリジナル」の創刊に加わられたという、歴戦の強者ですね。ビッグコミックや別コミの編集長もされていました。

 実にマジメな本です。ベテラン編集者が持ち込みにきたマンガ家志望者に懇切ていねいにいろんなことを教えてくれてる感じ。教科書になることを想定して書かれたのかな。

 タイトルどおり、「おもしろさを創る」の章がほぼ半分の分量を占めていて、チカラはいってます。熟読すれば、ずいぶん役に立つことが書かれていてすばらしい、のですが、これが何とも読みにくい本でして。

 なぜ読みにくいかというと、編集と構成がねえ。強調したいことがいろいろあるのはわかるのですが、強調される文章が、「大文字で太字」「太字」「横に波線」「枠の中」「太字で枠の中」「●に続く箇条書き」「○に続く箇条書き」「◆に続く箇条書き」「★に続く箇条書き」「反転白抜き文字」「太字横線」「太字で横に波線」、といっぱいありすぎて、しかも一貫性がない。デキの悪い中学生があらゆるところに12色でマーカーをひいた教科書、みたいなものでして、いったいどこをどう強調したいのかわけわからなくなってます。

 しかも章タイトルがあって、それにつづく小見出しがあって、さらにそれに続く小見出しがあって、と思ってたら、それがどうも小見出しじゃなかったみたいだったりして、うーんわかりにくいっ。この本はマンガ家志望者に向けた、言ってみれば学習参考書みたいなものなのですから、それと同じくらいきちんと整理された構成であってほしかった。

 たとえば著者によると主人公の行動原理はこのように分類されます。

・自衛本能
・願望
・不満や欲望
・恋心
・ひとの心をのぞく

 そして、主人公に必要な条件は以下のようになります。

・読者の味方
・信じられる正義の人
・同情心に訴える
・自己犠牲
・人間として生きる
・復讐と報復
・勝者と敗者
・孤独
・強さと弱点
・祈り

 なかなかいい感じでしょ。このほかにも「二作目がつくれない人に」対するアドバイスとして、生活環境を変えるとか、設定を変える、性格を変える、なんて実用的な部分も感心しました。でも全体に構成が混乱してるので自分のアタマの中で組み立て直さなきゃなりません。いいこといっぱい書いてあるのに、もったいないったらない。惜しい。

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May 23, 2007

マンガと映画『300 スリーハンドレッド』

 最近テレビでも映画『300 スリーハンドレッド』の予告編が流れるようになりましたが、その原作マンガ、フランク・ミラー/リン・ヴァーリイ/関川哲夫訳『300 スリーハンドレッド』(2007年小学館プロダクション、2800円+税、amazonbk1)が発売されてます。

 舞台は紀元前480年のペルシア戦争。スパルタ軍とペルシア軍の戦いが描かれます。箱入りハードカバー、横長の造本。もともと1998年に五分冊で発行されたときは全ページ見開きで描かれていたものを、一巻本にするとき見開き2ページを1ページとして構成し直したものです。

 フランク・ミラーが『シン・シティ』でモノクロの絵を多く描いてたころの作品なので、ベタが多いです。すべてのコマの絵が、ひたすらかっこよくきまってます。リン・ヴァーリイはカラリングとENDPAPER ARTというのを担当。色も渋くてすばらしい。

 ただし。実はペルシア戦争というのがわたしにはピンときませんで。ギリシアが西洋文明の祖だとはわかってるんですが、このあたりの歴史に無知なもので題材そのものにふーんと思うだけで、すみません、あんまり興味が持てませんでした。日本人なら古代中国の戦争のほうがなじみ深いですね。

 映画『300』のほうは、この原作マンガそっくりにつくられてるらしいので、映画『シン・シティ』と似た感じなのかしら。スタイリッシュな映像かつ残虐アクションが売りのようです。ただしハリウッド資本のビッグ・バジェット映画だからということもあって、イランが強く反発してます。

 IRIB(Islamic Republic of Iran Broadcasting)の映画『300』に対する声明(日本語)がコチラ。現在イランとアメリカはきわめて悪い関係にありますから、こういう反応も出てくるでしょう。

 確かにフランク・ミラーによるペルシャ王クセルクセスのデザインは、スキンヘッドで半裸、アフリカ系に見える風貌です。全身にキンキラのアクセサリーをつけて、顔中のあちこちにピアスいれまくり。「映画秘宝」2007年7月号によると「その物腰はどう見てもオカマ」と書かれてますから、まあ2500年前のこととはいいながら、怒る人がいるのもごもっともかもしれません。ペルシア軍の服はちょっとヘンだし、ペルシア王親衛隊「不死部隊」はまるでニンジャのよう。

 ただ原作マンガのほうだけ見ると、そないにまで言わんでも、という感じではあります。むちゃくちゃ残虐の限りを尽くしてるのはスパルタ軍のほうですし、ちんちんほりだして歩いてるスパルタ人よりペルシア人のほうが賢そうに見えてしまいます。これはわたしが日本人だからかな。ま、このあたりは映画見てみないと何とも言えませんが。

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May 21, 2007

オッサンはこういうのが好き

 いやー、井浦秀夫『弁護士のくず』(既刊5巻まで、2004年~2007年小学館、各505円+税)はよくできてるなあ。

 TVドラマ化されてからもう1年もたってますから世間とはずいぶんずれててもうしわけないのですが、一冊読んだら止まらなくなって残りを書店に買いに行き、イッキ読みしてしまいました。

 主人公の弁護士・九頭元人はずいぶんな不良弁護士で、エロ話はするわ女の子のお尻はさわるわ、陰口好きで上司にはゴマスリ。自分の悪評などどこ吹く風。ところが実は、彼はひとの心の中がすべてお見通しの、物語内では神のごとき能力の持ち主なのです。しかも自分は悩むことがまったくなく、すべてのひとをおさまるところに導くスーパーマン。法律を熟知しながらそれに縛られない行動をとるくずは、依頼人の味方をしないことさえあります。

 お話は弁護士が主人公=謎を解く=広義のミステリと言えなくもありません。実際に意外な犯人、という作品もありました。しかし、扱われている事件の多くは会社、ご近所や家庭内のトラブルばかり。中でもダントツに多いのが離婚・結婚問題と遺産相続問題。

 離婚・結婚問題を扱った作品は十数作ありますが、何と一作をのぞいて、すべてのカップルが元のサヤにおさまりました。遺産相続もほぼ全部、まーるくおさまる。こうなるともうファンタジーですね。読者の願望どおりの結末。

 そしてこれがまた、それぞれのお話が良くできてるんだ。あなたの本心は実はこうなのだ、とくずが必ず指摘してくれ、みんな自分に目覚めます。読者はハッピーエンドに向けて物語を支配する主人公についていくだけ。

 破綻なく、きちんとおさまるところに向かうこの作品、わたしのようなオッサン読者にとっては実にここちよいのですよ。深刻になりすぎないところも、お気楽に読めてよろしい。

 しかも主人公は、遊び人のエロ弁護士→実は、というパターンです。遊び人の金さん→実は町奉行、昼あんどん→実は必殺仕事人、と同じね。超法規的な人情あふれた判決を下す奉行、法で裁けぬ悪を裁く仕事人。くずは彼らと同様に、読者にとってある種の理想像でもあります。自分もあんなに高い能力を持ってて、かつ自由奔放に生きられたら。

 キャラクターもストーリーも、オッサン向けマンガとしてほぼ完璧。あともうちょっと絵がエロければなあ。

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May 18, 2007

マンガ原作志望者は増えてるのかしら

 えー、あまりオススメしたくない本なんですが、軽く笑ってください、こういうのがありまして。若桜木虔/すぎたとおる『プロの原作者になる マンガ原作のつくり方』(2007年雷鳥社、1500円+税、amazonbk1)。

 ご存じのかたはご存じ、あの多作で有名な若桜木虔(わかさき・けん)先生です。わたしの世代なら宇宙戦艦ヤマトのノヴェライズ作家、でわかるかな。このかた作家養成講座のカリスマ、だそうでして、この手の本を書いてる書いてる。『作家養成講座』『作家デビュー完全必勝講座』『プロ作家養成塾』『ミステリーはこう書く!』『稼ぐ作家になるための裏技Q&A174』『作家養成塾 プロの小説家になる』『プロ作家になるための四十カ条』『マンガを読んで小説家になろう!』『作家デビューしたい! 新人賞をねらえる小説プロット実戦講座』などなど。

 本の評判は、そうだなあ、『プロ作家養成塾』は新書でケッコウ売れたようでアマゾンのカスタマーレビューも多いので、アマゾンにリンクしておきます。やくにたった、というひともおり、ぷんぷん怒ってる読者もおり。

 さて、小説じゃなくて、マンガ原作について。『プロの原作者になる マンガ原作のつくり方』はどういう本かといいますと、安い本でねー。作家兼マンガ原作者の若桜木虔とすぎたとおるのおふたりと、マンガ原作者志望(というわけでもなさそうで、小説家や映像方面の脚本家でもいいみたい)の三人が集まって、自分たちの作品を前にあーだこーだ言ってるのを本におこした、というものであります。同じ出版社の『作家デビューしたい! 新人賞をねらえる小説プロット実戦講座』とまるきり同じつくりで、ああ安い。

 高度な内容を期待してはいけません。そういうかたは、クーンツや大塚英志、さらには久美沙織の小説入門書を読めばよろしい。だいたいこの本、物語の作り方などというものはまったく無視してます。ストーリーとプロットの違いについても教えてくれません。というか、そんなものはどうでもいいっ。大切なのはまず、「編集者が神様」であるということ。

 プロ原作者への道は、読者に向けて書くことではなく、編集者に気に入られることであります。おお、そうかっ。これはこれでごもっとも。

 そのためにはどうしたらいいか。これが座談を本にしたものですから、ぐだぐだのつくりでぜんぜん整理されてませんが、「回想を入れてはいけない」「擬音や…も書いてはいけない」というのも、それはマンガ家の裁量分野だから、というのはそれなりの見識であります。

 ただし、このあたりマンガ原作のバリエーションが多すぎて一定してません。絵のアングル、アップやロングを指定する人もいるし、小説形式で書いていた梶原一騎でも、宙に浮かぶ「炎の活字」を指定していたこともあるのですね(わたしがかつて書いたコチラのページ「梶原一騎の原作作法」から三回分を読んでいただけるとウレシイ)。

 読者を無視して、ただただ編集に向けた意識はなー。

編集さんは多忙なので、時間的にネット検索なんかは、やっていられない。だから、手持ち資金のない、デビューした直後の貧乏プロがネット検索だけで知識を掻き集めて原作を書いても、まずバレません。

私は、何かの専門家でなければ原作者になれない、と思ってます。ただ、それは“真の専門家”でなくて構わない。“似非専門家”で構わない。要は編集さんと漫画家さんが「この人は専門家だ!」と信じ込んでくれればOKなわけで、まあ、詐欺師みたいなもんですね(笑)。

 「新人漫画原作者が超えられない壁」の章なんか、実際のシナリオが35ページ、それに対して座談が7ページ。どういうつくりだよー。さらにこの章でもっとも許せないのが、ここで例に出されてるマンガ原作が、むちゃくちゃなところ。わたしの読んだミステリ中、人生で最悪のものでありました。

 どこがダメなのかといいますと、どうも前後編になってるようなのですが、前編ラストで救出されたはずの人質が、後編でもやっぱり人質のままで、しかも探偵に銃を向けている。前編で探偵に捕まったはずの共犯者がいつのまにやら殺されてて、後編はその犯人捜しになっている。読んでると自分の頭が悪くなったのかと思ってしまうようなシナリオで、実際に完成したマンガでは別の形になってるのじゃないかしら。でもよくもまあこんなものを活字化できるものだなあと。感心というか何というか。

 カラスヤサトシのマンガに出てくるような先輩に、飲み屋でうだうだと自慢と説教をされてる感じ、でわかっていただけるでしょうか。ま、珍本のたぐいですが、好事家のかたはどうぞ。

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May 16, 2007

『ペルセポリス』アニメ化

 日本でも出版されているマルジャン・サトラピ『ペルセポリス』1巻(1400円+税、amazonbk1)2巻(1500円+税、amazonbk1)(2005年バジリコ)がアニメーション化されました。

 

 『ペルセポリス』の原著は2000年から2003年にかけてフランスで発行されました。イラン人女性の著者が、イラン・イラク戦争下の子ども時代、ヨーロッパへの留学、帰国、結婚、離婚、再度の出国までを描いた自伝マンガ。国家や戦争と個人との関係をアイロニックに描いた傑作。感動の書であります。

 これが著者自身の手でアニメーション化されています。1時間30分の長編アニメーションで、本日5月16日から開催されてるカンヌ映画祭のコンペティション部門に出品されてます。著者自身のブログによりますと、2月8日の記事であと3か月で完成、と書いてありますが、ちゃんと間に合ったのかしら。

 アニメーションの公式サイトはこちら。http://www.myspace.com/persepolislefilm マルジャン・サトラピさん、自画像に比べてずいぶんふくよかになられてますね。

 作品の多くの部分はモノクロで表現されてるようです。日本「アニメ」とはずいぶん違ったものになるのでしょう。原作の力が圧倒的ですから、きっとアニメーションも高い評価を受けるのじゃないかしら。

 作品の一部も見られますが、こんなシーンです。主人公マルジが街を歩いているとオッサンたちが声をかけてくる。スティービー・ワンダーやピンク・フロイド、「ジャイケル・マクソン」(←言いまちがいのギャグなんでしょうが、これって世界じゅうで言われてるダジャレなのか?)などのカセットテープを売っているのですね(ヤミで)。マルジが買うのは、アイアン・メイデンのテープ。

 彼女がマイケル・ジャクソンのバッジをつけて歩いていると、女性革命防衛隊のオバサンたちにつかまって問い詰められます。彼女は、これはマルコムXのバッジです、と言い逃れしようとします(←ここ笑うところよ)。イスラム革命後のイランでのお話ですが、この閉塞感は現代の日本を含めた世界じゅうで共感できるはず。

 このシーン、彼女のジャケットの背には「PUNK IS NOT DED」の文字があります。原作マンガにはなくて、アニメーションで新たに付け加えられた演出ですが、マルジ、あんたはかっこいいぞ。

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May 13, 2007

だらだら日記

 本日は休日でだらだらしております。実は五月の連休のとき、わたくし、エキスポランド、太陽の塔、そして大阪府立国際児童文学館をのぞきに行っておりまして、そのとき、あの風神雷神2にも乗ったのであります。その翌々日に事故ですからね。いやー、それを知ったときはさすがに肝を冷やした。もう二度とジェットコースターには乗らんぞ。

 午前中は昨日買ってきた大森望/豊崎由美『文学賞メッタ斬り!2007年版受賞作はありません編』(2007年PARCO出版、1200円+税、amazonbk1)をイッキ読み。デキの悪い小説、デキの悪い小説評、の悪口いいまくりであいかわらず大笑い。著者ふたりの立ち位置がぶれずにしっかりしてるのがケッコウでございます。

 あと読みかけてるのがウェンディ・ムーア『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』(2007年河出書房新社、2200円+税、amazonbk1)。えらいハデなタイトルですが伝記です。マンガとは何の関係もありません。このジョン・ハンター先生、近代外科の父と呼ばれながらもロンドンの死体盗掘ビジネスの黒幕で、「ジキル博士とハイド氏」や「ドリトル先生」のモデルだそうでして、これがまたずいぶんおどろおどろしいムチャな実験もしてらっしゃいます。18世紀の後半ですから、日本では解体新書が翻訳されたころ。当時のロンドンは大陸のほうよりずいぶん遅れた暗黒都市だったのね、という印象。これに比べると江戸なんかずいぶん牧歌的。

 そして今日は、最相葉月『星新一 一〇〇一話をつくった人』(2007年新潮社、2300円+税、amazonbk1)という星新一の伝記がbk1より届きまして、これあちこちで絶賛されてますので読むのが楽しみ。発行が3月30日で4月25日には三刷ですよ、売れてるみたい。

  

 マンガのほうは、畑中純『1970年代記 「まんだら屋の良太」の誕生まで』(2007年朝日新聞社、1300円+税、amazonbk1)を読み終わったところです。これてっきり文章の本だと思って買ったら、全部マンガだったので驚いた。自伝です。これにはずみがついて、畑中純『極道モン』1巻(amazonbk1)2巻(amazonbk1)(2005年東京漫画社、980円+税)を読み直し。これまるまるヤクザのマンガなんですが、2巻のほうに青木雄二の追悼マンガが載ってました。小林旭ふうの渡り鳥、青木雄二がギターを抱いて歌いながら去っていく。これいい話だ。そういえば畑中純が『まんだら屋の良太』に描いた、手塚治虫の追悼マンガも良かったなあ。

  

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May 11, 2007

第11回手塚治虫文化賞感想

 第11回手塚治虫文化賞は、大賞が山岸凉子『舞姫 テレプシコーラ』、短編賞が森下裕美『大阪ハムレット』、新生賞がのぞゑのぶひさ/岩田和博/大西巨人『神聖喜劇』でした。みなさま、おめでとうございます。

 大賞が山岸凉子『舞姫 テレプシコーラ』。過去の経過から荒俣宏と萩尾望都が強く押すことはわかってましたから、『デスノート』との一騎打ちになるかと思ってたのですが、見事に大賞受賞。今までも候補に挙げられてましたが、やっぱ第一部終盤、あの衝撃の事件からあとの盛り上がりは、今年の大賞にふさわしいです。

 ただし、『デスノート』をあっさり無視しちゃっていいのか、という疑問も残るのではありますが。

 『大阪ハムレット』は、わたし大絶賛なのでまったく異論なし。『神聖喜劇』も第1巻読んだときはどうなるかとちょっと不安だったのですが、きちんと6巻で完結したのはチカラワザでしたねえ。ちゃんと読める作品になっててほっとした。

 二ノ宮知子『のだめカンタービレ』は一次選考で二位だったのに(香山リカ・萩尾望都・藤本由香里が5点、いしかわじゅんが3点入れてます)、辞退しちゃっのは残念でした。講談社漫画賞はもらってるのにね。過去にも花輪和一や佐藤秀峰が辞退してますが、これは各人の考え方ですからしょうがないです。

 ただし今回、なんだかなあだったのはこれ。朝日新聞2007年5月10日朝刊によると、

特別賞については、マンガ評論家の故・米沢嘉博さんらを推す声もあったが、専門家の意見を参考に、朝日新聞社内で検討した結果、該当者なしとした。

 ずいぶん謎を秘めた文章でして、「米沢嘉博さんら」の「ら」とは誰だったんでしょう。「社内の検討」は誰と誰で検討したのか。そして、米沢嘉博を不可とした「専門家」とはいったい何者かっ。なにやら山崎豊子の小説に登場する、フィクサーか黒幕を想像してしまいました。

 今年は米沢嘉博を顕彰する最後のチャンスだったと思います。プロの作家、出版編集、読者という古典的三極に加えて、同人誌という新しい立場でマンガに参加できる場を提供、確立させた功績ははかりしれません。手塚治虫文化賞、これでいいのか?

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May 09, 2007

『ジロがゆく』文庫化

 わたしには勝手に心の師匠として仰いでいるかたが何人かおりますが、そのうちのひとりが、真崎・守であります。

 1941年生まれ。貸本劇画を経て1963年虫プロ入社。アニメの演出や絵コンテを担当しながら、「COM」創刊後は峠あかね名義で投稿マンガ指導や評論を執筆。1968年8月に虫プロを退社し、マンガ創作に専念。多くの意欲的な作品を発表し人気作家となりました。代表作は1980年に全20巻で完結したブロンズ社「真崎守選集」にまとめられています。1980年代はアニメに回帰し、「夏への扉」「浮浪雲」「はだしのゲン」「幻魔大戦」「カムイの剣」「時空の旅人」などの脚本や監督も。

 マンガにおいては真崎・守はマンガ表現の可能性を広げたひとです。スタイリッシュな構図やコマ構成の実験は、当時のわたしにとって大きな衝撃でした。真崎・守のマンガや峠あかねの文章をずいぶん一所懸命読みました。

 真崎・守の代表作のひとつ、『ジロがゆく』1巻(2007年宙出版、宙コミック文庫漢文庫シリーズ、680円+税、amazonbk1)が発売されています。2巻は5月末の発売のようです。

 ブロンズ社の選集のころは「真崎守」というナカグロなしの表記になってましたが、今回の文庫で「真崎・守」というナカグロありの表記に戻ったようですね。

 かつて「BSマンガ夜話」で真崎・守がとりあげられたときは『キバの紋章』でした。これは不幸な選択でした。当時発売されてた作品がこれしかなかったからしょうがありませんが、ここは『ジロがゆく』か『はみだし野郎』シリーズであってほしかった。盛り上がりがずいぶん違ってたはずです。著者はこの二作で1971年度第2回講談社出版文化賞児童まんが部門を受賞しています。

 『ジロがゆく』は少年誌作品なので、他作品に比べて表現の実験はおとなしいですが、それでも当時の少年マンガに比べてずいぶん先鋭的な作品でした。

 『ジロがゆく』は月刊の別冊少年マガジンに連載されました。書誌的なことは文庫にきちんと書いておいてほしいのですが、1巻では、初出/別冊少年マガジンとあっさり書かれてるだけなので、わたしが書いときます。2巻では、ちゃんとたのみますよほんとにもう。この書誌的なことが『ジロがゆく』を理解するのには欠かせないのですから。

第一部『ジロのいく道』:1969年10月号から12月号
『青葉の季節』:1970年5月号
第二部『ジロがゆく』:1970年8月号から1971年3月号
第三部『ジロ!ジロ!』:1971年5月号から9月号

 このあと高二コースなど他誌に連載されたジロの話もシリーズに加えられています。今回の文庫1巻は第二部の途中まで収録。おそらく次巻で完結すると思います。第一部と第二部は、雪深い山村に転校してきた中学一年生のジロがまた転校で去るまでのお話です。ここで実質的には終了してるようなものでして、第三部以降は別の物語といってもいいです。

 『ジロがゆく』は何度も出版されてます。まず三崎書房版A5判の全二巻(1971年、第二部まで)、サンコミックス版全三巻(1974-1976年)、講談社文庫版全三巻(1976-1977年)、ブロンズ社真崎守選集版全三巻(1979年)、サンワイドコミックス版全二巻(1986-1987年)。

 で、今回の文庫化は「完全版」と銘打たれてますが、これは著者が決定版としたブロンズ社選集版で連載時のエピソードが間引かれてたから。とくに選集版では冒頭の三回分をなかったことにしちゃって『青葉の季節』から開始されてましたが、今回の文庫ではもとの形に戻されました。

 実は連載の間隔があいていることからもわかるように、第一部と第二部ではずいぶん雰囲気が違います。第一部の三回で描かれるのは、山村に転校してきた中学一年生ジロの孤立、彼に対するいじめ、暴力、友人の死。そして『青葉の季節』では、ガールフレンドのサヨが同級生から強姦されそうになります。なんて暗いんでしょ。

 ところが、第二部ではジロは同級生とそこそこの関係を築いていて、第一部ほどの閉塞感がない。むしろイライラしながらも突き抜けた明るさが見られる。しかも第一部で中学一年生、翌年の第二部でも同じ季節がくり返されますがやっぱり中学一年生。著者にとっては第二部は続編というより、仕切り直しのつもりだったようです。

 しかし。掲載誌、別冊少年マガジンは、それなりの人気雑誌でした。だからみんな読んでた。第一部をなかったことにするのは、読者として許すことができません。

 このころの別冊少年マガジンがどんな雑誌かといいますと、たとえば永井豪『キッカイくん』やジョージ秋山『ほらふきドンドン』の連載があったりしました。

 1965年のW3事件でマガジンとはたもとをわかってたはずの手塚治虫も、1969年9月号に『大暴走』、1970年2月号には自伝マンガ『がちゃぼい一代記』を描いてます。この1970年2月号の特集は「自叙伝/裸のまんが家」と題されてまして、他にジョージ秋山『青春喜劇』、水木しげる『敗走記』。こりゃあ豪華だ。これなら買うでしょ読むでしょ。

 池上遼一版『スパイダーマン』連載が1970年1月号から1971年9月号。つまり、池上遼一のもんもんとしたスパイダーマンを読んでた読者は、このもんもんとしたジロの物語も読んでいたのであります。当時の読者にとって、スパイダーマンとジロはペアでした。両方ともちょっとエッチだったし。

 両作品ともに1971年9月号で終了していますが、これはこの春の「マガジン」「ぼくらマガジン」内田勝体制の終了と関係あるのかどうか。

 わたしもこの時期の別冊少年マガジン、買ってました。『ジロがゆく』の第一部や『青葉の季節』は雑誌連載で読んでましたし、第二部の多くも雑誌で読んだもの。ジロとほぼ同世代のわたしとしましては、『青葉の季節』のジロとサヨのキスにどれだけドキドキしたことか。さらに次巻に収録されるはずの『雪埋れ』(かつては『雪埋れの中のジロ』のタイトル)で、雪をラッセルしたいという主人公の思いに共感していたのもかつてのわたしです。

 そういう読者にとって、暗い初期三作がなかったことにされるのは、やだ。暗くても、それはわたしが共感した作品。初期三作は当時の読者としてはずせないのですよ。物語の不連続性も含めての『ジロがゆく』です。

 真崎・守の作品群を現代の眼から総合的に概観しますと、表現は実験的ですが、テーマや構成はまだまだ堅苦しい。最終的にできあがった作品が若いっす。しかし彼の方法論は他の作家に模倣されます。この後、真崎・守の方法論を使って作品を描いたのは24年組の少女マンガ家たち、そしてニューウエーヴを呼ばれる作家たちです。1970年初頭の真崎・守作品は、その後のマンガ隆盛を準備しました。今回の文庫化は、現代マンガの源流のひとつである真崎・守作品に触れることができる、たいへんにめでたい復刊であります。

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May 08, 2007

書道マンガとはめずらしい

 ウチの同居人たちは、目の前にこれだけ大量のマンガがあるというのに、なぜか同じマンガをくりかえし読んでます。オマエこないだもそれ読んでただろ。お気に入りがあるのはわかりますがねえ。

 そういうわたしも、くりかえし読むマンガがありまして、未読の山を横目に見ながら、ついつい熱中して読みこんでしまう。よく手に取るのは、小林まこと『柔道部物語』と河合克敏『帯をギュッとね!』ですね。

 いや別に柔道の経験はないんですが。二作とも楽しく読めるし、スポーツマンガは燃えるし、最後は勝利だし、イッキ読みにてごろな巻数だし。数年ごとに読んでます。

 で、河合克敏の長編三作め(つくづく作品数の少ないひとです。それだけヒットメーカーでもあるわけですね)、『とめはねっ! 鈴里高校書道部』1巻(2007年小学館、505円+税、amazonbk1)について。

 タイトルどおり、高校書道部のお話。鈴里高校はスズリコウコウと読みます。スズリ=硯ですな。

 主人公となる高校一年生男女ペアは、♂がガチャピンに似た目が眠たそうな帰国子女。♀が柔道全国二位のスポーツ美少女。先輩女子三人が、腕のいい部長、腹黒の陰謀家、もとスケバン(?)。そして気の弱い顧問教師。

 あいかわらず、この登場人物のバランスが抜群にいいです。先輩のウチふたりがコメディリリーフ。きまじめな主人公ペアが先輩に振り回されるところで笑いをとります。

 文化系クラブが舞台なのですが、どうもノリはスポーツマンガみたい。第二巻の予告には他校との勝負で「勝つのはどっちだ!?」なんて書いてあります。書道についてのウンチクを語りながら、勝った負けたが展開され主人公たちが成長していくのでしょう。王道だなあ。

 実はこのあいだ、日本の書道少女が中国を訪れて、アチラの書道学校の少女と対決するというテレビ番組を見ましたが、これがけっこうおもしろかった。日本と中国でずいぶん書道も違うものですね。書道マンガといえば地味な印象ですが、マンガのほうもいずれ世界に進出したりする展開があるかもしれません。そこまで行くと盛り上がりそう。

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May 05, 2007

コミックス・ジャーナリズム『パレスチナ』

 このブログを読んでいただいてるかたはご存じかもしれませんが、わたし、洋書のマンガをけっこう買うわりに、結局は邦訳が出るまで読み終われないということがよくあります。読んでる途中や買おうとする直前に、邦訳の情報を聞いちゃうともうあきません。日本語で読んだほうが楽だもんねー、と読もうとする努力を放棄してしまう。あかんたれやねえ。

 で、これもそう。邦訳が出るまでに原書は読みきれませんでした。ジョー・サッコ/小野耕世訳『パレスチナ』(2007年いそっぷ社、1800円+税、amazonbk1)。

 著者が1991年から1992年にかけてヨルダン川西岸地区とガザ地区を二か月間訪れ、その取材をもとに描かれたルポルタージュマンガです。原著は1996年「American Book Award」を受賞しています。著者はこの作品が成功したあと、2000年の『Safe Area Gorazde: The War in Eastern Bosnia 1992-1995』というマンガ(こちらはユーゴスラビア紛争が題材)でも高い評価を得ました。

 著者がイスラエルを訪れた目的は「取材」です。占領地区のパレスチナ人に多くのインタビューを行い、それをマンガに描く。著者自身もマンガのキャラクターとして登場し、取材の過程や偶然に出会ったひとびととの会話、著者のいらだちやとまどいも記録されていきます。

 日本の取材マンガとは異なり、めざすのは娯楽ではありません。あくまでルポルタージュであり報道です。著者は自身のことをジャーナリスト、アドベンチャー・カートゥーニストと自称しています。この作品を嚆矢としてコミックス・ジャーナリズムという言葉もできているようです。

 絵はモノクロ、オルタナティヴ系でスクリーン・トーンは使ってませんから、すべてに細かい斜線がはいるという、青木雄二っぽい感じ。おそらく描くのにすごく時間がかかってるはず。極端な人物のパースは、山田芳裕ふうね。当然ながらセリフやキャプションはたいへん多いです。

 著者はパレスチナよりの立場ではありますが、パレスチナ問題はあまりに大きく複雑。ひとつの作品で解決できる問題ではないことを著者は知っています。ですからその態度はあくまで謙虚。自分の感想や意見は抑制して、冷静に現実を伝えようとつとめています。それでも異民族による占領がいかに苛烈なものか、読者は衝撃を受けるはずです。

 ルポや報道においてマンガの特徴はどこにあるか。リアルや臨場感では映像にかなわない。緻密な論理構成は文章にかなわない。しかしマンガにおいて風景や登場人物の外見・表情は、一度作者の眼をとおったものが再構成されたものです。さらに証言者が語ったことを「再現ドラマ」にしてしまうのも容易。この本でもインタビュー内容は、ほとんど再現ドラマとして表現されます。その結果、マンガでは作者が注目させたいものに読者を誘導し、読者の感情をゆさぶることが可能になります。

 これがマンガの利点でもありますが、制作側にはより高い倫理が求められることになります。コミックス・ジャーナリズムは他メディアのジャーナリズム以上に、プロパガンダに堕する危険性をはらんでいるからです。

 その点、本作品は著者のすぐれたバランス感覚によって成功していると考えます。今後、マンガでもこのジャンルが大きく発展するかもしれません。そのとき『パレスチナ』は日本マンガにとっても良いお手本になるのじゃないでしょうか。

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May 02, 2007

アメリカンマンガの実力

 「英語で!アニメ・マンガ」の2007年2月19日4月17日で紹介されてた、オリジナル・アメリカンマンガ(←日本マンガタッチで描かれたアメリカ産のコミックスのことね)が日本でも発売されました。

○アヴリル・ラヴィーン/カミラ・デルリコ/ジョシュア・ダイサート『アヴリル・ラヴィーン 5つの願いごと』1巻(2007年ゴマブックス、800円+税、amazonbk1

 歌手のアヴリル・ラヴィーンが参加してます。アヴリルと言えば、先日ミュージックステーションに出演して、彼女なんかふっちゃってアタシとつきあいなよ、てな歌を歌ってたおねえちゃんですな。

 人気歌手を起用して、このマンガ、アメリカでヒットしたそうですから、興味しんしんで読みました。アヴリルはマンガのキャラクターとして登場してます。まえがきによるとストーリーにも参加してることになってますが、ほんとかな。

 左から右へ読み進む左開きの本です。フキダシ内は横書き。中身はオールカラー。どこがアメリカン・マンガかと言いますと、まず登場人物の眼がでかい。内気な少女が主人公。そして、どうもこれ、日本が舞台(らしい)のです。

 主人公がハナ、同級生がリサ、マナミ、リョウタ。服装が制服っぽくて、玄関に盆栽らしきものが飾ってあるし、ハナの部屋のゆかは畳のような何かが存在する。日本…だよね。

 でも漢字やカナはまったく出てきませんし、主人公は屋内で靴はいてたりしますから、ホントに日本なのかどうか微妙なんですよね。このあたりわざとぼかしてるのか。

 ストーリーはこんな感じ。ハナは学校でも家庭でも周囲から孤立している少女。想像の中のアヴリル・ラヴィーンと会話するのが唯一の救い。彼女のもとに見た目かわいいヌイグルミがやってきて、五つの願いをかなえてあげようと。しかし彼は悪魔でした。という、それはそれは古くからある古典的ホラーネタです。だからこそライターの腕が問われるところですが、1巻ではけっこううまくいってるような気がします。この巻の最後のほうでは、ずいぶんとコワくなりそうな予感もしますし。

 ただし絵やコマ構成は、日本マンガに慣れた読者にはきびしいです。カラリングでずいぶん救われてます。顔のアップの連続でつなぐ展開も、これがマンガスタイルと考えられてるのかなあ。夢のシーン。「私はたくさんのモンスターに囲まれて」「彼らはグルグルと私の回りを…」というキャプションがあって、そのモンスターをちらっとしか描いてくれないんじゃ、ホラーマンガとして、どうよ。

 「英語で!アニメ・マンガ」によりますと、アメリカ発のマンガだがメイン・ターゲットは日本を含むアジアの読者、だそうです。ストーリーに比べて絵がねえ、というこの弱点をアヴリル人気でクリアできるか。少なくとも日本人読者は刺激の強いホラーシーンがないと納得しないのじゃないかな。2巻はどうなるのでしょうか。

 完結編2巻の発売は7月中旬。アメリカでも2巻は7月3日発売ですから(オフィシャルサイトはこちら)、ほぼ日米同時発売です。歌手の人気にたよった、ちょっと特殊な例かもしれないですが、これは新しい試みですね。

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